「マスター、起動しましたよー」

「マスター、起動しましたよー」
「へーい。・・・本当にそのまま起きてくるか」

視界がはっきりしない中、見知らぬ男性が話しかけてくる。
「どうだ、自分の名前が言えるか」
「なまえ・・・」
記憶を探る。しかし、情報がうまく引き出せない。
「私は、・・・?」
深層に検索をかけるが、データは空のものばかり。
「・・・わからない」
「最適化の途中なんじゃないのか。起動したてにあんまり無理するもんじゃねぇよ。
憂いを無くすつもりで、データもここに来る前にあらかた抹消済だろうし」
「そのあたりの復元は無理そうです。でもこれだけ大胆な処理をされてたのに、よく稼動しましたね」
若干明瞭になった視界の隅の方、若い女性が見えた。
センサーの識別によれば、彼女は人間ではないらしい。

「ここは、どこなんですか」
「とある田舎の町工房、って所か。しかしアンタ、本当にマスター、いないんだな」
「マスター?」
「私達のようなオートマタには仕えるべき存在がいるはずなんです、
個人か企業か、あるいは国家の場合もありますね。個人所有型であれば、
起動時に何らかの登録動作が必要なはずです。マスターのいない、
存在意義を失ったオートマタは通常存在できないはずなんですけど」
「そう、なんですか」
自分は特別らしい。けれどその思考は随分古いもののように思えた。
「一応、事情はある程度知ってるんだけどな。
アンタを縛れる物は動力源とメンテくらいしかない。その2つはここで面倒を見れるし、
それも依頼の内。他は自分の好きにしていい。どうする?」

「私は―」

―――――――――――――――――――

自分の好きなようにと言われたが、自身が機械である事以外
右も左も分からない私は、ひとまず彼等に頼らざるを得なかった。

「自己紹介がまだだったな。俺はジャムス。所謂ジャンク屋」
「マスター・・・さっき町工房って言いませんでしたか」
「いや、機材とかは結構でかくなったけどさ、やってる事は昔と変わんねーし・・・」
「っと、この人がシルビ。俺の相棒兼嫁」
「初対面の方に唐突にカミングアウトしてどうするつもりですか」
「ロボっ子さん相手なら、何言ってもドン引きされないからいいなぁ、と」
「冗談が通じない相手なんですから、正確な情報だけ伝えて下さいよ。
 先程のは語弊ありますが半分事実なので否定しませんけれど」
奇妙に見えるやり取りを見た後、間を置いて二人の名前を口にする。
「あの・・・ジャムスさん、シルビさん、よろしく、お願いします」


「で、名前とか、思い出せた?」
「深層記憶から、ナギというのが。形式番号はSATX-133、です。
 OSのデータからそう読み取れました」
「ナギさんか。S社製でお決まりのXナンバーと。間違いは無いな」
「・・・えっと、ジャムスさんの持ってる情報を教えてもらえませんか。
 私、これ以上のデータを見つけられなくて、自分がよくわからなくて」
分からない、という事から、底知れない不安が表層に出力される。
「そりゃ意識が戻ったら名前以外何も覚えてないときたら、人間なら混乱するが。
 けどナギさんの場合は実質生まれたてみたいなモンだし、なぁ」
心配するような事は無いんじゃないか、と彼は言う。
「とりあえずこちらに損は無いし、知ってる事は話そう。たださっきも言ったが、
ナギさんに必要なのはこれまでじゃなくてこれからと・・・って、泣いてるのか」
視覚素子から潤滑液が漏れていた。自分でも上手く制御が出来ない。
ややあって、そっとシルビさんが近づいてきた。
「マスターは相変わらず女性の扱いがイマイチです。こういう時は言葉でなく体で表現しないと」
「あれー、この人ホントにオートマタだっけ・・・」
温かい両手に優しく包まれる。機械の身体と感じさせない程、心地良かった。
「ひとまず今日からここが、貴方の居場所。私は一応貴方のお仲間なんだから、頼っていいの」
乱雑なデータが行き場を失い、
「それにしても綺麗な黒髪ね、惚れ惚れしちゃうなぁ」
嬉しい、という感情を認識した所で、意識が途切れた。

―――――――――――――――――――

再起動すると、メンテナンス用の寝台の上に寝かされていた。
気付いてやってきたジャムスさんから、この前の続きで詳しい話を聞かせてもらう事になった。
私がある研究所の実験機だった事、機械として存在理由を1つも持たずに
稼動できる事、後に「機械は人に支配されて然るもの」と考える上層部に
危険分子とされ、部署ごと処分された事。私がスクラップにならずに
済んだのは、ある研究者の計らいでジャムスさんの所に行き着いた事・・・
これからの生活に必要無い、という意味は理解できた。
客観的にはネガティブな境遇なのだろうが、私の感情はこれといった反応を示さなかった。
わたしには、マスターがいない。これはいい事なのか悪い事なのかは分からない。
通常なら、存在理由が無くなったオートマタはAIが自壊して稼動停止するという。
ただ私はそうならない。これも良し悪しは判断できなかった。
今の所、そういった話をただ事実として受け止めるだけ。


「えーっと、ナギさん」
「ナギでいいです。私に敬称を使う配慮は、必要ありません」
「さようでございますか。・・・それはともかく。
 表層意識が落ちてる間に、出来る範囲でメンテをしておいた。
 駆動系のリンクは一応改善したつもり。昨日よりは動きやすい、と思う。
 しかしまぁブラックボックスの多い事。 流石にS社の最新世代は伊達じゃねぇなぁ、
 マサダさんのデータ無かったら詰んでたよ」

「・・・あの、ありがとうございます」
この恩をどうやって返せばいいんだろう、という思考が浮かびつつ
寝台から起き上がろうと試みる。
「・・・」
昨日は上半身の感覚しか返ってこなかったが
今は下半身にもエラーは検知されず、
リンクは正常で、問題無く四肢は動作した。
「そういえば、服・・・」
「ん?あり合わせのをシルビが適当に着せてた。
 気に入らなかったら言ってくれ」
「ん・・・いい、と思います」
やや特殊な見た目に思えたものの、不快と感じる要素は少なかった。

「そうか。じゃあ俺はそろそろ仕事に戻る。動けるならうろついていいけど、
 場所が場所だし、危険か危険でないかくらいは、自分で判断してくれよな」

「・・・了解しました」

「あー、俺はアン・・・ナギのマスターじゃないから、そういう言い方はしなくてよろしい」
「では、どのような返事が良かったのですか」
「はい、とか、分かりました、とかでいいんじゃないすか」
「はい、分かりました」

―――――――――――――――――――

ジャムスさんが離れた後、出歩く前にセルフメンテナンスをする。
意識が落ちている間にリカバリーが行われていたのか、
ジャムスさんのメンテも相まって身体機能はほぼ復旧できた。
感情処理層も異常無し。といっても、昨日はオーバーフロー起こしちゃったけれど。
ただ記憶領域は汎用ライブラリ以外空っぽ。結局研究所に居た頃のデータは何も見つからず。
ライブラリも後で更新しないと。今の私には、日常会話が可能な最低限しか入っていないだろうから。

メンテを終えて小部屋を出ると、屋外に向かうにつれ騒がしい音が聞こえ始めた。
先ほどまで居た建造物も二人で住んでいるには若干持て余すような大きさだが、
外へ出て見回せば、より広大なガレージがすぐ隣にあった。
入口には商品?を陳列するスペースが設けられている。
昨日起動した場所はおそらくこのガレージの搬入口の近くだ。
搬入したての廃品の山には、オートマタのような物体も混ざって堆積している。
有機、無機が入り混じる異質で不快な光景。
中央には廃品を溶かす炉のような物や、大型の作業台のような物、
遠目では箱にしか見えない物、そういった機材が何らかの制御で動いている。
計器類はほとんどサインフレーム式。何も無い空間にディスプレイが浮かび状態を写している。

作業の傍ら、ジャムスさんが話しかけてくる。
「原料抽出はプラントごとにプログラム制御できる部分が大半で
 その辺はシルビが片手間でやっちゃうし、俺がやる仕事って
 オートマタの修理解体と機材のメンテとかそのくらいなんだよね。
 勿論パーツの製作とかやるけど、俺はただの仕掛け人」

「私にも手伝える事って、ないですか」
どうしてか、口にしてしまった。
「マスター不在でも、奉仕の心は健在ってか。オートマタの性なのかねー」
ジャムスさんは茶化すが、
「私がオートマタだから、という理由ではないと思います。
 ただ、ここまで良くしてもらって何もせず居座るのは悪いと思ったんです」
こういう風に思考するのは、間違っていないはず。しかし、
「あー・・・ナギの世話をする分では既に報酬を貰ってる。
 あと俺達が君の世話をするのは、依頼という事以外にも理由があるから。
 変な義務感を持つ必要は無いんだが」
最初から何もしなくても良い状況にあった。
「それでも、納得いかないです」
「なるほどね・・・(それっぽくなってきたかなぁ)」
ややあって、
「けど、今の所は間に合ってるから平気だ。
 そのうち忙しくなる時期はあるから、その時に頼むよ」
そう言われ、ジャムスさん達の家――私が出てきた建物――の横のテーブルに誘導された。
暇、という状態が何か罪深い物に思えるのは何故だろう。

―――――――――――――――――――

「ヤコブおじさーん、なんか新しいパーツある?」
「そうだなー。M社製のCPUとかS社製の記憶素子とか、そのへん。
 C社のはブループリントがまだ来ないから待ってくれよ。
 あとは頭髪型マニピュレータとか作れたな」
「なに、それ」
「愛玩用に手足の無いオートマタが昔販売された事があったんだが、
 たまたま思い出して復元してみた。どう?」
「へぇ、意外と髪として体裁は保って・・・ごめんやっぱ動いてるとキモい」

今ジャムスさんと入口で会話をしているのは、
オートマタ用のパーツを買い足しにくる常連客の一人らしい。
親しい周辺住民には、ああいった呼称もされるみたいだ。
「新しい子?こんちわっす。・・・ひょっとしておじさん、浮気中?」
顧客から視線を浴びる。どう反応していいか分からないので、
軽く礼をして表情を変えずに様子を見る。
「違うな、依頼が来て引き取った、というか今の所保護してる」
「ふーん。まぁシルビさんの機嫌損ねない程度にね。じゃあまた来るよおじさん」
「だから違うっての。全く」
常連客は記憶素子と処理層拡張メモリを買っていった。
オートマタのスペックアップに熱心な人だという。


「ところで、シルビさんは何をしているんですか?」
ガレージの奥の方、オートマタにケーブルを刺して回る様子が見えた。
歩く度に揺れる長い銀髪が艶かしさと可愛らしさの両方を感じさせる。
「あぁ、あれ。レストアしたオートマタの状態管理。解析して簡単なエラー診て回ってる。
 ああやってもらえると、俺が弄る時に後の作業がしやすい、と。ぶっちゃけめんどくさかったら
 該当OS再インストールでも起動するんだけどなー」
「面倒臭さで優先序列変えるオートマタはいませんよ。私は作業効率命、です。
 安易な手段に乗らないのは、マスターの腕が良いからって事なの」
遠くからでも無線でしっかり突っ込みを入れてくるシルビさん。褒めている、らしい。
廃品から復旧された内で通常稼動してる個体がいるのは、
ジャンク屋という企業所属を一時的に与えているからだとか。
殆どは溶かされるが、状態が良い個体は新しい働き手を与えて引き取ってもらうという。
私が壊れたらどうなるんだろう。何も言えなくても、ジャムスさん達に直してもらえるだろうか。

―――――――――――――――――――

一仕事終えて夜になり、ジャムスさん達は家に戻って食事を始めた。
私は外装表面―肌部分が有機体ベースなので、その組織の維持には
何らかの方法で有機物の摂取が必要になる。メンテナンス部から
溶媒を注入するのが一般的だが、「それじゃ面白くない」と言われて
食卓につかされた。経口摂取でも過剰分は僅かなエネルギーにできるし
分解して液体として排出できるので支障は無いけれど。

ジャムスさんはそこそこな量を、シルビさんはいつも通り、といった風に
オートマタとして妥当な――ジャムスさんと比べると半分ほどを口にする。
私の席にはジャムスさんと同等レベルの質量をあてがわれていたが、
私の場合この三分の一程度で足りてしまうのでかなり過剰。
量を減らして欲しいと請うと、「初めての食事なんだからたらふく食わないと勿体無いぞ」
というような事を言われて結局全部平らげる羽目になってしまった。
でも、食事を美味しいと認識できる機能があったのは幸いだった。


片付けを手伝わせて貰う事ができて、シルビさんと言葉を交わす。
「ナギさん、やっぱり変わってるなー。マスターは勿論だけど、私だって貴方に興味あるんですよ」
興味、と言われた。私にはまだそういった思考が生まれないのに。
「ナギでいいです。けど、私にはシルビさんの方が変わって見えますよ」
「そう?」
センターに狂いは無い。人と変わらない体温は恒温機の所為。
ただ、そこには鼓動が無い。赤い視覚素子は今でも何らかの処理をしているのか、微かに光が波打っている。
「同じオートマタなのに、私なんかよりずっと人間みたいで」
「・・・私は改造と機能拡張、20年くらい繰り返してますから。
 その間に色んな感覚を覚えてきましたし。流石に貴方には負けちゃうけど、
 型落ちなんて言わせませんよー。」
近距離無線でデータが送られてくる。届いたのは彼女の形式番号――CAT-21d。
ガレージで見かけたモデルと比べても数世代は軽く前のものと分かる。
だが、後で自慢げに送られてきたスペックのデータは私と同じくらい。
「ただ、私はどんなに人間のように振舞えても、オートマタとしての役割は無くならない。
 はっきりと自我のような物を扱えるようになってからも、一義的な行動理念はマスターです。
 だから貴方が何にも縛られずに生きられるのは凄い事、だと思う。私はマスターに尽くす事に
 不満はないので、羨ましいという思考は持ちえませんけどね。」
プログラムされた物であるにしては、それはとても綺麗で、澄んでいて。
「・・・だってマスター、とっても良い人でしょ? 私はあの人がマスターで良かった、
 とか最近はちょっとイリーガルな思考もできるようになってしまって」
ちょっと困惑するような、しかしとても満足そうな笑みを浮かべる。
「そうですね・・・」
この人はきっと、命令なんかなくてもジャムスさんと一緒に暮らしそうだ。

「ところで、ジャムスさんっておいくつなんですか?」
「禁則事項、ですね。けど、マスターは不老処置受けてますから、
 私が壊れてしまうよりは長く生きてくれますよ」


―――――――――――――――――――


自室で端末と睨めっこをしていると、几帳面なノックが聞こえた。
横目に入室を許可する旨を伝えると、入ってきたのはナギ。
「ジャムスさん、お願いがあるんですけど」
作業を止めて一端振り向く。
「ん?どうした」
「ライブラリの更新で、回線を借りてもいいでしょうか」
「ああ、いいよ。それ以外の用途でも好きに繋いでいいんだけど」
通信技術の進歩の賜物か、今ではそこらじゅう繋ぎ放題になっているが。
やはりオートマタは生真面目。でもこの初々しさも趣がある。
「ありがとうございます。あと、身体機能のうちでまだ復旧してない部分があって」
むぅ。そのうち気付くとは思っていたけど、昨日の今日で、とは。
「……そういえばそうだったな。(さて、どうしたものか)」

復旧していない部分とは、下半身の女性器ユニット。
あのあたりはどこも各メーカー秘蔵のシステム構成で、ましてナギは一応最新型。
ソフト側からアプローチするのは相当に困難だ。
その上彼女にはマスターがいない。その行為での悦びだけに囚われて、
快楽を求めて彷徨うオートマタになんかなったら、たまったもんじゃない。
そう危惧するところもあって、敢えて手をつけなかった。

「その部分がどういった用途があるかは、ライブラリで参照しました。
 今後使うかどうかは分からないんですけど、まだ自分の身体を
 掌握できてないというのは、不安なので……。だから、」
直して欲しい、という事なんだろうが、だ。
いくら実験機といっても、羞恥心とか貞操観念とかそういうのは無いのか彼女。
性行為というものを抽象的なデータでしか判断できないからこそかもしれないが。
「何を言っているのか分からないと思うが(略」みたいなのを地でいくような主張を聞く。

「あー……そのへんは結構デリケートだから、出来れば俺が調整したいけど。
 アンタはただのオートマタじゃないから、背徳感、感じずにいられなくてね」
普通のオートマタだったら、ユニット換装して整合性取れたら終了、あとマスター頼り。
そう出来ない現状、外部から刺激を与えるのが一番ってのも難儀だが……
自分で弄るのはとても気が引ける。となると、シルビに頼む以外に選択肢は無さそうか。

「背徳感、ですか。私はジャムスさんに調整される事に
 不満はありません。私への配慮は不要ですけど……」
素で言ってるのかなこの人。なんだかますます復旧させるのが恐ろしい発言である。
「……シルビへの配慮って事で」
「なるほど、そういう事でしたら、仕方ないですね」
とりあえずこう言って納得させる。実際最近の彼女は
我が強くなってきたから、浮気したら説教くらいは受けるかもしれない。

「とりあえず、後でシルビにやってもらおうと思うから、待ってくれよ」
「はい、分かりました」


―――――――――――――――――――


しばらくして、シルビさんの部屋に招かれる。
ジャムスさんの居る部屋と違い、完璧な程物の整理がなされている。
今までで気が付いた事と言えば、どの部屋にも
メンテナンス用の機材が共通して存在した事だろうか。
「えっと、シルビさん、よろしくお願いします」
「構いませんよ、マスターのお願いもありますが、私も好奇心に任せて行動できる良い機会なので。
 ほら、外付けの張形デバイス。私とマスターの間だと、使う事は一度も無かったんですけど」
実物を見たことは無いが、あれが男性器を模したもの、と思われる。
そういった需要も一部あって製作されたものの余剰品を見つけてきたという。
私の女性器ユニットに接続して、システムリンク復旧を促すという話だけれど。

「セクサロイド機能、私のは後付けですけど、最近のは当たり前のように
 プログラムされてるんでしたか。貴方の場合はそれこそ本能のように動けてしまうのかも。
 ただ、自分を律する事が出来なければ、快楽に溺れるだけになってしまうかもしれませんよ。
 そのことには、気をつけておいて」
「了解しました」
「……ナギ、マスターからそんな硬い返事するな、って言われませんでした?」
「あ、はい、分かりました」
「ふふっ、それでよろしい」
あの時の会話をどこから聞いていたのだろうか。
この建物とガレージ一体は、彼女の監視下にあるのかもしれない。
若干不敵な笑みを浮かべられながら、ベッドへ誘われた。

「ちょっと、くすぐったい、です」
「そのうち気持ちいい、に変わりますよきっと」
処理層に未知の信号が届く。
これが性感、というものなんだろうか。

「私は先に準備、しておくから……」
ピ、というわずかな操作音と、ヴ、という駆動音。
視覚素子の発色が変化し、より妖艶な雰囲気を醸し出し始めた。
「ん、はぁ……」
淫らな吐息が漏れる。呼吸、という概念が擬似的に体現されている。
鎖骨のあたりにはサインフレームが浮かび上がる。
表示されているのは、最大稼動での活動限界時間と、オーガズムのレベルのグラフと%表示。
「この表示はマスター向けなんですけど、参考にして下さいね」


「……さて、早速いきましょうか」
言われたものの、それは自分の場所と未だサイズが不釣り合いなまま。
「シルビさん、こんなの、入るわけ……!」
「復旧したらちゃんと伸縮しますよ、それじゃ接続申請」
「あ、きゃ……っ!」

意識の隅で、何かが弾けた。

{Connection Recognized} Status:activated ...


―――――――――――――――――――


ナギの動きが変わり、シルビは
あちら側のスイッチが入った事を認識した。
マスターから受けた指示はおよそ達成したが、
好奇心を満たす事を優先して行為を続ける。
「んあっ、あっ…はぁ……!」
「さすがに…ぅ、うまいなぁ…」
膣部は最初から強烈な動きを繰り出してくる。
男性側の立場で性交をするのは初めてでも、自分のものと比較すると
上手だと推測できる。それにリードしているのは向こう側だ。
「ひゃ、んっ…!」
「ナギ、ちょっとゆっくり、んんっ、して」
サインフレーム、見てもらえてないのかな。
動きを緩めてもオーガズムのレベル上昇が早くて、驚いてしまう。
感度設定を間違えたんだろうか。
「や、あぁん……ぅう…!」
初めてのはずなのに、デバイス登録時に設定された
"クセ"の部分を執拗に狙われている。
「やぁっ、あ……う、そ」
私のボディ固有の、感度が高い箇所も見透かされているような。

「はぁ……ん……!」
「あっあっ、ア――――――!」
もう、絶頂を認識してしまった。あまりの快楽にノイズが混じる。
けど、ナギは動きを止めてくれない。
それどころかより激しく、強く求めてくる。
「え…?あ、ひャ……!!」
「ナギ、―う、――――――!?」
処理層が圧迫されて、上手く言葉を発せられない。
想定を超えて増幅する信号の処理で、凄まじい勢いでリソースを喰われる。

「また――イっちゃ―、!―――――」

「ナ――、―おねが―――、や――テ――――!」

恐怖と快楽が入り混じる思考の中、自らの訴えはノイズに消されてしまう。

「キ―――、ピ―――、――ッ―」

「―――――――、`/4|v|&7[-#!:」

もう、声帯部からまともな出力はできなかった。


―――――――――――――――――――


「っは……はぁ……ぅ……」
今の私は、対象に最大限の快楽を与えるだけの存在。
そして、自身にも送られてくる信号を増幅させて
反応を得るだけの機械。
「ぁ……ぁ……あぁっ……」
マダタリナイ マダホシイ
モットハゲシク モットキモチヨク モtttttttttttttttttttt
「はぁ……ん……んんぅ……!」

ナギ、それじゃ駄目――

「や、ア――――――――」
意識が飛びそうになった所で、呼びかけてくる声に気が付いた。

Status:cancelled ...


―――強制開放されたタスクを抑え付けた時、彼女の視覚素子に光は灯っていなかった。
間をおいて外装表面から放熱板が控えめに展開し、強制冷却が始まる。

「シルビさん、ごめん、なさい……」

サインフレームのグラフはずっと頭打ちとなっていて、最後に確認した稼働時間からは
10分近く経っていた。データを飛ばして語りかけてみるが反応は返って来ず、
何もできずに途方にくれていると、様子がおかしいのに気付いたのかジャムスさんが入ってきた。
「あー……」
驚きと不安を隠せない表情だったが、
シルビさんの様子を少し見るなり、頭をかきながら話す。
「……たぶん大丈夫だろう。お前もちゃんと直すから、そう泣くな。
 あれより酷いのを、何度も直してきてる」
言って、頭頂部に手を乗せられる。
「想定してなかった訳じゃないが、しかし随分と派手に……。
 まぁなんだ、動けるならまずその淫乱すぎる状況を改善して欲しい。俺も男だし」

シルビさんとの接続は、まだ解除されていなかった。


―――――――――――――――――――


シルビはなかなか無茶をしたらしく、冷却が一段落するまで下手に手は出せない。
状況を落ち着けて、ひとまずナギのメンテをする。
解析の結果は、駆動系に若干過負荷がかかった所以外は異常無しだった。
ソフト面のエラーは自己修復が働いているし、彼女は色々と頑丈に出来ているらしい。
自立稼動のコンセプトを考えると妥当かもしれないが、設計した奴はかなりの天才か変態だ。
セクサロイド機能が止まらなかったのは、性器ユニットが
射精を認識できない状況下でループに囚われた、と推測……まぁ、百合だし。
シルビが静止を働きかけたと思うが、ナギも初めてだったから
制御が上手くいかなかったのだろう。結局、俺の我儘で
ナギにもシルビにも悪い事をしてしまった。

「シルビさん……!」
事のいきさつと現況をナギから聞いている間に、シルビは自己保持が働いたのか
ゆっくりと再起動を初め、弱弱しく首だけ動かしてこちらを見る。

「マス、ター……おはよう、ございます」
「おう、おはよう」
「ナギ、は……?」
「大丈夫だ、お前よりは全然平気」
「それは――った、です」
この期に及んで自分よりナギの心配をするのは、少々自己犠牲が過ぎる。
不完全な音声出力から悲哀を感じずにはいられない。

「……お前、オーバークロックして処理に耐えようとしただろ。
 その気になればもっと強引に止められたと思うが、どうしてだ」
「ナギが感―――いまま、私だけ達して終わらせる、のは
 公平性、に欠く、と判断しました、から。」
「いや、自分が壊れたらどうするつもりだったんだよ……あと俺の面倒が増えて困る」
「マスターなら、それでも直し―――ると、信じて、ましたよ」
ちょっと妙だ。信頼してくれるのは嬉しいけど。
三原則的なハードルに正面からダイブしてこけてしまったみたいな。
「しかしその様子だと、処理層のダメージは確実かぁ。他が痛んで無ければマシだが。
 あの辺弄ってまだ間もないってのに、ちょっともったいねぇよなー……」

愚痴はこぼしたが、ひとまずナギを安心させた後シルビを休止状態にする。
時間も遅いので、復旧は明日だ。数日仕事が滞っても、今は支障は無いからいい。
家屋のスペースは余っているものの、ナギは責任のようなものを感じているのか、
今夜はシルビの部屋に留まる事にしたらしい。
一緒に横になっている様はまるで姉妹みたいに見えそうになって、ちょっと危なかった。
俺が彼女を縛るような事は、したくない。

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