「やっと着いた、重かったぁ」 玄関のドアを足でノック、普段なら絶対にやらないのだが今は両手が塞がっているので 仕方がない。こうなっている原因である荷物を地面に置けば普通にノックも出来るのだが、 それは絶対にやりたくなかった。綺麗に梱包されているので埃が入ってくることもないし、 多少の衝撃では傷付いたり壊れたりすることもない。だが出来ることならば、大切なこれ を大切にしたかった。誰かが見ているとかではない、俺個人の誇りの問題だ。 数度ノックを繰り返したところで、やっとドアが開いた。ノックを続けようとしていた ので片足を上げた状態だ、不意の反応に転びそうになったが、バランス感覚を総動員させ 崩れかけた姿勢をなんとか取り直す。 「おかえりなさいませ、ハク様」 「ただいま」 ドアを開けたのは俺の只一人の家族、世間的にはカウントの仕方が違うが俺は気にした ことは欠片もない。それがこいつに対する、精一杯の愛情表現だと思っている。 「暑い中を、お疲れ様でした。只今お飲み物をお持ち致します」 「良いから、メイは休んでろ。そして俺も休んだら治療するぞ」 修理、とは言わない。 メイは少し困ったような顔をしたが、俺は構わずに家の中へと入る。いつも通り俺に譲る 気は無いと悟ったらしく、メイも黙って後を着いてきた。 せめて荷物だけでも持とうとしたのだろうか、メイは手を伸ばしてくるが俺は身を捻って それを避ける。意地悪をしているのではなく、メイの体に負担をかけたくなかったからだ。 「ハク様、申し訳ございません」 「何が?」 「お役に立てずに」 過去に何度も聞いた言葉だが、未だに好きになれない。良い部分がたくさんあるメイの 数少ない短所の一つ。何かのコンプレックスを持っているらしく、たまにこうして自虐的 になってしまうのだ。感情回路や思考回路を取り替えたりしても直らないこれは、こいつ のデフォルト個性のようなものだろう。そう設定されているのが非常に残念だ。しかし、 惚れた弱味なのだろう。それも含めて、俺はこいつが好きなのだ。 俺は一時間の道のりでも放さなかった荷物を床に置くと、メイの頭を撫でた。 ◇ ◇ ◇ 「はい、脱いだ脱いだ」 そう言って、俺は手早くメイの服を脱がせてゆく。これは別に欲情している訳ではなく、 あくまでも治療の為だ。厚手のカーディガンを脱がし、その下のシンプルなワンピースを 脱がすと目に白い色が飛び込んでくる。染み一つない綺麗な色の人工皮膚、殆んど人間と 変わりない質感は触る度に感動する。変態なのではなく、一技術者としてだ。 俺こと李・白風は技術者だ。 親父も爺さんも、その爺さんの親父も技術者だった。先祖代々受け継がれてきた血脈は 俺の中にも当然色濃く存在していて、今は機械人形専門の技師として生計を立てている。 何故機械人形専門になったか、と問われれば、俺は何の躊躇いもなくメイの為だと言う。 先祖代々受け継がれてきたものは血脈の他にもう一つ、それがこのメイだ。正しい名前は 美紗(メイシャア)と言うのだが、幼い頃からの呼び方が性に合っているので、俺はずっと こいつをメイと呼んでいる。白風の頭文字を取ってハクと呼ばせているのも同じ理由だ。 本来ならば主従関係であり、このように仇名のような呼び方をさせるのはご法度。しかし それでも続けさせているのは、こいつのことが大好きだからである。それが先程述べた、 俺が機械人形専門の技術者となった理由でもある。いつでもこいつを助けてやれるからだ。 そして今が、それを生かすときである。 肩口に電磁メスを入れ、なぞるように動かしてゆく。一周させて腕を引くと人工皮膚が ゆっくりと開き、中のクッション材が露になった。それを取り除くと次に現れるのは丸み を持たせる為の外殻、カバーのようになっているそれも取り除くと内部のジョイント部分 が現れる。ドライバーで螺子を外し、シリンダーを回せば重い音と共に腕が外れた。数分 前まではメイの腕だったものは俺の胸へと飛び込み、僅かな重量で存在感を示してくる。 「今までお疲れさん」 箱の中にしまうと、俺は新しい左腕を取り出した。俺が抱えてきた荷物はこれだった。 メイの新しい腕部パーツ、もう一つの箱には脚部のパーツが入っている。これから新しく メイの体になると思えば、地面に置くことなどできなかったのだ。因みにこれは先月発売 された最新式のもので少々値が張ったのだが、壊れにくい上に性能は今までのものよりも 5%も上昇している。特に関節部の駆動系の機能は滑らかさを重視した作りになっている らしいので、家事が好きなこいつには最適だろう。メイが喜んでくれるのなら、金額など 大して気にならない。愛は金に変えられないのだ。 「毎度思うのですが」 「ん?」 「ハク様、何故そこまで私にこだわるのですか?」 俺は吐息を一つ。シリンダーの位置を微調整しながら肩に腕をはめこみ、 「毎度言ってるけど、俺はメイが大好きだ。それじゃ不満か?」 がちゃり、と金属の噛み合う小気味良い音が響いて、接合が上手くいったことを教えて くれた。メイに腕を動かさせ、異常が無いことを確認すると外殻を填めた。クッション材 を入れると後は人工皮膚の接合のみとなるが、これが一番難しい。下手にやると、傷痕が 残ってしまうからだ。 「動くなよ」 低温コテを使って融かしながら、慎重に溶接してゆく。鼻を突く臭いにはもう慣れた、 慣れないのは心の方である。僅かでも指先が狂えばメイの体が歪になる、それだけは絶対 に嫌なのだ。誰よりも好きだからこそ、誰よりも綺麗にしてやりたい。 沈黙。 静寂が支配する中で数分をかけ、ようやく終わる。後は微妙な盛り上がり部分を削り、 洗浄をして終了。一緒に風呂に入るのも良い、俺も汗と埃まみれだ。 立ち上がって伸びを一つ、そのままのけぞって凝った背筋を伸ばそうとしたが、小さな 違和感があった。見ればメイが新しい左手で俺のシャツを掴んでいる。 「先程の話ですが」 「だから、俺は」 「こんなポンコツに、ここまでしてくれる理由になるのですか?」 現に、なっているから片道一時間の道のりをかけて新しい部品を買いに行っているのだ。 他の者に任せたくないから俺自らが鍛えた技師の腕を振るい、悪くなったところや傷んだ ところを治しているのだ。問うまでもないこと、それはメイも分かっているだろう。 「ハク様、少し普通に立って下さい」 唐突に言われ、従って棒立ちになった俺の真正面。そこに立つと、メイは目を合わせる ように見上げてきた。これに一体、どこような意味があるのだろうか。 「ハク様は、随分御立派になられました。こうして見上げなければならない程に」 ですが、とメイは一歩離れ、 「私は全く変わりません。これが機械人形と人間の差なのです」 当然と言えば当然のことだ、今更言う程のことでもない。子供の頃は高いと思いながら 見上げていた顔が、今では低い位置にある。広いと思っていた背中も、今では頼りないと 思える程に小さく見えてしまう。しかし、どれも相対的な視覚や認識の変化だ。俺の中の メイは変わっていない、メイはメイでしかないと思う。 告げると、メイは首を振る。 「変わらないから、変われないから駄目なのです。私はハク様の御成長に合わせることは 不可能、どこまでも機械人形なのです。それこそ機能が完全に停止するまで」 一拍。 「はっきり言ってしまえば、私は重荷になっています。それに、気付いているでしょう?」 箱に張ってある値札のシールをちらりと見て、 「今回のもので六百五十万円を越えました、同じ金額で新しい機械人形が三台買えます。 三代前に買って頂いてから百余年、当時のパーツは存在しません。もはや体は私とは言え ないのです。それに、そのような体を騙し騙し続けておりますが、全体にガタが来ている のは自分でも分かっています。頭の中身も駄目、体も駄目なのでは存在を続けている意味 は全く無いのです。どのような価値があると言うのでしょうか?」 ですから、と目を伏せ、 「廃棄して下さい」 その言葉で長い告白を締めた。 それで俺は理解した、こいつがやけに自虐的だった理由を。幼い頃から見てきた故に、 メイはこのように後ろ向きな性格だと認識していたが、それは違ったのだ。デフォルトで 設定されていたのではなく、自分の悪い部分を気にしすぎていたの。型式は古く金ばかり がかかるので、生活には苦労している。それなのに俺はメイを全く捨てようとせずにして いる。釣り合いが取れていたり、返すものがメイ自身の中にあると理解出来ていれば不安 も抱かなかったのだろうが、それが無いと思っていたのだ。だから妙に自分を責め過ぎて、 思考だけを暴走させて、落ち込んでしまっていたのだろう。 俺は離れた一歩分だけ近寄ると、メイを抱き締めた。 「よ、汚れてしまいますよ?」 「そんなもん洗えば落ちる。んなことより、さっきの下らない理由で話は終わりか?」 本当に、下らない。 こいつは分かっていない、俺はメイだから好きなのだ。例え型式が古かろうが、どれ程 金がかかろうが構いやしない。俺と一緒に年をとれない、俺と合わせることが出来ない、 そんな理由は糞食らえだ。俺の気持ちは、そんな小さな理由で曲がったりしない。 一番大切なのは、ずっと一緒に人生を歩んできたという事実だけ。隣にメイが居たから 俺はここまで来れたのだし、これから先もメイの居ない人生など考えられない。俺の隣に 居てくれるのは、メイでなければいけないのだ。必要とする理由など、それで充分だ。 言葉の代わりに、唇を重ねて気持ちを示す。 「あの、ハク様」 「ん?」 「私で良いのですか? 後悔しませんか? 面倒ですよ? しかも機械人形愛好者的変態 として後ろ指差されますよ? もうお日様の下を歩けませんよ?」 随分と面倒な思考をする奴だ、こんなに言うなんて余程不安が溜っていたらしい。俺は その幾つもの疑問符を払拭するように再度唇を重ねてやる。どれだけ言葉を吐いても良い、 こうしてその度に口を塞いでやればいつかは楽になるだろう。 数分。 メイの体から力が抜けたのを確認すると、唇を離す。 「ありがとうございます。私は幸せ者です」 上品に笑う姿はメイの長所の一つだ、見ているだけで心が癒される。辛いときに慰めて くれた、『変わらない』笑顔。これが何度俺を助けてくれたことか、もう数えきれない。 いつまでも続いてほしいと思う願いは、機械人形故に叶うだろう。そう考えれば機械人形 であることは悪いことではないのだ。大事なのは気の持ちよう、それは人間でも機械人形 でも変わらない。きっと今よりも更に良い方向に向かう筈だ。 「さぁ、風呂に行くぞ。たっぷり綺麗にしてやる」 小さく頷くメイの手を握ると、強く握り返された。 ◇ ◇ ◇ 脱衣所で着ていたものを全て脱ぎ、入口とは逆方向のドアを開くとシャワーのノズルを 軽く捻る。先程のパーツ変換のときに付着した潤滑油を流すために、温度はいつもよりも 少し高めに設定してある。途端に噴き出したお湯が肌を打ち、熱と共に軽い痛みを与えて くるが、この程度にでもしないと粘度の高い油は落ちないので仕方ない。数秒、我慢して 肌にお湯の温度を馴染ませると、俺はプラスチック性の安い椅子へと腰掛けた。 「はい、入った入った」 「失礼します」 元は個人での入浴を目的としたもので、あまり広いとは言えない浴室だ。相手が子供の 場合だったらまだしも、成人した複数の人間が入るようには設計されていない。ましてや、 広く幅を取る体の洗浄に対応している筈もなく、メイがこちらに入ってきたことで一種の 圧迫感さえもが感じられた。だが構わない。たまに背中を流してもらっているから浴室に 二人で居るという現状は苦痛となるものではないし、今回はそれ以上に嬉しさに近いもの があるからだ。それと比べたら、この狭さなど大したものではない。 と、最初は思ったが、 「狭いな」 メイの体を洗い始めて、つい呟いてしまった。 俺は第二惑星の血を色濃く受け継いでいるせいか体が酷く大きい。それに加えて何度も 言っているが狭い浴室に二人分の体躯だ、今まで俺の背中を流していたメイはかなり苦労 をしていただろう。ろくに身を動かすことも出来ずに、身長差を無くす為の妙な中腰姿勢 を継続させてのボディウォッシュは思った以上に疲れるものだった。俺の手が時折止まる のを気にしてか、その度にメイは申し訳なさそうな顔をして振り向いてくる。女の子座り をして背を向けている状態での振り向き、というコアな性癖が無かったら、俺は今にでも ギブアップしていたかもしれない。しかしエロい姿だ、踵で尻の肉が押され、歪んでいる ところなど本当に堪らない。肌を伝う泡やお湯などが尻の歪みに合わせて絶妙なカーブを 描いているのもまた、一緒に風呂に入って良かったと思う。 「あの、ハク様? 漏れてますよ?」 いかん、整備不良があったか。 「その、唇から本音がダラダラと。お尻、そんなに好きなのですか?」 「大好きだ」 メイは何故か困った顔のまま目を反らして再び前を向き、頭を少し下げた。 うなじもまた綺麗だな、と思いつつ腕と背中の泡を流し、今度はスポンジではなく掌に 直接洗剤を垂らした。何度か擦って泡立て、こそぐようにして脚の表面へと滑らせてゆく。 油の落ちは弱く、スポンジを使えばもう少し楽になるのだろうが、脚部は気に入っている パーツの一つだ。柔らかな丸みを帯びた尻や、そこから続くなだらかなライン。小さく、 しかし綺麗に筋の通った膝の裏側や、細く引き締まったふくらはぎ。魅力を説明するのが 言葉では難しい魅力のアキレス腱や踝、足の指など、どれもが素晴らしい。普段はブーツ やスカートなどで隠れているからと言っても、下手に傷でも付くのは我慢がならない。 丁寧に足の指の間まで洗うと、脇腹や腹部を擦り、そのまま胸へと手を伸ばす。手の中 に収まりきらない豊かな乳房を掴み、揉みほぐすようにして洗ってゆく。 「あの、手付きが、いやらしいの、ですが」 声を堪えていたのだろう、発せられる言葉は途切れ途切れなものだ。相変わらず俯いて いるので垂れた前髪に隠れて表情が読めないが、胸の先端部分の周囲をこねるようにして 洗うと、は、という吐息が溢れてきた。人の姿に似せて作られているが、愛玩専門として 作られた機械人形とは違い、人間のように分かりやすく乳首が固く反応することはない。 性行為のリアリティを求めたものは、こと睦み事に関しては人間以上に人間らしく、娼婦 以上に娼婦らしく乱れるという。しかし俺はこのくらいの反応で充分だ。他の誰でもない、 メイが俺の愛撫に対して反応してくれるのが嬉しくて、更に行為を続けてゆく。 「あの、そこは、駄目です」 「いや、こうした突起の周りは汚れが溜りやすいから、もっと洗わないと」 首を小さく震わせるのに合わせて揺れる髪に顎を埋め、逃げるように身を屈めるメイの 体全てに重なるようにして自分の体を預け、手指の動きを連続させた。乳首の周囲だけに 止まらず、また揉みしだき、ときには少し強めに乳房を掴んだり、思い付く限り様々な胸 への刺激を与えてゆく。それぞれに反応を見せる姿が何とも愛おしく、また揺れる尻の肉 が擦るようにして固くなった竿に当たってくるのが気持ち良い。 「そこ、ばっかり、胸ばっかりは」 それもそうだ。俺は髪に埋めたままの顎で頷きを一つ返してみせ、今度は下へと手指を 滑らせてゆく。先程通った脇腹を数度撫で、臍のラインをなぞるようにして真っ直ぐ下へ。 指先が辿り着いた場所は、指に絡み付く粘液が溢れていた。擬似セックス用のローション だとは頭の中では分かっているが、お湯の熱を受けて熱くなったそれは、人の愛液と大差 が無いように思えた。大切な存在が気持ち良くなった証として出した、という点では愛液 もローションも同じものだ。違うのは人工であるかどうかだけ、少なくとも俺はそう思う。 そのぬめりを利用して、秘裂の表面を指を滑らせながら往復させる。合成樹脂によって 作られたメイの大切な部分は蜜と同様に熱を受け、驚く程に柔らかくなっていた。軽く指 に力を込めただけでも変形するそこは、不思議な弾力で指先を押し返してくる。包み込む ように、しかし確かな弾力を持ち押し返してくる股間の肉は、撫でているだけでも快い。 そのまま割れ目の中へ指を侵入させようとしたが、 「まって、ください」 寸前で伸びてきた細い手によって、責めの動きが止められた。 「もう充分に洗って頂いたので、今度は私がハク様を洗う番です」 「気持ち良く」ではなく「洗う」という表現を使ったメイの言葉が面白く、つい笑いが 溢れたが、特に意識しないで言ったものらしい。不思議そうに首を傾げながら立ち上がり、 お湯で自らの体に残っている泡を流すと俺の背後に回り込んでくる。 「失礼します」 後頭部に柔らかな感触が来て、次に新品の腕が伸びてきた。軽やかな動きで壁に付いた コンソールを操作してお湯を普段と同じ温度に戻し、人間用のボディソープを取ってから 腕は背後へと引っ込んでゆく。それに続いて、ボトルのヘッドを押す音が小さなリバーブ を含み耳に入ってきた。どうやら普通に洗うつもりらしいと一瞬思ったが、しかし目の前 にあるものを見て違うと気付いた。 いつも使っているスポンジは棚に置いてあるままだ。そしてその棚の左側、姿見サイズ の防曇鏡に映っているメイは掌に溜めていたボディソープを自らの胸に垂らし、自慰行為 をするように揉み、泡立ててゆく。やはり先程発した「洗う」という言葉は、メイなりの ジョークだったのかもしれない。嫌いではないが、何とも分かりにくいジョークだ。 「それでは、楽にして下さい」 タイルに膝を着く音がして、つい十数秒前に後頭部に受けたものが、今度は直接背中へ 押し付けられた。髪などの遮蔽物もなく、また頭部よりも繊細な神経を持つ肌への直接的 な行為に、少し元気を失いかけていた股間が再び反応してくる。 だが、それより感じるのは、 「冷静なフリしてても、モロバレだな」 密着した胸の奥、微かに強くなった独特の振動が伝わってくる。人で言う胸の高鳴りと 似たようなもの、勢いの付いた感情を処理しようと稼働を強いものに切り替えた処理系の 機構が内部で激しく動いている。心の鼓動とも言うべきそれは、メイの心情をダイレクト に俺に伝えてきた。そのことを指摘したことに言葉での反応は無いが、抱えるように前に 回された腕に込められた力が少し強くなる。恥じらい隠すようにした行動だろうが、寧ろ 背に胸を押し付ける度合いが強くなり、余計に振動が強くなる。 数秒。 「……ハク様は冷静なんですね」 ぽつりと、残念そうな声が漏れた。 「私はこんなに酷いのに、不公平です」 「落ち着くからな」 まるで別物なのだろうが、深く技術者としての根性が染み付いた俺には、メイの振動が 母親の鼓動のように思えたのだ。今は亡き母親の子宮の中で感じた、記憶の中に深く残る 心臓のリズム。人が一番安らぐというそれに近いもののように感じた。 「卑怯です、その言い方は」 「それに男は胸を押し付けられると酷く冷静に興奮するという習性が……いやすまん冗談 だからまずは首に延びた腕を引っ込めてくれ新品の性能は理解してるから!!」 畜生、油断も隙もあったもんじゃない。遥か何千年もの過去にはロボット三原則という、 権利を微妙に無視した機械人形の理想的な在り方というものが存在したらしい。その概念 が失われた過程には、どれ程のドラマがあったのだろうか。 「恐ろしい」 「申し訳ありません。共に在ろうと言って下さったとき、嘘は吐かないと決めましたので」 「じゃあ今の心境を正直に」 「馬鹿とエロの両立した存在は、判断が難しいです」 「何の判断だよ!?」 微妙に無視された。 しかし無言のまま、メイは体を上下させる。質問に答えてはくれないが、律儀にも洗う 行為は続けるつもりらしい。感触はスポンジに似ているが、それよりも柔らかく撫で擦る 胸の感触が何とも心地良い。他の箇所とは違い微妙に固さを持たされた先端部が擦れる度、 また感じているのか耳に小さな喘ぎ声が入ってくる。 暫くして俺の胸を抱いていた腕が引っ込み、メイの体も背中から離れた。そして二度目 のボトルヘッドを押す音が浴室の中に響き、今度は腕が胸ではなく股間部に伸びてくる。 泡立った左右の掌が包み込むようにして天を向いた肉棒をホールドし、 「失礼します」 緩やかに、扱き始めた。 「気持ち、良いですか?」 専用のプログラムはメイ本人の強い拒否によってインストールされていない筈なのだが、 まるで専門の機械人形のように巧みに擦ってくる。強すぎず、しかし弱くもなく、絶妙な 力加減で竿を握って、ゆるゆると上下に掌をスライドさせる。洗う、という建前のような ものがあるせいか、カリ首の部分を指先で一周し、先端部分を何度も揉んできたりと余す ところなく丹念に刺激してくる。それだけでは終わらずに転がすように袋を揉みしだき、 中の玉まで転がすように愛撫し、更には腰骨までもを舐めあげてくる。その不意の刺激に 腰を震わせると小さな笑い声のようなものが聞こえ、今度は音をたてて吸い付いてきた。 見えない部分への今まで感じたことのない刺激、というものが強烈に脳を溶かし、背筋 に強烈な快感が走る。あまりにも突然なものに身をよじって逃げようとしたが、メイの腕 がしっかりと腰をホールドしているので逃れられない。つい数分前のメイに俺がしていた ことなのだが、これ程と思わなかった。絶え間なく与え続けられる刺激、泡の滑りを利用 した滑らかな動きと先程の胸の質感を思い出し、情けない話ではあるがすぐにでも出して しまいそうになってくる。それでも男の意地と見栄で我慢していたが、 「ここも、綺麗にしましょう」 腰に唇を重ねたまま、くぐもった声でメイが呟いた後、鈴口をこじるように細い指先が 擦り当てられた。淡い痛みにも似た不意打ちに達してしまいそうになったが、その直前に、 「綺麗になりましたね」 手が、全てが離され、解放される。意趣返しというものだろうか、今は鏡越しに見える その冷静な笑顔がとても恨めしい。恋人となった今、メイのこの性格の弾け方はある意味 良いことかもしれないが、どうにも不完全燃焼の気持ちは押さえられない。 「はい、それでは一旦流しますね」 不意に、一つ思い出した。 「いや、まだだ。メイに洗い残しがあっただろ?」 シャワーのノズルを持った手を制し、首を傾げたメイの体に手を掛けた。互いに泡塗れ になっているので滑って転ばないように注意しながら、丁寧に横にさせる。寝た姿勢でも 尚形が崩れない素晴らしい乳の向こう側、メイは疑問の表情を続けていたが、すぐに意味 を理解したらしく、慌てて体を起こそうとしてきた。たが機械人形も基本的に重心などは 人間と同じ構造となっている。脚を抱え、額を軽く押さえてやると脱出は不可能だ。 「ちょっと待って下さい」 姿勢をそのままにして三秒待ち、 「体は清潔に」 言って、割れ目の中へと息子を侵入させてゆく。人間用のボディソープで綺麗になるか 分からないが、元々あまり埃や汚れの着かない部分だし大丈夫だろう。まぁ、それは言う までもなく建前なのだが。あそこまでされて我慢が出来る程、俺は立派な人間ではない。 浅ましい話ではあるが、限界まで自ら我慢して、その結果じらされてオアズケされても尚 平気でいられるような男など、よほどの聖人君子でない限り存在しないだろう。その例に 漏れず俺も普通の男だ。女性器パーツが俺を包み込んだ途端に我慢がならなくなり、速度 を上げて奥まで一気に突き上げる。多少乱暴だが、柔らかくなっていた合成樹脂の弾力と ローションや泡のぬめりが合わさり、メイの大切な部分は壊れる気配もなく、俺のものを きっちりと受け入れた。どこの職人が作ったものか分からないが、まるで俺にあつらえた かのように良く馴染み、丁度良いサイズで包み込んでくる。機械人形と人に適用されるか 分からないが、体の相性が良いとはこのことだろう。 「あぁ、もう。出来れば、最後はベッドの中が良かったです」 「すま」 ん、と謝りきる前に、唇が重ねられた。腰を舐めたときに着いたものだろう、口の中に ボディソープの強い苦味が来た。舌が絡んで、それが更に口内に広がってゆく。間違って 飲んでも害が無いものを買っているので、俺は黙ってそれを受け入れた。機械人形は唾液 を出さないので、唾液交換のようなものは出来ない。しかしこの行為をそれの代わりだと 思いながら、俺も積極的にメイと舌を絡ませる。そして今度は俺の方から唾液を流し込み、 メイの口の中を掻き混ぜた。飲み込むことは出来ないが、調理用の味覚判断装置は備えて あるので、俺のものだと分かる筈だ。 意思を汲み取ってくれたのか、メイは目を細めた笑みを浮かべ、 「ハク様の、味がします」 積極的に俺の口内を求めてきた。嬉しくなって、俺はもっと唾液を送り込みながら腰を 叩き付けるようにグラインドさせる。他の行為をしていたときも思ったことだが、やはり メイの基本は家政婦機械人形。性交型の機械人形と違い女性器パーツも特にうねることも なく、精を吸い出そうという動きもない。だが、それでも俺には丁度良い。妙な言い方に なるが、どこまでもメイらしいメイだと思うからだ。俺が産まれたときからの幼馴染みと して、幼い頃は母親として、少年の頃は姉として。俺が一人前の青年になり、独立をして 働き始めてからは仕事のみならず私生活のパートナーとして、これまでの俺の人生で常に 隣に居た一人の素敵な機械人形であるメイだと、そう思えるからだ。 「ハク様、出そう、ですか?」 タイミングを悟られるのは、少し恥ずかしい。 「妊娠、しないので、遠慮なく、膣内に」 「それはそれで、また残念だけどな」 脚が腰へと絡み付き、抱き込むようにして俺を奥へと押し込んでくる。メイ自身も腰を 浮かせて、より深く、より貪欲に俺のものを飲み込んでくる。 「ハク様、愛しています」 もう何度目かも知れない口付けを交わした刹那、俺は一番奥で精をぶちまけた。 行為の疲れだけではなく、浴室の中の温度にもやられたのだろう。終わったという実感 と共に急に体から力が抜けて、メイの上へと倒れ込む。そう言えば、メイの腕とか足とか 重いものを歩いて持って帰ってきたり、ろくに水分補給もしてなかったりの後での今だ。 こんなに熱く、下手したら脱水症状も有り得たのに、俺も随分と頑張ったものだ、とメイ の胸に顔を埋めながらしみじみと思う。これが愛の力か。 「頑張ったな、俺。もっと頑張ったな、メイ」 呟くと、頭が抱え込まれた。 「はい、凄かったです」 「いや、『かった』とか過去形にするのは良くない」 そうですね、と言って笑みを浮かべるメイに頷きを返し、 「まだ、左足の交換があるだろ? つまり風呂場プレイがもう一回!!」 言うと、何故か首を絞められた。