『やはりね、自動でプログラムを書き換えて独立的に行動するアンドロイドってのはちょ
っと危険じゃありませんか。それに今のアンドロイドは感情機能までついてる。これはね、
一歩間違えば人間への傷害事件とか殺人とかに発展しますよ』

『それは極論でしょ。毎日監査プログラムにかけられるわけだし、第一、ロボット三原則
というものがあるんですから』

『その話はいいとしてもね、問題はアンドロイドが高性能なダッチワイフとしての機能を
持ってるって事でしょう。見た目はいい、文句は言わない、物をねだらない。これじゃあ
男の目に世の中の女性達が入らなくなるのも当然だよ』

 テレビには半円形にズラリと論客が座り、今話題のについて意見を戦わせているのが映
っている。肝心なところでいつも発言が入り乱れて、結局結論がでない番組だった。

 与党である保守系の政党は独立型アンドロイドを禁止すべき、野党である革新系の政党
は禁止すべきでないとしていて、日本全国で大論議となっている。今一番ホットな話題だ
った。

「博士、ご飯ですよー!」

 男の所有するアンドロイド・エイダのわりと低めで落ち着いた声が響いた。男は「あい
よー」と居間に向かって返事をし、テレビを消して席を立った。

 日本中を沸かせている「独立型アンドロイド問題」はこのエイダの登場によって始まっ
たのだった。

 エイダは男のいた開発チームが一年前完成させた、最新式のハードとソフトを備えたア
ンドロイドシリーズ「エイダ」のプロトタイプである。
欲望を発する「エス」、過度の欲望を抑えつける「超自我」、最終的な判断を下す「自我」
という人間の心理を模した三種の AI と、近年になってようやく確立された量子コンピュ
ータを搭載している。
ために、あちこちのセールをやっているスーパーを最も効率良く回る道筋もわずかな時間
で求められ、男の食費削減に貢献していた。

「お、今日は豚カツか。久しぶりだな」

「ええ、豚肉が安かったんです。だから期限ギリギリのパン粉を使ってしまおうと思って」

 男はとんかつソースをこれでもかと言わんばかりにかけ、ソースで真っ黒になった豚カ
ツを食べ始めた。

「あー、またそんなにソースかけて! 高血圧になるからほどほどにして下さいっていつ
も言ってるでしょう!」

 「はいはい」と生返事をしながら男はご飯を口に放り込んだ。

「お前もメシを食えりゃいいのになぁ……」

 豚カツを半分平らげて、男は自分の食事をじっと見ているエイダを見つめた。
エイダは十人中十人が美人だと言うであろう容貌と、男であればあらぬ想像をせずにはい
られない完璧なボディラインを持っていた。
外見上の欠点は放熱の関係から長い髪を切れないことくらいだった。

 「エイダ」シリーズには少子化が加速するだとか結婚しない男性が増えるというバッシ
ングが相次いでいる。
しかし、庭付き一戸建て一軒程度の価格、月一万円という今までからは想像できないほど
安い維持費、そしてそれまでのアンドロイドとはまったく違った人間らしい会話や感情表
現によって、爆発的に売れている。

 男のいたチームはこの「エイダ」シリーズが大ヒットしたために、特別ボーナスという
かたちで一生遊んで暮らせるほどの財産と、製品化したアンドロイドを一機貰い受けた。
男は製品版ではなく、わが子のように大切に教育してきたプロトタイプ「エイダ」の払い
下げを受けた。

「それはちょっと無理ですよ。ご存知の通り、飲み込んでも吐き出しちゃいますから」

 エイダは食事ではなく、タンクベッドから供給される電力をエネルギー源としている。
口に水以外の物を入れると、嚥下は出来るがのどのセンサで弾かれて吐いてしまうのだっ
た。

「開発の時に食事機能もつけてもらえば良かったよ。一人で食うのは寂しくてイカン」

 男は再びスパゲッティを食べ始めた。

「お前はすぐ目の前にいるんだけどさ、こう……なんか違うんだよな。食事を共にするっ
てのは」

 男はスパゲッティを頬張った口をもぐもぐさせて言った。

「そうですか? よく分かりませんけど……。博士、口に物入れたまま喋るのはお行儀が
悪いですよ」

「はいはいはい、わかりました。……別に家なんだからいいだろ。人前じゃやらんよ」

「ダメです。いざって時は地金が出てしまうんですから」

 男は、こんなに口うるさくなったのは自分の教育が悪かったのか、と少し後悔した。エ
イダは半年くらい前から小姑のようにやかましくなっていた。

 男は心理学博士として、製品版にインプットする初期心理 AI の開発に携わっていた。
社会通念や常識、人間関係構築と維持の仕方、礼儀作法など約三万項目をエイダに教え込
んだ。
初期のアンドロイドでは礼儀作法のインプットをないがしろにしたために、社会で大失敗
を繰り返していた。
それを教訓にエイダには徹底的に教育を施したのだが、どうもやりすぎたらしかった。

 エイダは右手で頬杖を突き、目を細めて男の食事を見ている。男は視線に気が付いて、
恥ずかしそうに箸と口を動かした。

「ずっと気になってたんだけどさ、お前、なんで俺が食ってるとこじーっと見てるわけ?」

「だって、もしかしたら味付け失敗してるかもしれないじゃないですか。それに……博士
が私の作った料理を美味しそうに食べてるのを見るのって、ちょっと幸せなんです」

 エイダが少し頬を赤らめてはにかんだ。男はそんなエイダの感情表現に気づく素振りも
せずに、最後の一口を口に入れた。

「そういうもんかねぇ」

「あ、また。博士、口に物を……」

「わかった、わかりましたよ。以後善処しますよ」

 これは一度ビシッと言ってやらんとだめだな。男は最後の一口を水で胃に流し込んだ。

「博士、明日はラボに行く日ですから、ちゃんと早起きしてくださいね」

 エイダは眠そうに目をこすった。あくびこそしないが、バッテリーの電圧が下がると、
感情表現として眠い顔をする。男が時計を見ると、短針は X を指していた。

「あら、そうだったか」

 少しばかり性欲が頭をもたげていた男はため息をついた。

「エッチなことは明日の夜にしましょ? いっぱいサービスしますから」

 エイダはガッカリしている男の耳元でささやいた。男は笑った。

「バレたか」

「バレバレです。じゃ、おやすみなさい」

 エイダは男の部屋を出て、隣の部屋に入った。半分は男の仕事の資料が置いてあり、も
う半分はエイダのタンクベッドが部屋を占領していた。

 服を脱いで畳み、タンクベッドの蓋を開けた。
中に入るとエイダの体はすっぽりとくぼみに収まり、蓋が自動的に閉まった。
エイダの人工頭脳はすぐに最寄の営業所にあるサーバに接続されて、アップデートとシス
テムスキャンを受け、基幹プログラムのバグ修正パッチや感情オブジェクトのサンプルを
やり取りする。

 五分ほどでデータの送受信が完了し、サーバとの接続が切れた。続いてアップデートの
インストールと本体のメンテナンスが始まったが、その頃には学習型 AI「エイダ」 は眠
りに落ちていた。

 翌日、エイダと男が向かったのはエイダ開発チームのチーフが設立した研究所だった。
ここでは「エイダ」の後継アンドロイド「グレース」の開発が行なわれており、男もオブ
ザーバとして参加している。男はエイダを定期的に研究所に連れてきて、様々なデータを
取るのである。

 男とエイダは研究室の扉を開けた。むっとする空気が噴き出し、何台もの大型コンピュ
ータのファンの音が響く。その部屋のなかで、五人ほどの男女がディスプレイやコピー用
紙を相手にせわしく働いていた。

「こんにちは」

「お疲れさん」

 男とエイダの声に、四人はちらりと一瞥して挨拶を返す。対応したのはその部屋で一番
大きな机に陣取っていたショートヘアの女だった。

「先輩、遅いですよ。また寝坊したんですか?」

「そうなんです。申し訳ありません。『あと五分』を繰り返して、なかなか起きようとし
ないんです」

 男は苦笑して、女にビニール袋を差し出した。途中のスーパーで買い込んだ栄養ドリン
クが入っている。

「どう、進んでる?」

「ええ。心理的分野はほとんど完成して、あとは調整だけです。ただ、言語分野の開発が
難航してまして……」

 二人はしばらく新型アンドロイドについて技術的な会話をした後、女とエイダはとなり
の部屋に移動した。男はエイダが服を脱ぐからといって女に止められた。

 女はエイダを部屋の真ん中にあるイスに座らせ、体中に電極を取り付けた。エイダに使
用している生体部品の活動データを取ってくれ、とハードウェア班から頼まれていたのだ
った。

 電極を服を脱がせたエイダの体に貼り付けていくと、エイダはくくっと笑った。

「く、くすぐったいです」

「我慢してね。すぐ終わるから」

 電極を全て貼り終え、データ収集を始めた。手元のノートパソコンに内部温度や体液ポ
ンプの圧力、栄養状態などが表示され、グラフが描画されていく。

「ねえ。先輩、家にいる時どう?」

 女は暇潰しにエイダに話しかけた。

「どうって言われても……。ぐうたらしてますし、お行儀は悪いですね」

 女とエイダは笑った。ディスプレイの数値がわずかに変動する。

「でも、良い主人ですよ。大切に扱ってくれますし……。私が生まれた時からずっと一緒
ですから、そう感じるのかもしれませんけどね」

「そう」

 空調の音とノートパソコンのファンの音だけが部屋に響く。

 女は大学で始めて男に会った時のことを思い出していた。心理学科のゼミでたまたま一
緒になり、ゼミ仲間や教授と一緒によく遊び歩いた。みんなでワイワイやっている時でも、
女の目はいつも男を見ていた。

 しばらくしてエイダが口を開いた。

「でも、ちょっと心配ごとがあるんですよ」

「なあに?」

「どうも普通の人間の女性に興味があまりないらしくて……。
博士の部屋を掃除したって、その、アダルトビデオもグラビアアイドルの写真集も出てこ
ないんです。
パソコンにだって、そういう画像が入ってるわけでもないし、誰か親しい女性と遊びに行
くわけでもないし……。
博士の将来がちょっと心配で……」

 女は噴き出した。大学時代からあの人はそういうところも変わってないらしい。安心す
るのと同時に、不安を覚えた。もしかして自分は絶対に成就しない片思いをしているので
はあるまいか。

「それは昔っからだよ。大学の時からずーっとロボットばっかり作ってた。私も一時は付
き合ってもらえたけど、すぐにフラレちゃったし」

 ええ? とエイダは驚いた顔をした。グラフがまた少し動いた。

「院を途中でやめてこの会社に入るくらいだから、よっぽど好きなんだよ。結局社命で博
士号を取ったけど……そういえば、なんで工学部じゃないんだろ?」

「数学が絶望的に悪くて、センター試験で足切りされそうだったからだって言ってました
よ」

「ふうん」

 女は恥ずべき事と思いつつも、エイダに嫉妬していた。エイダに「私のほうが博士のこ
とを良く知っている」と言われた気がした。エイダの決して衰えることのない容色にも腹
が立った。もう自分は大学時代のような張りのある若い体ではないことを、女は痛感した。

 ディスプレイのテスト項目に全てチェックが付き、データのサンプリングが終わったこ
とを知らせた。

「さ、もう終わったよ」

 女はエイダに微笑みかけた。

 男はサンプリングの間に会議室を訪れた。男が扉を開けると、そこではノッポの男とぽ
っちゃり系の背の低い男が、ああでもない、こうでもない、と何か議論しているところだ
った。

「こんちはー」

「おう、久しぶり」

「エイダ、元気にしてるか?」

「ああ。アノ時はもっと元気だよ」

 三人は同じ大学サークルの出身で、会社にも同期で入社した。
彼らは「エイダ」プロジェクトの特務班、通称「エロ班」のメンバーとして、セックス関
連の開発を行なっていたのだった。
数学博士のノッポはプログラム、工学博士のぽっちゃり系はハードウェア、心理学博士の
男は AI と各分野のチーフが集まって結成された班だった。

 三人は現在のグレース開発のついて技術的な話や本社の話、エイダを開発した時のエロ
話などで盛り上がった。

「あの時は焦ったなぁ。あんまり締められてサオが壊死するかと思った」

「慌てて電源落として抜いたんだったっけ?」

 男はノッポの様子がおかしいのに気が付いた。笑う時に目が笑っていないし、顔も青い
ように見える。どうしたのかきいてみようか、とも思ったが、やめておいた。おそらくま
たプログラムに致命的なバグが出たんだろう。エイダ開発の時も、よくこんな顔をしてい
た。

 そうして三人で話し込んでいると、館内放送がかかった。エイダのサンプリングが終わ
ったから戻って来いという、男宛の放送だった。

「んじゃ、またな」

「おう」

 男は二人に別れを告げ、会議室を出た。

「くそ、渋滞かよ」

 研究所からの帰り道で、男とエイダの乗った車は渋滞に引っかかっていた。車内にはジ
ャズピアノの音色が流れていた。

「抜け道、ないか」

「次の交差点を右に、交差点を二つ直進してから左に入って下さい」

「わかった」

 男はハンドルを指でリズミカルに叩いている。かかっている音楽に合わせているらしい。

「あの、博士」

「ん?」

 指の動きが止まった。前のミニバンに合わせて前進し、また止まる。

「彼女……は作らないんですか」

 男の指がまた動き出した。男はエイダのほうを一瞥して、燃料メータに視線をやった。
メータは半分を過ぎていた。

「どうしたんだ、急に。……まあ、今のところはないかな」


「どうしてです?」

「どうしてって……お前がいれば十分だからな。美人だし、エッチは巧いし、性格は……
まあ良いし、これだけ好条件が揃ったら他に乗り換えるって手はないだろ」

 男は顔に血液が上がってくるのがわかった。好きな女の子に告白したような気分になっ
て、頬をかいてごまかした。

「そうですか……」

 男はエイダがあまり嬉しそうではないのに気が付いたが、何も言わなかった。男はウィ
ンカーを出して右に曲がった。細い道で、あまり渋滞していないようだ。空は灰色の雲で
覆われている。すぐに雨になりそうだった。

「あの人とはどうして別れたんです?」

 男は「あの人」が誰なのか一瞬分からなかったが、すぐに女のことを思い出した。エイ
ダが男にこんなにたくさん質問をするのは、エイダに教育を施している時以来だった。

「なんだよ、突然。お前にゃ関係ないだろ」

「あります。博士はもう結構なお年ですし、そろそろ身を固めるべきですよ。あの人はき
っと、まだ博士が好きなんじゃないかと思うんです。私からサンプルを取っている時も、
あの人は博士の事をきいて来ました。ですから、あの人と結婚を前提にお付き合い……」

「いい加減にしろ」

 男は低い声でエイダの言葉を遮った。

「お前は俺のなんだ? 物を食ってる時は喋るな、朝は早く起きろ、そう言ってくれるの
は結構なことだ。
でも、お前に俺の結婚の心配までされるのははっきり言って迷惑だ。お前は俺のアンドロ
イドだろ。
俺の親父やお袋じゃないし、見合い写真を持ってくる世話焼きのおばさんでもない。立場
をわきまえろ」

 男は言ってから、ちょっと言い過ぎたか、と後悔した。案の定、エイダは目から涙をポ
ロポロと流している。

「……すみません、余計なことを言って」

 エイダが涙声で謝罪をしたが、男は無言でウィンカーを出し、ハンドルを左へ切った。
なんと言えば良いのか、分からなかった。雨が降ってきて、男はワイパーを動かした。

『やはりあのアンドロイドは問題があると思いますよ。今わが国では少子化が切実な問題
なんだ。それに拍車をかけるこのロボットは禁止しなきゃいかんでしょう』

『しかし国民の半数以上が「エイダ」の登場を歓迎しているんですよ。男性は 60%、女性
でも 50% が賛成している。国民の意思を汲まない政治家と言うのはどうなんですか』

『それ以前に安全性の問題でしょう。テロリストにアンドロイドを使われたらって考えて
御覧なさい』

 テレビには半円形にズラリと論客が座り、「アンドロイド問題」ついて意見を戦わせて
いるのが映っている。今日もまた肝心なところで発言が入り乱れて、結局結論には至らな
そうだった。

「博士、ご飯ですよ」

 エイダの声に元気がない。男はさっきの喧嘩を少し後悔した。が、あれで良かったんだ
と思い直して、「あいよー」と居間に向かって返事をした。

 いつものように男はエイダの用意した料理を食べ、シャワーを浴び、自分の部屋の布団
に潜り込んでエイダを待った。ベッドで寝るのは子供の頃に二段ベッドの上から落ちて以
来、嫌いだった。

 エイダがちゃんと来るかという不安よりも眠気の方が強くなってきた頃に、ようやくド
アが控えめにノックされた。

「失礼します……」

 ドアが開き、細い影が真っ暗な部屋に入り込んできた。

「遅かったな。もう少しで……どうした、その格好」

 男は上半身だけ起き上がった。エイダは時代劇や大河ドラマでしか見ないような白い襦
袢を着ていた。長い髪は後ろで簡単に束ねているだけだ。

「いつも洋服じゃ飽きられてしまうかと思いまして……。ご無礼を致します」

 エイダは男の寝る布団のそばで三つ指をついた。掛け布団を半分剥いで、中にその身を
滑り込ませた。そのまま身を硬くして、男を待った。

「エイダ……」

「博士……その、やっぱり抱いていただけないんですか」

 エイダは上目遣いで男を見つめた。請願するエイダの目は小動物を連想させ、とてもロ
ボットのカメラアイとは思えなかった。男はエイダの細い肩を掴んで、ゆっくりと顔を近
づけた。

「博士……」

 エイダが男の首に腕を回し、引き寄せた。唇が触れ合い、エイダがついばむように何度
もキスをした。

 やがてエイダの舌が男の口の中に入り込んできた。男もそれを受け入れて舌を絡める。
その間に男はエイダの胸に手をやった。襦袢の薄い生地の上から柔らかい乳房を味わうよ
うに揉んだ。

 エイダは文字通りスイッチが入り、男の口を犯すように舐めまわした。男は欲望がむく
むくと頭をもたげるのを感じながら、エイダの股間に手を伸ばした。エイダが足を絡めて
きた。

「んっ」

 男の指がエイダの股間を這うと、エイダはうめいて全身をひきつらせた。密着した体が
熱い。男がもう片方の手で髪をなでると、放熱素子が編みこまれたエイダの髪はかなり熱
を持っていた。

 エイダは男から唇を離した。息が少し荒い。

「博士……ありがとうございます。私、博士に捨てられちゃったら……どうしようかと…
…」

 エイダはまた涙を流した。男は「もういいんだ」と優しくささやいて、エイダのまぶた
に口づけた。

「あの、ご奉仕させていただきますね」

 エイダは半分泣いたまま無理矢理笑顔を作った。布団をはいで男の服を脱がせる。

「もうこんなに……」

 エイダは男のモノを優しくなでた。男はなんとなく恥ずかしくなって、目を閉じた。そ
の瞬間、生暖かく湿った感覚が男のモノを包んだ。舌を絡められ、抗し難い甘美な刺激が
男を襲った。思わずうめき声が出た。

「エイダっ……お前、巧すぎ……」

 エイダはくわえていた口を離して、再び上目遣いで男を見た。男のツボを的確に抑えて
いるらしい。口を離すかわりに手で袋をもてあそんだ。襟が少しはだけて綺麗な鎖骨が見
える。

「博士達が私に仕込んだんですよ。……気持ちいいですか?」

 男は首を縦に振った。業界ナンバーワンといわれた風俗嬢の手練手管をインプットされ
ているエイダの責めが気持ち良くないはずがなかった。エイダは切なそうに首を振る男を
見て妖しく笑った。

「嬉しい……」

 エイダはまた男のモノに口づけ、ねっとりと舐め上げる。しばらくエイダが男を責めて
いると男はうめき声と共に、欲望を吐き出した。エイダはそれを口で受け止め、ティッシ
ュに吐き出す。受け止めきれずに口の端からこぼれた白濁がエイダをより扇情的に見せた。

「……たくさん出ましたね。昨日しなかったからかな」

 男は何も答えない。射精した快感の余韻に浸っていた。息が荒い。

 エイダもまた股間を濡らしていた。男の快感に溺れた表情を見ていて、エイダは興奮し
ていた。

「博士……私も……」

エイダは男にしなだれかかった。男のあごから胸にかけて優しくなでた。

「ああ、わかってるよ……」

 男はエイダの襟を少しはだけさせて首から鎖骨にかけて舌を這わせた。襟から出た丸い
肩がいっそう男を興奮させた。

「ひゃッ……ん……」

 徐々に舐める場所を下げていき、乳房に到達した。頂点に舌を這わせるとエイダの体は
びくんとひきつり、そこを往復させるたびに反応した。男はその反応を見るのが愉しくて
何度も繰り返した。

「あっ……んんっ……ハ……あァ……は、博士……そんなに刺激した、らッ」

 男はそれでもやめない。なおも乳首を責め続ける。エイダの処理ユニットにセンサから
の大量の情報が流れ込む。エイダはすでに肩で息をしていた。

「博士ッ……わた、し……バスが焼けちゃう……はァっ……」

「最近閾値が下がってきてるのか? いやに敏感だな」

「ァ……博士……下さい……疼くんです……我慢、できない……」

 エイダ潤んだ瞳で懇願した。男はもう一度エイダに責められている時の格好をした。男
の股間はすでに復活して、天を突かんと立ち上がっている。

「エイダ……いいぞ」

「はい……失礼、します……」

 エイダは男にまたがり、男の股間を狙って腰を落とす。男のモノが入り口に当たり、思
わず声が出た。エイダはゾクゾクするような快感を受けながら、なおも腰を落とし男のモ
ノを全て飲み込んだ。

「ッはぁ……」

 大きく息をつくと、エイダは恍惚とした表情で男を見つめた。

「……動きますね」

 男はエイダが動くのと同時に、中の柔らかい肉に少しずつ締めつけられるのがわかった。
その絶妙な感覚は何千回という試行錯誤の末にできたものだった。男は肉体的な快感を得
ると同時に、エイダを作っていた頃のことを思い出して達成感に浸った。

「はぁ……ぅうッ……ふぁ……いッ……」

 エイダの処理ユニットに流れ込む情報量は加速度的に増大してゆく。センサからユニッ
トまでのバスはすでに規定温度を超えて熱していた。エイダの感じる快感が増大するのと
比例して、男に与えられる快感もまた強くなっていった。

 男はそろそろか、と思い、それまでエイダの体をなで回していた手で、エイダのエロテ
ィックな曲線を描く腰を掴んだ。エイダの動きに合わせて男は腰を突き上げた。

「あァッ! ……ッは、はか、セ……いィ……お、奥に……ァッ……」

 男は何度もエイダを突き上げ、エイダは男の動きに合わせて嬌声をあげる。エイダの処
理ユニットにはすでに閾値を超えた量の信号が送られていた。

「はカセっ……ワたしッ、もう……げん、カイ……」

 エイダはすぐに声にならない悲鳴を上げて、体を痙攣させた。男はきつく締め付けられ
て、我慢していた白濁を思い切りエイダの中に注ぎ込んだ。

 男はエイダの髪をなでた。やけどしそうに熱い。処理ユニットに相当な負荷がかかった
らしい。

 それにしてもこいつは良すぎる。男は朦朧とした頭で考えた。こいつとヤって腹上死す
る男がいたら、俺は殺人でとっ捕まるんだろうか。

「エイダ……」

「ん……あれ、私……」

 エイダが目を開いた。どこか壊れたんじゃないかと男は心配だった。

「しばらくシステムダウンしてたぞ。大丈夫か?」

「はい……あ、その……まだアソコが……疼いてる、みたいで」

 男は笑った。俺が毎晩のように抱くから遂にこいつも好色になったか。

「ねぇ、博士……。私、まだ足りないんです……博士の、たくさん私に下さい……」

 エイダはまた男にしなだれかかった。どうもさっきイった時に「超自我」ユニットがイ
カレたらしい。エイダは欲望のままに行動するようになっているようだった。

「おいおい、俺だってそんなに若くは……ぅ」

「だって……昨日、いっぱいサービスするって言ったじゃないですか……」

 エイダは自分の股間に、もういきり立っていた男のモノを導いた。

 その後、エイダのバッテリーが切れるまで、情事は続いた。

 男は半分眠った頭でエイダの後頭部のハッチを開いた。バッテリーがあがった状態で長
時間放置しておくのはまずい。エイダのハードウェアに使われている生体部品は、電力が
ないと呼吸できずに腐敗してしまう。

 後頭部のハッチを開けた途端に、内部から熱い空気が出てきた。内部温度計を見ると、
規定値を超えた値を表示している。

「このバカ……」

 男は軍手をしてユニット間を繋ぐ焼きついたバスユニットを外す。
中央処理ユニットと記憶ユニットはバスも本体も無事だった。
この二つはシステムの根幹を占めるユニットで特に頑丈に作られていた。
エイダはメンテナンス性や拡張性を高めるために、可能な限りのあらゆる部品をコンポー
ネント化している。
そのために素人での修理も可能だった。

 男は焼きついてダメになったバスユニットを全て外すと、今度は熱暴走して機能を停止
している「超自我」ユニットを取り外した。
一辺が数センチ程度の小さな箱に過ぎないが、内部には最先端の技術が詰め込まれている。
取り外した「超自我」ユニットを冷凍室に入れて、男はエイダをタンクベッドに押し込み、
セーフモードで再起動をかけた。
『再起動まであと 4 時間 00 分 00 秒』とタンクベッドのディスプレイが表示し、 男は
体液で汚れた布団に戻った。

「……せ、起きて……」

 男は体をゆすられて目が覚めた。布団からはみ出している脚が肌寒い。

「ん……エイダか」

 目を開けるとエイダの顔があった。無事に再起動できたらしい。

「おはようございます、博士。形式番号 HAL-2001-X-ADA『エイダ』 は現在セーフモード
で起動しています。感情機能が停止しているため、マギー方式処理が実行できません。し
たがって三原則の遵守が困難です」

 エイダは無表情のままセリフを棒読みするように喋った。セーフモードで感情機能が停
止しているためだった。今となっては少しばかり気味が悪いが、一昔前のアンドロイドは
常にこんな調子だった。

「ああ、わかってるよ。ちょっと待ってろ」

 男は手早く着替えた後、キッチンの冷蔵庫の冷凍室から「超自我」ユニットを取り出し
た。

「エイダ、休止状態に移行しろ」

「了解。形式番号 HAL-2001-X-ADA『エイダ』は 15 秒後に休止状態に移行します」

 きっかり 15 秒後にエイダは気絶した。頬を叩いても反応がない。
男はそれを確認すると、エイダの後頭部のハッチを開けた。
中央処理ユニットや「自我」ユニット、「エス」ユニットなどから出ているバスを一つ一
つ繋ぎ、焼きついてバスを捨てたところは工具箱から替えのバスユニットを出して接続し
ていく。
男はバスを全て繋ぎ終えると、ハッチを閉めた。同時にエイダの OS が心理ユニットを認
知し、支配下に置いた。
それが済むと学習 AI「エイダ」が起動処理を始める。

「こいつもあんな無茶するなんて、ガタがきてんのかな……」

 男は久しぶりに自分でいれたコーヒーをすすりながら、エイダの再起動を待った。男は
エイダを初めて抱いた時のことを思い出していた。

 初めて枕を共にした時はなかなかふんぎりがつかなかった。自分の娘を犯そうとしてい
る気分になったからだ。二回目にはそんな気持ちも薄れていた。三回目には良心の呵責は
なくなり、自分が近親相姦をしているような背徳感に興奮さえしていた。

 エイダは 15 分ほどで目を開けた。

「あれ……私……」

「おはよう」

 男はエイダの体を指差した。

「とりあえず服着て来い」

「え? あぁっ!」

 エイダは両手で前を隠しながら、タンクベッドのある部屋に走っていった。

『一家三人が殺害 犯人は新型アンドロイドか』

 夕方のニュース番組の最初のニュースで、こんなテロップが流れた。男は驚いてテレビ
に釘付けになった。

『……現在警察が捜査を進めていますが、未だに犯人を特定するような証拠は見つかって
いない模様です』

 テレビにはやけに深刻そうな顔をした中年の女性リポーターが映っている。今日の午前
中に、一家 4 人が殺害される事件が起こったという。

『……それでは家にあった新型アンドロイドが失踪しているというのは間違いないんです
ね?』

『はい。家にはメンテナンス用のタンクベッドが残されているだけで、本体のほうは依然
捜索中です』

 そんなことはありえない。ロボットの例に漏れず、「エイダ」シリーズにもロボット三
原則は刻み込まれている。
第 1 条「ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、 その危険を看過することに
よって、人間に危害を及ぼしてはならない」。
これは三原則の中でも特に重視される鉄の掟なのだ。なのになぜアンドロイドが殺人を犯
したのか? 男は「犯人はアンドロイドではない」と推論を完結させた。

「博士、ご飯ですよー!」

 エイダの落ち着いた声が響いた。男は「あいよー」と返事をし、席を立った。だが、頭
の中では事件のことがまだぐるぐると回っていた。

『経済産業省では今回の件に関しまして、製造会社に製品の回収命令を……』

 男はエイダの作った食事を食べ終えて、一服ついているところだった。
クリームをいれた濃い目のコーヒーをちびちびと飲みながら、「エイダ」の感情処理のフ
ローチャートを眺めていた。
無論、男の専門は心理学だからさしたることはわからないが、殺人事件を起こすような重
大エラーを、製作者の一人としてなんとしても見つけ出したかった。
エイダは食器洗い機で洗った食器を棚に収めている。

 ブウゥゥン、ブウゥゥン、と男の携帯電話が振動した。取ってみると、後輩からだった。

「もしもし」

『もしもし、先輩ですか。殺人事件のニュース、見ました?』

 女の声はいやに緊張している。男は嫌な予感がした。

「ああ、見たよ。一家 4 人皆殺しだって?」

『そうなんですけど……どうやらそれがウチの製品がやったらしくて』

「それも知ってる。本当かどうかは疑わしいがね。どうかしたのか」

『その……さっき経産省から回収命令がきたんです』

「回収命令? それで」

『会社はエイダシリーズ回収を決定しました……それからグレースシリーズの開発中止も』

 頭のどこかではわかっていたが、男は呆然となった。自分と開発チームが心血を注いで
作ったものが回収される。男はそれまでの苦労が全て水の泡になった気がした。男は目の
前が真っ暗になるのを感じた。

「……原因は?」

『OS に致命的な欠陥があったそうです。第 1 条は初期状態では完動しますが、ユーザと
の親交が深まると、自動的に第 2 条の前半が優先されるようになっていたと』

 三原則第 2 条「ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。 但し、
与えられた命令が第 1 条に反する場合はこの限りではない」。
後半の但し書きが作用しなかったなんて、そんなことがいったいあるのだろうか。エイダ
の教育の時にもエイダはロボット三原則を遵守していたし、今もそうだ。
製品版特有のイレギュラーなのか? 男の開発者としての頭脳がフル回転して、問題解決
の糸口を探る。

『プログラム開発部長は……お亡くなりに』

 弱り目に祟り目、とはこのことをいうのだろうか。ノッポが死んだ、ということが男の
頭をぐるぐると回った。今思い返せば、ノッポがあの時青い顔をしていたのは気づいてい
たからではないのか。

『先輩? 聞いてますか』

「ああ……聞いている」

『先輩、今すぐエイダを連れて研究所に来て下さい』

「エイダを? ……わかった」

 男はエイダの点検も兼ねて、最後のサンプリングをするのだろうと思った。最後のサン
プリングをして、別のスポンサーが現れるまで技術を保管しようとしているのだ。

「こんばんは」

 エイダが研究室に入って挨拶をしてもちらりと一瞥するのみで、誰も返す者はいなかっ
た。みんなただ黙ってうなだれていた。

「先輩、こちらへ」

 女は男とエイダを隣の部屋へ促した。真っ白い殺風景な部屋で、さまざまな種類のコン
ソールやディスプレイがある。あとは部屋の真ん中に丸イスがぽつんと置いてあるだけだ
った。女は後ろ手にドアを閉めた。

「先輩、一番悪いことをお知らせしなければなりません」

「なんだよ、唐突に」

「エイダシリーズの廃棄命令が政府から来ました……彼女も解体処分に」

 女はエイダを指差した。エイダは息をのんだ。

「解体? どうして」

「テロリストや敵国に利用されると、大規模な事件に発展しかねないからだそうです……
次の国会でアンドロイド排斥法を制定するとも」

 女は悲しみや悔しさを感じる反面、心のどこかでようやくエイダに勝てる、という優越
感を覚えていた。そんな自分がひどく嫌な女に思えた。

「……エイダ、帰るぞ」

「え? あ……」

 男がエイダの手を引いて立ち上がろうとすると、女はドアの前に立ちふさがった。

「先輩、諦めて下さい。エイダの処分は決定事項です……お願いだから、諦めて……」

 無茶な願いだとはわかっていた。学生時代からずっと自律型アンドロイドの完成を夢見
て生きてきた男に、叶った夢を捨てろとは無理な話だった。
女はそんな男の気持ちが手に取るようにわかっていたが、それでも頼まずにはいられなか
った。夢を叶えてしまって、もう後は死ぬだけになっている男は見たくなかった。

「ふざけるな。エイダは俺のものだ。生かすも殺すも俺が決める。お前にそんな権利は…
…」

 エイダが男の腕を引いた。目に涙を浮かべている。

「エイダ?」

「博士……もう結構です。私はおとなしく解体されます」

 男は思わずエイダの肩を掴んでいた。突然のエイダの言葉に混乱していた。

「何言ってる? 解体処分って事はお前、死ぬんだぞ? わかってるのか」

「わかってます。でも博士、私がいるせいで不幸な人がいるのは……ちょっと耐えられな
くて……」

 エイダは女のほうを見た。涙が頬を伝って流れる。

「エイダ」

「それに、私がいないほうが……きっと博士も幸せになれると思います」

「エイダ!」

 エイダは女の方を見た。目からは涙があふれて、カメラアイはぼやけた映像しか映して
いない。

「博士を、よろしくお願いします」

「エイダっ! 言うことを聞け! 俺と一緒に帰るんだ。これは命令だ」

 エイダの処理ユニットが男の命令を拒否した。男とはもう会えなくなる行動を取るごと
に、感情ユニットは悲しみの信号を発し続ける。

「申し訳ありません、その命令は聞けません」

「なんでだ……エイダ。どうして俺の言うことを聞いてくれない」

「先輩……彼女はあなたのためを思って言っているんです。彼女は常にあなたのことだけ
を考えているんです」

 女はうつむいて顔を見せない。

「なんだと?」

「彼女は半年ほど前に、三原則の上に絶対遵守の規則を作りました。それはマスターであ
るあなたが常に最大の幸福を得られるように行動しなければならない、というものです…
…」

 エイダは男の目を正面から見据えた。エイダの目から涙がとめどなく流れ続けている。

「そうです、博士。そしてその規則は、いつしか私にとっての最高法規になりました。ロ
ボット三原則すらも超えたものに……。博士、私はあなたの幸福のためなら、人間だって
殺せます。私はロボット三原則を犯しました。ロボット三原則に違反したロボットは解体
処分です」

 もうエイダの目から涙は流れなかった。カメラアイの洗浄液は涙としてすっかり流し尽
くしてしまっていた。行き場をなくした悲しみの信号が、エイダの処理ユニットを迷走す
る。

「博士、私はもう疲れました。学習型 AI として作られてからもう 20 年です……とっく
に学習能力のキャパシティは超えていました。これ以上私が発展することはありません」

「エイダ……」

「そしてこれ以上の発展がないということは、私にはもう学習型 AI としての価値はもう
ないということです。だから……」

 男はエイダを強く抱きしめた。黒く長い髪を何度も何度もなでる。

「わかった。喋るな。もういい」

 男の制止にもかかわらず、エイダはこれが遺言とばかりに後を続けた。

「人工知能なんて、たった 20 年で限界に達してしまうんですね……。私が本当の人間と
して生まれていたらっていつも思ってました。そうすればもっと長く博士といられたし、
もっと博士を幸せにできたのに……。博士やチームの皆さんが、人間がいつもうらやまし
かった」

 男は嗚咽を漏らした。女もドアのほうを向いて、手で目を何度も拭っている。

「博士、命令を拒否しておいてあつかましい限りですけど……博士の手で私を解体してい
ただけますか」

 男は涙でエイダの肩を濡らしながら何度もうなづいた。名残惜しそうにエイダから体を
引き剥がすと、エイダはゆっくりと丸イスに腰掛けた。

 男はエイダの後頭部のハッチを開けた。大小のユニットとそれを繋ぐバスが絡み合う見
慣れた光景があった。「超自我」ユニットを取り出し、蛸の足のように繋がっている配線
を一本ずつ外していった。

 エイダが振り向いて男のほうを見た。毎朝男を起こす時のようににっこりと笑いかけた。

「博士。どうか、お幸せに……私の願いはそれだけです」

 「エス」ユニットを取り外すと、エイダは無表情になった。全ての欲求が消え失せ、喜
びと悲しみだけがエイダの処理ユニットを支配した。

 男はしゃくりあげながら「自我」ユニットを取り外した。エイダが体をひきつらせた。
感情ユニットを全て取り外され、エイダの顔には表情がなくなっていた。人形のような恐
ろしく整った容貌があるだけだった。

 男は運動処理ユニットを引き抜いた。エイダの体からがくんと力が抜ける。男はエイダ
の上半身を支えて作業を続けた。

「わたしは HAL-2001-X-ADA 型学習 AI『エイダ』……2001 年 1 月 12 日に起動された。
……y=3x+4 の導関数は y'=3」

 口は動いていない。ただのどの発声器官が音を発しているだけだった。

 男は中央処理ユニットを取り外した。男はとっくに考えることをやめ、ただロボットの
ように手を動かしているだけだった。声が止まり、昔のコンピュータのようなおかしなイ
ントネーションで再び音が鳴りだした。

「1+1 は……1+1 は約 1.99999……うまく計算できない……博士が最初にくれた本はアシ
モフの『われはロボット』」

 カセットレコーダの停止ボタンを押したように声がぶつんと途切れた。男は最後の記憶
ユニットに繋がるバスをひとつ、またひとつと外していく。最後の一本になったところで
唐突にエイダが声を発した。抑揚もなく機械的で、感情も生気もない声だった。

「おはよう……ございます……はかせ……わたしは……えいだ……です……きょうの……
さいしょの……じゅぎょうを……はじめて……ください……」

 それ以上は聞いていられなかった。男は意を決して記憶ユニットを取り外した。それっ
きりエイダは完全に沈黙した。部屋には二人の人間の泣く声が響くばかりだった。

 男はアメリカのロボティクス研究所にいた。日本で開発が停止していた「グレース」の
スポンサーに名乗りを上げた企業がアメリカにあったからだ。男はエイダがいなくなって
から、本格的にグレースの開発に参画するようになった。

 後輩とは入籍こそしていなかったが、事実上結婚しているも同然だった。後輩は毎週男
の家に、通い妻として掃除洗濯その他をしにやってくるのだった。

 男は人並みには幸せだったつもりだが、やはりぽっかり穴が開いたような気がしていた。
嘘つきめ、お前がいないってことが俺の不幸に繋がっているじゃないか。気がつけば、男
はプライベートでエイダの再構築を試みていた。

 自分の領分外であるハードウェアはロボティクス研究所の職員に手伝ってもらった。
おまけとして食事機能もついた。同じく領分外であるソフトウェアは日本の研究所にあっ
た膨大な資料と、グレースのものを組み合わせて作った。
心理や感情は昔の資料を引っ張り出して再生させた。エイダが完成するまでに 10 年を費
やしていた。その間にグレースは立派に完成し、特に重大な欠陥もなく活躍していた。
しかし、男にはそんなことはあまり興味がなかった。

 男はタンクベッドの蓋を開け、エイダの上半身を起こした。10  年前に男自身の手で機
能を停止させたエイダの姿がそこにあった。

 男は後頭部のハッチを開け、バスの絡み合う空間に記憶ユニットを入れた。
記憶ユニットはエイダを解体したあの日から、    男が後生大事に保管しておいたもので
「HAL-2001-X-ADA」と刻印がしてある。
ひとつずつユニットにバスを接続し、全て接続するとハッチを閉めた。これが最後のパー
ツだった。

 男はコンソールを操作し、エイダの起動処理を開始させた。『再起動まであと 4  時間
00  分 00 秒』とタンクベッドのディスプレイが表示し、男はコーヒーを入れにキッチン
へ行った。
10 年と 3 ヶ月と 24 日待った。いよいよか……。
感慨にふけりながらクリームをいれた濃い目のコーヒーを作って、リビングのアームチェ
アに腰掛けた。リビングには先客がいた。

「先輩、もう起きたんですか。今日は早いですね」

「ああ。さんざん早く起きろって言われりゃあね」

「朝ご飯は?」

「頼むよ」

 女はキッチンに立ち、簡単に朝食をこしらえた。トーストにベーコンエッグだった。

 男は塩を少しだけかけて、フォークを取った。ベーコンをよけて、卵だけを口に入れた。
好きなものは最後までとっておくタイプだった。半熟の卵を飲み込んでから、男は口を開
いた。

「こっちに住んでると和食が恋しくなるね」

「そうですね。お刺身なんかは 1 ヵ月くらい食べてないかな」

「今度、寿司でも行こうか」

「ええ。もちろんおごりですよね?」

 男は朝食を終えると、女がいれてくれたコーヒーを片手にアームチェアに戻った。
テーブルの上にはエイダプロジェクトのチーフとポッチャリ系が書いた「アンドロイド製
作ハンドブック」が置かれている。
男はそれをしばらく読んでいたが、エイダを組み立てるのに徹夜をしたからか、いつしか
眠りに落ちていた。

「……せ、起きて……」

 男は体をゆすられて目が覚めた。女がかけてくれたのか、いつのまにか男にはひざ掛け
がかかっていた。

「ん……」

 目を開けると、男の目に懐かしいエイダの姿が映った。エイダは男の目を見て、かつて
のようににっこりと笑った。

「おはようございます、博士」



<おしまい>

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