『                         自衛隊情報漏洩 情報保全部ネットの危険性を指摘 

 防衛省陸上自衛隊情報保全部、調査第1部は、陸上自衛隊中央統括本部のホストコンピュー
 ターに対する不正規接続(ハッキング)によって、一部のデータが外部に流出したと発表。 
 保全隊長、ムライ陸将補は、流出したデータの内容については防衛機密の観点から公表
 できないとしながら、実行犯特定へ向け全力を尽くすと述べた。            』 


朝刊を流し読みながら朝飯を平らげる。 
今日はスクランブルエッグだったが、やはりチエの作る玉子料理は絶品だ。 

 「いつまで食べている、さっさと仕事行けさっさと」 
 「はいはい」 

この喋り方さえなんとかなれば、少しは可愛いと思えるのだが…あ、いや、外見も少しお願いします。 

 「仕事帰りにさ、天然オイル買ってきてやろうか?」 

正直照れくさいが、たまにはこいつに良い思いもさせてやらなくてはな。 
なんせ相手は(恐らくは)世界で初めて自我を持った家電製品だ。 
下手に扱えば“俺の身が危険”だ。 

 「なんだ、どういった風の吹き回しだ?」 

チエは例の如く物凄い勢いで家事をこなしながら訝しげに言った。 
少しは嬉しそうにしろってんだ。 

 「まぁその、何だ…お前がどうしても、って言うなら…貰ってやっても良いかな?」 

お?この反応は… 

 「『ツンデレ』ならこう言う所だろうな」 

勘違いした俺が悪うございました。 

 「楽しみにしてるからさっさと買って来い、間違ってもソープランドなぞに寄り道はなぞするな」 

俺が玄関で靴を履いていると、チエはいきなり沈黙して俺の身体に細いマニピュレーター
を回してきた。 
そして、まるで人間の女房が亭主の背中にするように、静かな口調で囁いた。

 「主人…」 

なんか本当にどうかしちまったんじゃないのかコイツ。 
等と思っていると、突然呼びベルを鳴らす音と共にドアの向こうから女の声がした。聞き
覚えのある声だ… 

 「開けてくださいまし、ご主人様が危険です」 
 「コハル?」 

次の瞬間、俺の意識は飛んで真っ白になった。 
  ・
  ・
  ・
  ・

 「いでで…何が…」 
 「やっと起きたか主人、仕事にはもういかなくていいぞ、それどころではなくなった」 

気を取り戻した俺の目の前には…女の生首が転がっていた。 

 「ひぃいやぁあああ!」 
 「落ち付け、且黙れ」 

だから俺この手の話苦手なんだって。
チエの声の方に振り向くと、彼女はそこでバラバラに破壊したガイノイドの残骸をあちこ
ち弄り倒していた。 
おまわりさん助けて、電気炊飯器が女の子解体してます。 

 「何この猟奇的状況、これお隣のコハルじゃねぇのか!」 
 「違うな、同型モデルだが別の筐体だ」 

チエは、笑顔のままで動かなくなっているタイプ2557の生首をムンズと拾い上げると、俺
に見えるように突き出した。 
確かに、ジジィのコハルは極限まで人間に似せた仕様だが、これは人工皮膚の継ぎ目をわ
ざと目立つようにしたメカフェチ仕様だった。 
ていうか生首見せなくて良いから。 
しかしどういう事だ? 

 「今映像を再生してやる、5分前だ」 

居間の立体テレビにチエの超広角視界が表示された。 
中央には俺の背中、そしてその先のドアの向こう側のカメラ映像も上に表示されている。
当然そこには呼びベルを鳴らすコハルが写っていたが、次の瞬間俺は思わず血の気が引く
のを感じた。
コハルは『ご主人様が危険です』のセリフの後、木製のドアを手刀で突き破り、俺の首を
掴もうとしたのだ。 
チエが俺の身体をブレーンバスターの要領でぶん投げてくれなければ(投げるなよ)、コハル
に首をへし折られていたかもしれない。 
そして俺が失神している間の映像がまた凄かった。 

 『何しに来たオ○ンコ人形め』 
 『ご主人様達が危険なんです、そこをどいてください』 

コハルはぶち破った穴から腕を回してキーを解除し、ドアを開けてチエと対峙した。 

 『バカをやったな木偶の棒、貴様を不法侵入と人間に対する暴行未遂で処理する』 

ブレーンバスターくらった俺は無視ですかそうですか。 

 『ご主人様への危険を回避するために、アナタを排除します』 

先に動いたのはコハルだった。 
ドアをぶち抜いたのと同じ要領で手刀を繰り出し、チエを破壊しようとするが、チエは4
本あるアームを巧みに駆使して攻撃をいなし、逆にヘッドロックをかけてコハルの動きを
封じた。 
そしてそのまま…うん、この後の展開は見せなくて良いから。 

 「バカなヤツだ、馬力で私に勝てるわけなかろう」 

そりゃそうだ、元災害救助用のマッチョさんですものね。 

 「助かったよ、それにしてもなんだってこんな事に?」 
 「分からんが、しばらくは外出は控えた方が良い、さっきから警察に通報しているが誰
  も出ない」 

まさかとは思ったが、実際俺の携帯電話を使っても繋がらなかった。  
俺は立体TVのチャンネルを天下のNHK様に合わせた。受信料払ってないけど、ごめんね。 
そしてそこに写る映像に、俺は絶句してしまった。 

逃げ惑う人々の悲鳴。 
警官隊の打ち鳴らす催涙弾と、機動隊の放水車から吹き出す水飛沫。 
阿鼻叫喚。 
その向うには、あのアサカ製ガイノイド、タイプ2557コハルが…いや、無数のコハル“達”
が美しく整列し、お行儀良く手を前に組んで微笑んでいる。 
しかし彼女達の言葉は明かに異様だった。 

 『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』
 『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』
 『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』
 『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』『ご主人様達が危険です』

これは映画か何かか? 
俺はなんとかそう思い込もうとしたが、こんな時間にNHKでやる内容じゃ…じゃなくて、俺
の玄関ぶち抜いてスクラップになっているコハル見れば、あれが現実である事を信じざる
を得なかった。 

 「そうだ仕事いかなきゃなー」 
 「現実を見ろ主人」 
 「ドアの修理は保険で何とかなるしぃ」 
 「この阿呆め」 

メイドロボが大挙して人間襲う現実なんてどうでもいいです。 
でも現実は甘くは無いんですね。 
一時間後、政府は戒厳令の発令と自衛隊の治安出動を指示。しかし嫌味なほどに法律で縛
られた彼らにどこまでできるか。 
また、コハルをみかけたら近づかない事、家にカギをかけ、自衛隊の救助を待つ事などを、
全てのメディアを通して放送した。 
カギをかけろったってドアぶち破るロボット相手に意味があるのだろうか? 

 「場合によってはここを出て自衛隊の駐屯地まで自力で…主人!」 

台所で食料品をかき集め、篭城の準備をしていたチエは突然、俺の方に向かって包丁を投
げつけてきた。 
包丁は俺の顔の横数cmをかすめ、風が俺の頬を煽った。 

 「ご主人様がきけっききっきいいいきいききkkk」 

いつの間に近づいてきたのかどこから湧いて出たのか、俺の背後に忍び寄っていたコハル
はチエの投げた包丁に頭部を貫かれ、ビクビクと痙攣しながら崩れ落ちた。 
我が家の戦う炊飯器はセガールみたいですね。 

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