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ラファエラ&ルチエラ

「――、ご飯よ」

「はあい、母さん」

 母の声に『僕』は答えた。家に入ると、魚と貝をたっぷり使ったシチューの匂いが鼻をくすぐる。地元の郷土料理にして母の得意料理だ。

「――、食べ終わったらちょっとお使いにいってきてくれる?」

「うん」

 シチューを口に運びながら『僕』は答えた。

 食事が終わると、『僕』は母に手渡された荷物を持って家を出た。母の知り合いの家に魚のおすそ分けを届けるだけの、一時間もかからない用事の筈だった。

 近道をしようと、裏通りを抜ける通りに入ったときだった。後頭部にガツンという衝撃があり、『僕』はそのまま気を失った。それが、『僕』の生まれ故郷の町の最後の記憶だった。

 目が覚めたのは、『僕』と同じぐらいかもっと幼い男の子や女の子が押し込められた狭苦しい部屋の中だった。『僕』も他の子達も、手足を鎖でつながれていた。壁の一面は鉄格子だったから、部屋というより牢屋、もしくは檻と言ったほうが正しかったかもしれない。

 しばらくすると何人かの男たちがやってきて、僕たちをいろいろと物色しては連れ出していった。

 『僕』と他に二人の男の子を連れ出した男は、僕たちを荷馬車の荷台に押し込め、荷物か家畜のように運んでいった。

 僕たちが運ばれていったのは大きな町の裏通りにある娼館だった。そこで僕は男性を相手に客を取らされた。逃げようにもすべての部屋の窓には鉄格子がはまり、出入り口は用心棒が四六時中目を光らせていた。どうやら正式な許認可を受けてはいない娼館だったらしく、建物の外見も普通のアパルトマンのような質素なつくりだった。働いている娼婦も身売りをしたか誘拐されてきた人間ばかりだった。

 その娼館に来てから、『僕』はおかしな薬を飲まされ続けた。女の子みたいに胸が膨らみ、体つきも丸くなっていった。しかし副作用なのか、健康な体が自慢だったのに常にだるさが付き纏うようになり、時折熱が出たり吐き気がするようになった。

 サー・ローレンスが店を訪れたのは、『僕』がそこに売られてきてから一年ほど経った時の事だった。

 『僕』を一晩借りきりで抱いた後、サー・ローレンスは『僕』を買い取りたいと言い出し、その条件を説明した。

 サー・ローレンスの故郷――大陸からは海峡を隔てた島国――へ行くことになること。

 十年間は自由の身になれないこと。

 今と同じように、男性に対して体を開かねばならないこと。

 その代わり、食事や生活には不自由させないこと。

 よその国へ行くのは怖かったし、男に対して体を開かなければならないのなら結局今と変わらないように思えたけれど、そのころの『僕』は精神的に疲れきっていて『いや』とはいえない精神状態だった。半ば自棄になって『どうぞご自由に』といった『僕』をサー・ローレンスは娼館から買い取った。後で聞くと、結構な金額を支払ったらしい。

 サー・ローレンスに連れられて海を渡った先は、故郷の港町に比べて日の光に乏しい街だった。『僕』の故郷は大陸でも南岸の海に面した町だったから、ずっと北寄りにあるこの国が太陽から遠いのは仕方の無いことなのだけれど。

 サー・ローレンス――ご主人様のお屋敷に連れてこられた『僕』――『私』は、まずはメイドとして働くようにといわれた。それと平行して、女の子らしい振る舞いを躾けられる。

 お屋敷に来てから一年ほどが過ぎたとき、『夜会』に参加するように指示された。その晩、私は久しぶりにご主人様以外の男性に抱かれた。不思議と抵抗感は無かったが、別にうれしくも無かった。

 きっと私の心はすっかり磨り減ってしまったのだろうと、そのとき思った。この先、楽しいと思うことも哀しいと思うことも無いのだろうと思うと、そのことだけが少しだけ哀しかった。そんな緩やかな絶望を抱えていた私を救ってくれたのは――

「ラファエラ、ラファエラ……」

 眠りから覚めた私の顔のすぐ前に、ルチエラの顔があった。どんな夢を見ているのか、寝言で私の名前を呼んでいる。

 ルチエラの頬にかかる銀髪を掬いながら、今みた夢を思い返してみる。母の顔はおぼろげで、私の名前を呼ぶ声もはっきりしなかった。はっきりと思い出せるのは、太陽の光とシチューの匂いだけだ。

 故郷がすっかり遠くなったことを思い、私は少し暗い気持ちになった。

「ラファエラ……」

 ちょうどその瞬間、ルチエラが私の乳房にほお擦りをしてきた。

 赤子のようなその仕草に、私は吹きだしそうになる。私を絶望から救ってくれた銀髪の天使を、私はそっと胸に抱え込んだ。幸せそうに眠るルチエラの寝顔を見ながら、私も先ほどまでの憂鬱を忘れて幸せな気分で再び眠りについた。

 『僕』の故郷は一年の大半を雪に覆われる雪国だった。太陽の光は貴重で、短い夏の昼間にはみんなで日光浴をしたものだった。

 ある年、猛烈な寒波が『僕』の国を襲った。夏の間も太陽はほとんど顔を見せず、その年の小麦の収穫はほとんどゼロだった。家畜も多くが死んだ。その年の暮れるころには、たくさんの餓死者が出ていた。

 『僕』が奉公に出されたのは、その翌年の春だった。今なら分かるが、それは態のいい口減らしだった。両親と兄と別れ、仲買人につれられて街に出た『僕』は、そのまま娼館に売り払われた。

 下働きとして一年間働いた後、男娼として店に出された。相手は女性客ではなく、男色趣味の男性客だった。体を弄ばれ、犯されて、『僕』の男の子としての自意識はぼろぼろにされた。

 サー・ローレンスが店にきたのは、『僕』が客を取るようになって一年が経ったときだった。

 『僕』を抱いた後、サー・ローレンスは『僕』にここを出る気はないかと訊いて来た。娼館での生活に嫌気がさしていた『僕』は、一も二も無くその話を受けた。ここよりもずっと南にある、サー・ローレンスの国へ行けるというのも魅力的だった。

 サー・ローレンスのお屋敷が有る街についた時、時刻は夜で、おまけに猛烈な夜霧が出ていた。一つ先の街路も見えないような霧の中を瓦斯(ガス)灯が頼りなく照らしている風景は、冷たいけれど綺麗な空気の中で暮らしてきた『僕』を不安にさせた。内心少し後悔しながらお屋敷の玄関をくぐると、そこに金色の髪の天使が居た。

『おかえりなさいませ、――』

『この子の世話はラファエラに――』

 サー・ローレンスとメイド長の間で短い会話が交わされ、『僕』のその後の処遇が決まった。

『ラファエラです、よろしくね』

 金髪の天使がにっこりと笑いかけてきて――

 息苦しさに私は目を覚ました。

 一体何事かと思ったら、ラファエラが両の乳房の間に私の頭を両腕でしっかりと抱え込んでいる。私は危うく窒息するところだったのだ。愛する人の腕の中で死ねるというのは理想的な死に方かもしれないが、さすがに乳房にはさまれて窒息死というのはごめんこうむりたい。

 苦労して抜け出すと、私の天使様が小さな声で『ルチエラ……』とつぶやいた。私は、ラファエラの頭をそっと抱いた。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 屋敷の玄関ホールで、メイド長が帰宅した主人を出迎える。時刻は午後の九時を回り、おりからの濃霧もあって外は真っ暗だった。

「ただいま、ミセス・ゴトフリート」

 帰邸した屋敷の主人は、子供を一人伴っていた。銀髪に灰色の目、肌は真っ白な、北国の人々に特徴的な肌や髪の色をした少年だった。

「あっ、おかえりなさいませ、ご主人様」

 ちょうどそこを、洗い物の籠を持ったメイドが通りかかった。金髪に金褐色の目、日焼けした色の肌という、主人が連れ帰った少年とは対照的な女性だった。

「……ふむ。ラファエラ、ちょっと頼みがある。そこで待っていてくれたまえ」

「はい」

 メイドを呼び止めた主人は、そのままメイド長と話をはじめた。

「この子の世話はラファエラに任せたいと思うのだが――」

「大丈夫でしょうか? ラファエラは――」

「だからこそ、後輩の世話をすることで――」

 しばらくのやり取りの後、話がまとまる。

「ラファエラ、君が先輩として、この子の面倒を見てあげてくれたまえ」

「はい、ご主人様――はじめまして、ラファエラです。よろしくね」

 金髪のメイドの挨拶を受け、少年がぎこちなく挨拶を返す。

「よ、よろしくお願いします、ラファエラさん」

 二人は出会い、握手を交わした。長い長い付き合いになる二人の、出会いだった。

● ● ●

「んっ、うーん――おはようルチエラさん。朝ですよ」

「……ふぁい、おはようございます、ラファエラさん――ふあ〜〜〜」

 目を覚まし、大きく一つ伸びをする。声をかけてあげると、ルチエラさんもベッドに起き上がってあくびをした。

 カーテンを開け、外の光を部屋に入れる。それから、まだ寝ぼけ眼のルチエラさんをベッドから追い立て、洗面所へと向かった。

 顔を洗ってすっきりと目を醒ましたら、メイド服へと着替える。

 メイド服を着るようになったばかりのルチエラさんは、女物の服や下着に慣れていないため、どうしても着替えに手間取ってしまう。私は着替えを手伝ってあげながら、ルチエラさんを観察した。

 まだお屋敷に来たばかりのルチエラさんは、薬を飲み始めたばかりとあって、その体は男の子そのものだ。髪も短く編んだり結ったりしなくても日常の作業の邪魔にならないくらいで、平らな胸にはわずかなふくらみも無く、その胸に胸押さえの下着をつけるのはいささか滑稽といえる。

 化粧は控えめに、頬と目元を少しくっきりさせてあげるだけにする。

 こうしてメイド服を着用して化粧まで済ませると、凹凸の少ない体型が幼い少女のように見えてくるから不思議なものだ。

 着替えと化粧が終わるとそこに居るのは、奉公に出されたばかりで右も左も分からないといった風情の純朴な少女メイドだった。真っ白な肌と銀髪、薄い灰色の瞳が、まるで妖精かなにかのような儚げな雰囲気をかもし出している。

 その姿に少し見とれた後、私はルチエラさんを励ますように声をかけた。

「それじゃルチエラさん、今日も一日がんばりましょう」

「はい、ラファエラさん」

 ルチエラさんが硬い声で返事をする。いまだに緊張が解けない様子に、私は少し困ってしまう。

 ルチエラさんが身売りの果てにご主人様に買い取られ、はるか北のほうの国からこの国まで流されてきたことはご主人様から聞かされている。私とは違う意味でだけれど、もう故郷へは戻れない――戻っても追い返されるだけだろう――身の上なのは私にもわかる。それでも、生まれ故郷からはるか離れた異国に一人というのはやはり寂しいもののはずだ。

 ルチエラさんの身の上を考え、周りはよく知らない人間ばかりという境遇を考えると、すっかり磨り減っていたと思っていた私の心の奥底で、何かが動くのが感じられる。私はそれに突き動かされるように笑顔を作ると、ルチエラさんに微笑みかけた。

「ほらほら、そんなに硬くならないで、ルチエラさん。笑ったほうが可愛いですよ」

 両手の人差し指をルチエラさんの頬に当て、唇の両脇を押し上げる。

 手を離すと、ルチエラさんは困ったような戸惑ったような、そんな表情だった。私はその顔に向かってもう一度微笑みかけた。釣られたように、ルチエラさんがにこりと笑った。

「それじゃルチエラさん、今日も一日がんばりましょう」

「はい、ラファエラさん」

 ラファエラさんの台詞に私は答える。そう、私は一生懸命仕事をがんばらなければいけない。

 故郷から遠く離れたこの国で、身よりも無い私にはこのお屋敷以外に居る場所は無い。もしもご主人様に見放されて追い出されたりしたら、野垂れ死にをするしかないのだ。

 とはいえ、それを別にしても私にはもう帰る場所は無い。飢饉のために口減らしをせざるを得ない状況に陥った故郷に帰るわけにもいかないのだから。

 それを考えると、全身が緊張していやな汗が出そうになる。多分それが顔にも出ていたのだろう、ラファエラさんが私の緊張をほぐそうとするように笑いかけてくる。

「ほらほら、そんなに硬くならないで、ルチエラさん。笑ったほうが可愛いですよ」

 私の頬がラファエラさんの指に押し上げられ、笑い顔が作られた。袖口から漂うかすかな香水の香りが私の鼻をくすぐる。

 戸惑う私に、ラファエラさんが明るい笑顔で微笑みかけてきた。その笑顔を見ると、先ほどまでの緊張が少しほぐれてくる。私も笑顔を作ると、ラファエラさんに向かって微笑み返してみた。笑ってみると、心がもう少し軽くなったような気がする。

「そうそう、その調子です。それじゃいきましょうか」

「はい」

 使用人部屋を後にして食堂へと向かう。朝食に出された、トーストと牛乳、刻みベーコンとほうれん草入りのオムレツを平らげる。簡単な食事だけれど、毎日きちんと不足無く食べられるのはありがたい。

 食事が終わると、メイド長のミセス・ゴトフリートが全員に仕事を言い渡す。私はまだ、ラファエラさんについて仕事の仕方を覚えているところなので、一人でやる作業は言いつけられない。今日の仕事は廊下の窓磨きだった。

「いいですね、ルチエラ。きちんと作業の仕方を覚えるように。ラファエラ、しっかり指導してあげるように」

「「はい、ミセス・ゴトフリート」」

 私たちの返事の声が重なる。一音のズレも無い重なり方が、なんだか嬉しかった。

「その後、あの二人の様子はどうかね」

「ルチエラは、ずいぶんラファエラに懐いているようです。仕事も真面目に覚えようとしていますね」

「ふむ。ラファエラのほうはどうかな」

「どうやらうまくいっているようです。大分表情が豊かになってきていますわ」

「そうか――この間まではまるで人形だったが……」

「笑っても作り笑顔でしたからね……。ですが、最近ルチエラに笑いかけるときの顔は違っています」

「どうやらルチエラがよい影響を与えてくれているようだな。このままうまく行ってくれればいいのだが」

「ご安心ください、ご主人様。私もそれとなく見ていますし、他の者たちも気にかけていますわ」

「うむ、そうだな。頼んだよ、『ガブリエラ』」

「はい、ご主人さ――んっ、あんっ……」

● ● ●

「んっ、ラファエラさんっ、あっ、駄目っ!」

 夜の室内に、ルチエラさんの哀願する声が響く。だけど私はそれに答えてあげることは出来ない。

 なぜなら、私の口はルチエラさんの可愛いおちんちんをくわえていて、言葉を発することは出来ない状態だから。

 私の舌が亀頭をねぶるたびに、ルチエラさんが切羽詰った声をあげる。しかし、ルチエラさんが絶頂を迎えてしまわないように、私は限界を見切ってぎりぎりの刺激を与え続ける。ルチエラさんはすでに息も絶え絶えといった風情だ。

 ルチエラさんをぎりぎりまで昂ぶらせてあげながら、私は命ぜられた内容を思い返した。

 今日の午後、私はメイド長のミセス・ゴトフリートに呼び出され、直々の指示を受けた。ルチエラさんの男の子の部分を私のお尻で受け入れ、それがとても気持ちいいことだと教えてあげなさい、と。

 本音を言えば、私はその行為を気持ちいいとは思っていない。勿論、幾度も幾度も貫かれた私のお尻は男の味を知っている。もはやそのことに苦痛や痛みは感じず、肉体的にはむしろ快感を感じるほどだ。でも、それはほんのひと時のもので、後に残るのはかすかなむなしさだけだ。

 とはいえ、このお屋敷のメイドとしては、メイド長――ひいてはご主人様に逆らうわけにはいかない。

 私は得意の口唇愛撫でルチエラさんを責め、私を貫かせる準備をしてあげる。すでにルチエラさんのおちんちんは硬く屹立し、準備は整っている。

 ルチエラさんのものから口を離し、ベッドに仰向けに横たわるルチエラさんの顔を覗き込む。目を閉じて荒い息を吐くルチエラさんは、おちんちんからの快感にすっかりおぼれている様子だ。

「それじゃあいきますよ、ルチエラさん」

「あっ、は、はい……」

 私はルチエラさんの腰をまたぐと、そっと手を添えておちんちんの先端を自分の後ろに導いた。あらかじめほぐしておいた入り口が穂先を捉え、敏感な粘膜同士が触れ合うと、ルチエラさんがぎゅっと目をつぶった。

 私はそのまま体重をかけると、ルチエラさんの上に座り込むようにしてそのおちんちんをお尻に飲み込んだ。

 先端がぴったりと閉じていた肉の門を押し広げる。さらに腰を沈めると一番幅広の部分が通り抜け、肛門にかかる負担が少しだけ小さくなる。私の腰が落ちるに従って肉の槍がずぶずぶと奥に進み、私を貫いていく。やがて私のお尻はすっかりルチエラさんのおちんちんを飲み込んでしまい、私はルチエラさんの腰の上に座り込む形になった。

「んっ、どうですか、ルチエラさん、私の、中は……」

「はいっ、熱くてっ、やわらかくてっ、とっても気持ちいいですっ!」

「ルチエラさんの、おちんちんも、熱くて、硬くて、とっても気持ちいいですよ……」

 それだけ言うと、私は腰を使ってルチエラさんのおちんちんを再び責め始めた。

 弾むように上下に動いてしごきあげたり、水平に円運動をしてこすりあげたりしてあげると、一つ違う刺激を与えるたびにルチエラさんが涙をこぼしながら喘ぐ。

 そうしておちんちんからの快楽に喘ぐルチエラさんを見ていると、私の中に不思議な気持ちが湧き起こってきた。

 胸のうちが暖かくなり、ルチエラさんをぎゅっと抱きしめてあげたくなる。私の中で涙をこぼすほど気持ちよくなってくれているのがとても嬉しくて、もっともっと奉仕してあげたくなる。

 同時にお尻から、とても大きな快感が湧き上がる。

 ルチエラさんのおちんちんが私の中をこすり上げるたびに、奥を突付くたびに、その部分から背筋がぞくぞくするような、頭のてっぺんまで突き抜けるような快感が感じられた。

 今までたくさんのおちんちんを受け入れてきたけれど、こんな快感を感じることは無かった。私にとって他者のおちんちんとは、たまってしまった性欲を私を便器代わりに排泄されるために押し込まれてくるものでしかなかった。

 だけど、今は違う。押し込まれているのではなく、ルチエラさんのおちんちんを包み込んであげているという感じだった。

 ルチエラさんが私の体の中で気持ちよくなっている。そのことが、私を気持ちよくしてくれる。それが嬉しくてルチエラさんをもっと気持ちよくしてあげると、私もさらに気持ちよくなる。際限の無い繰り返しだった。

 そうしているうちに、とうとうルチエラさんが限界に至った。ルチエラさんの腰が跳ね、私のお尻の奥に熱い迸りがたたきつけられる。私は腰の動きを止めると、その感触をじっくりと味わった。今までは単に終わりの合図に過ぎなかったそれが、今は深くじんわりと染み入るような快感をもたらしてくれる。冷えた体を浴槽に沈めた時の様に、体の奥に熱が染みとおるようだった。

 呼吸が落ち着き少し頭が冷えてくる。ルチエラさんの顔を見ると、焦点の合わない目で私のほうを見ている。その顔を見ると、私の胸の奥がきゅっと締め付けられた。衝動に突き動かされ、私は体を折り曲げるとルチエラさんに口付けした。

 ラファエラさんの唇が私のそれに触れる。おずおずと何かを恐れるように入ってくる舌を、私は拒まなかった。私たちの舌が絡まり、唾液が交換される。二人の唇が離れると、唾液の糸が一筋伸びた。

 ラファエラさんが私の体の上から離れ、私のおちんちんが解放される。ラファエラさんのぬくもりが離れていくようで、ちょっとさびしい。

「ルチエラさん、どうでした?」

「はい、すっごく、気持ちよかったです」

 私の答えに、ラファエラさんが嬉しそうに微笑む。

 私は不思議だった。

 私にとって、男の人のものでお尻を犯されるというのは苦痛でしかなかった。肉体的な痛みは無くても、無理やり体内に押し入られて精液を注ぎ込まれるというのは精神的に苦しいものだった。

 だけど、さっきのラファエラさんの様子は違った。私のおちんちんを飲み込んで腰を振っているときのラファエラさんは、本当に気持ちよさそうだった。私がラファエラさんの中に射精してしまったときにも、少しもいやそうなそぶりは無く、それどころかとても気持ちがよさそうだった。

 ラファエラさんは男に抱かれるのが好きなのだろうかと考え――それは違うということを思い出す。

 ラファエラさんがこのお屋敷にくることになったいきさつは――詳しくでは無いけれど――知っている。生まれ故郷で誘拐されて娼館に売り飛ばされ、無理やり薬を飲まされて女の子の体にされてしまうという、有る意味私より悲惨な身の上だったはずだ。

 それに、体を重ねることを気持ちいいと思っていたのはラファエラさんだけじゃなかった。私も、ラファエラさんに体を愛撫され、口付けまでされることに嫌悪を感じていなかったのだ。娼館に居たときに同じ事をされたときには、お客をはねつけるのを我慢するのに必死だったのに。それどころか、もっともっとラファエラさんを感じたいと、私はそう思っていた。

 ラファエラさんを見ると、しっかりと立ち上がったままのおちんちんと、その先端からあふれている蜜が目に入る。

「……どうしました?」

 思わずおちんちんに視線が釘付けになってしまった私に、ラファエラさんが問い掛けてくる。

「あの、ええっと、ラファエラさん……」

「なんでしょう?」

「ええと、今度は、ラファエラさんのおちんちん、私に入れてください……」

 なにか答えなければ、と思い――私は思ってもいなかった言葉を口にした。

「え……?」

 ラファエラさんが今度は戸惑ったような声をあげる。それを聞いて、私の頭は一気に冷えた。

「あっ! ごめんなさい、変な事言って! あのっ、すいません、こんな男の子の体なんかいやですよね!」

 自分がとんでもないおねだりをしてしまったことに気がつき、私は慌てた。

 どうしよう。ラファエラさんに嫌われちゃう。きっと、淫らな子だと思われた。ううん、それどころか、ちょっと優しくされたぐらいでおねだりをするようなどうしようもない子だと思われたかも――。

「あっ、いいえ、そういうわけじゃないんですよ。でも、ルチエラさんはそういうのいやだと思っていましたから……」

 ラファエラさんの言葉に、私はほっとした。

「あの、誰でもいいわけじゃないんです。ラファエラさんのだから、欲しいんです……」

 私はベッドにうつぶせると、お尻を自分の手で開いた。ラファエラさんの目の前に、恥ずかしい穴をさらけ出して懇願する。

「お願いします。私のここ、ラファエラさんのおちんちんで……」

「……いいんですか、本当に?」

「はい。お願いします……」

 数秒の間があった。やはり駄目なのだろうかと思ったちょうどそのとき、背後にのしかかってくる気配が感じられた。

 お尻の入り口に熱い物が押し当てられる感触があり、次の瞬間、それが私の体内に入ってきた。

 金の髪の娘が、ベッドにうつぶせた銀の髪の少年に背後からのしかかる。

 後ろの穴を犯されて、少年が喘ぐ。しかしその喘ぎは苦痛のそれではなく、喜びに満ちた快楽の声だった。

「んっ、ルチエラさん、苦しくありません?」

「いえっ、ラファエラさんの、おちんちん、とっても気持ちいいです……」

「そう……」

 やがてゆっくりと、娘の腰が動き始める。枕にしがみついた少年が喘ぎをあげ、やがてその声は甲高い嬌声になる。娘の荒い息と少年の嬌声。肉のぶつかる音と湿った穴の掘り返される音。室内には淫靡な快楽の音が満ちていた。

「あっ、ふあっ、あんっ、ラファエラさんっ、私っ、もう駄目えっ!」

「んんっ、私も、私もっ!」

 二人の声が重なった次の瞬間、娘がのけぞり、その逸物が少年の奥深くまで突き刺さった。二人の腰が震え、二人同時に快楽の絶頂を極める。やがてそれがおさまると、娘がゆっくりと少年の上から離れた。

「ラファエラさん、ラファエラさん……」

「どうしました?」

「……もう少し、こうしていていいですか?」

「ええ。お好きなだけどうぞ」

 娘の胸にしがみつきながら少年が問う。娘の答えは肯定だった。少年の頭を抱きながら、娘がそっとその髪をなでる。

「ルチエラさんの髪は綺麗ね。それにまっすぐで柔らか。きっと、伸ばしたらとても綺麗ね」

「そうですか? じゃあ、長くしようかな」

「そうしたら、私が毎日梳かしてあげますね……」

「ありがとうございます……」

 いつのまにかお互いを見つめながら会話をしていた二人の距離が縮まっていく。銀の髪の少年が目をとじてそっと唇を差し出すと、金の髪の娘がその唇に自らを重ねた。

 幾度も幾度も、ついばむような口付けを繰り返しながら、二人はしっかりと抱き合った。

● ● ●

「ラファエラ君」

「はい。御用でしょうか、サー・ゴードン」

「今夜は君に頼みたいのだが、いいかな?」

「……はい、お望みのままに」

 ルチエラさんとのはじめての夜から数日後、私はしばらくぶりに夜会の夜に広間に出ていた。ルチエラさんが厨房の手伝いをすっかり覚えたので、今夜は別々の場所で仕事をするように指示されたのだ。

 その夜会の場で、私はサー・ゴードンに声をかけられた。サー・ゴードンは私のことを気に入っておられるのか、月に一度ほどの割合で私を抱かれる。そういえば今夜も、前回からちょうど一月になる。

「こちらへどうぞ」

 二階の客用寝室へサー・ゴードンを案内する。扉を閉じると、サー・ゴードンはいつものように早速私を抱き寄せてきた。

 いささか強引な口付け。これはいつものことで、私はすっかり慣れっこになっていた――なっていたはずだった。今までであれば無感動に受け入れていたそれに、私の体がこわばる。

 勿論、サー・ゴードンに抵抗したりはしない。そのような行動は、このお屋敷のメイドとして許されないことだ。しかし、私は自分の反応に戸惑っていた。

「……? どうしたんだい、ラファエラ君」

 私の反応がいつもと違うことを、サー・ゴードンも気付かれたようだ。

「い、いえ、何でもありません、サー・ゴードン」

「……ふうん、まあいいか。じゃあいつものように頼むよ」

「はい」

 サー・ゴードンが夜会服を脱ぐのをお手伝いし、それを衣装掛けにかける。全裸になったサー・ゴードンが寝台にあがられると、私もそれを追った。

 まずは『いつものように』、サー・ゴードンの逸物に口で奉仕する。サー・ゴードンは私の口唇愛撫(フェラチオ)をことのほかお気に入りで、最初はこれを念入りにするのがいつもの手順だった。

 いつもどおりにサー・ゴードンの逸物を咥えながら、しかし私は不思議な気分になっていた。

 私にとって殿方の逸物を咥えるのは、それが仕事だからやっているに過ぎないはずだった。夜会の日の夜には娼婦となってお客様方を体を使って慰める、それがこのお屋敷のメイドの仕事。だからやっているだけ――のはずだった。

 仕事だから、義務だからやる。そこには何の感情も無いはずだった。しかし今、私はサー・ゴードンのものに奉仕しながら、不思議な昂揚感を感じていた。

 なぜそんなものを感じるのか、それが私にはわからない。しかし私の呼吸はだんだんと荒くなり、頬が熱くなっているのが感じられる。いや、頬だけではなく、全身が熱くなって行く様な気さえする。

 そんな風に私の調子が普段と違うのに、サー・ゴードンも気付かれたらしい。

「ラファエラ君、ちょっと……」

 押しとどめられ顔を上げた私に、サー・ゴードンが問い掛けられた。

「今日はどうしたんだい?」

「いえ、その、特に何も……」

 そうは答えたが、私自身も自分の変化に戸惑っていた。それを察せられたのだろう、サー・ゴードンはいつもとは違うことを言われた。

「ふうん。じゃあラファエラ君、君も裸になってくれ」

「? はい、サー・ゴードン」

 普段であれば、サー・ゴードンは着衣のまま挿入に及ばれる。私は下着だけを脱いで、スカートとエプロンを捲り上げた姿でお尻を差し出す。そこに後ろから挿入されるのが、普段のサー・ゴードンとの行為だった。

 エプロンから下着まですべて脱ぎ捨て一糸纏わぬ姿になった私を、サー・ゴードンがじっと見つめられる。その視線が恥ずかしくて、私は思わず両手で胸と股間を隠してしまった。

 隠してしまってからこれはまずかっただろうかと心配になったが、サー・ゴードンは別に怒り出したりはされず、何も言わずに私をじっと見つめている。その視線が突き刺さるように感じられ、恥ずかしさに私の体温はますます上昇するようだった。

 そして、私は自分の行動に困惑していた。

 今までなら、裸を見られようが局部を凝視されようが、私はどうとも思いはしなかった。ところが、今夜の私はそれに羞恥を感じていた。

 反射的に体を腕で隠し、わずかでも視線から逃れようと身をよじる。両足をぴったりとそろえて座り込み、胸と腰を両手で隠し、顔はうつむき加減で視線を相手からそらしている。

 まるで、初めて殿方に裸身を晒す小娘だった。

 どのくらいそうしていたか、おそらくはほんの数分のはずなのに、私にはまるで数時間にも感じられた。

 サー・ゴードンの両腕が伸びてきて私の肩に触れたとき、体がびくりと震えた。先ほどのようにわずかに強張るというようなものではなく、はっきりと分かるほどの震えだった。

 サー・ゴードンの右手はそのまま私の腕を伝い、胸を隠している手へと至った。そっと、丁寧に、しかし力強く、胸を隠していた手が引き剥がされる。左手は私の背に回され、逃さぬとでもいうように私の体を抱え込んだ。

 乳房をゆっくりと愛撫され、その部分から伝わる熱に私は驚いた。人差し指と中指の谷間にはさまれた乳首はかたくとがり、絶え間なく甘い刺激を送ってくる。パン生地のようにこねられる乳房全体からも、うっとりするような快感が感じられる。

 私はうつむいたまま、熱い吐息を吐いた。熱いお湯を張った浴槽に身を沈めた時の様に、体が芯から熱くなっていった。

 突然首筋に熱いものを感じて目を開くと、サー・ゴードンが私の首筋を吸っていた。さながら吸血鬼の口付けのように、敏感な首筋を吸い上げられる。

 次々と体のあちこちを揉まれ、撫でられ、吸われ、舐められ、私は快感に翻弄された。

 やがてすっかり力の抜けた私は、寝台に力なく横たわった。体が汗とサー・ゴードンの唾液でぬれ光っているのを、そして冗談のように溢れる自身の蜜を見ながら、私は自分に何が起きているのかわからなかった。

 そんな私を見下ろしていたサー・ゴードンが、私の両足を持ち上げられた。熱いものが後ろの入り口に押し当てられ、次の瞬間、私は貫かれていた。

 サー・ゴードンの逸物がずぶずぶと私の中に押し入ってくる。こじ開けられ、侵入され、自らの内側を蹂躙される感覚。今まではわずかな嫌悪の他は無感動に受け入れていたそれが、今日は私に強烈な興奮をもたらした。

 肉体が受ける感覚は以前と変わらない。敏感な粘膜をこすりあげられたり、内奥を先端でつつかれることには肉体的な快感は感じる。しかしそれは、男根をしごかれさえすれば自然と勃起するのと同じことだ。

 しかしそこから先が今までとは違う。

 今まではお腹の底にわだかまるだけだった快感が、背筋を駆け上がって脳天にまで達する。頭の中までが快感に満たされると同時に、何と言おうか、喜びの感情が私の心を満たす。

 殿方に牡の器官で貫かれることが嬉しい。

 相手にもっともっと私の体を楽しんで欲しい。

 私の奥の奥まで貫いて、子種をたっぷりと注ぎ込んで欲しい。

 言葉にすれば、このような感情だった。

 心の動きに体もこたえ、肛門はサー・ゴードンの逸物を締め上げ、内側は勝手に蠢いて先端を愛撫する。同時に私のものの先端からは蜜が溢れ、付け根の奥には今にも射精しそうな感覚がある。

「……動くよ、ラファエラ君」

「はっ、はいっ、どうぞ、お望みの――あっ、ああっ!」

 サー・ゴードンのものが往復するたびに、私の肛門から、いや、お尻全体から快感が湧き上がる。翻弄されて悲鳴をあげながら、私の理性は壊れる寸前だった。

 感情は欲望に素直に従い、私の体を操ってさらに快感を得ようとする。サー・ゴードンの動きに合わせて私の腰はうねり、一番気持ちの良い部分を突いて貰おうとした。

 一方で壊れかけの理性はひたすら混乱していた。何とかメイドの務めを果たそうと、すなわちサー・ゴードンにも快感を与えようとしながらも、自分が貫かれて喜んでいるという事実の意味がわからず、なぜ、どうして、とばかり考えてろくに体を操ることも出来ずにいた。

 やがてサー・ゴードンの腰の動きが激しくなり、絶頂が近いことを私に感じさせた。いつのまにか小脇に抱えられていた両脚を反射的にサー・ゴードンの腰に回し、私はその時に供えて身構えた。

 唐突にサー・ゴードンの動きが止まり、その逸物が私の奥深くに撃ち込まれたままそこで止まる。

 そのままびくびくと震え、私の中に熱く新鮮な子種を撒き散らす。

 その熱さが私の中に流れ込み、お腹の中の隙間を満たしていくようだった。

 私の両脚はサー・ゴードンの腰をしっかりと抱え込み、自分の中にいっそう押し込もうとするかのようにぐいぐいと締め付けた。

「サー・ローレンス、一体どのような手品を使ったのか、教えていただけませんか」

「私は別に手品など使ってはいませんよ、サー・ゴードン」

「しかしあのラファエラ君の変わり様はただ事ではないでしょう。先月まではまるで人形だったのが、昨夜はまるで初心な小娘だ。別人なのではないかと思いましたよ」

「私がした事と言えば、あの子を新人の教育係にして同じ部屋に住まわせただけですよ」

「それだけですか?」

「ええ。ラファエラが変わったとしたら、そのせいかもしれませんな」

「……なるほど。ところで新人というと銀髪の子でしたか。確かルチエラという名になりましたか」

「お耳が早いですな」

「しばらくぶりの新人ですからね。クラブでも話題になっていますよ」

「まだまだ教育が必要ですから、当分夜会には出せませんよ」

「それは残念です。賭けにも負けてしまって、二重に残念ですよ」

「賭け?」

「ええ。誰がラファエラ君を人形から人間に変えるピュグマリオンの真似事に成功するか、何人かで賭けをしていたんですよ。私はこれでも賭け率(レート)の低いほうだったんですがね」

「それはそれは。残念ながら勝負は引き分け(ドロー)ですな。掛け金は酒代にでもするとよろしいでしょう」

「いやまったく。賭けの参加者一同で残念会でも催しますかね。おっと、もうこんな時間か。それではサー・ローレンス、これで」

「ええ、お気をつけて、サー・ゴードン」

● ● ●

「ルチエラ、こっちの洗い物をお願い」

「はい」

 ホールから汚れたお皿が下げられてきた。私はそれを手早く洗い、綺麗な布巾で水気を拭き取る。

 お皿やカップ、グラスが下げられてくるたびにひたすらそれを洗い、綺麗に拭いてトレイに並べるのが今夜の私の仕事だ。

 ラファエラさんと一緒ではないので最初は緊張したが、どうやら失敗も無く仕事をこなせている。

 やがて夜会も終わり、まとめて持ち込まれた洗い物を数人で手分けして片付け終わるころには、夜もすっかりふけていた。

「ふう、片付いたわね。お疲れ様、ルチエラ。ゆっくりお休みなさいな」

「はい。おやすみなさい」

 先輩に挨拶をして部屋に引き上げると、私はメイド服を脱いだだけでベッドに倒れこんだ。ふと、横を見ると、ラファエラさんのいない空っぽのベッドが目に入る。

 今この時間に戻っていないという事は、ラファエラさんは広間の方でどなたかに誘われて、その方とベッドを共にしているのだろう。

 ラファエラさんが殿方とベッドを共にしている――そう考えた途端、私の胸にちくりとした痛みが走った。

 私は寝返ってうつぶせになり、枕に顔をうずめて今の想像を脳裏から振り払おうとした。しかし、振り払っても振り払っても、ラファエラさんが誰かに抱かれている姿が浮かんでくる。

 犬のように四つん這いになり、後ろから貫かれているのだろうか。

 横になった殿方の上に跨って、自分で腰を振っているのだろうか。

 それとも正常位の姿勢で、相手に抱きついているのだろうか。

 次から次へとラファエラさんのあられもない姿が私の脳裏に浮かび上がり、そのたびに胸の痛みが大きくなる。結局私はその晩ろくに眠ることが出来ず、ベッドの中で延々と右に左に転がっていた。

 空が白みかけたころに、扉が静かに開く音がした。私はとっさに扉の反対に顔を向け、ぎゅっと目を閉じた。

「ルチエラさん……?」

 小声で呼びかける声がする。私は眠った振りをしたまま耳を澄ませた。しかしラファエラさんはそれ以上言葉を発さず、ずり落ちかけていた私の毛布を直すと自分のベッドにもぐりこんだ。

 しばらく耳を澄ましていたが、やがてラファエラさんの静かな寝息が聞こえてきた。私はそれを耳にしながら、自分がどうして眠った振りなどしたのかと不思議に思っていた。

 やがて朝日が昇り、朝雲が太陽に照らされるのが窓から見える。起床の時間だが、ラファエラさんは目を醒ます様子が無い。

 夜会で会員の方のお相手を勤めたメイドは翌日の仕事を免除される決まり――一泊して翌朝までベッドを共にする方もいるため――なので、ラファエラさんは今日は一日お休みだ。

 私は音を立てないように静かにベッドを抜け出すと、洗面と着替えを済ませて食堂に向かった。

 使用人用食堂は普段より閑散としていた。幾人かはお客様と共に客用寝室のベッドの中だし、応接係を命じられたものはちょうど客室に朝食を運び込んでいる時間だからだ。

 いままでならこの日も私はラファエラさんと一緒に朝食をとったのだが、今日はそうではない。昨夜の食材のあまりをうまく使ったり、残り物を温めなおしたりした料理は普段より豪勢なのだが、なぜか味気ない気がした。

 食事が終わると、ミセス・ゴトフリートから今日の仕事の指示がある。わたしの今日の仕事は、広間の片付けの手伝いと床のワックスがけだった。

 昼前にはワックスがけも終わり、午後は仕事ではなく自室での学習の時間になった。礼儀作法の教本(テキスト)を読み進め、レディとしての作法を身につけるために勉強するのだ。

 昼食の時間の少し前、いったん自室に戻るとラファエラさんが目を醒ましていた。ベッドに座り込んだままぼうっとしているその姿に、なぜか不安を覚えた私は声をかけた。

「あの、ラファエラさん……?」

 ラファエラさんの肩がびくりと震えた。

「あ、ルチエラ、さん……」

「ど、どうしたんですか?」

「あ、いえ、何でも……」

 心ここにあらずな返答に私は不安になる。しかしラファエラさんは、それ以上何も言おうとはしなかった。

「あ、そうだ、お昼どうします? 食堂で一緒に食べませんか?」

「いえ、ごめんなさい、今ちょっと食欲が無いので……」

「そうですか……。あ、私、今日午後は自習なんです。ラファエラさん、見てもらえますか?」

「ええ、勿論」

 無理に笑顔を作りながら、ラファエラさんに甘えるように言ってみる。ラファエラさんも笑顔を返してくれたのだが、それはどこか無理をしているような、不安を感じさせる笑顔だった。

 私は食堂での昼食を大急ぎでお腹に詰め込む――ちなみにミセス・ゴトフリートに怒られた――と、木のカップに注いでもらったスープを手に自室へと戻った。

「ラファエラさん、スープだけでも……」

 ルチエラさんが差し出してくるカップを、私は両手で受け取った。スープそのものよりも、気遣いが嬉しくて自然に笑みがこぼれる。

 私の笑みに、ルチエラさんも笑顔で答えてくれる。それは昼食に出る前の会話のときのようなぎこちない笑顔ではなく、自然にこぼれるような笑顔だった。

 礼儀作法のテキストを読むルチエラさんを、スープをゆっくりと飲みながら見守る。

 まだ完全にこの国の言葉を会得していないルチエラさんは、時々小難しい言い回しで詰まったり、あるいは発音が微妙におかしかったりする。私は勘違いを訂正してあげたり、発音の手本を示してあげたりして、会話術の勉強を手伝ってあげる。

「……ふう。紳士や淑女の皆様って、おしゃべりをするだけでも肩がこりそうですね」

「うふふ、慣れれば平気ですよ。身に付けば、考えなくても自然に言葉が出てくるようになります」

「そうですね。がんばらないと!」

「その意気です。でも肩の力は抜いたほうがいいですよ」

 椅子に座るルチエラさんの後ろに回り、その両肩に手を乗せて軽く揉んであげる。思ったとおり、ルチエラさんの肩はがちがちに凝っていた。

「……あの、ラファエラさん、もう大丈夫なんですか?」

「え?」

「いえ、あの、今朝様子がおかしかったですし……。もしかしたら夕べなにか酷いことでも……」

 ルチエラさんの言葉に、私はどうして彼女の様子がおかしかったのかを理解した。同時に、自分の方が彼女に余計な負担をかけていたことも。

 私は彼女の首に両腕を回すと、その肩に顔を乗せるようにして頬擦りをした。

「ラ、ラファエラさん!?」

「ありがとう、ルチエラさん。でも大丈夫。本当に、何も酷いこととかはされてないですよ」

「そ、そうですか……」

 そのままじっとしながら、ルチエラさんの匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、私は考えた。

 答えはすぐに導き出され、私はささやき声でルチエラさんに話し掛けた。

「……ルチエラさん、今夜お風呂から出たら、一つお話したいことがあります」

「はい? 何でしょう?」

「夜まで待ってください――私の気持ち、全部お話しますから」

「はい」

 夜がくるのを恐れると同時に待ちわびながら、私はルチエラさんを抱く腕に力をこめた。

 オイルランプの明かりに照らし出された夜の室内は、昼間とはどこか違う秘密めいた空気を持っている。厚手のカーテンが窓硝子を覆い、密室の雰囲気が漂っているせいかもしれない。

 二つあるベッドの片方に、二つの人影が並んで腰掛けている。片方は長い金髪の女性、もう片方は銀髪の少女――少年だった。

「率直に言いますね」

「はい」

「私は、ルチエラさんのことが好きです。お友達や、お仕事の同僚としてではなくです」

「……」

「勿論、だからルチエラさんにも私を愛して欲しい、なんて言う気はありません。あくまでも、私の勝手な気持ちですから……」

「……」

「……ごめんなさい、ルチエラさんには迷惑な話でしたね。でも、どうしても言っておきたかったんです」

「……」

「……ごめんなさい、ルチエラさん。明日、私からミセス・ゴトフリートにお願いして部屋を別々にしてもらいます。だから今晩だけ我慢して――」

「――つから」

「え?」

「いつから、なんですか?」

「……そうですね、はっきり自覚したのは今朝、いえ、今日の午前中ですね」

「自覚、ですか?」

「ええ。この間からいろいろあって、私、朝からずっと考えていたんです」

「……」

「それでね、気がついたんです。私はルチエラさんのことが好きなんだなあって」

「……」

「私がどうしてこのお屋敷にきたかは知ってますよね?」

「はい。ミセス・ゴトフリートや他の人たちから……」

「私の心は磨り減っちゃっていて、きっともう、嬉しいとか楽しいとか、感じることは無いと思ってたんです」

「……」

「だけど、ルチエラさんといると、だんだんいろんなことが感じられるようになってきたんです」

「……」

「きっと私の中の隙間が少しずつルチエラさんで埋められていって、もう全部が埋まってるんですよ」

「……」

「ごめんなさい、迷惑ですね……。ルチエラさん、指導は誰か他の人に代わってもらって――」

「迷惑だなんて、そんなことありません!」

「えっ?」

「わたっ、私もっ、ラファエラさんのこと、好き、大好きです!」

「……」

「最初から、最初に会った時から、ずっと、素敵な人だって思ってました」

「ルチエラさん……」

「それから、身寄りもいない遠くの国に来て、不安だったけど、ラファエラさんといると、安心できて……」

「……」

「それでいつのまにか、ラファエラさんの事考えると胸がどきどきして、ラファエラさんが戻ってこなかったときには胸が痛くなって――」

 金の髪の娘が、銀髪の少年をふわりと抱きしめた。少年の声が途切れ、室内には沈黙の帳が落ちる。

 しばらくの沈黙の後、金髪の娘の口から笑いが漏れた。

「くすくすっ」

「? どうしたんですか、ラファエラさん」

「だって、自分がおかしくて……」

「?」

「私たち、両想いだったんですよね? それなのに私ったら、一人で勝手に悩んで、ルチエラさんから離れようとして……」

「ラファエラさん……」

「私ったら、本当に莫迦みたい」

「それは私も同じです! 嫌われたらどうしようかって思ったら、怖くて何も言い出せなくて」

「うふふ、じゃあ私たち、お似合いですね。これからもよろしくね、ルチエラさん」

「はい! あの、早速ですけど、一つお願いしていいですか?」

「何ですか?」

「私のこと、さん付けじゃなくて、名前だけで呼んで欲しいんです。駄目ですか?」

「勿論いいですよ。じゃあ私のことも、名前だけで呼んでくれますか?」

「はい! あ、じゃあ、私と喋る時は、喋り方ももっと楽にしてもらえますか? ご主人様やお客様の前じゃないんですから……」

「……うふふ、そうね。じゃあルチエラも、それでお願いね」

「うんっ! ラファエラ、大好き!」

「私もよ、ルチエラ」

 どさりと音がして、二つの人影画ベッドの上に倒れこんだ。しっかりと抱き合って唇を重ねる二人の顔は、永遠の伴侶を得た恋人同士の至福に満ちていた。

● ● ●

「ルチエラ、あなたには明日の夜会で広間に出てもらいます」

 ミセス・ゴトフリートの言葉に、当の本人ではない私の心臓が跳ね上がった。思わず隣に立つルチエラを見ると、ルチエラも緊張した表情で生唾を飲み込んでいる。

「……はい、ミセス・ゴトフリート」

 ミセス・ゴトフリートに答える声も硬く、語尾はかすかに震えている。

 この屋敷に来てから一年の間に、ルチエラはすっかり女の子へと変貌した。朝起きたときの仕草から、仕事振りからその他の立居振舞まで、どこを見ても男の子の名残は見えない。

 そして夜。初めて彼女を抱いてから幾度も彼女を抱いているが、私に貫かれているときのルチエラは男に貫かれて喘ぎ悶える女性そのものだった。股間で揺れる物を見なければ、私ですら実は彼女が男だとは信じられないくらいだ。

 わずかに彼女が男らしさの名残を見せるのは、その逸物で私の後ろを貫くときだけだ。そのときだけは、雄の器官の命じるままに雌を犯し子種を注ぎ込むという、男そのものの振る舞いを私に見せてくれる。

 しかし今のルチエラは、一年ぶりに見知らぬ男性に体を開くことを命じられ、不安と恐れに身を震わせる少女だった。

 やがてその日の仕事も無事に終わり、夜の仕事を割り当てられている者以外は自由時間になる。このお屋敷では使用人ではない人間はご主人様だけなので、小間使いの仕事もほとんど無く、この時間はほとんどの者が自由にしている。

 使用人用の喫茶室(ティー・ルーム)やラウンジを兼ねる食堂で、私とルチエラは暖かくした牛乳に砂糖を入れたものを飲みながらおしゃべりをしていた。時々通りかかる同僚のメイドがルチエラに励ましの言葉をかけていく。しかし、ルチエラの表情は晴れなかった。

 やがて飲み物を干した私たちはカップを洗って片付け、寝室に引き上げた。

 ランプの口金を絞って火を落とし、それぞれのベッドで横になる。ルチエラが口を開いたのは、おやすみの挨拶を交わしてからしばらく後のことだった。

「……ラファエラ、起きてる?」

「……うん」

「私ね、怖いの、明日の夜が……」

「……大丈夫、倶楽部の方たちは、みんな紳士よ。安っぽい娼館のお客とは違うわ」

「ううん、そうじゃないの」

「……」

「あのね、私、前はお尻におちんちん入れられるのって、すごくいやだったの。痛くて、辛くて、気持ち悪くて……」

「……」

「でも、ラファエラにされるときって、すごく気持ちいいの。気持ちいいことだって、知っちゃったの」

「……うん」

「でも、もし他の人にされて、それで気持ちよくなっちゃったら……」

「……」

「他の人を相手にして気持ちよくなるような子は嫌いって、もしラファエラに言われたら……」

 ルチエラの言葉の後半は震え声でよく聞き取れなかった。もしかしたら泣いているのかもしれない。

「そんなこと、気にしなくていいのよ、ルチエラ」

「え……?」

「別に体が気持ちよくなっても、心が私を好きでいてくれればいいの! ううん、もし浮気しても、私があなたのお尻をたっぷり犯して、気持ちよくして、取り返してあげる!」

 私は強い口調で、多少野卑な言葉もわざと含めて、彼女に向かって断言する。

「だから気にしないで。お客様に抱かれるんじゃなくて、自分がお客様を気持ちよくしてあげるんだぐらいの意気込みで行きなさい」

「……うん! ありがとう、ラファエラ――大好き」

 最後を小声で言うと、ルチエラは私に背を向けて毛布に包まった。きっと毛布の中では真っ赤な顔をしているに違いない。対する私も、毛布の中で一人で百面相をしていた。

 ああは言ったもののやはり心配。

 ううん、大丈夫。

 でももしも――。

 もしそうなったら今言ったとおりに――。

 ルチエラにもっともっと私のことを好きにならせるんだから。

 さまざまな考えが次々に浮かび上がり、そのたびに自分の表情が変わっているのが分かる。明かりを落としておいてよかった、と思いながら、なかなか寝付けずに私はベッドの中を転がった。

 初めて見る夜会は一見普通のパーティーと変わりがなかった。お屋敷ではヘルマプロディトス・クラブの定例の夜会以外にも時々パーティーが催され、そちらの方では私も使用人として仕事をしてきた。この夜会も、そういったパーティと変わらないように見えた。

 目立って違う点といえば、まず参加者がほとんど男性であるという事だった。婦人同伴で来ているお客様もちらほらと見えるが、ほとんどの方は単独での参加だった。クラブのメンバーのためのパーティーなのだから、これは当然だった。

 そうした見かけ以上に、平日にパーティーとはまったく違う点がこの夜会にはあった。それは、パーティーの主役がある意味で私達――このお屋敷のメイドであるということだ。

 この場に備え、今日の午後私たちは昼間からお風呂に入り、体を念入りに磨き上げた。普段私たち使う石鹸も質のいいものだったが、それに加えて柔らかな花の香りの香料が入ったものを使い、体の隅々まできれいにした。体が温かいうちに、乳液で肌をしっかり整える。

 それから化粧を念入りに整え、普段とは違う下着を身に着ける。私に渡されたのは飾り編み(レース)飾りひだ(フリル)で飾られた程度のものだったが、生地が薄くてほとんど透明なものや、レースだけで出来ているような物を渡された者もいた。

 私たちは有る意味ではこの夜会の主役だが、見方を変えれば今夜の主菜(メインディッシュ)であるともいえる。準備をしている間、私は自分で自分を下ごしらえしているような気がしてならなかった。

 故国の娼館で客を取らされていたときには、こんな手の込んだ準備は必要なかった。私たちのいる部屋に客がくる。客は私たちを好きに扱う。満足した客が帰ったら部屋を掃除して次の客を待つ。これだけだった。

 しかしここでは、お客様のためにさまざまな準備をしなければならない。ミセス・ゴトフリートは『自分を安売りしてはいけません。あなたたちはお客様に相応しい高級品でなくてはならないのです』と言っていた。聞いたときには、私たちは壷や宝石か、と思ったものだったが。

 ともあれ準備は終わり、夜会の時間が来た。私たち応接係やホール係を命じられたものは、お客様をお出迎えし、ホールの仕事をこなさなければならない。

 私の今夜最初の仕事はお客様のお出迎えだった。

 馬車止めに馬車の止まる音がして、玄関扉のノッカーがコンコンと音を立てた。私は扉を開き初めてのお客様をお迎えした。

「いらっしゃいませ」

「やあ、こんばんは」

 お客様はウィルソン伯爵家の御次男、サー・トーマスだった。私はサー・トーマスの杖と帽子、外套を預かりクロークに収めると、パーティーが行われているホールにご案内した。

 空になった什器を片付けるためにホールに足を踏み入れたとき、周りからの視線を感じた。勿論、それを見返すようなはしたない真似はしない。何事も無いかのように、空のグラスや料理の皿をトレイに回収していく。

 ホールに出入りするたびに、注目されているのを感じた。気のせいかとも思ったが、さりげなく見回してみるとそんなわけでもないようだった。おそらく新しい顔ぶれの品定め中という所なのだろう。

 声がかけられたのは、新しいグラスをテーブルに並べ終わって厨房に戻ろうとしたときだった。

「ああ、君、ルチエラ君、だったか」

 空のトレイを卓上に置き、振り返る。そこにいたのは、先ほどお出迎えをしたサー・トーマスだった。

「はい、御用でしょうか」

「今夜は君に頼みたいんだけど、いいかい?」

「……はい、ご希望のままに」

 心臓が大きく鼓動する。ついにこのときが来た。私は内心の緊張を押し隠すと、サー・トーマスを二階へと案内した。

「こちらへどうぞ」

 階段を上がって角から三つ目の部屋にサー・トーマスを案内する。

 扉を閉めて振り返ると、サー・トーマスが私をじっと見ていた。その視線に気おされたような気がして、私は動くことが出来なかった。

「ああ、じろじろとすまない。そんなに固くならないでくれ」

「あ、はい、失礼しました……」

 以前の娼館とはあまりにも違う雰囲気に、私は戸惑っていた。メイドとしての作法はきっちりとしつけられたが、このようなときの振舞い方は教えられなかった。私はミセス・ゴトフリートを恨んだが、それでこの場がどうなるわけでもなかった。

「君の体を、見せてくれるかい?」

「……はい、サー・トーマス」

 私はメイド服から下着までをすべて脱ぎ、サー・トーマスに全裸を晒した。ラファエラやミセスゴトフリートに比べれば勿論、他のものに比べても貧弱な胸が恥ずかしくて、私は思わず腕で胸を隠した。

 何がおかしかったのか、サー・トーマスがくすりと笑われる。

「こちらへどうぞ、お嬢さん」

「え? あっ、はい!」

 サー・トーマスは女性をダンスに誘うときのように、私に手を差し伸べられた。私はその手を取り、誘われるままにベッドへと導かれる。

 私がベッドに上がると、ご自分で服を脱いで裸になられたサー・トーマスもベッドに上がってこられた。ついに、いよいよ、と思うと、体が再び固くなるのが感じられる。

「そう緊張しないで、といっても無理か」

「申し訳ありません……」

「いや、いいよ。しばらく僕の好きにさせてくれるかい?」

「は、はい。どうぞご自由に……」

「ありがとう」

 私はサー・トーマスの紳士的な態度に戸惑うと同時に、少なからず安心もしていた。しかし次にサー・トーマスが取った行動は、再び私を戸惑わせるものだった。

 サー・トーマスは私の右足を両手でささげ持つと、レディの手にするかのようにその甲に口付けたのだ。

「サ、サー・トーマス! そのような――」

「僕の好きにさせてくれるって言ったろう。それに、君の足は石鹸のいい匂いしかしないよ」

 サー・トーマスは私の右足の指を一本ずつ丁寧に舐められ、続いて脛にも口付けをされた。そのまま膝までさかのぼり、そこで今度は左足に移られる。

「……私の足など舐めて、楽しいのですか?」

「ああ。綺麗な足は、芸術品だね。それに奉仕できるのは僕の喜びだよ」

「でしたら、んっ、もっと上の方まで、どうぞご自由に、なさってください」

「そうかい? じゃあ遠慮なく」

 サー・トーマスは私の右足を持ち上げると、太ももの内側に下を這わせ始められた。当然私の股間はさらけ出され、固くなったおちんちんがあらわになる。私のおちんちんは固くそそり立ち、先端からこぼれた蜜が竿の半ばまでを濡らしていた。

 両の太ももを舐め回され私は今まで感じたことの無い興奮を覚えていた。立場的には使用人に過ぎない私に対してまるで奴隷のように口で奉仕するサー・トーマスの姿を見ていると、背筋にぞくぞくとした快感のような物が走る。

「んっ、サー・トーマスは、あっ、私の脚だけで、ご満足なのですか?」

「いいや。出来れば他のところも味わいたいな」

「他のところと、んくっ、言われますと……?」

「そうだね。君の、男根を受け入れるための穴とか……」

「サー・トーマスは、私のお尻を、舐めたいと仰るのですか?」

「ああ。お許し願えるかな?」

「はい、勿論です。どうぞ……」

 足を伸ばしてうつぶせになり自分の手で尻たぶを割り開く。こんな格好はラファエラにしかして見せたことが無いというのに……。我ながら恥じらいも何も無い格好に頬が熱くなるが、羞恥心以上の興奮が私を突き動かしていた。

 と、生暖かく湿った感触が私の肛門粘膜を襲った。サー・トーマスの舌が私のお尻の穴の周囲を舐め回しはじめたのだ。

 先ほど足を舐められていたとき以上の興奮が私を襲い、全身に鳥肌が立つような感覚が走る。それは嫌悪感ではなく、まったく未知の快感だった。

 突き動かされるように、私はサー・トーマスに声を投げかけた。

「そ、そんなところを嘗め回して、喜ばれるなんて、サー・トーマスは、変わったご趣味を、お持ちなのですね!」

「さっきも言っただろう。美人に奉仕するのは僕の喜びなのさ」

「それではまるで、んっ、サー・トーマスが、使用人みたい、ですね」

「うん、いや、使用人なんてものじゃないね。今の僕は君の奴隷さ……」

 君の奴隷、という言葉に私の興奮が高まった。勿論それは単なる修辞に過ぎないのだろうが――。

「うふ、ふふふ――でしたら、働き者の奴隷には、ご褒美を上げないといけませんね。何か、お望みはありますか?」

「ああ、出来れば僕のものを、君のこの穴で慰めて欲しいな」

「あら、サー・トーマスは、こんなお尻の穴を、犯したいと仰るのですね」

「ああ、ぜひとも頼むよ。もう僕のものもはちきれそうなんだ……」

 首をひねって背後を見ると、サー・トーマスのいきり立った逸物が目に入った。怒張しきって青筋を浮かせたそれは、今にもはちきれんばかりの勢いだった。

 私は仰向けに姿勢を変えると、自分で両膝を抱えて尻穴をさらけ出した。

「それではどうぞ、お好きなだけ……」

 ずぶり、と熱い塊が私の中に入ってくる。そこに苦痛はまったく無く、ただ甘美な快感だけがあった。

 尻穴を突き上げられるたびに私は甘い声をあげてあえいだ。はらわたを突き抜けるような、背骨を貫くような快感に、私は我を忘れて溺れていた。

「くっ、ルチエラ君、そろそろっ」

「んっ、どうぞっ、来てください、私の、中にっ!」

 数秒後、サー・トーマスの動きが止まり、逸物がひときわ深く私の中を穿った。その直後、熱い爆発が私のお尻の奥で起こった。体内に注ぎ込まれたものに押し出されたかのように、私のおちんちんからも白いものがこぼれた。

 呼吸が少し落ち着くと、サー・トーマスは私の中から逸物を引き抜いた。そのまま私たちはベッドに横たわって呼吸を落ち着けた。

 呼吸が落ち着くにつれて思考能力が回復してくる。先ほどの自分の言動を思い返してみると、とんでもないことをしていたような気がした。

「あの、申し訳ありません、サー・トーマス……」

「え、何がだい?」

「その、奴隷だのご褒美だのと……」

「ああ、そんな事か。別に問題は無いよ」

「ですが……」

「いやいや、本当に問題ないんだ――いい事を教えようか?」

「はい、何でしょう?」

「僕と同じような趣味の人間は、ヘルマプロディトス・クラブには何人も居るんだ」

「そうなのですか?」

「ああ。詳しくはミセス・ゴトフリートに聞いてみるといい。彼女はそういった趣味の人間の憧れの的だからね」

 それから私たちは身だしなみを整えると、再び連れ立ってホールに戻った。夜会はまもなくお開きの時間で、人影も大分少なくなっていた。

 サー・トーマスをお送りした後、私は部屋に戻った。まだ後片付けが残っていたのだが、私のくたびれた様子にミセス・ゴトフリートが片付け作業を免除してくれたのだ。ラファエラは今日は厨房の仕事に廻されているので、戻ってくるのはもうしばらく後になるだろう。

 メイド服を脱いでベッドに横になると、どっと疲れが押し寄せてきたような気がした。肉体的にはそれほどでもないはずなのだが、たぶん緊張していたせいで実際より疲労しているように感じられるのだろう。

 横になった弾みに、お尻の中でサー・トーマスの精液が波打ったような気がした。その感覚に、私は先ほどの自分の痴態を思い返した。

 尻穴を男根で貫かれ、突き上げられて喜びもだえ、最後には自分も精を漏らして絶頂する。そこには一年前までの、男に抱かれる嫌悪感に必死に耐えていた自分の姿は無かった。このお屋敷に相応しい、男に貫かれるためのメイドの姿があるだけだった。

 こんな自分をラファエラは嫌わないだろうかと考えて――ラファエラも同じなのだということに気がついた。

 夜会の晩にお客様とベッドを共にした後のラファエラは、申し訳なさそうな、あるいは罪悪感を感じているような顔をしていた。あれは多分今の私と同じような気分になっていたのだろう、と今なら推測できた。

 ベッドの上を転がりながらあれこれと考えていると、ドアの開く音がした。

「あ、おかえり、ラファエラ」

「あら、ルチエラ、そんな格好で何してるの?」

 言われて、自分が応接用の下着姿なのに気がつく。

「私のこと誘ってるのかしら?」

 くすくすと笑いながらラファエラが言う。その態度に私はほっとすると同時に、再び不安を感じた。思わず顔をそむけ、ラファエラから視線をはずしてしまう。

「……ねえラファエラ、私今日、お客様に抱かれたの」

「……そう」

「ラファエラ、私のこと抱ける? 今もお尻の中に、お客様の精液が残ってるんだよ」

 不安感に突き動かされるように、私はラファエラを試すような言葉を口にしてしまった。

 もしラファエラがこれで私を拒んだら――だけど拒まれるにしても受け入れられるにしても、いつまでも悶々とした気分を抱えていたくは無かった。

 これが自分勝手な振る舞いだということは分かっている。こんなことをする自分はいやな子だとも思う。しかしそれよりも、不安感のほうが強かったのだ。

 恐る恐るラファエラの顔を見る。そこにあったのは、普段のような太陽のような明るい笑顔だった。

「よかった!」

「……え?」

 ラファエラが何を喜んでいるのか分からず、私は呆けた声をあげた。一体何が嬉しいのだろうか?

「私心配したのよ。ルチエラが男の人に抱かれるのが嫌じゃなくなっていたら、私よりもお客様を好きになっちゃったりするんじゃないかって」

「……」

「でもそんな事言うってことは、ルチエラはまだ私の事好きでいてくれているのよね?」

「うん! あたりまえ!」

「だから、よかった、って――あら?」

 私はラファエラに抱きつくと、その胸に顔をうずめてぎゅっとしがみついた。涙がこぼれ、エプロンにしみこんでいく。不安は消え去り、今私の中にあるのは喜びの感情だけだった。

「うふふ、そういえばさっきの質問に答えてなかったわね。ルチエラ、今夜はたっぷり相手してもらうわよ」

 私は声を出さず、しがみついたままこくこくと頷いた。

 ルチエラの下着を丁寧に脱がせ、たたまずに綺麗に伸ばして私のベッドに広げておく。応接用の下着はデリケートなので、折り目やこすれ傷がつかないように丁寧に扱わなければならない。

 全裸のルチエラが、不安と期待が入り混じったような顔をして私を見ている。私は一つ微笑んでから、その唇に自分の唇を重ねた。

 挨拶代わりにするような軽い口付けではなく、舌を絡め、お互いの口腔を嘗め回し、唾液を交換する、愛撫としての、あるいは前戯としての口付け。数分かけて堪能し、離れるときには混ざり合った唾液が糸を引いた。

「ねえルチエラ、今夜はどんな風にされたの?」

「ええっと、最初はお客様が私の脚に口付けを……」

「あら、それじゃお相手はサー・ロナルド?」

「え? ううん、サー・トーマスだけど……」

「あら、あの方もそちらの趣味だったのね」

 私は最初はルチエラの右足から、丁寧に隙間無く舐めてゆく。サー・トーマスの痕跡をすべて舐めとり、私のもので塗りなおしてゆくように。

「うふふ、それでお嬢様、足の次はどこを舐められたの?」

「お、お尻の穴の、周り……」

 私の問いに答えるルチエラの顔は真っ赤で、声も途切れがちだ。

「じゃあそのときと同じ格好をしてもらえるかしら」

「え……」

「どうしたの?」

「しないと、駄目?」

「うん」

 ルチエラはベッドの上にうつぶせになって脚を軽く広げると、自分の両手でお尻をつかんで割り開いた。真っ白い肉の塊の間の桃色のすぼまりがむき出しになり、痙攣するようにひくひくと震えているのがさらけ出される。

「あら、こんな格好を見せたのね。私にしか見せてくれないと思ってたのに」

「ご、ごめんね、ラファエラ」

 私はそれに答えず、ルチエラの菊門に口付けした。それから舌を出して、しわの一つ一つを伸ばすように丁寧に嘗め回す。全部の隙間を私の唾液で塗りつぶすように。一舐めするたびにルチエラの腰やお尻がびくりとするのが、なんだか楽しくなってくる。

「……次は? 何をされたの?」

「お、おちんちんが、私の中に……」

「じゃあそのときと同じ格好をして」

「うん……」

 再び仰向けになったルチエラが、両脚を自分で抱くようにしてお尻をさらけ出す。積極的に貫かれたがっているとしか思えない格好だ。

「まあ、お嬢様。なんてはしたない格好。淑女のなさる事ではありませんね!」

「ご、ごめんなさい!」

 軽くからかうつもりだったのだが、ルチエラは本気で謝っている。目じりには涙がにじんでおり、相当恥ずかしいようだ。

「あ、こっちこそごめんね。ちょっとからかいすぎたかしら」

「ラ、ラファエラの意地悪……」

「うふふ、ごめんなさいね」

 そんな会話をしながら、私はメイド服のスカートを捲り上げて下着を下ろした。すっかり大きくなっていたおちんちんがさらけ出される。

 ルチエラにのしかかって、先端をすぼまりにぴったり合わせる。

「いくわね」

「うん」

 ずぶりと貫くと、ルチエラのおちんちんがびくりと跳ねた。一気に奥までは貫かず、一吋刻みに少しずつ、少しずつ挿入していく。すべてがルチエラの中におさまるまで、一分以上かけたと思う。

「それで最後は、どうなったのかしら?」

「んっ、お尻の中に、あうっ、出され、てっ、私もっ、いっちゃったの、あんっ!」

「じゃあ私もたくさん出してあげなきゃね」

 私のものでルチエラの中をこすり、突付き、かき回し始める。出入りするたびに上がる嬌声が、まるで音楽のように聞こえる。

「あっ、だめ、もうだめ、わたしもう、いっちゃうよ!」

「んっ、私も、そろそろ、いきそう、中に、出すわよ」

「きてっ、ラファエラの、ぜんぶわたしに、そそぎこんでっ!」

 私はルチエラに言葉で答える変わりに、自らの精を解き放った。本来なら子供のもとになる液体が、どくどくとルチエラの中に注ぎこまれていく。ルチエラも絶頂したのか、おちんちんをびくびくと震わせて同じ物を放っていた。

 しばらくそのままの姿勢で余韻を味わった後、私は少しやわらかくなったおちんちんをルチエラの中から引き抜いた。ルチエラはぼんやりした顔で私を見上げている。

 私はルチエラに微笑みかけると、再び唇を重ねた。たっぷりとお互いを味わってから、名残を惜しみながら離れる。

「どうかしら。私がルチエラのこと好きって、信じてくれた?」

「うんっ! 私も、ラファエラ大好き、一番好きよ!」

「うふふ、ありがとう」

 もう一度唇を重ね、私たちはしっかりと抱き合った。

● ● ●

 コンコン、コンコン

「失礼、通してもらうよ!」

 慌しく叩かれたノッカーに訝りながら扉を開けると、息を切らせた男性が案内も待たずに応接室に向けて早足で歩き始めた。帽子やステッキを預かる暇も無い。びっくりした私は、慌ててそのお客様――ハーヴィー伯爵家のサー・アーサーだった――の後を追った。

 私が追いついたとき、応接室からティーワゴンを押して出てきたラファエラを、サー・アーサーが押しのけようとしているところだった。

「すまない、ちょっと通してくれ。サー・ローレンスにお話があるんだ」

「困ります! ただいまサー・ローレンスはお客様の応対中です!」

「知っている。その客にも用があるんだ」

 ラファエラを、丁寧に、しかし断固とした態度で退けると、サー・アーサーは応接室の扉を引き開けた。

「失礼! 取り込み中のところ、お邪魔する!」

 押し問答の声を聞きつけたのか、階段の手すりやら廊下の曲がり角やらからいくつも顔がのぞいた。お茶を出し終えて応接室から出てきたばかりのラファエラと、サー・アーサーを玄関から追いかけてきた私に問い掛けるような視線が集まるが、私たちにも何がなんだかさっぱりわからない状況だった。

 確か応接室にいたのはご主人様とメイドのミカエラ、それにお客様のミスター・ディクソンの三人だったはずだ。そこにサー・アーサーが踏み込んでいった――私たちにわかるのはそれだけだった。

 私とラファエラがそろって首を横に振ると、皆が足音を殺しながら応接室の前に集まってきた。それぞれの仕事の途中だったためか、はたきだのモップだのを手にしているものもいる。

 皆で顔を見合わせ戸惑う。と、一人が扉に耳を寄せた。勿論盗み聞きなどというはしたない真似はメイドとして言語道断なのだが、今回は事情が事情だ。私も扉に耳をつけ、中から聞こえてくる声に耳を澄ませた。

『……毎晩男色に……クラブは売春宿じゃ……』

『そ、それは……誤解……』

 ところどころ聞き取れないのだが、どうもミカエラの事を巡ってサー・アーサーとミスター・ディクソンが争っているらしいということはわかった。

 ミカエラは三年前にこのお屋敷に来た、私より一年後輩にあたる子だ。私やラファエラとは違って元男娼というわけではなく、家族の借金の返済のための奉公だった。

 ミカエラは、素質が有ったというべきか、いったん女性としての自分を受け入れてからは私などよりずっと早くそれに馴染んだ。女性らしい優しさや細やかさ、メイドの実務能力と奥ゆかしさ、そして淑女としての教養と礼儀作法など、どの面をとってもはっきり言って私より上だった。

 そしてそんな彼女はヘルマプロディトス・クラブの会員男性(一部は「元男性」)の間でも人気者だった。サー・アーサーが彼女にご執心なのは周知の事だったが、他にもミカエラを気にしている方は幾人もいた。ミスター・ディクソンもその一人だった。

 その二人がミカエラをはさんで言い争いをしている――この状況から考えられることは、ほとんど一つしかない。つまり、どちらが彼女を手中にするかの争いというわけだ。

 いつのまにか扉にはその場の全員が耳をつけ、固唾を飲んで聞き入っていた。

 こんな所をミセス・ゴトフリートにでも見られたら、お小言ではすまない雷を落とされるだろう。しかし私はその時我慢をすることが出来なかった。

 ミカエラがサー・アーサーに好意を抱いているのはここにいる全員が知っている。夏のサー・アーサーとのバカンスの後には(本人は隠そうとしていたけれども)しょっちゅう思い出し笑いをしたり一人で頬を染めたりしていたし、ここしばらくサー・アーサーが姿を見せられなかったあいだ沈み込んだり憂鬱気な溜息をついていたりしたのは皆が何度も目にしている。

 私はどちらを応援するかといわれればサー・アーサーを応援したい気持ちだった。それはここにいる全員が同じ気持ちだと思う。

 私たちは全員身分としてはメイドに過ぎず(おまけにほとんどが借金持ちや身柄自体が借金のかただ)、しかも体は本当は男性である。そんな私たちが自分の好いた相手に自分も愛され、たとえ愛人としてでもその方の物になれるというのはある意味夢のような話だ。だから出来ればミカエラには、その夢をかなえて欲しかった。

 そうこうしている内に、応接室内のほうでは話が進んでいた。

『……これで失礼する! 今度の話は無かったことにしていただこう!』

 ミスター・ディクソンの声がして、扉に向かって慌しい足音が近づいてくるのが聞こえる。皆が慌てて扉から離れると同時に扉が開いてミスター・ディクソンが現れた。

 私たちのほうを見ようともせずに玄関に向かうミスター・ディクソンをお見送りするために、メイドの一人が慌ててその後を追う。後に残った私たちは、再び全員で扉に耳をつけた。

『……約束を父から取り付けました。彼女には……同行……』

 切れ切れに聞き取れたサー・アーサーの言葉に私は息を呑む。サー・アーサーはミカエラを愛人どころか、妻として迎えたいと言っておられるのだ。そのためにお父上を説得し、ためらうミカエラも一生懸命に口説いておられる。

 私たちは全員、全身を耳のようにして会話の続きを待った。

『……ことはありません! 私は、その、アーサー様のことをお慕いしています……』

『僕も君を愛してるよ。お互いに相手を好きで、何も問題は無いだろう?』

『はい――はい、アーサー様!』

 扉に耳をつけていた全員の顔に、ぱっと笑顔が広がった。顔を見合わせ、声を出せないながらも笑顔を交し合う。

 私はミカエラを祝福してあげたい気分でいっぱいだった。それはラファエラも、そしておそらくここにいる全員が同じ気持ちだったはずだ。

『……客間を一つ……ミセス・ゴトフリートに……』

『はい』

 扉に近づいてくるミカエラの足音に、私たちは我に返った。皆慌てて扉を離れる。

 私はスカートのポケットから硝子拭きを出すと廊下の窓ガラスを磨き始めた。ここの硝子は一昨日磨いたばかりだったのだが。

 ラファエラはティーワゴンを押して厨房のほうに向かった。

 二階の廊下の掃除をしていた二人はそれぞれモップとバケツを抱えて何食わぬ顔で階段に向かい、ちょうどはたきを手にしていた子は陶製の壷の埃払いをはじめる。その隣では箒と塵取りを持ったままだった子が廊下を掃き始めた。

 直後に扉が開く音がして、ミカエラが廊下に出てきたのがわかった。

「あ、貴女たち……」

 しばしの絶句の後、ミカエラが絞り出すような声を出した。

「ミセス・ゴトフリートなら厨房に居るはずよ」

 掃き掃除をしていた子がミカエラに声をかけた。ミカエラがどもりながら礼を述べ、厨房に向かって足を進める。

 私は振り向かずに、彼女に向かってお祝いの言葉を投げかけた。

「おめでとう、ミカエラ」

 掃き掃除をしていた子と埃払いをしていた子も、私と同じように振り向かずにミカエラに声をかけた。

「良い方を捕まえたわね」

「お幸せに」

 しばしの間を置いて、ミカエラの声がした。

「……ありがとう」

 私は振り返らなかった。中の会話を盗み聞きしていたのは一目瞭然だから、顔をあわせるのはどうにも気まずいものが有る。ミカエラのほうも、この状況で私たちと顔をあわせるのは気恥ずかしいだろう。

 足早に去って行くミカエラに、私は声に出さずにもう一度「おめでとう」の言葉を贈った。

 仕事の時間が終わり、私とルチエラは私室に引き上げた。来客があったのは、まだメイド服を脱いでも居ないときだった。

「ラファエラさん、これどうもありがとう。勉強になったわ」

 そう言って私に本を返しに来たのは私たちの同僚のアリエルだった。

「役に立ってよかったわ。分からなかったところとか無い?」

「そうね……」

 本の内容について話しながらふと横を見ると、ベッドに腰掛けたルチエラが私たちをじっと見ている。いや、視線を追うとルチエラが注視しているのは私たちではない。アリエル――正確に言えばアリエルの胸だった。

 アリエルは私たちの中で一番背が低いのだが、逆に胸は一番大きい。低身長と童顔のために幼く見えるアリエルだが、その胸はお屋敷のメイドの中でも上から二番目の大きさである。そのため、一番大きいミセス・ゴトフリートと三番目の私が身長相応の大きさなのに対して、アリエルの胸はまるでクッションでも押し込んでいるのではないかと思えるようなアンバランスさだ。

 ルチエラが見つめていたのは、そのアリエルの胸だった。

「……? なあに?」

 ルチエラの視線に気付いたアリエルが問い掛ける。

「……おっきい」

「……え?」

「アリエルの胸って、本物?」

「え? ええ?」

 ルチエラの唐突な質問にアリエルは戸惑っている。ルチエラは本気で質問しているようなのだが、アリエルの方はからかわれているのかどうなのか図りかねているらしい。

 なんとなく微笑ましい二人のやり取りを見るうちに、私はふと悪戯心を起こしてしまった。

「アリエルの胸はほんとにおっきいわねー。ちびのくせに何を食べたらそんなに育つのよ?」

 私は背後からアリエルに抱きつくと、わきの下から腕を廻して乳房をすくい上げた。たっぷりとした量感と感触が手に心地よい。

「私も食事はみんなと同じよ」

 アリエルが身をよじりながら言う。

「じゃあ何か秘密の豊胸法でもあるんでしょ。うりうり、隠さないで教えなさいよ」

「そんなもの、やっ、あん、ちょっと、変なところ触らないで、揉まないで!」

「ほれほれ、白状しないとこうだぞー」

 豊かな乳房を柔らかくもみしだき、性感を刺激する愛撫を与える。アリエルは乳房が敏感な性感帯なので、これは効くはずだ。

「……本物?」

 ルチエラが私のほうに質問をしてくる。私はアリエルの頭越しに答えた。

「うん、本物ね。揉んでもずれないし」

「あ、当たり前でしょ!」

「……うらやましい」

 確かにルチエラの胸はそれほど大きくない、というかはっきり言って小さい。感度は悪くは無く、特に乳首責めは良く効くのだが。

 私たちが毎日飲んでいる体を女性化する薬には豊胸効果もあるので、基本的にメイドたちは皆女性らしい乳房を持っている。ただその効き具合には個人差があり、私やミセス・ゴトフリートのように豊胸作用が比較的強く出る場合もあれば、逆にルチエラのように控えめな胸にしかならない場合もある。

 アリエルはその作用が非常に強く出た例で、あと一(インチ)でミセス・ゴトフリートを追い越してお屋敷一番というところまで胸が育っている。聞くところによると、その胸を使っておちんちんを包み込むのが彼女の得意技なのだとか。

「少し私にも分けて欲しい」

 確かにルチエラの胸では、包むどころか単にはさむことも不可能だ。

「無理言わないでよ……」

 立ったまま後ろから私に、前からルチエラに乳房をもみしだかれ、アリエルの呼吸が荒くなってきている。私はアリエルを後ろから抱いたまま後ずさりすると自分のベッドに座り込んだ。腰掛けた私の膝の上にアリエルが座り込んだ形になる。

 そのアリエルの胸にルチエラが頬擦りをする。谷間に顔をうずめながら、両手はしっかりとアリエルの乳房をもみ続ける。アリエルの両腕はルチエラを押し返そうとしているのだが、その動きは弱々しくほとんど役には立っていない。

 はじめはほんの悪戯のつもりだったのだが、少女のようなアリエルを二人がかりで責めているとなにやら怪しい興奮を覚える。なんとなく、アリエルをひいきにしているお客様の気持ちが分かったような気がした。

 ふと気がつくと、アリエルは顔を俯けて荒い息をしている。体からは力が抜け、私に寄りかかっている状態だ。先ほどまでルチエラを押し返そうとしていた腕も、今は力なく垂れ落ちている。

 少しばかりやりすぎてしまったかと思い、私はアリエルをそっとベッドに寝かせた。

「ごめんなさい、悪戯が過ぎたわ」

「ごめんね、アリエル」

 謝罪する私とルチエラを、アリエルはぼんやりと見返した。頬は紅潮し、目の焦点もどこと無くずれている。

「……ねえ、これ、どうしてくれるの」

 アリエルの両手がスカートを捲り上げる。その下から顔を覗かせたのは、すっかり大きくなって下着からはみ出しているおちんちんだった。

「二人とも、責任とって……」

「……うん」

「わかった」

 短く答えると、私とルチエラはそのおちんちんに唇を寄せていった。私が先端を咥え、ルチエラが竿に舌を這わせる。

 謝罪の口唇奉仕をしながら、私は調子に乗ってしまったことを反省した。

● ● ●

「ねえラファエラ、今度預けられてくる子ってどんな子か聞いてる?」

 昨日からメイドたちのあいだに流れている噂話について私はラファエラに聞いてみた。私の質問に、ラファエラはちょっと首を傾げてから答えてくれた。

「ううんと、私が知ってるのは、ミカエラとサー・アーサーの紹介っていうことと、少しわけ有りらしい、って事だけね」

「わけ有り?」

「ええ。誰かの愛人とか言うわけじゃなくて、自分の意思で、ってことらしいんだけど……」

 ラファエラの半信半疑といった言葉に、私も首をかしげた。

 借金のかただとか、私やラファエラのように娼館から身請けされてとか、男色趣味の貴族やお金持ちに囲われて、などの理由ならわかる。しかし、自分の意思で、男でありながら女であり、そして娼婦でもある身になりたいと思う人間などが居るものなのだろうか?

 そのあたりはラファエラも疑問であるらしく、その顔には疑問の表情がありありと浮かんでいた。

 その子がお屋敷にやってきたのは、そんな会話をした翌日のことだった。

 仕事を中断して使用人用食堂に集められた私たちに、ミセス・ゴトフリートがその子を紹介した。

「――となります。皆、先輩としてヴィクトリアを助けてあげるように」

 本名は教えられず、『ヴィクトリア』という女性名だけが皆に告げられる。最初は本名で紹介されるのが通例なので、これは異例のことだった。何か身元を秘密にしなければいけない理由でもあるのかと、私は訝った。しかしミセス・ゴトフリートの次の言葉に、私の些細な疑問などは吹き飛んでしまった。

「ラファエラ、ヴィクトリアはあなたと同室になります」

 メイド用の使用人部屋は基本的に二人用であり、私は始めて来たときからずっとラファエラと同じ部屋を使っている。すなわちミセス・ゴトフリートの言葉は、私にラファエラと別室になれといっているのだ。

 ラファエラとヴィクトリアが挨拶を交わす。ラファエラの態度には屈託が無く、私と別室になることをなんとも思っていないように見えた。

「……ミセス・ゴトフリート。私は?」

 恐る恐る質問する。もしかしたら、男性使用人用と同じ四人部屋に移るように、ということなのかと思ったが、勿論それは甘い考えだった。

「あなたには隣の部屋に移ってもらいます。何か問題がありますか?」

 ミセス・ゴトフリートは、文句は言わせない、という口調できっぱりと言い切った。こうなれば私に拒否権などあるはずも無く、私は新しい部屋分けを受け入れざるを得なかった。

「いえ……」

 短く答えて軽く頭を下げてから視線をヴィクトリアに移すと、私とミセス・ゴトフリートのやり取りを見ていたヴィクトリアと視線があった。ついヴィクトリアを睨み付けてしまうのを、私は抑えることが出来なかった。

 その日の午後は仕事を免除され、私は一人、隣の空き部屋の掃除と荷物を移す作業に時間を費やした。この国に身一つで来た私にたいした私物があるはずもなく、引越し自体はすぐに終わってしまった。

 使えるように整えたベッドとシーツもかかっていない空きベッドを見比べると、今夜からは一人で眠らなければ行けないということが実感できてくる。今まではほんの数歩で手が届くところにラファエラが居たというのに、今夜からは壁を隔てて眠らなければならない。おまけにラファエラの隣ではあのヴィクトリアという子が眠るのだ。私は一つ溜息をつくと、部屋の掃除に使った掃除道具を片付けるために物置に向かった。

 ラファエラとヴィクトリアを見かけたのは、使用人用の一角の奥にある物置から部屋に戻る途中の廊下でのことだった。

 どうやらお屋敷の間取りを説明していたらしく、ちょうど横を見ていた二人は私に気がついていなかった。私は思わず廊下の角に身を潜めると、首だけそっと出して二人の様子をうかがった。二人はこちらを見ることなく、私から離れる方向へ移動していった。

 何もやましい事があるわけでもないのに、なぜ私は身を隠すような行動をしてしまったのだろうか? ふと浮かんだそんな疑問も、しかし次に浮かんできた感情にかき消されてしまった。

 朗らかに微笑みながら説明をしていたラファエラと、それを聞いて頷いたり質問をしていたヴィクトリアの姿。その光景を思い出すと、私は胸をぎゅっと締め付けられたような気分になった。悲しいような腹立たしいような、もどかしいような焦れたような――そんな、なんとも言いようの無い気持ちが私の心を締め付けた。

 私は新しい自室に戻ると、ベッドに横になって目を閉じた。しかし目を閉じると、先ほどの光景と先ほどの気分がよみがえってくる。夕食時まで、私は悶々とした気分を抱えてベッドの上で体を丸めていた。

 夕食時の食堂では、嫌でもラファエラとヴィクトリアの姿が目に入る。私は再びヴィクトリアをにらみつけてしまう自分をどうしても抑え切れなかった。私の視線に気がついたヴィクトリアが、困ったような戸惑ったような表情で私を見返してくる。何も知らないその表情がなんだか小憎らしくて、私はぷいと視線をそらした。

 空になったお皿を厨房の洗い場に運ぶときに、ラファエラと視線があった。ラファエラが私に向かってにこりと微笑む。それに微笑み返そうとしたのだが、私の頬はこわばり、うまく笑うことが出来なかった。どうしていいか分からず、私はラファエラから視線をはずすと足早に厨房に向かった。

 その晩、私はこのお屋敷に来て以来はじめての、一人きりの夜を迎えた。

 たった壁一枚の向こうにラファエラは居るんだと自分を慰めようとしたが、そう考えるとかえってさびしさがいや増すようだった。ラファエラと抱き合ったときの暖かさや、その胸に抱かれたときの気持ちを思い出してみても、さびしい気持ちは一向に癒されなかった。

 私は中指を唾液で湿らせると、手を下着の中にもぐりこませた。指先でお尻を揉み解し、緩やかな快感に心を紛らわせる。ラファエラに抱かれたときのことを思い出しながら、お尻をしっかりとほぐしていく。

 お尻から湧き上がる快感に息が荒くなり、心臓が高鳴るのが感じられる。私は中指の先におちんちんからこぼれている蜜を掬い取ると、指先を再びお尻の入り口に押し当てた。

「ラファエラ……」

 ラファエラの名前を呼びながら、指を体内にもぐりこませていくと、ラファエラのおちんちんの感触を思い出して、私のおちんちんがびくんと跳ねた。一方入り口の筋肉は指を締め付け、そのたびに腰の奥から快感が湧き上がってくる。

 ラファエラに抱かれたときを思い出しながら、私は自分の指で自分を犯し続けた。

「ラファエラっ……!」

 やがて限界が訪れ、私は再びラファエラの名を呼びながら果てた。

 しばらくたって呼吸が落ち着いてくるとともに、昂揚感は消えうせ、変わってむなしさがこみ上げてくる。腕を汚した自分の精液を始末して再びベッドに入るころには、先ほどを上回る寂しさとむなしさだけが残っていた。

 私は膝を抱えると、せめて夢の中ではラファエラと一緒に居られますように、と祈りながら目を閉じた。

 新人の世話を任され、私は今、数年ぶりにルチエラ以外の人間と寝起きを共にしている。この新人――ヴィクトリアさんについては、指導を任された私にもわからないことが多い。

 サー・アーサーとミカエラの紹介であるという以外の経歴や、本名までもが私たち使用人には伏せられている。勿論このお屋敷で修行をする理由もだ。

 また、ヴィクトリアさんは最初の晩から『薬』を飲んでいる。

 この『薬』というのはこのお屋敷のメイド全員が服用しているもので、男性の体を女性のものに作り変えてしまう、という不思議な作用を持っている。さすがに男性器がなくなって女性器が出来たりはしないのだが、胸が膨らんだり声が細くなったり、肌がきめ細かくなったり髭が生えないようになったりといった効果がある。

 普通は一月ほどを単なる女装で過ごしてからこの薬を飲み始める。

 この薬の効果は不可逆的なので、途中で飲むのをやめても中途半端な状態で体が固定されてしまうことになる。だからしばらくは女性として過ごさせながら様子を見て、ご主人様とメイド長のミセス・ゴトフリートが問題無しと見たら薬を飲ませ始める、というのが普段の新人を迎えたときの手筈だ。

 しかし、ヴィクトリアさんの場合はその見極めをせずに、最初から薬を飲み始めた。今までご主人様の御眼鏡が曇っていたことは無い――すなわち『メイド』として連れてこられた人間が女性として適応できなかったことは無い――とはいえ、念のためにこの手順は必ず守られてきたというのに。

 異例なことはもう一つあった。

 このお屋敷のメイドたちの『夜の修行』、すなわち床技能(ベッドテクニック)の鍛錬についてだ。

 ヴィクトリアさんにも、ベッドの上で殿方を喜ばせるための娼婦の技能の伝授が行われる。メイド長と私がそれに直接あたることになるのだが、ここでも普段と少し違うところがあった。

 私やルチエラのような娼館から連れてこられた人間や、あるいはすでに男性に抱かれた経験がある(誰かの愛人になるために預けられて来ている場合などだ)者で無い場合、当然ながら男性との交わりに嫌悪感があるのが普通だ。そういう場合はご主人様に抱いていただいて『女の悦び』を体に刻み込むことからはじめるのだが、ヴィクトリアさんの場合は『処女』を保ったままでおくように(とはいえ張形などの道具を挿入することは許可されていたが)、と指示されていた。

 そのせいか最初のころのヴィクトリアさんはどうにも体の反応が悪く、私やミセス・ゴトフリートのおちんちんにも拒否感があるようで、手での愛撫や口唇愛撫などの技能の修練もままならなかった。

 このようにいろいろと異例のことがあるヴィクトリアさんだったが、メイドとしての修行、そして夜の修行には熱心――むしろきわめて熱心だった。

 最初は何をするにもぎこちなかったものだが、彼女は一生懸命にそれを乗り越えていった。彼女のやる気は彼女自身から出てきているもので、ちょうど少女が大人の女性にあこがれるような、『立派なレディになりたい』という彼女自身の気持ちに根ざすものだった。

 なぜそんなに女性になりたいのか――無理やり女性に変えられてしまう、という経験をした私にとって、彼女の気持ちはとても不思議に思えるものだった。

 私がもうひとつ気になったのは、やはり彼女の出自だ。

 彼女自身の素の立居振舞は、明らかに小さいころから上流階級の躾けを受けたものだった。食事の仕方はとても綺麗だし、その他の挙措も――男の子のものだったけれども――丁寧で気遣いの行き届いたものだった。最初の頃には、私たち他のメイドに対してレディー・ファーストのマナーを守ろうとするのを止めさせるのに苦労したものだ。

 そんなヴィクトリアさんが、どうして自分から女性に変わろうとしているのだろうか?

 興味深い謎が私をすっかり虜にしていた。

 もっとも、今の私には、その謎にばかりかまけていられない問題が持ち上がっていた。

 ルチエラのことである。

 実は私とルチエラを別室にするというのは、ヴィクトリアさんがくる以前から内々に検討されていた話だった。

 私とルチエラは相思相愛である。これはいい。お屋敷の決まりでも、仕事さえきちんとこなしていれば、使用人同士の恋愛を禁止してはいない。

 しかし最近のルチエラは私にべったりで、これが少々目にあまるようになっていた。勿論私もやんわりとは窘めたし、ミセス・ゴトフリートからはお小言もあったのだが。

 ヴィクトリアさんが来る事になったのはちょうどそんな時だった。これを機会に私としばらく離れていればルチエラも落ち着くだろうと、私もミセス・ゴトフリートも思っていた。そのためにルチエラを追い出す形で部屋割りを変えたのだが、どうもこれが失敗だったようなのだ。

 最近のルチエラは、暇があれば私のほうを見ている。それも、廊下の角からだとか、家具の陰からだとか、扉の隙間からだとか、まるで探偵が容疑者を見張るような有様なのである。

 そんな調子なので夜会に出すわけにも行かず、おまけに私まで夜会に出られなくなってしまった。お客様の居る寝室をメイドが覗いたりしたら大事だからだ。

 そんなこんなのある晩、私はご主人様の書斎に呼び出された。書斎にはご主人様だけでなく、ミセス・ゴトフリートも待っていた。

 ご主人様とミセス・ゴトフリートの見立てでは、おそらくルチエラは私をヴィクトリアさんに取られると思っているのではないかという。

 その話を聞いたとき、私はそんなことはありえないとご主人様たちに言った。しかしご主人様たちが言うには、事実がどうかではなく、ルチエラがそう思っている、ということが重要なのだということだった。つまりはルチエラにとっては、後輩に私を横取りされかけている、というのが真実なのだと。

 それを聞いたとき、私はなんだか無性に腹立たしくなった。『好きよ』といった私の言葉をルチエラは忘れてしまったのだろうか? それとも、覚えてはいても信じられなくなったのだろうか?

 その時ふと、私は以前にルチエラとした一つの約束を思い出した。

『私があなたのお尻をたっぷり犯して、気持ちよくして、取り返してあげる!』

 この約束自体は、ルチエラがもし浮気をしても、という仮定で話したものだ。しかし、私は今こそこの約束を実行するべきときなのではないかと思った。

 同時に私は、ヴィクトリアさんにも私とルチエラのことを教え、そしてヴィクトリアさんがそれを心得ていることをルチエラにも納得させるべきなのではないかと思った。結局のところ、少し頭を冷やさせれば大丈夫だろうと安易に考えてしまったのが、問題をよりややこしくしてしまった原因なのだ。

 私は思いついたことを順番に整理しながら、ご主人様とミセス・ゴトフリートに話してみた。

 二人の了解と許可を得ると、私は書斎を辞して自室に戻った。ヴィクトリアさんは就寝せずに私を待っていてくれたが、すでに夜も大分更けていた。

「ヴィクトリアさん、今晩の練習はお休みです。明日も早いですから、もう寝ましょう」

「はい、ラファエラさん」

 すでにうつらうつらしていたヴィクトリアさんはベッドに入るなりすやすやと寝息を立て始める。明日の夜は忙しくなるぞ、と思いながら、私も目を閉じた。

 ここ最近の私はおかしい。

 それは私にも自覚がある。

 だけど止められない。

 止まらない。

 自分で自分が制止できない。

 朝、目を覚ます。

 隣にラファエラが居ない。

 朝起きて最初に私がするのは、枕を濡らす涙の跡の確認と、溜息をつくこと。

 時々、部屋を出るときに二人と鉢合わせする。

 ラファエラが以前と変わらない微笑を浮かべて『おはよう』といってくれる。

 だけど私は微笑み返すことも出来ずに『おはよう』とだけ返して足早に食堂に向かう。

 朝食の時間。

 ラファエラの隣の席にはあの子。

 私は二人から離れた場所に座る。

 ついついあの子をにらみつけてしまうのを抑えきれないから、なるべく二人と目を合わせないように食事を済ませる。

 ラファエラに声もかけられない自分が悲しくて、泣きたいのを堪えながら。

 食器を洗い場に下げに行くと、壁にかけられたクッキング・ナイフが目にとまる。

 もしあの子が居なくなれば、またラファエラと一緒に――。

 軽く頭を振って物騒な考えを頭の中から追い払い、お皿を洗い桶に沈める。

 午前の仕事の時間。

 私の目はついラファエラの姿を探す。

 ラファエラとあの子の姿を見つけると、ついつい二人を追いかけて、だけど二人には見つからないように、廊下の角や家具の陰からこっそり様子をうかがう。

 自分は一体何をやっているんだろうと思いながら。

 昼食時も、午後の仕事も、お茶の時間も、夜の仕事も。

 全部そんな調子。

 夜、一人の部屋にひきあげる。

 隣の部屋にラファエラが居ると思うと我慢できず、壁に押し付けた耳を澄ませる。

 勿論、ほとんど何も聞こえない。

 ラファエラが今何をしているのだろうかと考えて――夜もあの子の修練の時間なのだと思い出す。

 ラファエラはあの子のものをしゃぶっているのかもしれない。

 逆にあの子がラファエラのものを咥えているかもしれない。

 キスを交わしているのかも、乳首を舌で転がしているのかも、乳房を手のひらで揉んでいるのかも、首筋を舐め上げているのかも、お尻を撫で回しているのかも――。

 ラファエラのおちんちんがあの子を貫いているのかも。

 想像しながら、我慢できなくなった私は片手で自分のおちんちんをしごき、もう片方の手で自分のお尻を犯す。

 ラファエラにしごかれたときを思い出しながら、ラファエラにおしゃぶりされたときを思い出しながら、ラファエラに貫かれたときを思い出しながら。

 絶頂の後には、虚脱感と徒労感。

 後片付けをしたら、ベッドに横になって枕に顔をうずめる。

 夢の中ではラファエラと一緒に居られますように、と祈って、私は目を閉じる。

 今日も私はラファエラとヴィクトリアの後をつけている。

 こんなことは止めなきゃいけない。そんなことは自分でも分かっている。だけど止められない。自分で自分の心が制御できない。

 暴れ回る気持ちに突き動かされるまま、私は書庫へと向かう二人の後を追った。

 音を立てないように扉を少しだけ開け、隙間から室内を覗き込む。

 床にモップをかけるラファエラの姿と、脚立に乗って本棚の埃を払っていくヴィクトリアの姿が見える。二人は時々会話をするだけで、あとは黙々と掃除を進めている。

 それをじっと見ていた私は、ふと我に返り、自分は一体何をしているんだろうと思う。

 指示された仕事を放り出して他人をつけまわして、こんな覗きみたいな――いや、覗きそのものな真似をして。

 自分の持ち場に戻ろうと扉の前から離れたとき、室内でがたんと大きな物音がした。

 再び書庫の中を覗き込んだ私の目に入ってきたのは衝撃的な光景だった。

 ラファエラとヴィクトリアが抱き合っている。お互いの背中にしっかりと腕を廻して。こちらからはラファエラは背中しか見えないが、ヴィクトリアがぎゅっと目を閉じているのは見える。

 二人が何か言葉を交わし、ヴィクトリアが目を開ける。その視線が、確かに私を捕らえた。ヴィクトリアの驚きを浮かべた表情が、それが間違いないことを告げている。

 私はいつのまにか半開きになっていた扉をそのままに、その場所から逃げ出した。

 時刻はちょうどおやつの時間だったが、私は食堂には向かわなかった。自分の持ち場に戻り、一心に指示された仕事を続ける。忙しければ、先ほどの光景を思い出さないですむと思いながら。

 夕食の時間、私は恐れるようにラファエラとヴィクトリアから視線をそらし続けた。お風呂は二人が出たのを見計らってから入った。

 ベッドに横になり、膝を抱えるようにして丸くなる。このまま眠ってしまいたい、と思ったけれど、いろいろな物が次から次へと浮かんできて私をちっとも眠らせてくれない。

 ことに私の心を苛んだのは、昼間書庫で見た光景だ。追い払っても追い払っても、抱き合っている二人の姿がまぶたの裏に浮かぶ。

 気がつくと、のどがからからに渇いていた。私は溜息をついて起き上がると、食堂に向かおうと部屋を出た。

 廊下に漏れる明かりに気がついたのは、自室の扉を閉じて歩き出そうとしたときだった。

 ラファエラとヴィクトリアの部屋の扉がきちんと閉じておらず、室内の明かりが廊下に漏れ出している。

 私の心臓が、ひとつ大きく跳ねた。私は生唾を飲み込むと、足音を潜ませてその扉の前に移動した。

 扉の前で私は一時ためらった。この中の光景を見るのが怖い。

 しかし、隙間から漏れる光はそれ以上に私をひきつけた。私は火に飛び込む蛾のように、光につられるように扉の隙間に目をつけた。

 私が目にしたのは、昼間の書庫以上に衝撃的な光景だった。

 ベッドの上でクッションに背中を預けたヴィクトリアのおちんちんを、ラファエラが咥えしゃぶっている。

 ラファエラの片手はヴィクトリアのお尻にあてがわれ、おそらくはその穴の中に差し込まれている。

 会話ははっきりとは聞き取れないが、ヴィクトリアは甲高い、間違いなく快楽の喘ぎをあげている。

 やがて見ているうちにラファエラの責めが激しくなり、ヴィクトリアが絶頂した。悲鳴をあげて背筋をそらすその姿は、見間違えようが無い。

 そしてラファエラはヴィクトリアの股間に吸い付いたまま、おそらくはその出したものを飲み干している。私も同じようにされたことがあるが、おそらくヴィクトリアも今、からだの中身を全部吸い出されるように感じているはずだ。

 しばらくしてラファエラがヴィクトリアから離れた。脱力したヴィクトリアに、ラファエラが寝間着を着せてやっている。あんなこと、私だってしてもらったことが無い。

 ベッドに横たわったヴィクトリアが目を閉じる寸前、再び視線があったような気がする。私は思い切りにらみつけたが、ヴィクトリアは直後に目を閉じてしまった。あるいは目が合ったと思ったのは私の気のせいだったのかもしれない。

 やがてラファエラがランプの火を消し、廊下に漏れていた光が消えた。

 渇いたのどに、私は最初の目的を思い出した。音を立てないように扉から離れ、私は食堂に向かった。

 のどを潤して自室に戻り、ベッドに潜り込む。枕もとのランプの口金を絞ろうとしたとき、控えめなノックの音が扉から響いた。

 こんな時間に誰だろう、と思いながら、扉を引き開ける。そこにいたのは私の予想外の人物だった。

 ラファエラだ。

「……入ってもいい?」

 私は混乱しながらも、無言で一つ頷いてラファエラを迎え入れた。

 先ほどの様子からは、ラファエラも眠りに就いたと思ったのだが、これはどういうことだろう。

「あのね、ルチエラ、多分あなたは誤解してると思って」

「……誤解?」

「ええ」

 ラファエラがベッドに腰掛け、自分の隣をぽんぽんと叩く。そこに座れ、といっているのだと悟り、私は素直にラファエラの隣に腰掛けた。

 久しぶりに聞くラファエラの声。久しぶりに感じるラファエラの体温。久しぶりに嗅ぐラファエラの体臭。我知らず鼓動が早くなり、体温が上がるのが感じられる。

「ルチエラ」

 ラファエラの声にそちらを向くと、すぐ目の前にラファエラの顔があった。

 ラファエラが私を押し倒し、そのまま口付けをしてくる。私は逆らえず――逆らわずにそれを受け入れた。私の唇を割ったラファエラの舌が私の口腔を隅から隅まで舐め尽し、私の舌と絡み合う。二人の唾液が混じりあい、溢れたそれが私の頬を伝って流れ落ちた。

 ラファエラの片手は私の乳房をそっと撫で回し、寝間着の上から乳首を刺激した。軽く撫でられただけで私の乳首は勃起し、寝間着の上からでも分かる突起となっている。

 一方ではラファエラの太ももが、私の両足を割ってそのあいだを刺激している。股間の敏感な部分を刺激され、おちんちんとお尻の中間から甘い快感が湧き上がる。

 私は両腕でラファエラにしがみつき、両足を絡ませてラファエラが与えてくれる快感をむさぼった。

 そうしてどれだけの時間が過ぎたのか分からなくなる頃、ラファエラが私から離れた。すっかり脱力した私はベッドに力なく横たわり、ぼうっとした頭で次は何をしてくれるのだろうかと考えた。

 ラファエラは私の寝間着のボタンをはずし、上から順番に脱がせていった。私はされるがままに全裸になり、久しぶりにラファエラに全てをさらけ出した。

 次は首筋か、それとも胸かと思ったが、しかしラファエラはもっと下を襲ってきた。ラファエラは私のおちんちんを口に含み、後ろの穴に指を一本差し込んできたのだ。

 おちんちんとお尻から同時に押し寄せる強烈な刺激に、私は危うく悲鳴をあげそうになった。先ほどのヴィクトリアと同じように責められながら、私は必死で声を抑えていた。

「……我慢しなくていいのよ、ルチエラ」

 ラファエラの言葉に、しかし私は首を横に振った。あまり大きな声を出して、万一隣の部屋にまで聞こえてしまったらどうしようと思ったからだ。

 私の両手はラファエラの頭をつかみ、押し返そうとする。しかし力の入らない腕は単にラファエラの頭に添えられるだけで、ちっとも押し返す役には立たなかった。

 おちんちんとお尻を延々と責められ、私は呻き声を抑え切れなかった。

「うふふ、まだ我慢してるの?」

「……我慢、なんか、してない、の」

「あら、じゃあこのおちんちんの先から漏れてるのは何かしらーっと」

 私のおちんちんから口を話したラファエラが、片手で私のおちんちんの先端を弄りながらいう。勿論もう片手は私のお尻を責め続けながらだ。

 その態度は、私のことを愛しているといってくれていたときと少しも変わらない。もしかしたらラファエラにとっては私などは、お気に入りの愛玩動物程度の存在に過ぎなかったのだろうか。

 告白されたときの態度を思い返せば、そんなはずは無い、と私の中で誰かが訴える。あんなに真剣な態度だったラファエラの心を疑うのか、と。

 だけど、昼間の書庫の光景や先ほどの光景を思い出すと、お前はもう飽きられたんだ、と別の誰かが言う。まともに微笑を返すことも出来なかった最近のお前は、ラファエラに愛想をつかされたんだ、と。

 心の中から聞こえてくるいろいろな声に、私は何が本当のことなのか分からず混乱していた。

「ラファエラは、私より、んっ、あの娘の方が、いいんでしょ」

 重圧に耐えられなくなった私は、とうとう禁断の質問を発してしまった。

 もしラファエラがこれを肯定したら――そう考えると、言葉にすることが出来なかった問いだ。私はラファエラの答えを、息を殺して待った。

「そんなこと無いわよ。どうして?」

 私の緊張とは裏腹に、ラファエラの回答――否定――は至極あっさりしたものだった。

 肩透かしを食った私は、それでも確認のための質問を続ける。

「だって、昼間、書庫で、あんっ、抱き合って、たしっ、ひゃん!」

「あれはヴィクトリアさんが足を滑らせたのを支えただけよ」

 いささか間抜けな喘ぎ声混じりの質問に、ラファエラはごく自然な態度で答えてくれる。

 言われてみれば、二人が抱き合っているのを目撃する直前に何か大きな物音がしていた。その直後の衝撃が大きすぎて頭から吹き飛んでいたが、あれがヴィクトリアが脚立から転げ落ちかけた音だったのだろう。

「さっきもっ、あの娘の、ふあっ、おちんちん、しゃぶってた、じゃない」

 それでも私は納得できず、しつこく質問をぶつけた。ラファエラに心変わりしていて欲しいのか、していて欲しくないのか、自分でも良くわからないような質問だ。

「だってあの娘の教育は私に任されてるんだから。おしゃぶりの仕方も教えてあげなきゃいけないのよ?」

 ラファエラの答えはまたしても明快なものだった。

 これも言われてみれば当然で、私のときにも、ラファエラがいろいろと実演しながらさまざまな娼技を仕込まれたのだ。ならばヴィクトリアが同じようにされていてもまったく不思議は無い。

 私はそんな当然のことも忘れるほど、心の平衡を失っていたということなのだろうか。

「本当? ラファエラは、私のこと、んっ、好き?」

「好きよ。証拠にほら、見て……」

 おちんちんとお尻からの刺激が途絶え、私はベッドに肘をついて体を起こした。

「ルチエラのおちんちんしゃぶってたら、私のもこんなになっちゃった」

 言葉どおり、ラファエラのおちんちんは天を指して立ち上がっている。

「私のおちんちん、ルチエラの中に入りたくてうずうずしてるの」

「……」

 私は言葉を返せずに、そのおちんちんを見つめ続けた。

「ねえ、いいでしょう?」

「……うん」

 生唾を飲み込み、私は答えた。

 転がるようにしてうつぶせになり、膝をついてお尻を掲げる。両手でお尻を開き、後ろの穴を剥き出しにする。ラファエラの目の前に、私の恥ずかしい部分がすべてさらけ出されているはずだ。

「来て……」

 私は短く哀願した。緊張のあまりか、これ以上の言葉が出ない。しかし言葉はこれだけで十分だった。

 粘膜に熱い物が触れたかと思うと、私の肛門が容赦なく押し広げられた。

 柔らかい先端が押し開けた同じように柔らかい粘膜を、固い幹がこすりあげながら通過していく。

 先端はさらに柔らかい肉の筒をこじ開けながら突き進み、そのたびに私は強引に押し広げられる快感を得た。

 やがて先端が突き当たりにぶつかり、内臓を丸ごと突き上げられるような感覚があった。

 ラファエラのものが私のお尻にすっぽり納まっている。お尻全体から快感が湧き上がり、私の下半身は溶けてしまったかのように力が入らない。呼吸は大きく乱れ、心臓は早鐘のようだ。

「ラファエラのおちんちん、気持ちいいよう、私のお尻、変になっちゃいそう!」

「ルチエラのお尻もとっても気持ちよくて、私のおちんちんも溶けちゃいそう……」

 ラファエラの答えに、私はとても嬉しくなる。私のお尻を犯すことでラファエラが気持ちよくなっているという事実がたまらなく嬉しい。そしてその嬉しさが快感となり、私のお尻とおちんちんもさらに気持ちよくなる。

 ラファエラが動き始めると、私の受け取る快感もさらに倍増した。

 お尻を一突きされるたびに腰全体から快感が湧き上がる。私のおちんちんからはとめどなく蜜が溢れ、先端とシーツの間を透明な糸が結んでいる。私の喉からあがる声は悲鳴と喘ぎが入り混じってまるで断末魔の叫びだ。

 激しい抽送にあっという間に限界寸前まで押し上げられ、私はすぐにも絶頂してしまいそうだった。

 と、その時、ラファエラの動きが急に停止した。

 戸惑う私を横にすると、ラファエラは私を背後から抱くようにベッドに横たわった。ベッドに横臥した私の背後からラファエラが挿入し、上になった側の脚を抱えられて大きく股を開いた格好になる。

 全身の性感帯を弄られながら、肉の槍で恥ずかしい穴の中を満遍なく小突き回される。背後を取られて反撃も出来ず、私は一方的になぶられ続けた。

 ラファエラの腰の動きは一転してゆっくりになり、私を絶頂させないように、しかし冷めてしまわないように、ゆっくりゆっくりと責め続けた。

 強火で表面を焼いた肉を遠火でじっくりとローストするように。あるいはシチューを弱火でコトコト煮込むように。私はラファエラの成すがままに調理されていった。

 私の弱いところを把握済みのラファエラは、後ろからその全てを的確に責めて来る。

 私は首筋を吸われ、乳房をやわやわと揉まれ、わき腹をくすぐるようになで上げられた。その全てが快楽の炎となり、お尻から注ぎ込まれる炎にとともに私という肉をとろけさせてゆく。内外からの炎に炙られて、私はもう死んでしまっても良いと思えるような快感を味わっていた。

 しかしやがてそんな時間も終わりを迎える。

 炎の熱さに耐え切れなくなった私はついに絶頂し、シチューならぬ精液を吹きこぼした。おちんちんの根元で爆発した快感にお尻が痙攣する。

 それと同時に、私の絶頂を感じ取ったラファエラが私の中に仕上げのスパイスを注ぎ込んだ。お尻の奥に熱い迸りを感じ、その感触に無上の幸福感を覚える。ラファエラの子種が体内に注ぎ込まれたと考えると、それだけで絶頂しそうになる。

「……ふう。私が誰を好きか、わかってくれた?」

「うん……。疑ってごめんね」

 私は心のそこから謝罪した。

 いざ落ち着いてみると、自分がどうしてあんなに不安定になっていたのか分からない。

 部屋割りを変えたのはミセス・ゴトフリートだし、ラファエラは私に以前と変わらない態度で接してくれていた。ヴィクトリアだって、ラファエラについて歩くのは見習い中なら当然のことだ。

「うふふ、いいのよ」

 ラファエラは笑って私の謝罪を受け入れ、腰が抜けて動けない私の汗を手ぬぐいでぬぐってくれる。そして自分のからだも軽くぬぐうと、ラファエラはランプの口金を絞った。私のベッドに潜り込み、二人の体に毛布をかける。

「……もどらなくていいの?」

「明日の朝、ヴィクトリアさんが起きる前に戻るわ」

 ラファエラはそういうと、私をそっと抱きしめてくれた。私もラファエラを抱き返し、その胸に顔をうずめた。

 久しぶりの幸せな眠りに、私は夢も見ずにぐっすりと眠った。

● ● ●

「さあラファエラ君、君の体を見せてくれ」

「はい、サー・ゴードン」

 サー・ゴードンに促され、私はメイド服を脱ぐ。エプロンを外し、ワンピースを脱ぎ捨て、下着も取り払う。長靴下と靴下止め、髪留めだけを残した姿で、サー・ゴードンの前に立つ。

 サー・ゴードンは私の裸身を隅々まで観賞し、恥ずかしがる私の仕草を楽しまれる。私は恥ずかしさと同時に怪しい興奮を覚え、自らの男根が固くなってゆくのを感じる。それがいっそうの羞恥を私にもたらし、私は荒い息を吐きながら、先端から透明な滴りを溢れさせた。

「ふふ、ラファエラ君は相変わらず見られるのが好きなんだね」

「はい……、サー・ゴードン……」

 否定したいが、否定できない。私が恥ずかしい姿を見られて興奮しているのは紛れも無い事実だし、固くなって先走りを溢している男根を見れば一目瞭然だからだ。

 それから私はサー・ゴードンの指示に従って口唇奉仕をし、ベッドの上でお尻を貫かれる。サー・ゴードンの逞しい逸物に貫かれて、私は快楽の絶頂を極めた。

 サー・ゴードンが私にその話を持ちかけてきたのは、ベッドの上で体を休めながら余韻に浸っているときだった。

「……ラファエラ君、君はもうすぐここで働く年限が明けるはずだな?」

「はい、後一年です」

「ここを出たら、私のところにくる気は無いか?」

「え、それはつまり……」

「さすがにアーサー君のように正妻としてというわけには行かない。だけど、一生不自由しないように面倒を見ることは約束するよ」

 サー・ゴードンの仰っていることの意味は明白だった。このようなことはヘルマプロディトス・クラブではけして珍しいことではない。会員の方が気に入ったメイドを自分の屋敷に引き取ったり、愛人として囲うのは良くあることだった。

 裕福な資産家や貴族に囲われれば、生活の心配はしないですむようになる。まして相手の殿方と両想いであれば、それは女として幸せ以外の何者でもない。そしてこのお屋敷での教育は単なるメイドとしてだけではなく、貴婦人(レディ)として十分通用するように私たちを磨き上げている。貴族の方の愛人となっても、このお屋敷の出身者なら十分に社交界で通用するのだ。

「……ありがとうございます、サー・ゴードン。私にはもったいないぐらいのお話ですわ。ですが――」

 私はサー・ゴードンに自らの気持ちを伝えた。サー・ゴードンは無理強いはなさらず、残念がりながらも私の気持ちを尊重してくれた。

「ああ、ルチエラ君の脚は相変わらず綺麗だね」

「サー・トーマスは、相変わらず、んっ、脚を舐めて喜ぶ、ふあっ、変態ですっ、ねっ」

 足の裏を舐められながら、私はサー・トーマスを罵って差し上げた。椅子に座った私の前で、全裸で床に這い蹲りながら私の脚を舐めるサー・トーマスは、さながら女王の前に傅く奴隷のようだ。

「うふふ、綺麗に舐められましたね。それではご褒美を差し上げましょうね」

 私はサー・トーマスをベッドにいざなう。仰向けに寝転んだサー・トーマスの股間から屹立する逸物を両手で弄ぶと、サー・トーマスがうめき声をあげられた。たっぷりと焦らして懇願の言葉を吐かせてから、私はその逸物に跨った。

 お尻にそれを飲み込んでからもすぐには絶頂に誘わずに、ゆっくりと焦らし続ける。ついにサー・トーマスが私の中に精を放ったときには、私も絶頂して精液をサー・トーマスの腹にぶちまけた。

「ふう。ルチエラ君も人を責めるのが上手くなったね」

「あ、はい、サー・トーマスにいろいろと教えていただきましたから……」

 二人でベッドに横たわって言葉を交わす。褒められていることは分かるのだが、喜んでもいいものか私は複雑な気分だ。

「……ねえルチエラ君。君はこの屋敷から出たくは無いかい?」

「ええと、それはもしかして……」

「うん。君がよければ、僕は君を身請けしたい。どうかな?」

 サー・トーマスのお申し出に心が動かなかったといえば嘘になる。しかし、私には自由な身分以上に大事なものがあった。このお屋敷から離れるというのは、それを捨て去るに等しいことだった。

「ありがとうございます、サー・トーマス。ですが私には――」

 私は自分の気持ちをサー・トーマスに告げた。

「そうか、残念だよ。でも君の気持ちを応援させてもらうよ」

 笑って私を応援してくださるサー・トーマスに、私は深々と頭を下げた。

「さてラファエラ。今年で君がこの屋敷に来て十年だ。最初の約束どおり、年が明ければ君は自由だ」

「はい、ご主人様」

 秋も深まったある日の夜、ご主人様の書斎に呼び出された私は、ご主人様に今後の意向を尋ねられた。

 私が望むのであればこのまま自由な身分で勤め続けても良いし、また退職金を貰ってお屋敷を離れてもかまわない。しかし退職する場合新しいメイドを探してこなければならないので、いずれにするにせよ、私の意向を確認しておきたいとのことだった。

「ご主人様、こういうことをお願いしてよろしいでしょうか」

 私は前々から考えていたことをご主人様に尋ねてみた。それは――。

「おかえり、ラファエラ」

「ただいま」

 部屋に戻った私をルチエラが迎えてくれる。その声にかすかな不安がにじんでいるのは、けして私の気のせいではないはずだ。

「……ねえ、ラファエラ」

「なあに?」

「私は後二年ここで働かなくちゃいけないんだけど、ラファエラはやっぱり出て行っちゃうの?」

「うふふ、そのことなんだけどね。喜んで、ルチエラ!」

「?」

「ご主人様にお願いしてね、私の奉公期間を一年延ばす代わりにあなたの方を一年短縮してもらったわ。来年には一緒に自由になれるのよ」

「えっ――で、でも、ラファエラはそれでいいの? 本当なら今年の暮れで……」

「いやよ、二年もルチエラと別れるなんて、私我慢できないわ。それとも迷惑だった?」

「ううん、そんなことない! うれしい、すごくれしい!」

「うふふ、良かった。あのね、ルチエラ、私、自由になったらやりたいことがあるの」

「やりたいこと?」

「ええ。私の実家ってね、料理屋だったの。それで私もね、小さくて良いから自分のお店を持ちたいなって。だからお料理もたくさん勉強したのよ」

「うん、ラファエラは料理上手だよ。きっと繁盛するよ!」

「それでね、ルチエラにも一緒に、お店やって欲しいなって――どうかしら?」

「ええっと、それって……」

「ええ。これからもずっと、私と一緒にいて欲しいなって、お願い」

「うん! ずっと、ずっと一緒にいるよ。一生だよ!」

「ありがとう」

 私はルチエラを抱きしめ、その背中にしっかりと腕を廻した。ルチエラも私をしっかりと抱きしめてくれる。

 ルチエラの体温を感じながら、私はその暖かさが魂の奥底にまで染み入るのを感じていた。この暖かさを手放さないためなら、私はどんな苦労も厭わない覚悟だった。

「それではご主人様、長らくお世話になりました」

 ラファエラが深々と頭を下げ、ご主人様に別れの挨拶をした。私もそれに続きながら、このお屋敷での九年間を思い返した。

 ラファエラと初めて会ったときの事。

 メイドとしての厳しい修行の日々。

 ラファエラに告白されて、相思相愛だったと知ったときの嬉しさ。

 そして勿論、多くの男性に身を任せたことも。

 後輩のヴィクトリアにラファエラを盗られるかと思って、嫉妬でどうにかなりそうだったのも今となってみれば笑って話せる思い出だ。

 ご主人様やメイド長、同僚のメイドや使用人たちに別れを告げて、私とラファエラはお屋敷の門をくぐった。見慣れたはずの町の風景が、なんだかとても新鮮に見える。

 私とラファエラはそっと手をつなぐと、サー・ローレンスのお屋敷に背を向けて歩き始めた。

―了―


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