・・・メイドロボ同士のバーゲン争奪戦は寡黙である。優先順位にしたがった無駄のない、綿密な計算で
 成り立った彼女達の行動は、生身の主婦が時折見せる無駄な争いとは無縁である。

 しかし、これはあくまでも現行機種のメイドロボに限って、である。「成長する心」を主眼に開発された
 アリサの世代は、高負荷時におけるマルチタスクの実行能力、そして計算能力で現行機種に遠く
 及ばないのだ。

「・・でも、わたしには『経験』という強い武器があるのよ!」
 10年来の稼働で得た知識と経験、そして自宅近所の安売りスーパーで鍛え上げられた『洞察力』と
 『野生の勘』が、現行機種のメイドロボとアリサを互角なステージの上に立たせているのだった。

「!! このスイカ・・・誰も手にしてないけど、艶と重量・・そして叩いた時の反響音・・!」
 他のメイドロボが避けていたスイカを手に取り、アリサは呟いた。
「かなり小さいけど、中身はこの季節にしては中々のもの・・・買いね」
「このバナナ、見た目は少し熟れ過ぎだけど、中はまだいける!」

 熟練した主婦のような鋭い目つきで、次々と目的の買い物を済ませて行く。

 こうして彼女が殆どの買い物を済ませた時、特売コーナーから少し離れた野菜売り場でうろつく
 一人の少女を見つけた。

〜 ・・・?

 少し気になるので、暫く観察してみると・・少女は半泣きになりながら、特に値引きもされていないキュウリを
 手にとっては元に戻し・・をひたすら繰り返している。その様子はまるで、「はじめてのかいもの」で何を買えば
 いいのか判らなくなっている子供とそっくりだ。

〜 たかがキュウリで何を迷っているのかしら・・・

 いぶかしげに思いつつも少女に近づいてみる。そして、その行動を更にじっくりと観察・・・・

〜 この子は・・・

 近づいてみて初めて判ったのだが、この子は最新機種のメイドロボ、それもつい先週に店頭発売された
 ばかりの機種であった。確かこの機種の特徴は、「成長する心」・・・つまり、アリサ達の世代に立返る
 ための開発テーマを掲げられていた筈だ。アリサにとってみれば、自分の妹ができるかもしれないという
 期待を抱かせるような機能をもっていると、ゆうきさんが嬉しそうな顔で説明してくれたっけ。

 少女の服装は、メイドロボを買うと添付される標準的なメイド服。スカートの裾も長く、特に身体の
 どこかを強調するような過激なものでないところを見ると、この娘はまだ本当に買われてきたばかりの
 ようであった。少女の背はアリサよりほんの少し高く、全体的にホッソリとした印象だ。胸もそこそこあるみたい。

「・・・勝った」

 自分の胸に手を当て、思わずぼそりと呟くアリサ。そんな彼女を尻目に、少女は相変わらずキュウリを
 相手に努力を続けている。

〜 この娘、キュウリに関する知識が全然ないんだわ・・

 確か私も、こんなことがあったけ。見た目でどれがいいのか全然わからなくて、ゆうきさんの
 お母さんに良いキュウリの選び方を教えてもらったんだった・・。

「ねぇ、ちょっといいかしら・・・?」 遠い記憶をメモリーから呼び起こしながら、アリサは少女に
 優しく話しかけた。それでも少女は相当驚いたらしく
「は、はいいぃっ!?」飛び上がりながらアリサの呼びかけに反応した。

〜 中々器用な子ね・・・

「キュウリって、ぼーっと見てるだけじゃ違いがわからないでしょ?」半ば呆れながらも、アリサは
 少女に声を掛け続ける。
「!!!」

ええっ!なんでわかったんですかぁ!?とでも言いたげな表情でアリサに向き直る少女。

「・・・そ、そうなんです。マスターにキュウリを買ってきてって言われてるんですけど、どれが美味しいのか
 全然わからなくて・・・わたし、昨日マスターの家に来たばかりで、こういう事のデータがないんです・・」
 目をウルウルさせながらアリサに窮地を訴える少女。

「あらあら、それじゃ仕方ないわよね・・・いい? 美味しいキュウリの特徴は・・・」
 昔教えてもらったことを丁寧に少女へ伝授する。曲がりは味に関係ないこと、太くて張りのいいものを
 選ぶこと、イボは痛いぐらい残ってるものがいいこと、表面の白い粉が剥がれて斑になっていない方が
 よいことなど・・・いつのまにか少女は真剣な顔つきでメモをとっていた。
「別にメモを取らなくても・・」
 あまりに人間くさい行動を見たアリサは、思わず本音を呟いてしまった。それを聞いた少女は怒ることもなく、
「人のいうことはしっかり聞いて、忘れないようにメモをとりなさいってマスターに言われたんです」
 むしろ嬉しそうな顔でアリサの本音に答える。

「あ、いや、その・・・・」
 まさか真面目に答えが返ってくるとは・・・と一瞬狼狽したアリサだったが、ふと自分もそうだったことを
 思い出した。そうだ、ゆうきさんのお母さんに色々と教えてもらったときも・・・
「そうそう、メモを取って、後でしっかりメモリーに刻み込むのは大切なことよ」
 わたし達の世代は人間と同じ、『見聞きしたイメージをパターン認識して知識と結びつける』という方法で
 記憶をするんだった。もしこの子もそうなら、メモをとることは決してむだじゃない。
「えと、これとこれと・・これも美味しそうですよね!」 アリサの教えに従い、的確に美味しそうなキュウリを
 選んで行く少女。なんだ、やればできるじゃない・・そう思ったとき、少女は必要な数のキュウリを選び終えたようだ。

「あの、ほんとうにありがとうございます!!」
 アリサは自分の胸が、少しどきんと脈打つような感触を覚えた。それほど少女の笑顔はアリサ好み・・・いや
 極上だったのだ(←後でアリサ本人が主張)。
「ん・・その、困った時はお互い様だから」 少しどぎまぎしながら答える。

 そんなアリサを知ってか知らずか、少女は店の時計を見上げて言った。
「あのー、そろそろわたし家に帰らないといけないんです。今日は本当にありがとうございました!!」
 ぺこりと頭を下げてアリサに一礼し、少女はそのまま店のレジへ駆けて行く。奇麗な艶の、腰まで届く
 黒髪を振り乱しながら。遠めにでも良いお尻をしていることが目にとれる、スムーズな下半身の動き。
 ・・・・なぜか、胸のどきどきが止まらない。ふと横に目をやると、さっき彼女が最後に選ぶかどうか
 迷っていたキュウリが目にとまった。イボはあまりないが、売れ残りの中では一番太くて張りがある。
 その形はまるで・・・

 キュン

 彼女の胸が高鳴った・・・・息がどんどん乱れているのが自分でもわかる・・・もう我慢できない。
 先程のキュウリを手に取った彼女は、赤くなった顔を気にもとめずにレジへ向かう。今日買ったものと
 一緒にお金を払うが、さっきのキュウリだけは買い物袋の一番とりだしやすい位置へしまった。
  充電残量、98%。愛液残量、70%。 バッテリーはそこの急速充電コーナーで充電したから問題なし。
  愛液もお昼は分泌量を絞ってたから大丈夫ね。
 レジで会計を終えた彼女は、店の入り口とは反対方向へ歩いて行く。行き先には
 「女子トイレ」の札が掲げられていた・・・。

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