高校最後の夏。
それもそろそろ終わろうとしているある日。
予備校の帰りに僕は、ホームロボット用パーツショップによっていた。
目的のパーツはなかなか見つからなかった。
いや、その種のパーツその物はいくらでもあるのだが、アリサの規格に適合
するものが無かったのだ。
彼女が旧式である事を嫌でも思い知らされる。
いずれはAIをまるごと新型筐体に移植する必要があるだろう。
でも、動く限りはあの体でいて欲しい。
それは僕のエゴかもしれないけれど。

棚の奥からようやく一つ、使えそうな箱があった。
念入りに規格や機能を確かめる。
うん、OK。
後は値段だけど……。
お、ラッキー。
在庫処分でかなり安めだ。
五年前のあの日から、必死になって貯めた金だったけど結構
余るなあ。
それじゃ、ついでにその下にあったこれも買っていこう。

「お買いあげ、ありがとうございます」
店員に渡すときにはちょっと恥ずかしかったけど、向こうも商売。
眉一つ動かさずに応対する。
僕は、極めて平静を装って店を出る。
……あんま知り合いに見られたい光景じゃないからなあ。

「ただいま」
「お帰りなさいっ!」
ぽん。
アリサが手に持ったクラッカーを鳴らす。
「お誕生日、おめでとうございますっ!」
毎年、こんな感じでアリサは僕の誕生日を祝ってくれる。
この年になって誕生パーティも無いような気もするが、
祝ってくれる人がいるのは嬉しいことは嬉しい。
……今年は特に。
「柚木さんも18歳。大人になりましたねえ。アリサは、
アリサは嬉しいですっ!くうっ!お育てしてきた甲斐が
あったというものです!」
「ありがと。嬉しいよ」
「はい!さあさ、ケーキも出来てますよ。どうぞこちらへ!」
そう言ってアリサは僕の手を取って台所へ連れていく。
五年前はアリサの目線に頭があった僕が、今は彼女を見下ろしている。
「あとこれ。お誕生日のプレゼントですよ」
小さな包みを手渡される。
「腕時計です。あんまり面白い物じゃないですけど、この前、
使ってたのが壊れてたみたいですからちょうどいいかと」
「毎年ごめんね、苦労ばっかりかけてるみたいだよね。僕」
「何を言ってますか。今更。そのうち柚木さんが働くように
なったら、私はうんと楽をさせてもらいますから」
「そうだね、期待しないで待ってて」
「はい!……でもあんまり無理しないでくださいね。お勉強
頑張るのもいいですけど……。今日くらいは……いいんですよ?」
そう言ってこっちを上目遣いで見る。

もちろんそのつもりだ。その為に三週間ばかり溜めてるんだから。
アリサだってわかってるはずだ。
今日、僕は18歳になった。
つまりは……。
「アリサ、今日は僕もプレゼントあるんだけど……」
「え?何ですか?」
もう。
わかってるくせに。
アリサの意地悪。
「あれ、ひょっとしてそこの包みですか?私のパーツ?」
「そうだよ」
だって、このタイミングで買ってくるパーツって一つしかないだろ。
「えーと……。わかった!」
そう。そうですよ。
「大容量バッテリーですね?最近、稼働時間が落ちてきましたからねえ。
そろそろ交換しようかしら、と思ってたんですよぉ。さすが柚木さん。
気が利くぅ!」
ち、違います。
ぶんぶん。
「あれ?そうですか……。あ、そうか!今日誕生日ですものね!
アレですね!」
そう、アレ!
「この前出た、「某国ホテルレシピデータ集」!いいですよ!
今日は何でも柚木さんの食べたい物つくっちゃいます!」

……。

「ち、違いますか。な、何だろう……」
一つしかないじゃないかあ。
アリサ、AIがどっか故障してるんじゃなかろうか……。

えーい!
まどろっこしい!
「いい!もうこれ開けて!」
そういって投げるように包みを渡す。
「は、はい……。ありがとうございます……」
アリサは怪訝な顔をしながら包みを開け始める。
なんだよお。
僕は五年前から今日を指折り数えてたのに。
アリサは違ったのかな……。
そう思うとなんだか一人で盛り上がっていたのが悲しくなる。

「あ……」

アリサが持っている箱。
「APG-BUS対応快楽中枢回路 Maid-force6600XL」

そ、そうだよ。
それしかないだろ。
何でわからないんだよ。
アリサだって、この日が来るのを楽しみにしてると思ってたのに。
僕の一人相撲だったのか?

「え、えっと……柚木さん」

何だよ。
僕のことなんか本当はどうでもいいくせに。
今更謝ったって、許してなんかやるもんか。

「あの……まだ柚木さんは使えませんよ。これ」

へ?

「確かに今日で柚木さん18歳ですけど……ほら、ここ」
アリサが指先で指す小さな文字。

「本製品は18歳未満の方はご使用できません(高校生不可)」

……。

「い、いえ。風俗関連ってそういう物ですし……」
「つ、つまり高校卒業するまで……ダメって事?」
「そういう事です。残念ですけど……」
ああああああああああ。
あと半年以上も待てだってぇええええ!
「い、いやだぁああ!決めた、高校中退するっ!だから、だから
今すぐしようよぉ!アリサぁああ!」
「お、落ち着いて、落ち着いてくださいっ!!……ひょっとして
ここのところ夜、私のところにこなかったのは……」
き、聞かないで……。
キリっとして、真剣な眼差しでアリサが僕の手を握る。
「わかりました。今日は一晩中お相手させていただきます。
ね、だから。落ち着いて」

……はい。
ごめんね。
ほんとに。

「あら、まだなんかありますね」

あ、ちょっとこの状況でそれは……。

「だ、だめ!返して!」
取り返そうと思ったが、彼女が開ける方が早かった。
「……」

『Maid-force6600XL対応 快楽信号倍加ユニット
これで貴方の彼女も即昇天!!』

「……」
「……」
「柚木さん」
「……なんですか」
「いくじなし」




……死にたい。


おしまい。

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