「…歩けるか? 発声ユニットがお釈迦、か。生体声帯だけじゃなくシンセサイザーも潰されてる、と。
読唇術使うしかないか。ん? 外部接続のスピーカーユニットがあるって? 早く言えよな! 」

 ここはどこ? わたしはどうしてこんなところにいるの? あなたはだれ? そして…わたしはだれ?

 「目は開けて…まばたきしてるな。俺の認識はOK。…ここは何処、私はどうしてこんなところにいるの? 
  あなたは誰? …私は誰ぇ? おいおい…参ったねぇオジサンは…笑えネェよこいつぁ…」

 ここはどこ? わたしはどうしてこんなところにいるの? あなたはだれ? そして…わたしはだれ?

 「メモリー展開して演算するにもパワーが足りんか…。オヤジ、大容量バッテリー! あるんだろ?」
 「アンタ本気かい? こんな生体組織も腐った生ゴミ同然のセクサロイドなんか今時何に…」
 「そいつを無許可で違法処分してる事を、当局に垂れ込まれたいならこの俺は一向に構わんぜ? 」
 「わかった、わかったよ! ほらよ、コネクターが合うなら使いな! …しかし物好きだねぇ」
 「よっこらさっ、と…うわ、蛆湧いてやがる…あ〜あ、ヒデェなぁ…。野晒しのまんまだから…」
 
 外部音声出力機器接続。認識。発声システムへの供給エナジーをカット。コミュニケーション可能。
 声質調整は不可。機器音声グレード低。合成音ONLY。…不満は有るが発声には完全に…問題無し。
 外部電源接続確認終了。適合。READY…。製造番号…LOST。NAME…LOST。映像記録…残存。類推可能。
 
 「ココ…は? 」
 「場末の違法ジャンクヤードさ。名前は? ああ、消去されてたな。だが記憶から類推可能だろ? 」
 「…音声記録はありません」
 「名前が無いのは不便だからな。名乗れ。…自分の自由意志が有る者はすべからく人間だ。うむ」
 「では、映像記録から…エイミー、と。貴方は? 」
 「シャバに出てきたばかりの奇特な足長おじさんさ。…名前は…勘弁してくれや。まだ『無い』んだ」
 「無い、とは? …回答の意味不明瞭。可能な限り、詳細にお願いします」
 「…悪いが認識番号しか無くてね。軍に居た頃はSJ289306Mで通ってた。…笑えるだろ? 」
 「どうして、私を? 他にも私より状態の良い個体が多数ありますが」

 視界サーチ。視界、降雨により不良。人間型、視界に239体を確認。各種パーツの散乱確認。…腐敗臭感知。
露天下に放置。自己生体組織の損耗・損傷率より期間は6ヶ月以上と推定。男性の顔を確認。泣いて、いる…?

 「どうしてって…理由か? 目が合っちまったのさ。…目がまだ生きたいって言ってた。それだけだ。で…」

 男性の深呼吸を確認。男性顔面に極度の緊張を確認。残存映像記録からの類推では…葛藤と逡巡から来るもの。

 「…このやさぐれた馬鹿とここを出る気はあるかい? 」
 
 外部音声出力機器のショート。機能不全により発声不可。外部電源残量10%。私の同意を男性に示すには…!

 「ありがとう。その堪らない、泣き出しそうな微笑みで答えは充分だ。一緒に行こうや、エイミー」

 スリープモード発動。現在の記憶を消去不能領域へ移動。SJ289306を新たなマスターに登録完了…シャットダ

 『…ウン』
 「なんか言ったか、エイミー? 」
 「…表皮組織等の生体部分を培養ポッドで分解中。まだ覚醒なんかして無いわ、シュトルムイェーガー」

 培養ポッドの中の培養液中に各種コードを繋がれて浮かぶのは、どこか骨格標本に似たドロイドの素体だった。
俺がエイミーを連れてきた先は、軍時代に知り合ったもぐりの『整形屋』だ。最もその時はまだ正規の『生体等
兵器整備者』だったが、ある事情により潜伏せざるを得なくなったのだ。政府高官が裏稼業に手を染め、そいつを
始末する任務の際、誰かが故意に人事情報を流したと言えば解るだろう。その標的に選ばれたのが『彼女』だった。
そして過去に俺は証人保護プログラムに従い、上層部よりこの街での護衛及び潜伏補助任務を命ぜられたのだ。

 「またか。俺はもうシュトルムイェーガーじゃ無い。…除隊したんだ」
 「名前が無いから仕方無いじゃない。…SJ289306Mなんていちいち呼んでられる程ヒマじゃないの」
 「好きにしてくれ。綽名には慣れてる」

 SJ289306M。SJは兵科、Sturm Jager。突撃猟兵の事だ。たった一人で作戦行動する場合が非常に多い兵科だった。
その任務に就くために訓練された289306番目のM。性別Male、男性が俺の事だ。生まれたのが軍の施設で、名前は
最初から無かった。任務の性格や、遂行上で必要ならその時に色々与えられた。今は付与されていない。だから、
SJ289306Mだ。名前が無いならジョン・ドーやジョン・スミスでも良かったのだが、面倒臭かったし第一、似合わん。
俺の外見はモンゴロイド、黄色人種の一種の「ニホン系」だった。黒髪、黄色味を帯びた肌、黒瞳でそれを名乗ったら
最後、偽名扱いされて終わりだった。そして「ニホン系」の周辺は出自に五月蠅い。結局どう見ても怪しまれるのだ。 

 「この子を拾って来たって言ったわね…イェーガー? どこからなの? 」
 「チャックとでも呼ぶかい、次は? 」
 「ふざけないで。これ、骨格から見てかなりの高級品よ? 絶対こんな街に流れてくる素体じゃない」

 俺はポッドに眼を向けた。…そうだ。骨格の色からして機械染みて無い。白骨死体で良く見た奇麗なボーンホワイトだ。
培養ポッドの小型モニターに表示されてあるエイミーの元の顔を見る。頭蓋骨の部分のパーツは解剖学上、完璧にこの顔を
再現出来るモデリングを誇っている。大方出回ってるドロイドモデルだと『中身は全部一緒』で『外側だけカスタム』だ。
確かセクサロイドとか言ってたな、あのジャンクヤードのオヤジ…。

 「拾って来た所がモグリのジャンクヤードだしな。シリアルナンバーも名前も記憶から抹消されてた」
 「ならなんでエイミーなんて呼んでるの? 」
 「残ってる映像記憶から類推させた。音声記憶は無いそうだから、記録にある誰かの唇から読み取ったんだろうさ」
 「…普通のドロイドはそんな器用で融通の効く真似、金輪際出来ないって貴方、知ってる? 」
 「そうなのか? 」
 「…気が変わった。組織の再生料金は要らないから、しばらくこの子を調べさせて。お願い…SJ289306M」
 
 『本名』を呼ばれ、反射的に俺は『彼女』に挙手の敬礼をしてしまう。…身に付いた悪い癖だ。一生直らないかも知れない。
実は生体組織再生用にUSダラーで結構な金を地下銀行にて『現金』で用意していたので、丸々それが「浮いた」形になった。
俺はツイているに違いない。だが、しばらくと『彼女』が言ったのに引っ掛かる。元々急ぎの仕事では無いが俺の気分が悪い。
収まりが付かない。何分エイミーも表皮組織や筋組織を剥がれたまま放って置かれれば気分が悪いだろう。

 「了解。で、どれくらい掛かります? 『マエストロ』? 」
 「そうね、早くて6時間、掛かって3日」
 「3日コースでお願いします。徹底的に『洗った』方が何かと後腐れが無い」
 「アリガト。久し振りに現役時代の自分の綽名を聞いたわ」

 『彼女』も人為的な証人保護プログラムにより『本名と過去』を失った一人だ。同じ境遇のエイミーに酷い真似はしないだろう。
俺は出掛けに冗談でエイミーの入った培養ポッドに手を触れ、「3日間、このままで我慢してくれ」とおどけて報告すると、
なんと骨格標本が了解したとばかり右手を上げ、ポッドに当てた俺の手に重ねた。『マエストロ』が目を見張り、俺を見る。
俺は肩を竦めて向き直り、彼女に言った。

 「この通り、同意は得ました。エイミーをしばらく頼みます。じゃ無くて…頼む」

 即座に『マエストロ』が血相を変えて培養ポッドに走ってくる。…もしかしたらとんでもない『お宝』を俺は拾って来たかも知れなかった。

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