家に帰ってすぐ、チエは自己診断プログラムでバグチェックを開始した。 
しかし、彼女の自己診断プログラムは旧式で万全とは言えず、チエは何度も何度も診断を
繰り返し、まるで眠ったように沈黙し続けた。 
たかが『知的好奇心』されど『知的好奇心』、効率を重視する機械が吐くにしては気が利
きすぎているとは思うが、AI自身にとってどれほど危険な言葉なのか、人間の俺には想像
もつかない。 
ただ何となく、時折怯えたように振動音を発し、何度もチェックを繰り返す彼女の姿は、
気の毒な気もしないでもなかった。 
俺には何も言える事はないだろうが、明日は彼女の言った通りメンテナンスに行かせよう
と思う。今夜はもう寝る事にした。 

深夜2時頃だろうか。 
妙な寝苦しさに朦朧とした意識が戻ってきた。 
腹部に感じる異常な圧迫感。タナカ宅に(そう言えばコハルのメモリーを消去するのを忘れ
ていた、何て言い訳しようか)不法侵入する直前に見ていた怪奇番組のせいで、自分の上に
生首が乗っているような妄想に取りつけれてしまう。 
何を隠そう俺は超ビビリだ、目を空けて確認したくても恐ろしくてできない。 
それに何なのだろうこの重さ、生首よりも遥かに重い、まるで電気炊… 

 「起きろ主人」 
 「ひゃぁああああ!?」 

正直生首よりこっちの方がおっかない。チエは俺の腹の上で赤のLEDを点滅させながら、
じっと見つめていた。 

 「なにやってんだよぉおおお!」 
 「みっともない声を出すな、私の質問に答えろ」 

チエの言葉は真剣そのものだった(悪ふざけする事があるのかどうかは突っ込まないで欲し
い)。それもどこか弱弱しい。 
買ってもう1年近くなるが、こんな彼女を見るのは初めてだ。 
やはり明日、メンテナンスに… 

 「…私は故障しているのか?」
 「……」
 「自己診断プログラムを217回繰り返したが異常は見つからなかった、しかし1世代前の
  代物だから信頼できない」 
 「明日メンテナンスに行けよ、俺の許可があれば自分で行けるだろ」

ロボット三原則第3条『人間の生命と権利を脅かさない範囲内で自らの存在を保持せよ』
だったか。 
彼らもまた、自分達が変わってしまう…故障してしまうのが恐ろしいのかもしれない。 
元はと言えば俺がメンテ料を渋ったのが原因だ、責任を感じてないかと言えば… 

 「元はと言えば貴様のせいだ肉団子、貴様がどこぞのフィリピン女に金をつぎ込まなけ
  ればこんな事にはならなかった」 

うるせぇ余計なお世話だ。 

 「明日も仕事なんだ、もう寝かせろ」 
 「分かった…」 

チエのキャタピラが俺の上を這う気色悪い感触の後、ベッドの下からまた彼女の声が俺を
呼んだ。 

 「私は“私”か?…それとも、単なるバグか?」

何を機械の分際で哲学かぶれなセリフ吐いてんだか。 

 「バグだろうが正常だろうが、お前はいつも通りだよ」
 「そうか…休め主人」 

嫌味のつもりで言ったつもりなんだが…
畜生かわいくねぇ。 


翌朝チエのモーニングコーヒーは無く、俺は久しぶりに目覚まし時計の悲鳴で目を覚ました。 
チエのヤツもう行ったのか。 
最悪の気分でベッドから這い出し、恐らくは朝食が用意されているであろう、テーブルに
向かう、が… 

 「のわぁ!?」 

ベッドの足元で転がっている炊飯器に小指を打ち付け、俺は片足でケンケンしながら唸った。 
畜生すっかり目が覚めたぞ。 
チエのヤツはそこでウンともスンとも言わかった。 
良く見れば彼女の残り電力量を示すメーターは0.5%を切り、赤い警告灯が弱弱しく点滅し
ている。 
慌てて30kg以上ある彼女を充電器まで運び、子供を便座に座らせる要領でセットした。 
運動不足の身体が恨めしい。 

 「……『省電力モード解除、再起動後異常が見られた場合は本社サービスにご連r』
  なんだ主人か」 
 「なんだじゃねぇよ何してんだよ」
 「一晩ずっと思考していたらバッテリーが落ちてしまってな」 
 「何言ってんだお前、自殺でもする気だったのか」 

ロボットは自殺をしない。 
人間の命に関わるか、人間に命令されない限り自殺(自壊)しないよう第3条で定義されて
いる。 
つまりは彼女がこんな行動に出たからには、俺に問題があるという事なのだろう。

 「貴様の生命を保護する事が最優先される、故障の可能性が完全に否定できない現状で
  は、不本意ながらその選択も範囲内だ」

俺を傷つける可能性を無くす為に自滅しそうになっただと?
可愛くないが、こいつはこいつでロボットとして必死なんだな。 
チエは各部システムをチェックするよう、アームやキャタピラの動作を確認しながら続けた。 

 「か、勘違いしないでくださいよ!?私、ただシステムに忠実なだけ、なんですから!
  …確か『ツンデレ』とか言うんだったな」 
 「さっさとメンテナンス行けよおぉぉぉぉお!」 

朝飯、自分で作らなきゃな… 

 『昨夜7時頃、○○県××市の△歯科医院で、治療中の78才の男性が意識不明に陥り、
  同市総合病院に搬送されました』 

忙しさのあまり俺は今朝のニュースを聞き流していたが、まさかタナカのジジィが昨夜か
ら帰っていなかったとは… 

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