非常招集により本庁に出向いてみると、とんでもない事態が起こっていた。
昨夜、僕たちの活躍で平和を取り戻した首都高だったが、またもロボットカー事件が発生していたのだ。
よせばいいのに、高速隊も今回は特機隊に応援要請せず、手持ちのパトで対応しようとした。
他部門の執行隊に対し何度も頭を下げるのは、彼らの沽券に関わるのであろう。
その結果、大きなツケを払わされることになった隊員たちこそ哀れだ。
投入した高速パトは全て破壊され、ロボットカーの撃破はならなかった。
被った損害はそれだけではない。
暴れ回るロボットカーは随所でタンクローリーを破壊し、首都高環状線が寸断された結果、都市機能は麻痺してしまった。
動脈の流れを絶たれれば、末端の細胞が壊死してしまうのは当然の道理だ。
「切符もぎどもが、身の程をわきまえずにしゃしゃり出るからだ」
「君ぃ、またよろしく頼むよ」
「高価な装備を与えているのは、イチャイチャするためじゃないんだからね」
隊長補佐や管理官は、身内の不幸を点数稼ぎのチャンスとばかりに喜んでいる。
これは2日連続の徹夜を覚悟しなければならないようだ。
僕は拳銃の払い出しを受けると、シズカを伴って地下駐車場へ降りた。
愛車の覆面パト、アフラRX9に乗り込みエンジンをスタートさせる。
RX9は世界でも珍しい、ロータリー機関を搭載したアフラ社のスポーツカーだ。
ゾロアスター教の最高神、アフラマズダーを名の由来とする同社のエアカーには熱狂的な支持者が多い。
主力となるファミリーカーの売れ行きは今一つだが、スポーツカーの分野では少し様相が異なる。
ファンと言うよりエンスージアストと呼ぶのが相応しい、狂信的なまでのマニアを数多く擁しているのだ。
RX9はそんなアフラ社の主力スポーツカーだ。
走りも凄いが、華麗な流線型のボディも僕好みのスタイルである。
これに乗って無茶なバトルをするのは勿体ないくらいで、たとえかすり傷でも付けたくない。
よって、この種の任務はあまり気が進まないし、元々仇討ちなんて時代錯誤な行為は僕の趣味には合わないのだ。
それでもこれは仕事だし、首都高を止められては都民の生活に問題が生じる。
シズカはと言うと、心なしか浮き浮きしているようにも見える。
それほど仕事熱心な娘さんじゃないから、単にサトコと離れられたことを喜んでいるのだろう。
もしかすると、上手くやった後のご褒美を楽しみにしているのかもしれない。
最近は失神、というかブレーカーを飛ばすのが癖になってるようだから。
まあ、どうせ夜の首都高をドライブするのなら、助手席の女の子にはムスッとしていて欲しくないものだ。
僕たちが出動した午後10時ともなると、ようやく首都高環状線も復旧していた。
まだ所々は車線規制が敷かれているが、車の流れは概ねスムーズである。
となると、決まって出てくるのがどアホウどもだ。
公道をサーキットと間違い、自分をレーサーと勘違いしている珍走団どもである。
高速隊のパトが壊滅したことは、散々ニュースで繰り返されている。
よって、今宵は全線に渡って締まりが行われないことは連中にも分かってる。
今夜の首都高は一種の祭り状態になるのであろう。
言ってるそばから、1台の派手なカラーリングをしたDQNカーが追い上げてきた。
そいつは僕のエアカーがRX9と見るや、ハイビームに切り替えて猛然と煽ってきた。
走りの勝負を挑んできているのである。
こんな車に乗っているから走り屋と間違えられるのも仕方ないが、今は公務中である。
しつこいパッシングを我慢していると、ようやく諦めたのか後ろのエアカーは右車線から追い抜きに掛かってきた。
改造の度が過ぎて車種はよく分からなかったが、ベースはユナイテッド・モータース社のプースカらしい。
頭の悪そうな男が、勝ち誇ったような笑い顔をこちらに向ける。
優越感タップリの表情が、助手席に座ったシズカを見た途端、急に不機嫌そうなしかめっ面に変わった。
さしずめ「ハクいスケ、連れやがって」とでも言っているのだろうか。
サイレンサーが壊れたような爆音を上げ、そのエアカーは急加速で遠ざかっていく。
「……目障り……だわ……撃っていい……?」
僕の横に座ったハクいスケが物騒なことを呟いた。
シズカにとっては、同じ機械が無知な人間に好き勝手に扱われているのが癪に障るのであろうか。
珍走クンには不幸なことに、彼女は自分の希望を実現するだけの能力を備えている。
しかし、ここは自重して貰わないと。
大事の前に余計なことを背負い込みたくない。
バカの相手は再建なった高速隊に頼むことにして、僕たちはハイウェーを流しながら敵が現れるのを待つことにした。
一周15キロ弱の環状路を制限速度の180キロでゆっくり周回し続ける。
もう何周したのか覚えてないくらいだが、悪のロボットカーは一向に姿を現さない。
たまにバックミラーに不審なヘッドライトが映り込みドキッとする。
その度、光の塊はDQNカーの姿となり、赤いテールライトを残して暗闇に消えていく。
そのことごとくがプースカやその改造車であり、その種の愛好会の集まりかと思われた。
おそらく彼らはタイムアタック方式の予選レースでもやっているのであろう。
深夜になり、もう少し道が空いてくれば、今度は本戦の開始となる。
それまでにロボットカーが出てくればいいのだが。
でないと、連中が公務の邪魔になるのは目に見えている。
何気にそんなことを考えていると、また1台のプースカが右横をすり抜けていった。
時速350キロは出ているだろうか、DQNカーはアッと言う間に視界から消えていく。
いい気なもんだと、ふと助手席に首をやると、シズカが不機嫌そうな顔をしていた。
「……面白く……ない……」
何のことかと思って尋ねてみる。
「クローが負けるのは勝手……けど…シズカが乗ってる以上…マシンとしてトータルの性能で劣ると思われるのは…心外……」
なんと、シズカはDQNカーに搭載された制御用コンピュータにライバル心を燃やしているのだ。
性能では遙かに劣る彼らに置いてけぼりにされるのは、同じマシンとして彼女の沽券に関わるというのだ。
「きっと……RX9も……怒っている……」
シズカはムスッと吐き捨てた。
「考えすぎだ。こいつもあんなDQNカーなんか相手にしていないさ」
なんか急にどっと疲れが出たような気分になり、休憩したくなった僕はSAの入り口へとRX9を走らせた。
僕は目立つのを避けるため、人気のないパーキングの隅に車を止めた。
RX9はともかく、シズカの頭を冷やす必要がある。
僕がドアを開けてパーキングに降り立つと、シズカもそれに倣った。
「次は……シズカが操縦……する……」
別嬪さんのロボットは口を尖らせて要望を申し出た。
ちょっと拗ねたような表情も新鮮で可愛い。
「けど、君、免許持ってないだろ? 婦警が無免許運転ってのは褒められたもんじゃないな」
そう言ってやると、シズカは黙り込んだ。
本当はロボットのシズカには道路交通法は適用されないから、無免許運転もクソもないのだが。
単にシズカは自動操縦のAIとみなされ、RX9はロボットカー扱いになるだけのことだ。
けど、熱くなっているシズカにそんな思考はできない。
黙って僕に従うしかなかった。
「あのね。僕たち特機隊がどうして私服勤務で、RX9が白黒じゃないのか……分かってるよな?」
僕はシズカに思考させることにより、冷静さを取り戻させようとした。
「服制に関する規則……第8条……警察官であることを悟られると……捜査活動に支障を……来す……場合……」
「僕たちは、ロボットカーの捜査のために出動したんだよな。DQNカーを取り締まりに来たんじゃない」
諄々と諭してやると、ようやくシズカの興奮も冷めてきた。
しかし、この時僕たちは、自分でも知らないうちに危険のど真ん中にポジション取りしていたのだ。
そのことに気付いたのは、いきなり眩しいスポットライトを浴びせられた後であった。
「な……?」
スポットライトに思えたのは、半円状にRX9を取り囲んだDQNカーの前照灯であった。
例によって全てがプースカである。
「なんだ、こいつら?」
先程から素人レースに興じていた連中であることは一目で分かった。
どのプースカも意味のないエアロパーツを組み込み、けばけばしい塗装のボディはステッカーで埋め尽くされている。
「ヒョッホォォォ〜ォォッ。マジ、ハクいスケじゃね?」
「ボインボインのパイオツ、パネェ」
「フリフリメイドのコスプレ、激ヤバっす」
エアカーから降りてきた男どもが勝手に騒ぎ立てる。
どいつもこいつも目をギラつかせ、一様にズボンの前をパンパンに膨らませている。
こいつら、RX9の助手席に座っていたシズカを見て横恋慕しやがったのだ。
物欲しそうにシズカを見ているうちに、RX9が人気のない場所に止まるのが見えたのだろう。
そこで、何としてもシズカを手に入れようと、レースを一時中止して共闘を持ちかけたのだ。
「こいつぁ、今宵の優勝賞品としては上出来だあ」
興奮した1人がとんでもないことを口走った。
こいつら、こともあろうにシズカをレースの賞品にするつもりなんだ。
レースの結果で決定するのは「彼女とする権利」じゃなくて、単に「彼女とする順番」なのだろう。
1位から順番に、全員で彼女を犯す気でいるに決まってる。
何にも知らずに、哀れなほどバカな奴らだ。
僕の相棒は、こいつら全員が束になって掛かっても、どうにかできるような相手ではないのに。
「ダメ……シズカ……輪姦される……」
余りにも落ち着いた口調だったため、僕はウンウンと頷いていた。
「な、なんだってぇ?」
「彼らは……完全に生身の人間……危害を加えることは……できない……」
こんな時にロボット三原則、しかも最優先事項の第1条だとぉ。
シズカはロボット三原則の第3条により自分の身を守る義務を負っているが、第1条はそれに優先する。
こいつらが一斉に掛かってきたなら、傷つけることなく捌ききるのは不可能だ。
と言って、これだけの活きのいいモノを次々に受け入れたら、シズカは過剰なオーバークロックで壊れてしまう。
シズカはただでさえ感じやすい女の子なんだから。
「シズカ、乗れ。逃げるぞっ」
身分を明かして引き下がらせようとも思ったが、証明するのを待ってくれそうにない。
それにたとえ僕らが特機隊だと信じても、性欲に目の眩んだ連中が引っ込むとは限らないし。
悔しいけど、体格も力も女の子並みの僕にはシズカを守れない。
それどころか、下手すりゃ順番待ちの合間に僕まで輪姦されてしまうおそれがある。
結局、逃げるのが一番手っ取り早いのだ。
僕はRX9に飛び乗ると、即座にエンジンを掛けてアクセルペダルをベタ踏みした。
慌てて飛び退く連中の間をすり抜け、そのまま首都高の本線へと走り込む。
「君ね。『マワす』とかって言葉、女の子が使っちゃダメだろ」
どこでそんな語彙を仕入れてきたのやら。
「けど……クローが秘蔵している…コミックには……そんなルビが…打たれていた……」
ああなるほど、つまらぬ知識の源はアレだったのか。
マワすってのは、主体が悪のキャラである時のみ、活用が認められている特殊な表意手法だ。
音読みでも訓読みでも、本来そんな読み方はしない。
「つか、秘蔵って分かってて、勝手に人のコレクション見ちゃダメでしょうがぁっ」
何のために隠しフォルダに収納してると思ってるんだ。
「けど……20世紀のコミックは…奥が深い……まだ、触手ものとか……理解しきれない……」
お願いだから止めて、恥ずかしすぎるから。
「数人がかりで……無理やり犯されても……クロックアップするもの……なの……?」
そんなこと僕が知るか。
僕は女の子でもなきゃ、アンドロイドでもないんだから。
男に犯されたくはないし、クロックアップなんかしたくてもできない。
それよりなんだ、君は輪姦に興味があるとでもいうのかね、はしたない。
「ない……と言えば……ウソにならない……と言えなくも……ない……」
だから、結局どっちなんだよ。
「クロー……怒ってる……シズカを独占しておきたいから……ちょっと嬉しい……」
違うよ。
怒ってるのは、君が無断で他人のプライバシーを侵害したことに対してだ。
ああっ、面倒くさいなぁ。
そんなことやってるうちに、DQNどもが追いついてきちゃったでしょうが。
首都高では時ならぬレースが始まった。
いずれこういう展開になるだろうことは予想していたが、僕自身がそれに参加するハメになるとは。
ともかく無事に逃げるには、ブッチギリで優勝しなくてはならない。
基本性能じゃ連中のプースカを上回るRX9だが、警察仕様の悲しさで、てんこ盛りになった装備の重量は半端じゃない。
最高速度はもちろん、加速性能やハンドリングも鈍っている。
こうなったら、頼りになるのはテクニックと度胸だけだ。
連中が幾らDQNとは言え、警察官としては事故を誘発させるわけにはいけない。
となると、実力差を見せ付けることで、自主的に諦めてもらうしかないだろう。
目一杯アクセルを踏み込んだままコーナーに向かい、手前でエアブレーキを全開にする。
回転数を保ちながら、ギリギリ旋回できる速度にまでベクトルを制御する。
よく「あそこのコーナー、ノンブレーキで突っ込んでさぁ」とか吹聴する奴がいるが、そんなものは自慢にもならない。
単にコーナー直前まで、減速を必要としないような遅いスピードで走っていたという証明に過ぎないのだから。
そんな連中に限って、肝心のコーナースピードも遅いものだ。
僕と同速度でコーナーに突っ込んだDQNカーは、普段よりスピードが出ていることに気付いた。
コーナーを曲がりきる自信を喪失した連中は、慌ててブレーキを踏みつける。
バックミラーの視界から、不愉快なハイビームの群が消え失せた。
ガードレールを掠めるようにカーブを切ると、フルアクセルでコーナーを脱出する。
重量超過で加速が鈍っているから、どうしても脱出速度より突っ込み重視の走りに徹せざるを得ない。
最高速度も20パーセント近く低下しているので、コーナーで稼いだ距離が直線でアッと言う間に詰められる。
ストレートだけは速いDQNカーがグングン接近してくる。
ぶつけてでもRX9を止めようという腹らしい。
オカマを掘られる寸前、またも現れた急カーブが僕たちを救った。
DQNカーは大慌てでブレーキを掛け、RX9から急激に遠ざかる。
僕も必要最低限のブレーキで速度を制御する。
今度はオーバー気味に進入し、コーナーの途中でリアにトラクションを掛けてやる。
RX9の尻が外へと流れ、頭がコーナー出口へと向きを変える。
同時にアクセル全開で急カーブを脱出する。
特機隊に入ったばかりのころ、新隊員訓練で嫌というほど叩き込まれたパワースライド走行だ。
今度のはよほど驚いたのか、連中の気力が萎えるのが分かった。
アクセルの開きが鈍く、そのため僕との距離が大きく開く。
ふと助手席に目をやると、シズカが熱っぽい目で僕を見ていた。
「クロー……天晴れ……後でご褒美……あげる……」
それはそれは、ありがたいことで。
さて、ここらで伝家の宝刀を取り出してやるか。
ちょうど、インターチェンジが見えてきたところだし。
僕はインターを過ぎたところでボディをスピンさせ、180度向きを変えて停車した。
そしてパトランプをアップさせ、こちらが覆面パトであることを見せつけてやった。
案の定、連中は一斉に急停止した。
いるはずのない覆面が現れたのだから、飛び上がって驚いているに違いない。
このまま首都高を降りてくれたらそれでいい。
シズカは不満に思うかもしれないけど、わざわざ追いかけるつもりはなかった。
ところが、事態は僕が考えているほど甘くはなかったのだ。
僕たちが本当に待っていた本命、殺人ロボットカーが忍び寄っていたのである。
DQNどもはインターから降りて逃げる道を選んだ。
連中がブーイングするように、ホーンを鳴らして左90度のターンを始めた時であった。
いきなりコーナーの向こうから光の塊が現れたと思ったら、それは速度を上げてDQNカーの横腹に襲いかかった。
最初の一撃で3台のプースカが宙を舞った。
強烈なぶちかましを喰らったボディは一瞬でスクラップになる。
DQNカーを蹴散らした光の塊は、僕たちの目の前でアクセルターンを見せた。
「……ほぉっ」
正体を現せた殺人ロボットカーは、思わず感心してしまうほど優美なスタイルをしていた。
尖った鼻先をした細長くスマートなデザインではあるが、およそ直線で描かれる部分はない。
コクピットはタンデム式の2シーターで、もちろん無人である。
末広がりになった尾部には2基のメインスラスターが張り出している。
機能美溢れる濃紺のボディに見とれていると、いきなりスラスターが火を噴いた。
パニックに陥ったDQNカーに再突入を試みるつもりなのだ。
止める暇などなく、今度はまとめて4台のDQNカーが吹き飛ばされた。
「審美眼は……確かみたい……あんな目障りな車……壊したくなって……当然……」
異論はないが、止めさせないわけにもいくまい。
だが僕が手をこまねいているうちに、ロボットカーは更にUターンを見せた。
そして残りの3台を次々に破壊すると、今度はRX9の方へと向かってきた。
「ヤバいっ」
公用車を傷つけると、面倒臭い状況報告書を書かなければいけない。
それに修理は公費で支払われるが、実際には色々な理由を付けて翌月分の各種手当てから小額ずつさっ引かれることになる。
僕はバックギヤにシフトすると、バーニアを一杯に噴かした。
RX9の鼻先を掠めるようにロボットカーが走り抜ける。
ギリギリで接触を逃れた僕は、すかさずギヤを切り替えてアクセルを踏み込んだ。
「やっつけるぞ」
僕はフル加速でロボットカーの追跡に入った。
「こりゃ速い……」
追跡を始めて、直ぐに敵の只ならぬ性能を思い知らされた。
昨夜のロボカーとは全然別物だ。
アクセルをベタ踏みしているのに距離は全く縮まらない。
速度計のカウンターは、既に400を越えて450に入りつつある。
こっちはそろそろ限界だが、敵はまだ余裕がありそうだ。
「これじゃ追いつけない」
歯噛みしているとシズカが身じろぎした。
「頑張って……もう少しだけ……詰めて……後はシズカが……やる……」
シズカの右手首がジャキンと返り、指に組み込まれた速射破壊銃が装填された。
火薬を使わず、電磁誘導で弾丸を発射する超小型のレールガンだ。
人には危害を加えられないシズカだが、ことロボット相手となると話は別だ。
思いっきりやってやるがいい。
命中精度を上げるには、もう少し接近してあげなくては。
車の性能差は少々きついが、女の子に「ガンバって」なんて可愛く応援されたら、男としては奮起するしかない。
都合のいいことに、前方に急カーブが近づいてきている。
幾らロボットカーでも物理の法則までは変えられないだろう。
思ったとおり、敵はコーナーの手前で速度を落としに入った。
ここぞとばかり、僕は距離を詰めに掛かる。
シズカが射程に捉えた瞬間、ロボットカーはこちらに横腹を見せて旋回に入ったところだった。
「イク……」
シズカはルーフを開けると、上半身を車外に露出した。
正面から突風が襲いかかるが、呼吸の必要がない彼女には関係ない。
ただ気流が乱れたため、RX9の走行ラインが少々乱れた。
それでも的確に照準を終え、シズカは短く一連射を加えることに成功した。
尾部をプラズマ化させた鋼製弾芯弾が、スルスルと敵のボディに吸い込まれていく。
「命中っ」
僕が思わず指を鳴らした次の瞬間、信じられないことが起こった。
命中したはずの弾丸が、ロボットカーのボディを滑るように弾かれてしまったのだ。
そんなに分厚い、と言うか、装甲そのものが施されているように見えなかったが。
「避弾経始……?」
それは湾曲した装甲により飛来物の運動エネルギーを分散させ、逸らして弾く防御システムである。
敵は特殊なコーティングか電磁波を張り巡らせるかして、見かけ以上の防御力を得ているのだろう。
驚いている暇はなく、今度は僕が急ブレーキを掛ける番であった。
棒立ちになったシズカのスカートを掴み、無理やり体を引っ込めさせる。
彼女がベルトを装着するのを待って、フルブレーキングに入る。
ガードレールに衝突する寸前で旋回速度に落ち、ギリギリのところで右カーブに移る。
「うわぁぁぁっ、報告書ぉぉぉーっ」
絶叫が天に通じたというわけではないだろうが、どうにか自損事故は免れた。
しかし、RX9の体勢を立て直した時には、ロボットカーのテールランプは見えなくなっていた。
「ふぅぅぅ」
路肩に駐車した僕は、深い溜息をつくしかなかった。
「今度会ったら……ただでは……済まさない……」
プライドを傷つけられたシズカが、唸るような声で呟く。
僕はそれを聞きながら、ひどい喉の渇きを覚えていた。