急な山道を登り、泥と汗にまみれた隊員たちが宿舎に帰ってきた。 疲れをごまかすため大声で怒鳴りながら会話する。 「あぁちくしょう! 最近はなんだ? このバカみたいな特別演習の多さは」 「まったくたまらんぜ。三日前に海から帰ってきたばっかりだぞ」 「その前は砂漠だったしな。ここ何ヶ月かは異常だぞ」 「お偉いさんもどうかしてんじゃねぇのか」 「基地司令じきじきらしいからな。わけわかんねぇよ」 「葉巻吸いすぎて脳みそが燻製になってんだよきっと」 「よるな! てめえは竜宮軍曹と違って汗臭いんだよ!」 「うっせぇ! てめえこそ鼻がもげそうだ。軍曹だって人間だぞ! 今は汗臭えよ」 「私も匂いますか?」 「いえ! 竜宮軍曹の汗はフローラルの香りであります」 隊員たちが笑いの渦につつまれる。 この数ヶ月の厳しい訓練をともにこなしたことによって、竜宮霧香はすっかり隊に解け 込んでいた。 隊員たちは大声でわめきながら玄関をくぐっていく。 ちらりと千崎が横にいる霧香を見た。 目の前で機械である証明がされた今でも、まだ人間に見えてしょうがない。 しかしまぎれもなく、霧香は戦闘を目的として造られたアンドロイドだった。 おそらく、ここ数ヶ月の異常な特別演習の数々は、霧香の性能テストを目的に行われて いるものなのだろう。 まったく機械に付き合わされる人間はたまったのもじゃない。 千崎はもう何度目かになる思いを、溜息とともに吐き出した。 「お前ら! だらだらしてるんじゃない。すぐに汚れをおとして食事だ」 隊長の吉村の檄が飛ぶと、隊員たちはぞろぞろと宿舎に入っていく。 もちろん霧香もそのまま風呂に向かう。本来はそんな必要はないのだが、カモフラージュ としてである。 が、突然霧香が立ち止まった。 「これは……」 「どうかしたか」 横にいた隊員がいぶかしげな視線を向けると、霧香は絶叫した。 「敵です! 警戒をっ!」 「はぁ……?」 靴を脱ぎかけていた隊員の一人が間抜けな声をだして顔をあげる。 訓練はもう終わったと言いたげな表情だった。 しかし、吉村の反応は違う。 「全員っ! すぐさま警戒態勢にはいれっ! 安全装置は解除しろ。これは訓練ではないっ!」 言いながら、自分もすぐさま銃を構える。 霧香の突然の叫びには反応の遅れた隊員たちも、隊長の声にはすぐさま従った。 全員が、疲れきっている体に鞭打ってあたりを油断なく見回す。 外になにもないのを確認して、慎重に宿舎の外へ出て行く。 「隊長? 誰が襲ってくるんです。俺たちを襲ってもなんにもならんでしょう」 年かさの隊員のもっともな問いに、吉村は表情を変えずに答える。 「いいか、今から話すことは機密事項だ。断じて口外するなよ」 吉村が霧香がアンドロイドであることを話し、おそらくそれを狙ったどこかの組織が霧 香を狙って襲ってきたのだろうと説明した。 信じられないといった顔の隊員たちもいたが、真剣な隊長、副隊長そして、霧香を見て 黙らざるを得なかった。 「た、隊長もしかしてあれじゃないですか!?」 一人の隊員が空を指差した。 遠くのほうに小さな点がぽつぽつ見える。その点はぐんぐんとこちらに近づいてきて、 その大きさを増していく。 点はやがて三台の戦闘機になった。 「全員散れっ!」 吉村が叫ぶのと同時に、戦闘機からミサイルが発射された。 轟音が響く。 隊員たちの荷物ごと宿舎が吹っ飛んでいく。 そして、どこに潜んでいたのか、大勢の兵士が目の前の山道からぞくぞくと顔を出し始めた。 とっさに霧香と吉村は木陰に飛び込んだ。 吉村が様子を窺っていると、霧香がささやく。 「間違いなく狙いは私です。私が囮になりますから隊長たちは脱出を」 「自分から捕まりにいってどうする!」 吉村の制止を無視して、霧香が潜んでいた木陰から銃を撃ちながら飛び出していった。 「くそっ! ぜんぜん冷静じゃないじゃないか! なにがポーカーフェイスモードだ馬鹿学者がっ!!」 顔も知らない霧香の産みの親たちをののしると、吉村は仲間を救うべく森の奥へ消えた。 霧香の動きは目覚しかった。 人間ではありえない速度で兵士の群れへ突撃していく。 敵も当然銃を撃ってくるが、霧香が腕で体をガードすると、表面に傷こそつくものの、 ダメージはほとんど負わないようだ。 霧香の体に銃弾が命中するたびに、金属音が響くが、それだけである。 一足ごとに確実に敵に近づいていく。 敵に接近すると、霧香は銃を乱射し始めた。 しかし敵は同士討ちを恐れて銃を使えない。 それを見越しての行動だろうが人間にはとても真似できない行為である。 あっという間に霧香の銃は弾を吐き出さなくなった。 すると目の前にいた数人が、銃が使えないなら。とばかりにナイフを片手に襲ってくる。 だが霧香の反応速度は凄まじかった。 敵がナイフを構えきる前に、蹴りを食らわせて沈黙させる。 一撃で背骨まで砕かれては敵も反撃のしようがない。 敵の一人が背後から攻撃を加えようとした瞬間、ぐるりと霧香の上半身が百八十度回転した。 唖然とする敵ににっこり微笑むと、霧香はその顔面に拳を叩き込む。 陥没した顔面を押さえることもできずに、敵兵は崩れ落ちた。 近接戦闘時の霧香は周囲五メートルの人間の動きをすべて把握しているのだ。 戦闘用アンドロイドの面目躍如といった活躍である。 「馬鹿どもが。あれほど相手は人間じゃないと言っておいたのに」 いつの間に現れたのか、ジープに乗った男が数十メートル離れたところから双眼鏡で戦 場を観察していた。 歴戦の兵らしく、風格に満ち、短く刈られたあごひげがよく似合っている。 運転席にいた部下らしい男があごひげの男を見上げた。 こちらはひょろりと背が高く、とても軍人には見えない。 「どうします」 「しかたあるまい。例の作戦で行く」 「本当にいいんですか?」 「多少の犠牲なら上も認めている」 「わかりました」 助手席の男は手元にあった無線機でなにやら命令しだす。 すると、しばらくして先ほどの戦闘機が轟音とともに舞い戻ってきた。 じっとひげづらの男は双眼鏡を覗く。 レンズの向こうで、味方のはずの戦闘機に空中から滅多打ちにされて、自分の部下が踊 るように倒れていく。 女アンドロイドが反応して、人を盾にして素早く身を隠そうとするのを見て、髭面の男 は感嘆の声をあげるかわりに、眉をぴくりと動かした。 霧香の抵抗は最後に放たれたミサイルによってはかない結果に終わった。 いくら人間を盾がわりにしようとしても、ミサイルが相手では紙切れのようなものだ。 爆音が響き、土煙が舞い起こる。 しばらくして、あたりが静寂に包まれた。 「すごいですね。これじゃあいくらアンドロイドといえども粉々になってるでしょう」 「報告では機能停止はするかもしれんが、修理すれば問題なく使用可能だそうだ」 「ほんとですか? さすがにそれは眉唾でしょう」 ジープに乗っていた二人の男が爆心地にやってきてあたりを見回した。 その瞬間、地面がわずかに盛り上がったのに、気づいたひげづらが大きく跳び退る。 「えっ!?」 反応できなかったひょろ長のほうは、土が飛び散る中から、人影が飛び掛ってくるのを スローモーションのように見ていた。 霧香である。汚れてはいるものの特に損傷している部分は見受けられない。 驚異的な耐久力である。 しかし、髭面は慌てず片手を挙げる。 すると、周囲にいた男たちが構えていた大型の銃をぶっ放す。 弾が霧香に命中する寸前で、大きく広がり網になる。捕獲用の弾丸らしい。 一発目こそよけたものの、二発、三発と発射される網をかわことはできず、網に捕らわれる霧香。 やむなく引きちぎろうと網に手をかけた瞬間、ばちばちと耳障りな音が聞こえた。 霧香を包んでいた網から電気ショックが発せられたのだ。 人間なら一瞬で黒焦げになってしまうほどの威力のものである。 体が跳ね上がるほどの痙攣を繰り返し、霧香は倒れこんだ。 動かなくなってからも、きっちり二十分の間ショックは与えられ続けた。 「いいかげんに立ち上がれ」 声をかけられるまで、ひょろ長の男は腰を抜かしてへたり込んだままだった。 港の片隅に連なる倉庫のうちのひとつ。 そこで霧香は鋼鉄製のベッドに固定されていた。 手首、足首さらには胴体をベッドに直接溶接されている手錠で拘束され、完全に身動き が取れないようになっている。 すでに服は脱がされ全裸である。 まるで人間のような霧香の体はところどころ裂け、内部が露出していた。 まるで特殊メイクのように、裂け目からは色とりどりのコードや、金属製の部品が覗いている。 よく見ると、傷口からは大小さまざまなコードが伸び、周囲のコンピューターに接続されている。 カタカタと音をするほうを見ると、ベッドの横にあるモニターを熱心に覗きながら、キー ボードを叩いている男がいた。 霧香に襲われかけたひょろ長男である。 「いや、これはすごいですよ。この腕一本で一生楽に暮らせる金になりますよ」 油断なく霧香を観察していた髭面に語りかける。 どうやらここは男たちの隠れ家らしい。 「余計なことはするなよ。俺たちはそいつをクライアントに渡すのが仕事だ」 「わかってますけどね。いち技術者としてですね……」 しゃべり続けるひょろ長を無視して、髭面は倉庫の入り口に向かう。 遠ざかる足音を背中で聞いてあきらめたのか、ひょろ長はノートパソコンを閉じると、 上司の後を追いかけた。 倉庫の外では、見るからにうさんくさいスーツの男が、背後に部下らしき人間を多数従 えて、二人を出迎えていた。 「どうもご苦労様でした」 「あんたの部下を何人か殺してしまったが」 「いえ、かまいません。予定の範囲内ですから。報酬は振り込んでおきましたので」 「そうか。それじゃあな」 髭面とひょろ長は倉庫前に止めてあったワゴン車に乗り込むと去っていった。 残されたスーツの男が、部下たちに号令を下す。 「よし、それでは手はずどおりにやってくださいよ。三日後には取引がありますから」 それだけ言うと、スーツの男も背後の黒塗りの車に乗っていなくなってしまった。 後には、数名の学者風と、そのボディーガードだろうか、ごつい男たちが残った。 「ん……」 ゆっくりとまぶたが開き、霧香が目覚めた。 体を動かそうとしてもまるで動かない。それもそのはず、全身をがっちりと固定されている。 「お、起動したぞ。すごい耐久力だな」 枕元にいる学者が驚きの声をあげる。 「なんでもこいつはミサイル一発食らってるのにこの状態らしいからな」 「貴様らは何者だ」 厳しい声で、霧香が誰何する。 誰からも返答はない。 捕らわれの姫を無視して周囲の男たちは会話を続ける。 「まぁ、プログラムのプロテクトは何とかなりそうだな。しかし……こいつを造ったやつ らは変態だな。なんとかと天才は紙一重ってやつか」 「どういうことだ?」 学者の一人に、サングラスの男が問いかけた。おそらく護衛の一人だろう。 「いや、まだプログラムの書き換えには時間がかかりそうなんだがな、スペックとかは一 応確認できたんだよ」 「もったいぶらずに早く教えろよ」 「まぁこのアンドロイドは戦闘用なんだがな、女の形をしてるだろう?」 「おう」 「ようするにヤれるんだよ。ダッチワイフにもなるみたいだ」 「へぇ……そりゃすげぇ」 欲望にまみれた視線でサングラスの男が霧香の体のラインをなぞった。 「しかもだ」 「まだあるのかよ」 「相手の要望にあわせていろんな性格タイプになるらしいぞ。女王様から牝奴隷までなん でもござれだ」 「ぎゃっはっは。造ったやつは相当の変態だな」 霧香は歯軋りするが、それ以上のことはなにもできない。 下品な笑い声をあげると、サングラスの男が喉を鳴らした。 「お、おい。まだ時間はあるだろ。ちょっと俺に相手させろよ」 「はぁ? 馬鹿いってるんじゃないぞ。俺たちは解析が終わったらこいつを分解してすぐ に持ってかなきゃならないんだ」 「別に性格変えろとまではいわねぇし、俺がやってる最中でもばらしてくれてかまわねぇよ。 最悪胴体と頭が残りゃいいんだ」 呆れた顔をされているのにもめげず、サングラスの男は気の早いことに、もうベルトに 手をかけている。 「最近むさくるしいやつとの仕事ばっかりだったから溜まってんだよ」 「もういいよ。好きにしろ」 肩をすくめると、科学者は自分の作業に戻っていった。 すると、今度は別の白衣の男が霧香のそばにやってきた。 「おい、面白そうな話をしてるじゃないか。俺もいろいろ手伝ってやるよ」 男は手にしたノートパソコンを軽く叩いた。 「別に今は3Pしたいわけじゃねぇんだ」 「違う違う。俺もそんなことするほど暇じゃない」 「じゃあ手伝うって何だ」 「俺はプログラムのほうの担当なんでな。こいつの頭のほうをいじらせてもらう」 白衣の男は身動きできない霧香の頭を小突いた。 女アンドロイドに睨みつけられてもまるで意に介した様子もない。 「私に触るなっ!」 せめてもの抵抗とばかりに、霧香が怒鳴った。 サングラスがわけのわからない顔をする。 「頭?」 「こいつは人間じゃない。ようするに全部プログラムで動くわけだ。 だから、ちょっと数字をいじれば感度が百倍になったりするわけ」