ばんっ!

突如鳴り響いた炸裂音にも似た音で俺はふと目が覚めた。
顔を上げ、まず霞む視界に映るのは開発費用をまとめた資料と見積もり報告書。
どうやら机につっぷして居眠りしてたらしい。
俺としたことが……まぁ俺しかいない……いなかったはずなので誰に怒られるわけではないが。

(だいたい俺、ここで一番偉いし。文句言えるモノなら言ってみろっての)

なんてまだ眠たい頭で考えてるうちに、顔を上げるにつれて目の前の人物が視界に入った。
そいつは俺と目があったことを確認すると、戸惑うように凍りついて動かなくなる。

「…何しに来た」

まだ誰だかわかってないが、とりあえず声をかけた。
だが突然の訪問者は俺の言葉には答えず、こちらのデスクに向かって歩き始める。
涙と目ヤニではっきりと確認できない。眼をこするが、しかしそいつが歩き始めたときに
誰が来たか俺にはわかった。

キィ……ククッ……カチッ……キィ……ククッ……カチッ……

歩を進めるごとに聞こえる、耳をつく微かな異音。
金属同士がこすれたりワイヤーを引いたりギアがかみあったりモーターが回ったりする、
言葉には表わし難い音。
俺には何度も聞いた馴染みの、聞き覚えのある音だ。

キィ……ククッ……カチッ……キィ……ククッ……カチッ……

簡単に言うと、機械の駆動音。静かなこの所長室内では余計によく響く。
その音で一定のリズム刻みつつ、身体の方はややぎこちない動きを繰り返している。
いやむしろ動いているというよりは、動いて止まってを交互に行っているというか。
一瞬停止して動作の合間に空白の時間が発生しているのだ。
この研究所内、そんな音を出しながら動くやつは一人しかいないし、世間的にも今時かなり
珍しいのではないだろうか。
そいつは目の前までくると立ち止まり、こちらをそのガラスのような青い瞳で見つめてくる。
何やらピントを合わせてるのか、時折小さなモーター音も加えて聞こえてきた。

(もしかして喧嘩売りにきたのか?)

そんな考えが脳裏をよぎる。
とにもかくにも、もうだいぶ視界がはっきりしてきたところで、俺は改めて目の前の人物を見直した。
ご丁寧にも電飾付のフリルカチューシャに青い肩ほどの髪。
服装は、まぁあえて形容せずともわかってもらえるだろう。メイド服だ。
こんな衣装を着るのは基本的に女性なわけで、目の前の人物ももちろん例外ではない。
俺の所に女装趣味はいらん。

キィ……クィ―……クククッ……キィ……カチ……

静かに睨め合いが続く中、そいつは駆動音を響かせながら腕を振り上げた。
俺は特にうろたえたりはしない。当然だ。そいつが威圧してきたところで何の問題があろう。
もちろんこれから殴られる可能性なんて皆無だ。間違いない。

ばんっ!

二度目の炸裂音。今度は目の前のデスクから。
特に驚くこともなく冷ややかな目で見つめる先には、俺の目の前に手をついて上目づかいに
こちらを見つめる"彼女"。
だが目前でそんな脅しをかけられても全く動じない俺。さすが冷静だ俺。天才と呼ばれる
ことだけはあるな。
数枚の書類が舞い飛ぶ中、ちょっとした自己満足にひたりつつ俺は口を開いた。

「……ドアは静かに開けるように。それと人のデスクは叩かない」
「一応了解と答えます。しかしそれはどうでもよいことに分別されます」

抑揚に乏しいが、きっかりと意思の伝わる返答が返ってくる。
どうやら俺の眠りが妨げられたのはどうでもいいらしい。騒音公害で訴えたい。
何にしても一応で了解されたくはないものだ。

「もう一度聞く。何しに来た」
「私が予測するに、博士は仕事中に居眠りをしていたものと推測します」
「悪いか? 俺の持論として寝ることとは、すなわちアイディアが湧く絶好の機会だから、
惜しまず寝れるなら寝るべきだと思うのだが」
「その様な持論はお持ちでないと記憶しています。つまり私が聞いたことないか、今作り
出した持論だと考えるのが妥当です」

きっぱり言い返される。ち、記憶力のいいやつめ。
まぁ察しのいい人ならとっくに気付いているだろう。目の前の"彼女"はロボットだ。
記憶力がいいのも当然ではある。

「ともかく博士の睡眠を妨害することは、結果的に博士の仕事が早く片付くことになるので
良いことでしょう。博士のことを思っての行動ですよ?」
「やかましいっ。激しく余計なおせっかいだ。そもそも寝てたのがなんでわかるっ」
「推察するのは簡単なことです。書類によだれついてますよ」

クィックィッとそいつが指差す先には肘ついた腕の下にある書類の一点。
確かにシミがある。くっ……めざとい。
部屋の入口からここまでは、そこそこ距離があるにもかかわらず視認したのか。この小さいシミを。
なかなかヤル。
だがここで素直に「ごめんなさいワタクシが悪ぅござんした」などとは言えない相手だ。
なんたって俺は天才で偉いんだからな。まして"彼女"の前なら尚更言えないぜ。
と、いうわけで俺は肘に敷いていた書類をひるがえし――

「これ、あとで乾かして白黒でコピーとっておいて」
「……かしこまりました博士」

キィィ……クククッ……キィ……

ぎこちない動作で書類を受け取ると、これまたストップアンドゴーな動きで礼をする。
うむうむ。素直に命令に従う姿はこれぞ仕えるロボットというものだ。
それに乾かしてコピーしてしまえば、よだれの跡なぞ書類には残らないだろう。俺って頭いい。

「ちなみにその位のことは博士でなくても考えつくと思います」
「……って、なんでわかるんだよっ。読心術かっ」
「常日頃における博士の思考結果のサンプルを収集し、エミュレート後、トレースした結果です」

眉をひそめる俺。思考した結果ってそうそう簡単に予測できるとは思えんのだが。
単純だとでも言いたいのか……そう考える俺を目の前にして一呼吸置いてから。

「これこそまさに日頃の努力の結果というものですね」

しれっと言い流した。だがそこはかとなく自慢げな雰囲気なのはわざとなのだろうか。
非常にムカつくが、ここで反論してもおそらく無駄。
こと口論においては所内で"彼女"に勝つことができる者はいない。世紀の天才たる俺でさえ
勝てるかギリギリだ。
やるだけ時間の浪費となるのは目に見えている。

(……あれ、でも俺ってここで一番偉いんじゃなかったっけか)

そこはかとなく自尊心が傷ついた気がしなくもない。
そうそう。そうだよな。権力で相手をねじ伏せるのは最低だよな、うん。
ここは早々に話題を変えようか。

「まぁいい。わかったら早速コピー室にいってこい」
「いいえ、残念ながらそうはいきません。まだ完了していないタスクがあります」

追い払うように俺は言い捨てたが、"彼女"は思いのほか滑めらかに言い返し、引き下がらない。

「……ほう。そのタスクとは?」
「はい。本日私は博士にどうしても申し上げたい用件があって、ここに来ました」
「む……ということは俺を起こしにわざわざ来てくれたわけじゃないのか」
「それは言うなれば物のついでと呼ばれるものです」

それから、まぁ博士のことですから寝てると予想はしてましたが、と付け加えた。
いつもながら一言多い。誰だこんな性格になるよう育てたのは。
……俺か。

「それでは設定したタスクを初めからやり直しますので、しばらくお待ちください」
「やり直すのかよっ」

キュィィ……ク―ククッ……カチッ……キィ……ククッ……カチッ……キィ……ククッ……カチッ……

そう言うと"彼女"は俺の制止を待たずに駆動音を出しながら回れ右し、そのまま部屋を出ていった。

ばん!

"彼女"が部屋を出てから数分後。
突如三度目になる爆音に俺は眉をひそめた。
そろそろ扉壊れるんじゃないだろうか……そんな心配をよそに、今度はすぐさま"彼女"は
こちらに歩いてくる。

キィ…ククッ…カチッ…キィ…ククッ…カチッ…

さっきよりも音のリズムが速い。
早足のつもりなのだろう。しかしその割にはあまり速度は上がって無いようだった。

キィ…ククッ…カチ……キィィッ……クィ―……クククッ……カチ……

あと数歩で俺の目の前、デスクの端に到達。もうすでに歩きながら手を振り上げている状態だ。

……カチ。

"彼女"が先程と全く同じ位置で停止し、その場で座ってる俺を上から無表情に見据てくる。
俺を真正面から見つめる眼の中からは微かなモーター音、振り上げた腕からはワイヤーを
引き戻す音がそれぞれ聞こえ、そしてその手が今まさに俺のデスクに――

「マスターコード192A」

ガチッ!

叩きつけようと動く寸前、俺は早口気味に"パスワード"を言い放つ。
途端ドアに乱暴に鍵をかけたときのような鈍い音が響き、"彼女"の動きがぴたりと止まっ
てそのまま動かなくなった。
何のことはない、停止コードの一つだ。キーは番号と俺の声紋。ちなみに所内じゃ当たり
前だが俺だけが使える特権だぜ。
さっき権力がどーとか言った気がするが、まぁそのことは忘れたまえ。

「……」

チィ……

小さな作動音と共に少しだけ"彼女"の表情が険しくなるが、俺はその視線には合わせない
どころかそっぽを向き、押し黙る。

「……」

沈黙が満ちて時間が刻々と過ぎてゆく。
俺は黙ったまま顔をそらして先程落ちた書類を眺めるばかりだ。"彼女"も停止コードで
止まったままだろう。

「……」

ふと思う。
"彼女"はいったい今、何を思っているだろうか。
先程の停止コードはあくまで身体の大まかな動作を停止させるだけで、思考や細かな動作、
表情等まで止めれるコードではない。
少し気になる。
どうせ抗議したいんだろうなと目の端で見れば――

(……ち。バツが悪いなぁ……)

脳裏で舌打ちをする。
止めたのは確かに俺だ。
そうとも。俺には"彼女"の自由を俺の意思で制限する権利がある。
"彼女"が俺のデスクを叩こうとしていたのは目にみえた事実だ。うるさいからそれを止めた。
何が悪い。
……だが。

(ま、他人の言葉一つで自由が利かなくなったらそんな気分にもなるわな)

――その眼はさっきとは一転して泣きそうだった。
黙するのも飽きたし、俺は真正面から"彼女"の顔を見ることにする。
決してかわいそうだからとかじゃないぞ?

……キィッ……

俺が視点を変えたのを確認するや否や、即座に表情をもう一度変える"彼女"。
そこには顔いっぱいの笑顔。どうやら普段はしない表情して切り抜ける作戦に出たようだ。
やれやれ。

「……愛想笑いしても停止コードは解除されないぞ?」
「……解除してくれないんですか?」

"彼女"にとっては予想外で、心外だったらしい。
表情は変わらないし声色もいつも通りだが、どこかその言葉からは至極真面目な意思がくみ取れる。
人間なら額に冷や汗でもかいてたところか。
まったく。

(――救い様がないよな)

目の前で今もあくまで真剣に笑ってる"彼女"も、そしてその様子を見て楽しんでるこの俺も。

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