ツギハギ 1

人には誰しも見られたくない秘密を持っている。それはロボットだって同じだ。
それを無理矢理見ようとするならば、然るべき仕打ちが返ってくるのは同然である。

「ご、ごめんなさいっ!」
パンッ!と、乾いた音が部屋に響く。そこには右手を平手のまま硬直させた女性と、頬を抑え呆然とする男の姿があった。
男は女に覆いかぶさっっていたが、その頬の痛みが理性を取り戻させたのか、女性からそっと身体を離す。
「こっちこそゴメン、強引すぎた…」
と、謝る男とは裏腹に、女は申し訳なさそうな顔を男に向けた。少し人間離れした美貌を歪ませ、小さな口から、声にならない声を出す。
そうしてベッドから抜け出ると、辛うじて聞こえるほどの声で「ごめんんさい、宗一さん…」と言い残し、メイド衣装の女性は部屋を出て行ってしまった。
部屋に取り残されたこの家の主は、釈然としない思いのまま頭を掻いている。
「あの部屋」に篭られては主人ですら手を出せない、その事を知っている彼は彼女を追い掛けようとしなかった。
「さすがに強引すぎたか…、でもロボットて主人を殴れたっけ?」
そうひとりごちた彼は、急激に萎えてしまった心と身体を睡魔の中に放り投げた。

◆ ◇ ◆ ◇

窓から差し込む朝日で目を覚ます。寝ぼけた目を擦り時計を見た俺は、ベッドから飛び起きた。
「遅刻だ!」そう叫んでみたものの、過ぎた時間は戻らない。いつもならリナが-ロボットでありメイドである-が起こしてくれるハズであった。
だが、昨晩の出来事の所為か、彼女は部屋に閉じこもったままだ。
慌てて出掛ける準備を整え、昨晩から沈黙したままの部屋に話しかける。
「リナ、昨日はゴメン。俺が全部悪かったよ。あんなことはもう二度としないから…」
と、話しかけたが返事は無い。充電ならもう済んでいるハズだが、部屋の奥から物音一つない。
「もう時間だから大学に行くよ。その、ごめんな…」
と扉に再度呟き、俺は家を出た。もう授業には間に合わないが、家に居ることも出来そうになかった。

◆ ◇ ◆ ◇

『宗一様…、悪いのは、私です』
遠くで扉の閉じる音がした。私は膝を抱えたまま、愛しい主人のお見送りという大切な職務すら出来ずにいた。

◆ ◇ ◆ ◇

「…で、今現在、我々の男女比率は7:3という史上稀にみる事態となっています。これは21世紀初頭に人間の遺伝子情報が…」
教授の声が頭を通り抜けていく。運良く授業の開始時間が遅れたことによって遅刻はなんとか免れたが、肝心の授業は上の空だった。昨晩の出来事が頭から離れないのだ。何故あれほどまでに『拒絶』されたのか、その出来事は今の人類の危機よりよっぽど重要だった。
だが、この男女比の異常な偏りは、この今、頭の中で渦巻く問題の根源的な原因でもあった。21世紀初頭より始まったこの異常な男女比は、男の異性に対する欲望を暴走させた。具体的に言うと性犯罪やそれに伴うビジネスの増加、果ては女をめぐっての戦争だって起きた。
この問題を重く見た各国は女性の保護を名目に、女の代理品を開発することに躍起となった。
かくして現代、セクサロイド…表向きは『家政補助自動人形』という名称のロボットが開発され、18歳を迎えた男に、一体づつ支給されることとなった。
このロボット達は女手の少ない家での補助という役割だが、要は行き場の無い性エネルギーを発露させる為に必要とされた。つまり主が望めば拒絶することなどありえないのである。
…そう、『拒絶』などありえない、ありえないのだ。あまつさえ平手打ちなどもっての外だ。だが何故だ、なぜ昨晩はああなってしまったのだ…、変なことは強要していないのに、と先ほどから終わらない思索を続け、俺は挙動不審まっただ中であった。
そうこうしてると終業のチャイムが鳴る。頭を抱え突っ伏していると、後ろから声を掛けられた。
声の主はにやけた顔で「宗一、何やってんだ?奇行はこんなむさい男だらけの教室なら分からんでもないけどよぉ、ひと目ははばかるもんだぜ」と。
「黙れ雨宮、今それどころじゃないんだ。他を当たってくれ。」
正直今はこの男の面倒臭いテンションに合わせる気分になれなかった。だが、雨宮はお構いなしに口を動かし続ける。

「何か困りごとかなぁ、宗一くん?ならこの俺に相談してくれてもいいのだよ。さあさあ、今日のオカズから女の口説きかたまでなんでも来たまへ!」
「…なんか今日は何時にも増して鬱陶しいな、お前。」
今日は何時もの3割増しだ。普段は少し騒がしいぐらいのイイ奴なのだが。

「んっふっふっ、良くぞ聞いてくれたな宗一くん、実は昨日俺は、遂に…!」
と、握り拳をグッと掲げ、聞いても無いのに語り始めた。そして雨宮は周囲をちらりと確認すると、俺の耳元で呟いた。

「遂に俺のアイシャと『ひとつ』に、ぐふっ、えふふふふっ」
耳元で何を呟いてるんだコイツは。とりあえず手元にあったファイルで側頭部を強打する。ちょうど角が直撃したのか、しばし雨宮は頭を抱えて蹲った。
「流石に今のは痛い…、だが俺の今の幸せならそんなこと許す!許せる!」
「はぁ…、そうですか。」
「で、どうしたのかな。…まさか、お前。生身の女と何かあったのか!?」
「…んな訳あるか、さっきの授業聞いてたのかよ」
と自分のことは棚に上げるが、そんなことはありえないのだ。
「だよなぁ、この大学も共学のハズなんだけどなぁ。女子大生って都市伝説なのかな…」
それもそのハズである、こんな男だらけのところにうら若き乙女など、飢えた狼達に羊を投げ込むようなものだ。
「俺達の思い描いた未来って、こんなんでいいのかなぁ…」
雨宮は大げさにため息を付いた。だが、確かにまだ車は地面を走っているし、ホログラムの立体映像もない。授業は変わらず板書で、それをくたびれたシャーペンで書き写すのが未来で現代だ。
「でも、ロボットは発達したよなぁ。げへ、げへへへへ」
「そのニヤけ顔止めろ。それより教室移動するぞ。」
…この男に昨晩の相談なんて出来そうにない。授業が終わったらリナの為に高純度のエネルギーセルでも買って帰ろう。そうすればきっと…きっと。

◆ ◇ ◆ ◇

メンテナンスルームを出ないまま、2時間が過ぎようとしている。
私は電子頭脳のネットワークを駆使して、昨晩のあんな振る舞いの理由を探し続けていた。
「宗一様、どうか私を嫌いにならないで…。」
瞳からこぼれた冷却水がぼたぼたと床に丸いシミを付ける。
私はその雫を拭おうともせず、当てのない検索作業を必死に続けた。だが、答えは出ないままだった。

◆ ◇ ◆ ◇

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