片手に持った携帯端末からは聞き慣れた女性の声がしていた。相手は『マエストロ』だ。声で解るが、今は律儀に端末に答えている状況では無い。

 『イェーガー? 聞いてるの? イェーガー! 』
 「悪いが今取り込み中でな! っとお! …今済んだ」

 俺の携帯端末は相手の画像もアドレスも表示しない。向こうで非通知設定を行っているのだろう。顔や正体は知っているので全く問題無い。
有るとしたら俺の方に問題が有る。例のジャンクヤードのオヤジに話を聞こうとして事務所に入ったら、身体には下顎しか付いてなかった。
エイミーの来歴ぐらいは聞き出せると思ったら、これだ。この街では殺人など日常茶飯事なのだと言う事実は、以前の任務から学習済みだ。
しかし、その殺し方が尋常では無かった。こんなに奇麗な切り口で、飛び散った血液も洗浄済みと言う現場など、なかなかお目にはかかれない。
第三者に対する警告も兼ねて、死体をわざと残して置いたに違いない。現場を後にし、用心して奥のジャンクヤードに侵入すると…襲撃が来た。
だが相手に取って不幸だったのは…わざわざ超微細震動ナイフでの格闘をこの俺に挑んで来た事だ。で、俺は今襲撃者を取り押さえ腹の上に居る。

 「いい腕だが、少し相手が悪かったな? どこの出身だ? 」
 「言うものか! 」
 「ま、普通そうだな。俺が解るのはお前がUS政府機関で訓練されて少し場数を踏んでる、ぐらいだよ」
 「ぐ…! 」
 「動きから見て戦闘用ドロイド。素体はGM・Mk-11F。静音性に優れたモデルだが、まだ動きが堅いな」
 「…!? 」

 全く、どこのどいつだ? こんな格闘素人を差し向ける馬鹿は? ロクな実戦経験が無いのが丸解りだ。蹴り技主体の攻撃を許すタコ助など
居るかよ? 少し気の利いた経験者ならば絶対にそんな馬鹿はさせない。従って軍関係では無い。残るはUS系の情報機関だ。あそこには趣味的な
ナードが多い。襲撃者のバラグラバ、覆面帽を剥いでやるとやっぱり…女性型だ。シンセサイザーで男の声を出していても、厳つい装備越しでも
動作で解る。俺はドロイドの超微細震動ナイフを持った右腕関節を保持したまま、ドロイドの首に持って来てそのまま押し込む。ズッパリ入った。
ねっとりとした白い、乳化フロロカーボンの組織液が派出に飛び散ってくれた。…機密保持のために突然自爆なんぞされたりしたら、俺が危ない。
キツめの顔をしているこの女性型ドロイドの顔にも一部、組織液は飛び散っている。以前に部下に見せられた『ブッカケもの』のポルノを思い出す。

 『イェーガー、…解析装置を用意して置くわ。すぐに戻って』
 「あいよ『マエストロ』。それと素体の首から下も回収するか? …USの新型素体、興味あるだろ? 」
 『知らないと思うけれどMk-11Fの基本設計は私が現役の時に提出したのよ。…どうUSとGMの奴等が量産化で改悪したか見て見たいわ。頼める? 』
 「了解。帰還します『元』技術少佐殿」

 俺はおどけて敬礼した後、端末の通信回線をOFFにした。それから負けた悔しさと将来の不安が無い混ぜになった表情のドロイドに微笑んでみせる。
人のカタチをして自分の自由意志を持つものは、すべからく人間だ。それが、俺を今、俺たらしめている主義だ。ドロイドだからと言って酷い扱いは
しない。ドロイドだからと言って道具扱いもしない。自分が『名前も付けられない国家の道具』のような扱いをされたから、他にもすると言うのでは
救いが永久に来ない。だったらこの俺で終わらせてやればいい。超微細震動ナイフをドロイドの胴体に装備されていたスキャバード(鞘)に格納する。
聴覚が鋭敏な人間の耳でやっと捉えられる、高周波の唸(うな)りがやっと収まった。…これがただのナイフならば俺は完全な奇襲に遇っていただろう。
運が良いのも実力のうちに違いない。いや、きっとエイミーを拾った事と、培養ポッドに入れる前にバスルームで洗ってやった功徳が効いているのだ。
情けは人の為ならず、自分に因果か還るもの、だ。俺の国の古い俚諺だ。俺はスラックスのポケットからハンカチーフを取り出した。

 ドロイドの目のあたりにベッタリと付いて、視界を塞ぐ組織液を奇麗に拭(ぬぐ)ってやる。…人間にしたらもう死んでる状態だが、ドロイドは違う。
内蔵電源が持つ限りは『生きている』のだ。俺の行為が余程不思議だったのだろう。ドロイドが目を見開いて『驚いている』。…第三世代以降の
戦闘用ドロイドには感情が『わざと』付与されている。…ある国家のイカレポンチが発案し、『非公式』の実戦データによって『かなりの有用性』が
証明されたおかげだ。そのドロイドの各種データは絶対に外部に『漏れない』筈だった。絶対に絶対に絶対に、『情報』は漏れない筈だったのだ…! 
そいつが見事に裏切られた俺は、この世の中に『絶対』など無いのだと改めて思い知らされたのだ。…その後に他にも色々裏切られ、俺は今この街に居る。

 『どうして、こんな無駄な事をする? 』
 「誰だって気持ち悪いのは嫌だろう? まだオマエは『生きてる』。それが理由だ」
 『…自爆するかも、知れんぞ? …頭だけの惨めな姿に為ったとは言え、舐められたくは無い! 』
 「嘘だな。運動中枢をサーチして見ろ。最初の延髄への一撃で無線機構は確実に破壊した」
 『残る有線機構はこの通り切断した、か。なるほど、貴様は素人では無いな…何者だ? 」

 質問に応える必要や義務など俺には全く無い。だが、このドロイドをこんな目に合わせて黙っていられる程、擦れてもいない。だから…俺は…

 「元、突撃猟兵。…Ex(エクス:元)-Sturm Jagerだ。…貴官は立派に戦った。誇って良い」
 『…有難う。生身の人間の男風情に自分が負けたと卑下せずに済む。…Exとは言えSturm Jager…生まれて始めて見た…』

 途端に憧憬に表情が柔らかくなるドロイドの様子に、『彼女』が『余計な軍事知識』を持っている事を確信する。同盟国とは言え、他国の編成や
部隊の評価はドロイドにしては『無駄』そのものだ。差し向けた人間の偏った趣味の影響だろう。たった1機、1人で戦場を駆ける、残酷な猟犬。
群れる事無く敵の背後に静かに橋頭堡を創り上げ、背後から致命的な一突きを冷酷に下す司令部の刃。誇り高き独立を今だ保つ国家の栄光の陰に
万余の突撃猟兵の屍在り。突撃猟兵は生きて軍を出る事無し。等のヒロイックかつロマンティックに彩られたキャッチコピーのその実体は、厳重に
秘匿されている。俺は胸の奥に拡がる苦い思いを隠してドロイドの身体を抱き上げ、左肩に担ぐ。切断面では組織液が繊維状に凝固し、無駄に流れ
落ちることは無い。それからドロイドの首を両手でそっと、持ち上げる。

 『な、なぁ? あの格闘術、突撃猟兵の特殊形か? 今リピートしたら動きが溜息が出るほど流れるように奇麗で…』
 「守秘義務って知ってるか? 俺んトコは三年は黙ってろって事に為ってるんだよ」
 『そうかぁ! やっぱりそうなんだぁ! で、対ドロイドと対人間って、やっぱり同じなのか? 』
 「…ちったぁ黙ってろ。俺の方から質問だ。展開してるのはオマエ1人なわけ無いよな? 」
 『定時報告が無い場合、あと1人動く事に為ってる。喋ったから私の質問に応えろ! 』 
 「オマエ本当に戦闘用か? 仲間を売ってるって自覚無いのか? 」 
 『無い。だから応えろ』
 「わかったよ。そうだ。突撃猟兵は差別せん。敵は可及的速やかに無能力化せよ、だ。で? 」
 『その1人が人間の男なんだが、いけ好かない奴なんだ。いくら私がドロイドだからってっ…』
 「…ああ、解った。もう喋るな。思い出したくも無いだろうからそのへんでもう止めとけ、な? 」 
 『貴様が私の上司なら…本当に…良かったのに…』
 
 悔しげに唇を噛むドロイドの髪を撫でてやる。軍用ドロイドの命令権者に任命され、『勘違い』する奴がよく居るのだ。感情があるとは知らずに、
性欲の捌け口として扱って見て、目的のブツが『付いてない』ことに逆上してみたりするのは可愛い方だ。明確に拒否しているのに『命令』で
口で処理させて、嫌がる顔がたまらん、なんて言う外道は軍で腐るほど見てきた。マッチーズモー(筋肉至上主義)揃いなUS政府関係機関ならば
言うに及ばずだ。今も昔も人間間の信頼関係の醸成には時間が掛かるものだ。『マエストロ』の仕事をまた一つ、増やす事になった。多分料金は
お人良しの俺が払わされる事になるに違いない。しっかし…ここまで自由に喋らせるなんてただの馬鹿に違いないな? その命令権者の男は? 
『マエストロ』の隠れ家まで第二の襲撃が来ない事を祈りつつ、俺はジャンクヤードを出る事にした。