話が一段落すると、基地司令官はいかにもという風に葉巻をふかした。 「……というわけで、君の元には優秀な部下が新たに加わることとなった。 これには高度に政治的な問題が絡んでおり、同時に今後の兵器運用に関しての重大なテ ストでもある。 半年間よろしく頼んだぞ。なお一月ごとに運用データの報告を提出するように。詳細は 今渡したファイルに書いてある。なにか質問は?」 司令が座っているごついデスクの前に男が立っている。 およそ三十歳の少し手前、もう少しすればいい男になるだろうという精悍な表情の青年である。 「はっ。入隊者の写真がないようですが」 「外装というか、人工皮膚の張り替え次第でどんな顔、形にもなれるのでな。写真をとる意味がない。他には?」 「特にありません」 「そうか。それでは下がってよろしい」 踵を鳴らし、青年はきびきびと敬礼する。 「はっ。了解いたしました、閣下」 失礼します。と言って部屋をでようとした男に向かって上官が声をかけた。 「欲望に負けんようにな吉村少尉」 怪訝な顔をしたものの、吉村は再び敬礼すると外に出て行った。 部屋に一人残った司令官は再び葉巻を手にする。 すぱすぱと香りを吸い込み、むやみに豪華なガラスの灰皿に押し付けた。 「それでは高価なダッチワイフでないことを祈るとするか」 手にしたファイルをちらりと見ると、吉村は大きく息を吐いた。 まだ先ほどの話の内容がにわかには信じられない。 「いったい何のおはなしだったんですか吉村さん?」 部屋を出るとすぐに部下が声をかけてきた。吉村より少し若い曹長である。 名を千崎と言い、上官の吉村を尊敬しているのか、いつも周りをちょろちょろしている。 「うちの隊に一人増えることになった」 ブリーフィングルームに向かいながら吉村が答えた。 「ほんとですか、どんなやつなんです? 男ですか、女ですか、若いですか、年喰ってますか」 「性別ねぇ、難しい問いだな」 「へ?」 わけのわからない言葉に千崎は思わず間抜けな顔になる。 「それにまだ一才にもなってないんじゃないか」 吉村はぱらぱらと手にしたファイルをめくると、目当ての項目を探し出したようだ。 「ああ、これだこれ。えっと……生後六ヶ月だな」 「はぁ?」 軍人にあるまじき気の抜けた声をだした千崎の頭の上にクエスチョンマークが点滅している。 「とにかく、会えばわかるよ。俺もどんなやつだかわからないんだ」 「事前の資料はもらってるんでしょう」 「それはそうだが、なにせこいつを部下に持つのは俺が人類初なんだ」 とうとう足を止めてしまった部下を置いて、吉村はすたすたと歩いていってしまった。 「本日、我々の隊に新人が加わることになった。紹介の後、通常の訓練を開始する」 席に着いた部下たちの前でファイルを小脇に抱えた吉村が口を開いた。 「女か男どっちですか?」 数名の男子隊員から同じ質問が飛んだ。 軍隊というものはその性質上、どうしても男女比が偏ってしまう。当然、男のほうが多い。 であるから、新人が女であるかどうかは男子隊員たちにとっては貴重な出会いが増える かもしれないチャンスなのである。 「それは見てからのお楽しみだ」 珍しい吉村の軽口に、先走った隊員が口笛を吹いた。勝手に女と思い込んだらしい。 「そろそろ来るはずだが……」 吉村が腕時計を確認するのと同時に、ドアがノックされた。 失礼します、と言って入ってきたのは、無骨な軍服を纏っていながらも、部屋がどこの パーティ会場になったのかと錯覚するほどの美人だった。 軍人らしく短く肩までで切りそろえられた黒髪も、強い意思を感じさせる力に満ちた鋭 い瞳も、きゅっと結ばれた唇も、ごつい服の上からでもわかる均整のとれたプロポーショ ンも、すべてが完璧だった。 隊員たちがとつぜんあらわれた美女にあっけに取られていると、美女は踵を鳴らし、吉 村に敬礼した。 「吉村少尉ですね。本日よりこの隊に配属されました竜宮霧香軍曹です。よろしくお願い いたします」 そして、今度はぽかんとした顔の隊員たちに向かい、もう一度敬礼した。 あれほど新隊員についてやかましかった隊員たちも、想像を超える美女の登場で喜ぶこ とを忘れてしまったようである。 誰もなにも言わないので、霧香がちらりと吉村を見た。 「どうかされましたか少尉」 声をかけられて、ごまかすように咳払いをする吉村。 「か、彼女が新しく入隊する竜宮軍曹だ。諸事情によって彼女は半年間で転属してしまう が仲良くやるように」 「たった半年っすかぁ」 「もっと長くいてくれー」 ようやく我に返った隊員が野次を飛ばす。 「無駄口を叩くな、ただいまより通常訓練に戻るぞ。さぁ部屋を出て行け。いや、千崎と 竜宮軍曹は残ってくれ」 よろしく、今晩歓迎会しようぜ、などと声をかけながら隊員たちが駆け足で出て行く。 それらのひとつひとつに霧香は丁寧に敬礼を返した。 「体調も人が悪いですね。あんな美人に性別がないだとか、生後六ヶ月なんて」 騒ぎにまぎれて、千崎が吉村の耳元でささやく。 「少尉は嘘をおっしゃっておりません」 突然声をかけられて千崎はぎょっとした。 まさか竜宮に聞こえるとは思いもしなかったからだ。なんとか吉村の耳に届くくらいの 小さな声、それに加えて隊員の足音。 自分でしゃべっておきながら吉村に聞こえたかどうかも疑わしいほどだ。 「どうした千崎?」 いぶかしげな顔で問いかける様子を見ると、どうやら吉村には千崎の声は届いていなかっ たらしい。 にもかかわらず、離れた場所にいた竜宮のほうが反応するとは。 驚いた顔で千崎は新入隊員を見た。 「とりあえず副官のお前には知っておいてもらおうと思ってな」 隊長から渡されたファイルに目を通していくにつれて、千崎の目が大きく見開かれていく。 「ロ、ロボット!?」 「私は人型ですので、正確にはアンドロイドです」 「……だそうだ」 「し、しかしそんな技術があるなんて」 「詳しいことは国家機密クラスらしいんで俺にもわからん。なにか大きな力が働いた結果、 うちの隊に来ることになったらしいが」 「でも、ほんとに人間にしか見えない。継ぎ目なんてどこにもないし」 仙崎がじろじろと遠慮ない視線を竜宮に浴びせかけた。 人間の女性なら嫌な顔をするであろうに、霧香は表情一つ変えずに、平然と見られるま まになっている。 「私の体は人工皮膚に覆われていますから。それをはがさない限りそんなものは見えません。 第一、機械だとばれては人型の意味がありません」 「ま、まぁその通りだけど」 確かに、潜入工作などを行う場合、アンドロイドだなどとばれてはすべてが台無しになる。 様々な事態を想定して作成されているのだろう。 「じゃあ脈かなんか取らせてくれれば」 機械なら人間のように脈がないだろうと千崎は考えたのだ。 「いえ、偽装の為に冷却水の一部を血液に偽装していますので脈はあります。ついでに言 わせていただくと、心音もあります。こちらは単なる音だけですが。さらに目の虹彩も光 を感知して変化します」 「わかった、わかったけど。うー」 千崎はまだ納得いかない様子で、うなっている。 目の前の自称サイボーグは人間にしか見えないからだ。現に先ほど部屋を出て行った隊 員たちは霧香が人間でないなどとは夢にも思っていまい。 「隊長は信じてるんですか?」 吉村が肩をすくめた。 「信じるしかあるまい。まさか軍はこんな嘘をつかんだろう、つく意味がない」 「それはそうですが」 霧香の周りをぐるぐる回りながら考え込んでいた千崎がぱっと顔をあげた。 「そうだ! その人工皮膚をめくって機械の部分を見せてもらうってわけには……」 「だ、だめですっ! そ、そ、そんな破廉恥なっ!」 それまで冷静だった霧香がいきなり大声を出した。 人間たちがびっくりした顔を見合わせていると、アンドロイドが申し訳なさそうな顔をした。 ご丁寧に頬がわずかに桃色に染まっている。 「し、失礼しました。その、アンドロイドにとって機械の露出部分を見られるというのは、 そのですね、無防備な状態をさらすということになりまして、人間で言うと裸を見られ るようなもので……」 千崎が素直に頭を下げた。 「そ、それはすみません。……あ! で、でも、ほら顔が赤くなってるし、感情もあるじゃ ないですか」 「それは……」 「ヒューマノイド型作戦兵器G−28。本作戦行動名・竜宮霧香は通常時においては女性型性 格プログラムの使用により感情を表現することによって、自身がアンドロイドであること を偽装することが可能である。 また戦闘時にはポーカーフェイスモードに移行し、感情に支配されることなく、すみや かに作戦行動を行うことが可能である」 口を開きかけた霧香に代わって、吉村がファイルを読み上げた。 「隊長……」 「いいかげんにしないか千崎。いつまでも疑ってたら竜宮軍曹が困るだろう」 「その言い方、隊長の方が人間扱いしてますよ」 「別にいいだろ。お前と違ってアンドロイドだとわかった上での行動なんだから」 「ありがとうございます少尉」 「いや、礼を言われるほどのことじゃない。そうだな……人間には無理なことをやっても らえば千崎もいい加減信じるだろう。なにかないか?」 吉村の提案に、霧香は一瞬考えるそぶりを見せた。 そんな姿を見ると余計に人間に思えてくる。 「これはどうでしょう」 言うと、霧香はぐにゃりと腕を折り曲げた。もちろん内側にではない、人間ではありえ ない外側にである。 さらに霧香は首をぐるんと三百六十度まわしてにっこり微笑んだ。 いっ、と千崎がうめき声を上げる。 「私の間接は人間のそれとは違いますのでこういったことができます、いかがでしょうか。 あとは……」 手近のパイプ椅子をつかむと、椅子の骨組みをまるでゴムのように引っ張って伸ばして見せた。 どんな怪力男にだってできることではない。 「どうだ千崎納得したか」 恐る恐る手渡されたパイプ椅子を眺める部下に吉村が尋ねた。 「は、はい」 千崎はそれだけ言うのがやっとだった。