『おはようございます旦那様、コーヒーをお持ちしました』 

 『あなたの生活をサポートする最新テクノロジー、アサカタイプ2557コハル。
  三原則と倫理回路によって、本当にあなたを慕うAI。 
  我々が造るのは、未来です。』 

アサカ社のCM。 
立体テレビのホログラムに映るのは、愛くるしい笑顔で会釈するメイドロボ。
その下にはURLと『特殊仕様へのカスタマイズは別途料金がかかります』の注意書き。 
アサカ社の新製品は男達の夜の欲求を満たし得る最高傑作と謳われ、現に売り上げ台数は
既存製品を遥かに超えていた。 
だが、俺には…

 「コーヒーできたぞ、飲みやがれ」 

電気炊飯器が…じゃなくて、電気炊飯器の如き形状のメイドロイドが、声だけは萌える女
子の声でモーニングコーヒーを運んでくる。
キュラキュラ…ウィーン…と、武骨なロボットアームとキャタピラが冒涜的に蠢き、冷たい機械音を
立てる。

 「飲んだらさっさと会社に行け、弁当は作ってある」
 「…」 
 「?…なんだ主人、いい加減私をメンテナンスに持っていく気になったか?」 

俺の溜息等意に関さない、旧型メイドロイド、アサカタイプ1005チエ。 
そう、俺には彼女がいる…
だから…………
新品を買うだけの経済的余裕がない! 

これでも彼女…チエは、買った当初はもう少し媚びた台詞をはいてくれた物だ 
『ご主人様、朝食のお時間です』だとか、
『行ってらっしゃいませご主人様』みたいにだ。
形状はどうあれ、有名声優が入れた声で慕われるのは悪くなかった。
しかし、アサカ社の定期有料メンテナンスを怠った彼女のAIは、今や人間との生活に伴
う不条理と三原則との矛盾によって生じたカオスに陥り、劣化し放題、荒れ放題。
家事をしてくれるだけマシだが、俺を見下し、蔑み、汚い言葉で罵る事さえある。 

 「何をしている主人、さっさと着替えて仕事に行け。 
  そして、その蟲の湧いた脳みそに少しでも私を労う気があるなら、風俗に回す分の少
  しを裂いて天然オイルとウイルス駆逐ソフトの最新verを買ってこい」 

 『うぃーーーん、ズゴゴゴチュインチュイン!!』
チエは非ヒューマノイド型のボディから最長30m伸びるロボットアーム4本と、本体下に備
えられた強力な吸気機で部屋掃除と食器洗いと洗濯と植木の世話を始めた。
もちろん、全て“同時に”だ。
 
萌えない、はっきり言って萌えない。
PCや携帯が半年で型落ちするのはよくある事だが、これでは詐欺だ。


 「おはようサエキさん」 

虚しい気分で玄関を出た俺に、ムカつく笑顔で声をかけてきたのは、お隣りに住む老人、
『タナカさん』だ。 

 「おはようタナカさん」 
 「ほれコハル、お隣りに挨拶せんか」 
 「コハル?」 

聞き覚えのある名前を呼ばれ、オドオドしながらタナカ宅の玄関から現れたのは、例の新
製品『タイプ2557コハル』だ。 
このエロジジィ、昨夜は何か運び込んでると思ったらそういう事か。 
成る程こいつが新製品、生で見ればその違いがわかる程萌え所を押さえている。
外見はまるきり人間そっくりで可愛らしく、少し潤んだ瞳と濡れた厚ぼったい唇がなんと
もそそる。
尻まで伸ばしたストレートロングの黒髪は艶めかしく、出るところは膨らみ、引っ込むと
ころは引き締まったプロポーションも実に煽情的だ。
まぁエロ人形だしな!


 「は、はじめまして…よろしくお願いします!」 

舌ッ足らずの処もまたイイ。
あぁ…家の炊飯器も、こんくらいエロカワイイ激マブメイドロボだったらなぁ。

 「婆さんの遺産で買うたんじゃよウシシ」 

うるせー自慢すんなジジィ殺すぞ。


 「お隣さん、コハル買ったそうだ」 
仕事から帰ってさっそくチエに話してみた。 
チエは携帯電話の充電スタンドを、まんま巨大化したような充電器でチャージ中で、その
様は便器に饅頭が座ってるようにしか見えない。

 「…アサカの新商品か、モーニングコーヒーからオマ○コまで何でもするセクサロイド
  だろう?」 

有名声優の超萌えボイスで身も蓋もない台詞を吐く冒涜的フォルムの炊飯…もといメイド
ロボは、4本あるロボットアームを伸ばし、器用に俺の背広をハンガーにかける。

 「私だってオプションの人工性器つければ、掃除洗濯食器洗い植木の世話とオ○ンコ全
  部同時に世話してやる」 

電気炊飯器に突っ込む自分を想像し、それだけは簡便してほしいと思った。

 「が、貴様にそんな甲斐性があるなら、まず私をメンテナンスに連れて行け。そうすれ
  ば喋り方くらいは矯正できるだろう『ごしゅじんさまぁ〜』ってな」 

三原則の第三条『自身と自己の維持』によって、全てのAIは定期的なメンテナンスを望む
よう“傾向付け”られている。
しかし第三条には『第一条及び第二条に反しない限り』という制約が着いているため、ロ
ボットがいくら望もうとも、有料サービスである定期メンテナンスは、主人の許可がなけ
れば受けられない。
彼女がこんな偏屈になってしまったのは、きっとそのジレンマのせいだろう。
AIの定期メンテナンス月額4万円という額は、今の俺の収入からすると少々痛手となる、何
故なら…

 「で、主人…貴様の帰りが遅くなった理由、まだ聞いてなかったな」 

テーブルの上に用意された夕食に手をつけようとした矢先、非常に触れられたくないポイ
ントをクリティカルに貫かれた。

 「言い訳は無用だ主人、さっき貴様の背広のポケットをスキャンした、8cm大の硬紙が
  入っている」 
 「あれはお得意先の…」 

キュゥィーーン… 
俺の言葉は彼女のアームの先でモーター音と共に高速回転する紫色の名刺によって遮られ
た。

 「『ソープランドあわあわ エリー』ご丁寧にアドレスと電話番号まで直筆で書かれて
  いるな、コレが貴様のお得意様か?」 
 「本当に申し訳ありませんでした」 

何で炊飯器に謝ってんだ俺。
いや、有名声優の超(ryで感情の起伏なく説教食らうと本当怖い。
しかも彼女の場合ツンデレとかクーデレとかじゃなくてだな。

 「いいか良く聞け肉団子、私はロボットである以上、貴様の生命を維持する事を最優先
  させなければならない、それが私の存在理由だからだ。
  しかし肝心の貴様に“その気がなければ”どうだ?
  自殺願望のある主人を“拘束して手足をもいだアンドロイド”の話は知っているな?
  我々の三原則と倫理回路はその帰結を可能としているんだ。
  私にそれをやって欲しいのか?どこぞのフィリピン女につぎ込んで身を崩し、野垂れ
  死にしないよう、“貴様の行動を制限して”欲しいか?んん?」 

チエのアームの先にはいつの間にか、材木切断用の丸ノコが唸っていた。
俺は泣きそうな顔で首を左右にぶんぶん振る。
すると彼女は丸ノコをしまい、代わりに卵焼きに着ける醤油の瓶を俺に手渡した(余談だが
彼女の作る卵焼きは最高だ) 。

 「そうか、正直私はやる方の答えを期待していたんだがな」 

正直三滴ちびった、恐妻家じゃなくて凶妻家。
お隣今ごろコハルとズコバコやってんだろうなエロジジィまじ死ね。
そんな俺の心境を悟ったか、チエは本体から小型集音器(元々チエは災害救助ロボットを改
造したものらしく、屋材の下敷きになった人間を救出する為にこの手のオプションが残っ
ている)を取りだし 
それを壁に当ててお隣の夜の営みを大音量で再生した。

 『ごひゅひんはまらめっ!あっ!あはぁぁっ!』 
 『ほっはっほっ!なんとこの、ミミズ千匹じゃぁあ!』 
 『あぁぁっ!いふ、いっひゃいまひゅぅ!』 
 『イッてしまうが良いぞコハルよ、ワシの愚息で昇天いたせぇい!』 
 『終わったらしっかり洗浄してくださいましね』 
 『え?あ、はい…』 

もうなんかイヤになった、寝る。
後エロジジィ死ね。

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