箱を開けると、そこには女の生首があった。

 土曜日の夕方、俺がコンビニ弁当を食い散らかしているときに、宅配便がやってきて、
大きめのプリンターが入りそうな箱を置いていった。
 箱は無地だったが、俺は最近ネットで本を多めに買ったのでそれだと思ったのだ。
 開封すると予想は綺麗に裏切られ、成熟した瓜実顔の、涼しげな目元と長い黒髪に覆わ
れた生首様が俺の手元に表れた。
 人は激しく驚くと固まるらしい。俺は声も出せずに呆然としていたようだった。
 だったというのは、気がつくと生首の目が開いていたのだ。
 底なしのような光を返さない黒い黒い瞳が、突然忙しく上下左右に動きだし、やがて俺
の顔で止まった。
 唐突に生首に血が通ったかのような動きが生じた。
 微笑んだのだ。それも良く女がやるような愛想笑いではない。
 ターゲットロックオンっとでもナレーションが入りそうな、それはなにか男の本能が危
険信号を発する微笑みだった。
「初めましてご主人様。これからは私があなたの人生の終わりまでサポートいたします。
よろしく」
 とまあ、極上の微笑みを浮かべながら、生首はあり得ないことを言ってのけたため、俺
は理性や感情に邪魔されることなく行動できた。
 箱のフタを直ちに閉めセロテープを封をして、窓から生首ごと箱を投げ捨てたのだ。
 投げ捨てて数分経って、俺はようやく人心地がついた。
 ポットの湯を急須にすすいで、番茶を湯飲みに注ぐとおもむろに口をつける。
 出がらしのお茶は、俺にいつもと変わらない現実を与えてくれた。
「ふーっ、最近はいろいろとおかしい事が多いよなぁ」
 そして食い残した弁当の鳥の唐揚げを頬張る。安っぽい油感が口の中に広がると、さっ
きの生首は現実じゃないと確信できた。宅配便の伝票が視界の隅に入ったが、見えないこ
とにする。
「寝るか」
 あまりな出来事にネットの巨大掲示板を見る気も失せて、俺は万年床に転がった。
 電灯を消して目を閉じ……そしてしばらくして妙な気配に目を覚ます。
 窓に、なにかがいた。
 窓枠からぬれた長い髪の毛のようなものが垂れ下がり、棧に水のしずくを落としていた。
 その中に二つの目のようなものが、爛々とした光をたたえて俺をにらみ、さらに上で赤
い裂け目が三日月のかたどっていた。
 俺は金縛りにあったように恐怖に身体をすくませていた。
 指も足も舌も震えるばかりで動かず、化け物が近づいてくるのをただ眺めているだけだった。
 化け物は髪の毛らしきものを器用に動かして窓を開けて室内に入り込み、俺の前に降り
立った。赤い裂け目と二つの目の上下がひっくり返る。
「な、な、生首ぃぃぃ」
「いきなり、ひどいですわ、ご主人様」
 俺のこの後の記憶はない。
 気がつくと朝だった。
「めずらしくホラーな夢だった」
「そうですか。だいじょうぶですか? よく眠れましたか?」
 ふとしたつぶやきに、女の声が応じた。
 ぎぎぎと音が出そうな動きで、俺は声の方に首を回す。
 それを確認した瞬間、俺の背中は壁に激しくぶち当たっていた。
 女の生首が、首から生えた触手でパンを支え、自在に動く髪の毛でバターナイフを持っ
て、パンにバターを塗っていたのだ。
「おはようございます。それにしてもここには食料品はなんにもないんですね。あ、ちゃ
んとした自己紹介まだでしたよね。私、次世代ライフパートナー型ヒューマノイドマシー
ンのヘッドユニット、機種名DORA3HU、個体識別ID52551300259、暫定識別用パー
ソナルニックネーム、ラミです。よろしくご主人様」
 器用に頭だけでお辞儀をする生首をみて、ぐらりと俺の視界が傾いた。
 それが俺とラミの出会いだった。