ある日の当直明け、寮に帰った僕は約30時間ぶりとなるシャワーを浴び、ようやくさっぱりした気分になった。
 昨夜は平日なのに忙しくて、結局朝まで仮眠できずじまいだった。
 特にフィナーレを飾った深夜の事件は酷かった。
 首都高速を暴走するロボットカーとのチェイスは熾烈を極め、遂に御用となった時には完全に夜が明けていた。

 因みに高速道路上の事件は交通部高速隊の管轄になるが、相手がAI搭載の高機動武装マシンとなると彼らの手に余る。
 奴らは宇宙世紀のモビルアーマーじみた怪物なのだから。
 そこでマシン犯罪対策の専門家たる、僕たち特殊機動捜査隊の出番となったのだ。
 日頃は縄張り意識の強いこの業界であるが、こんな時だけは別なんだから勝手なものだ。
 刑事部としても交通部に貸しが作れるのだから、ほいほいと安請け合いしてくれた。
 どうせ失敗しても、立場がヤバくなるのは目障りな僕や都知事だけだし。

 ともかく僕らは激しいバトルの末にロボットカーを撃破した。
 その上、背後でロボカーを操っていた技術者も逮捕でき、特機隊は大いに面目を施せた。
 犯人は首都高でロボカーを暴れさせ、その隙に宝石店強盗で荒稼ぎしようとしたのだ。
 返す刀でそっちもぶった斬り、事件は無事に一件落着となった。

 お陰で完徹状態ではあるが、これが交替制勤務の嬉しいところで、僕には非番が与えられている。
 今日これからと、公休日の明日まる一日はゆっくりと自由を満喫できるのだ。
 それにベテランならともかく、まだ19歳の僕には体力がありあまっている。
 せっかくの自由な時間を寝ることなんかに費やしていられない。
「さて、今日は何をしようかな」
 僕はバスタオルを腰に巻くと、鼻歌まじりでシャワールームから出た。

 リビングに戻ると、正装したメイドが控えていた。
 正しく言うと彼女は本物のメイドではなく、僕もそんなものを雇えるような身分ではない。
 彼女の正体は、僕の相棒にしてルームメイトでもあるシズカだ。
 シズカは警視庁が史上初めて採用したロボコップで、特機隊における僕のパートナーである。
 型式番号ウーシュ0033、政府高官のハウスキーパー兼ボディーガード用に作られたアンドロイドなのだ。
 刑事である彼女がメイド姿をしているのは、そういうやむを得ない事情があるからで、決して僕の趣味だからではない。
 嘘か真実か、21世紀の初頭にはメイド刑事という職業があったと聞く。
 まあ、おそらくはネットに氾濫している都市伝説の類だろうけど。
 なんにしてもシズカが頼りになる相棒であることは事実だ。

 そのシズカはお気に入りのソファに座り、意味ありげな目をして僕を見上げていた。
「早くしないと……あと28分でサトコが……帰って……くる……」
 シズカは喉に組み込まれた人工声帯を震わせて、自らの思考を音声で伝えてきた。
 サトコというのは僕の幼馴染みで、都内のミッション系大学に通う女子大生である。
 彼女は僕とシズカがルームメイトになることに異を唱え、自分もこの部屋に居座ることを宣言した。
 機械に嫉妬するとは愚かなことだと思うが、サトコを責めるわけにはいかないだろう。
 なにせシズカは見た目には人間そのものであるばかりか、すれ違う男どもが振り返らずにはおれないほどの美少女なのだ。
 その上、生唾ゴックンもののスタイルを誇っている。
 僕がよからぬことを企むのではないかと疑うのも無理はない。
 更に言えば、シズカは特殊なメンテナンスを必要としており、これが決定的にまずかった。

 シズカは半永久的な動力源を内蔵しているが、これを制御するのに添加剤の補給が不可欠なのだ。
 その添加剤というのはプロスタグランジンという生理活性物質であり、これは男の恥ずかしい液に含まれている。
 購入すれば目の玉が飛び出るほど高価な添加剤だが、その気になれば無料の代替品で補給してやることができる。
 シズカはあくまで地球と財布に優しいエコロジー仕様なのだ。
 ただし、これを彼女に補給するには少々コツがいる。
 液を酸化させないよう、空気に晒さずに注入してやらなければならない。
 つまり、なんだ──サトコの言う「よからぬ」方法でないと上手くできないのだ。
 サトコはそれを知っているから、僕がシズカをメンテナンスするのをことごとく邪魔しようとする。
 まったく、女のヤキモチって奴は始末に負えないものだ。

 などと説明じみた回想をしていると、シズカが足を組み替えた。
 フレアスカートとフリフリのペチコートの奥に、三角形の白い布地がチラリと見えた。
 スカート越しに見えるこの布地が、男の脳に対して絶大な破壊力を秘めていることを彼女は正確に理解しているのだ。
 どこで覚えてきたのか、シズカは腰を嫌らしくくねらせて僕を挑発する。
「クローに……添加剤の補給を……要求する……」
 平たく言えば「エッチして」っておねだりしているのだ。
「けどシズカ、予定のメンテナンス日はまだ先じゃなかったっけ」
 添加剤の補給は定期的に行っているが、まだ今週一杯は保つはずだ。
 プロスタグランジンを急激に消耗するバトルモードにも入っていないし。

「それは……障害を度外視した場合の……予定……」
 なるほど、週末ともなればサトコが一日中一緒にいることになる。
 運の悪いことに、今週末は教会でやってる日曜学校の当番から外れていると言ってたから。
 そうなれば、添加剤補給の成功率は絶望的な数字になってしまう。
「今日のサトコの授業は…2限目まで……12時45分発のタカダノババ行きバスに乗れば…13時33分には…寮前に到着……」
 驚いたことに、シズカはいつの間にかサトコが通う大学の時間割まで記憶していた。
「エレベータが1階に待機中…と仮定して……サトコの走力だと…寮の玄関から8階のこの部屋まで……55秒……
だから……早くて今から27分12秒後に……サトコはこの部屋に……駆け込んで…くることに……なる……」

 うわっ、残された時間はもうそんなにないじゃないか。
 僕は慌ててシズカに飛び乗った。
 ああ、僕が誇りとする真っ白な正義感は、偶然にも同じ色をした布地の誘惑に負けてしまったのだ。
 取り敢えず後悔は後ですることにして、僕は特殊繊維で作られたエプロンとメイド服を脱がせ始めた。

 この制服は衝撃吸収機能を備えたシズカの補助装甲だ。
 製造元のハルトマン社が公表しているウーシュ0033の防弾力は、補助装甲付きを条件とする数値である。
 因みにメイド服を着ていない場合には、被弾により故障してもメーカー保障は受けられない。
 だからお堅さでは定評のある警視庁上層部も、シズカのメイド姿を認めざるを得ないでいるのだ。

 左右揃えられた足からパンティを抜き去ってやると、シズカはガバッと大股開きになる。
 無毛のナニ──失礼、蛋白エネルギーの補給口が丸見えになった。
 さっそく給油ホースを接続してやろう。
 と思っていると、シズカが口を開いた。
「今日は……違う姿勢を……試す……」
 勉強熱心なシズカは、しょっちゅうスケベサイトに入り込んでは新しい体位を覚えてくる。
 そして添加剤補給の度にそれを試そうとするのだ。
 今回彼女が覚えてきたのは体面座位であった。
 お互いに向かい合い、座った状態で抱き合う、愛する者同士にのみ許されたロマンティックなラーゲだ。
 変態チックなのも興奮するが、たまにはこういう情緒溢れる体位もいい。

 僕らは向かい合って座ると、互いの体を抱きしめた。
 シズカの柔らかいオッパイが、僕の胸板でムニュッと押し潰れるのを感じる。
 いつもながら、吸い付くような肌理の細かさだ。
 これは装甲板を覆っている生体組織の賜物で、添加剤はそれを維持するためにも消費されていく。

 胡座をかいた僕にシズカが足を絡めてきた。
 左右から胴を挟み込むストッキングの感触が心地よい。
 僕は腰を捻り、カチコチになっているエネルギーホースをシズカの補給口へと導いた。
 なんとか入り口を探り当て、一気に接続プロセスに入る。
 異物の混入を防ぐため、この補給口は生体組織がみっちりと合わさっている。
 そのせいでホースの接続にはいつも苦労を強いられる。
 おまけに内部では混入物の動きを阻害しようと、無数の皺襞がウネウネと蠢いている。
 それでも若い僕は「なにくそ」と根性を出して貫き通してやる。

「……んんっ」
 普段は感情の起伏を露わにしないシズカが、この時ばかりは鮮やかに反応を見せる。
 添加剤の補給によるオーバークロックを起こしているのだ。
「はぁう……うぅ……」
 クロックアップした彼女は周波数の変化にめくるめく快感を覚えている。
 僕もあまりの快感に目から火花が出そうになっている。
 それをこらえて腰を繰り出し、思い切りシズカを突き上げてやる。
「あぁ……も、もう……シズカ……ヒューズ……飛ぶ……」
 シズカは可愛い悲鳴を上げながら登り詰めていく。

 ここで僕はとんでもないことに気付いた。
 いつもは添加剤の欠乏したシズカとしかやっていない。
 まだ余裕のある状態で補給プロセスに入るのは初めてのことだった。
 つまり、シズカは化け物じみたパワーを残したまま僕を抱きしめていたのだ。
「ぐえぇぇぇっ」
 僕の口からガマガエルみたいな泣き声が吐き出された。
 我を失ったアンドロイドに、フルパワーで抱きしめられたのだ。
 呼吸が止まったと思うと、あばらが軋む音がハッキリ聞こえた。
 一瞬後にはシズカのブレーカーが落ち、からくも死を免れた僕だったが、彼女の後を追うようにそのまま失神してしまった。



 どのくらい経過したのだろう、いきなり襲いかかってきた衝撃と急激な体温の低下が僕を目覚めさせた。
「…………?」
 目を開けると、上下逆さまになったサトコが視界に入ってきた。
 不機嫌そうな顔をして、手にはバケツを持っている。
「あ……サトコ……?」
「あ、サトコ……じゃありませんっ」
 ガンという音がして、バケツがまともに僕の頭に命中した。

 ようやく状況が飲み込めてきた。
 僕はシズカと裸で抱き合った状態で失神し、その現場をサトコに押さえられてしまったらしい。
 そこに水をぶっ掛けられ、お目覚めとなったのだ。
 やれやれ、これじゃ交尾中のイヌの扱いだ。
 いや、後背位でやってなくて本当によかった。


「あなたは人の目を盗んで何をやってるのですかっ」
 サトコは目を三角にして説教を続けている。
 僕とシズカは正座を強いられ、俯いているしかない。
 服を着させて貰ったのがせめてもの温情と言うものか。
「だいたい、ロボットなんて……人を創りし神の所業を人の身で真似るのは深刻な侮辱なのです……」
 ミッション系の大学に通ってるだけあって、サトコの説教は長い上に面白味に欠ける。
 退屈極まるが、ここでアクビでもしようものなら更に酷い目に合うことになるから必死で我慢する。

「そもそも、使い終わったダッチワイフは押入に仕舞っておきなさい。オモチャを抱いたまま寝てしまうなんて
呆れて物も言えませんっ。ちっちゃな子供じゃあるまいし、そんなのであなたは恥ずかしくないのですかっ」
 興奮したサトコが、若い女の子には不適当と思える単語を発した途端、シズカが反撃を開始した。
「シズカ……ダッチワイフじゃ……ない……」
 僕は余計な口答えをしないよう、必死でジェスチャーを試みる。
 だが、ロボットのシズカに腹芸など通用するはずもなかった。

「シズカは……万能のアンドロイドで……クローのパートナー……」
 シズカは決然と立ち上がって反論した。
「クローの要求に……なんでも応じる……便利な女……」
 いや、確かにその通りなんだけど。
 ちょっと語彙の使用法に問題があるというか、聞き方次第では語弊があるというか。
「なによっ。つまりは南極1号ってわけじゃない」
 御説、ごもっともで。
「シズカは……機能を維持するために……クローの精漿を…必要としている……だけ……」
 氷のような目で、シズカはサトコを見詰めている。
「けど……独占するつもりは……ない……サトコも……必要な分量の精漿を……クローに要求すれば……いい……」

 シズカが実に良いことを言った途端、サトコの顔が真っ赤になった。
「な、な、な、何をバカなことを……ハ、ハ、ハ、ハレンチなこと言わないでぇっ」
 サトコは言語中枢に異常を来すほど狼狽えきっている。
 なにせ、幼少の頃から付き合ってる僕たちだが、肉体的接触となればせいぜい手を握ったくらいで、キスすらまだなのだ。
 つか、それ以上のことが許されるような雰囲気じゃなかった。
 堅いというか奥手というか。
 特にミッション系の大学に入ってからは、彼女の堅さも筋金入りになってきている。
 おまけに、僕にまで厳しい戒律の遵守を求めてくるのだから、迷惑この上ない。

 これでブスなら問答無用でぶっ飛ばすところだが、なまじ凄まじいまでの美少女だけに勿体なくも腹立たしい。
 タイプは全く違うがシズカと比べたって遜色はなく、どちらが上かを選ぶとすれば単に好みの問題だろう。
 そんなお堅い美少女がセクしい話題で恥じらっている姿は、なかなかに見応えがあるものだ。
 だが、調子に乗ってニタニタ笑っていると、怒りの矛先が僕に戻ってきた。

 サトコはエロい話はNGのくせに興味津々で、直ぐに興奮するからタチが悪い。
「何がおかしいんですかっ。あなたがそんな不真面目だからっ」
 怒鳴り声と共に、火を噴くような往復ビンタが襲いかかってきた。
 なんだこれは?
 ひょっとして、マタイ伝にある「右の頬をぶたれたら左の頬を差し出せ」って奴を強制的に実行させられているのか。
 そうかい。
 なら、僕がサトコの右のオッパイを揉んだら、彼女は左のオッパイをも差し出してくれるってのか。
 おそらく、差し出されるのは右のストレートだろうから、試すのは止めておこう。

 それにしても、普段から厳しい戒律に縛られてる人って、もの凄くストレスを溜めてるんだな。
 その上、我を忘れた時のサトコって、火事場の馬鹿力的にもの凄いパワーを発揮するからたまらない。
 助けて貰おうとシズカの方をチラ見したが、彼女は素知らぬ顔をしていた。
 シズカは人間であるサトコには決して危害を加えない。
 この性悪ロボットは、勝手な時だけアシモフの三原則を遵守しやがるのだ。

 僕が理不尽な暴力にひたすら耐えていると、開け放たれていたドアの外を先輩が通りかかった。
 先輩はギョッとした様子だったが、直ぐに事情を察したらしい。
「なんだ、クロー。またメイドに手を出したのがバレて、奥さんにとっちめられてんのか」
 先輩は歯を見せてケケケッと笑った。
 他人の不幸を見過ごし、あまつさえ笑い飛ばすとは何という奴だ。
 誇り高い警視庁の職員としてあるまじき態度だ。
 そんなことだから、ほら天罰が下った。

「ヤダァ。そんなぁ、奥さんだなんてぇ」
 喜色満面の笑みを浮かべたサトコは、火事場の馬鹿力を出したまま、先輩を思い切りどやしつけたのだ。
 哀れな先輩は通路の手すりを飛び越え、悲鳴を上げながら墜落していった。
 ここは8階だけど、下は共用のプールになっているから多分大丈夫だろう。
 今はシーズンオフだから、上手く雨水が溜まっていたらの話だけど。

 何にしても今日はいい勉強になった。
 今後はエネルギーが残っている時にシズカを抱くのはよそう。
 少なくとも騎乗位か後背位以外では。



「とにかく、私の目の黒いうちは淫らな行為は許しません。たとえ相手が人間でなかろうと同じですからねっ」
 夕食のころになると、ようやくサトコも少し機嫌を直してくれた。
「でも、シズカの機能が維持できなくなるからなあ」
 そうなると困るのはバックアップをしてもらう僕だ。
「お黙りなさい。あなたの動機が不純だと責めているのですっ」
 サトコがお行儀悪く箸でテーブルを叩く。
「シズカがクローの精漿を……独占しているのが……サトコには……不満……」
「あ、あなたはっ……またっ……な、何をはしたないことをっ……」
 核心を突くシズカの台詞がサトコを真っ赤にさせた。

「処女膜の損耗を……怖れているのなら……論外……現代では……女性の処女性に……価値は認められて……いない……」
 言いにくいことをズケズケと口にするシズカを前に、サトコは真っ赤になって黙り込むだけ。
 厳格なミッション系大学じゃ、そんな話題は休憩時間にでも出っこないだろうからな。
「それに……性器の結合は……射精の絶対的手段ではない……他の方法でも……射精中枢を刺激することは……可能……」
 あくまで冷静なシズカとは対照的に、サトコは真っ赤になりながら鼻息を荒くして興奮しまくっている。
 頼むから余計な知識を吹き込むのは止めてくれ。
 サトコが手コキなんかを覚えたらえらいことになるから。
 射精管理の名目下に、僕は性欲を喪失するまで毎日絞り尽くされてしまうに決まってる。
 大事な僕の分身を女の子のオモチャにされるのは御免だ。

 話を逸らそうと思っていると、タイミングよく僕の携帯が鳴った。
 ミッション・インポッシブルのテーマは、いつも無茶な命令を下してくれる特機隊からの呼び出しを意味する専用着信音だ。
 普段は戦慄すら覚えるその音楽が、今日は救いの鐘の音にも思えた。
「サトコ、ごめん。緊急の呼び出しが入ったから、続きは後で。シズカ、行くぞっ」
 僕はご飯に味噌汁をぶっかけると、それを一気にかき込んだ。
「あっ、お待ちなさい。まだお説教の途中ですっ」
 サトコが立ち上がって非難するが、僕はもう耳を貸さない。
 僕にカトリックの教えを伝道(ミッション)したいというのなら、それこそミッション・インポッシブルだ。
 どだい、僕は宗教画のヌードでもオカズに使えるような罰当たりなんだ。
 お説教は不要だから、せいぜい僕に弾が当たらないよう祈りでも捧げていてくれ。

「帰ってきたら覚えてらっしゃいっ」
 エレベーターホールへ走る僕とシズカの背中に、脅迫じみた怒鳴り声が追いかけてきた。

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