「亜沙子さん、大変!ちょっと来て!優(ゆう)ちゃんが倒れちゃったのよ!」
 同僚の仲居である竹子に呼ばれ、亜沙子は
(もしや!?)
と、嫌な予感がした。
「優ちゃん、ついさっきまで元気にお膳を運んでたのに、いきなり倒れちゃって、動かな
くなっちゃって・・・あら?息もしてないんじゃないかしら!?心臓、動いてる?」
 矢継ぎ早にまくしたてる竹子から逃れるように、亜沙子は
「あ、どうもご迷惑おかけしました。ちょっと部屋のほうに連れてって、看てみますから」
とだけ言って、優を肩でかついで部屋に戻った。

(参っちゃったな、みんなの前で停まっちゃうなんて、な)
 亜沙子は夫の啓太の工場がつぶれて以来、旧友の実家でもあるこの四万温泉・駒之館に
住み込みの仲居として勤めている。最初は息子の檀と二人だったのだが、現在は“娘”の
優も学校を休学してやって来て、母の亜沙子とともに仲居として働いていた。
(さて。窓は閉まってるかしら。鍵も閉めとかないとね)
 亜沙子が鍵を閉めようとすると、息子の檀が走ってきた。
「お姉ちゃん、どうしちゃったの!??」
 何も知らない檀は、心配そうに“姉”の凍りついたように動かない顔をのぞきこむ。
「ええ、大丈夫よ。私が看ておくから、檀は師匠と遊んでらっしゃい」
 息子の檀が出ていくと、亜沙子はカーテンを閉め、優をあおむけに寝かせ、優の着物の
帯をほどいた。そして、優の小さな胸のフタを開こうとした、そのとき−
「優ちゃんが倒れちゃったんだって!?今、隣の川崎先生を呼んできたんだけど」
 旅館の主人である隆行の声がした。おそらく檀から優のことを聞いたのだろう。しかも、
隣の診療所の川崎まで呼ぶとは・・・今、川崎とは微妙な関係にある亜沙子は、軽いうっ
とうしさを覚えた。
「はい。こちらで何とかできますから、とりあえず、ちょっと出ていていただけますか。
申し訳ありません」
 ややぶっきらぼうに二人を追い出し、亜沙子は作業を再開した。

 幸い、今日の場合は単なる充電切れであるようだ。亜沙子は優の胸を軽く突いた。すると、
カパッと音を立てて優の薄い胸が開いた。中は精密機械がところせましと詰まっているも
のの、亜沙子にとっては勝手知ったる“娘”の体である。
 落ちついて戸棚から優専用の充電コードをとり、片方の端を優の胸の中のモジュラー
ジャックに、もう片方の端を壁のコンセントにつなぐ。
 ピッ、と軽快な音がして、優の胸の中に緑色のランプが点灯した。充電開始の知らせだ。
やれやれ、これで一安心、と亜沙子は一息ついた。一時間も経てば充電完了だろう。普段
は優が寝ている間に充電を済ませていたのだが、今回はつい忘れていた。
(このところ忙しかったからな。いろいろあって・・・)
 誰に言うともなく亜沙子はつぶやいた。

「あれ?お母さん、どうしたの?」
 優が目を覚ました。
「うん、厨房で倒れちゃったからって、竹子さんが見つけてくれてね。でも、もう大丈夫よ」
 亜沙子はあくまでやさしく優に語りかけた。
「ふうん、そうなんだ。覚えてないや」
「疲れていたんでしょう、たぶん」
 笑顔で相づちを打つ亜沙子に、優はふっと真顔になって、
「変なんだよね。昔からたまにあるんだ。いきなり記憶がとんじゃって、次のときにはい
つも寝てるの。どうしてかな」
 優のセリフに不意をつかれた亜沙子は、
「あ、そう・・・かしらね」
と、その場をごまかすしかなかった。

 優が実はロボットであることは、優を実の姉だと思っている檀だけではなく、実は優自
身も知らないことだった。知っているのは亜沙子と啓太だけだった。
 忘れもしない、亜沙子と啓太夫妻にとってのはじめての子どもが不幸にして流産したとき、
啓太が役所からもらってきた一枚のパンフレットに
「家庭用アンドロイド試作機、モニター募集」
と書いてあった。
 よくわからずに聞いてみると、テスト段階にある人間型ロボットの試用モニターを一般
募集しているのだという。
 幸か不幸か、子どもサイズのものはモニター希望者が少なく競争率が低いとのことで、
啓太と亜沙子夫妻はモニターに選ばれた。
 かくして、二人は機械の“娘”に「優」と名づけ、ずっと自分の娘として「育てて」き
たのだった。
 「科学技術省先端科学研究所精密機械開発部」というその機関のサービスは行き届いて
おり、不自然にならない頻度で、子どもの「成長」に応じた新しいボディーと交換してく
れた。なので、学校でも近所でも誰も優のことを怪しむ者はいない。
 二人が優を引き取ってから10年後に生まれた長男の檀も、何ら疑うことなく優を「お
姉ちゃん」だと信じて慕っている。その姿を見ると、
(いつか、この子にも本当のことを話さなくては・・・)
と、胸が痛む亜沙子だった。
 しかし、考えてみればそれは滑稽な悩みだったのかもしれない。何しろ、檀以前に、そ
もそも当の優が自分をロボットだと知らないのだから。
 優の正体を知っているのは「父」の啓太と「母」の亜沙子、そして「祖母」の佳代だけ
なのである。
(優には、いつ本当のことを教えたらいいんだろう)
 そんなことを考えながら、亜沙子は優の着物を整えてやり、
「さ。夕食までもう少し。またがんばろう」
と、明るく声をかけた。
「うん!」
 優も明るく返事を返した。

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