「ただいま母さん、エイミーはいい子にしてたか…い!? 」 「誰が母さんよ誰が。 次は殺るわよイェーガー! ねえ、それともそれ、プロポーズ? …本気にしていいのかしら? 」 『はいマスター! わたし、いい子にしてました! 』 2時間後、軽口と共に現われた『イェーガー』が絶句した。顔の前で掲げられた太くゴツイその2本の指の間には高周波メスが挟まれていた。 『マエストロ』が投擲したのだ。メンスは先週来たと聞いているから、かなりイライラ来る事でもあったのだろう。しっかり挟んでいなければ 右手の人差し指と中指が手首まで長くなってしまうので、そのまま投げ上げて右手でメスの柄を握り、エイミーが寝ている作業台に近づく。 「ただいまエイミー。…勿論、挨拶代わりの軽いジョークですよ『マエストロ』。…なんつーか、シュールな空間だねぇこりゃあ」 『大分ケイオティックな状況だな? まあ私も含めてシュールなのは認めるがね。…この通り、女の生首と骸骨が喋るのだからな』 「ああ、回収してきたのね? 彼女がMk-11F、と。…そこの整備ベッドに寝かせて。少し休んだら性能諸元や構造図を『吸い出す』わ」 素体のエイミーが仰臥したままの整備ベッドに片手をつき、眼球保護のゴーグルを外した『マエストロ』が、疲れたのかしきりに目蓋を揉みながら 『イェーガー』から直接、高周波メスを受け取ろうと片手を差し出す。『イェーガー』は小器用にメスを手の中で回転させ、メスの柄を差し出した。 生首に為った戦闘用ドロイド『Mk−11F』がそれを見て高い音色の口笛を軽く吹いた。『イェーガー』が刃物の扱いにかなり慣れている事を賞賛したのだ。 「何か解ったかい? エイミーの事は? 」 「ええ。…素体の性能諸元や構造図、マニュアルはエイミーの協力で『消去不能記憶領域』から『吸い出せた』わ」 「…なんだぁそりゃぁ? 普通のドロイドは…」 『無いだろうなそんな上等なものは。…私の受けたブリーフィングを聞きたいか? 聞きたいだろう? なあ? 勿論、タダでは無いがな! 』 「どうする『マエストロ』? こんな事言ってるが? 」 「…交換条件を聞いてみて。出来ないようだったら記憶を吸い出してコード化(暗号)されてるのをデコード(翻訳)化すればいいだけだから」 『マエストロ』のどうでもいいわ、と暗に示唆している口調に『Mk−11F』は不満そうに唇を尖らせる。…性格的にカスタマイズされてるな、コイツは。 ふとそこで、『Mk−11F』の名を聞いて無かった事を思い出した。実質こうして捕虜にしたのだから、所属や認識番号とともに尋問するのが礼儀だった。 「そう言やぁ、オマエ、名前は? まだ所属も聞いて無かったな? 認識番号もあれば聞くぞ? 済まないが今の今まで忘れていたんだ」 『…突撃猟兵は捕虜を取らない主義だと聞いている。貴様が気にする事は無いさ。所属と認番は話せない。名は…今回の任務のものでいいのか? 』 「いや、自分の一番、気に入った奴でいい。いつまでもオマエ呼ばわりは嫌だろう? 」 『…わりと先刻の…その…一度だけの『貴官』呼ばわりの方が好きだな…。出来ればそっちの方が嬉し…そこの骸骨と女、何が可笑(おか)しい!? 』 エイミーと『マエストロ』が声を出して笑っていた。部外者に取って見れば漫才を演じるが如くに聞こえるだろう。だが、当の本人達は己の常識の範疇で 話しているに過ぎない。作戦行動ごとで名前がコロコロ変わり、個体ユニットナンバーが編成ごとに変わる状況など、実戦を経験しなければ金輪際解るまい。 それを言わないのが『イェーガー』の変な優しさでもあり、隠れた美徳でもあった。『イェーガー』が厳つい肩を竦(すく)め、両掌を上に向け天を仰いだ。 その滑稽な仕草を見た『Mk−11F』も、最初はやや拗(す)ねた顔をしていたが、釣られて声を出して笑ってしまう。ひとしきり4人の笑い声が響いた後、 『Mk−11F』がポツリと、照れながら小さな声で言った。 『キティ・アレン…』 「なんだって子猫ちゃん、よく聴こえなかった」 『キティ・アレンだっ! これで聴こえたろう! この冷血漢! 』 『ええと、キティさん、でしたよね? マスターは本当は解ってて聞いてる意地悪さんなんですよ? 』 『なんだと骸骨…どう言う意味だっ! 』 途端に血相を変えて喚く自称『キティ・アレン』に、『マエストロ』はパンパン両手を叩いて黙らせ、どこか女教師めいた、諭すような口調で話しかける。 「はいはい、アレン? 子猫ちゃんって貴女のお国だと何て言うの? はい、リピート」 『…っ! …糞、いつか殺してやる! 絶対絶対絶対、殺してやるッ! 覚えてろこの! 聞いてるのかおい! 』 『あのぉ…そんなニヤニヤを隠せない顔して怖い事言ってても、全然怖そうに見えませんよぉ? …キティさん? 』 『だ、黙れ骸骨ッ! そこの女も笑うなっ! 特に貴様ァ! 絶対にこの私を愚弄した事は許さんからなっ!』 『イェーガー』は『マエストロ』に微笑んで見せる。突撃猟兵を擁した部隊が何故戦場で群を抜く強さを誇るのか、『マエストロ』には解った気がした。 『マエストロ』の抱いていた緊張感や重圧が、この一連の出来事でいつの間にか雲散霧消していたのだ。要は場の緊張感を適度に殺す方法がとても巧いのだ。 『イェーガー』の邪気の無い頬笑みが、逆に『マエストロ』には痛々しく感じる。こんなにも優しい彼が敵を殺す時、彼はどんな顔をして手を下すのだろうか、と。 真顔に戻った『イェーガー』は、気色ばむ『キティ』に向き直った。文句の一つでも言ってやろうとした『キティ』はその真面目な雰囲気に呑まれてしまう。 「で、キティ? 何が望みだ? 交換条件って言っただろ? 」 『突撃猟兵の格闘術を見たい。…出来れば…その…手合わせも…出来たら…なぁって…』 「…んで国に帰ってお仲間に広める、と」 『そんな事はしない! …したくても、もう出来ない…! 任務を失敗したから…』 「解体、か。済まんな。…嫌な事を言わせた。この通りだ」 『マスター、キティさん、どうするんです? 』 即座に『イェーガー』は『マエストロ』を困った顔をして見ていた。なんとかしてくれ、の意を込めたアイコンタクトだ。たまにはたくましい男に縋(すが)られるのも 悪くは無い気分に『マエストロ』はさせられてしまう。以前に任務で始めて会った時に比べ、なんと表情豊かな面を見せてくれる事だろうか。いや、全然悪くない。 「…行き場が無いなら私の護衛として雇ってあげてもいいわ。…修理費用はどこかの親切な元シュトルムイェーガーさんが出してくれる事が前提だけど? 」 『ほ、本当に良いのかそんな好条件で!? 私は捕虜なんだぞ、捕虜! 』 「仕方ねェ、それで手ぇ打とうか。それなら守秘義務もクリアだ。大恩ある『マエストロ』の護衛が弱くちゃ話にならねぇ」 『マスター、偽悪ぶるのはいいんですけど…べらんめぇが全然、板についてませんよ? 知ってます? 』 エイミーの台詞が止めを刺した。殺風景な『マエストロ』の広い仕事場に、また4者4様の笑い声が響き渡る。『イェーガー』は思う。こんな時を過ごすのも悪くは無い、と。