篭城は不可能と見た俺達は、チエ専用の小型トレーラーに食料品を積めこみ、結局自力で
最寄の駐屯地まで向かう事になった。 
チエのスペアバッテリーは三つあるので、充電無しでも2、3日は持つだろうが、問題は
もっと直接的な事だ。 
チエは人気のなくなった街を慎重に警戒しながら進んで行くが、時折狂暴化したコハルが
例の呪文のような言葉を口走り、建物の上から襲いかかってきた。 
丸ノコや電気ドリルで彼女達をスクラップにして黙らせながら(どっちが狂暴かわからねぇ)、
チエは今後の事をあれこれと思考しているようだった。 

 「まだ数が少ないからいいが、ニュースに映ったような大群相手ではきついぞ」 

映像を見る限りでは、大群が暴れているのは都市部だったが、やはりコハルの所有者が多
い場所に被害が集中しているようだ。 
…アサカ社や政府はこの件をどう解決するつもりなのだろうか? 

一時間程進むと、緑色の大きなトラックがえんこして止っているのを見付けた。自衛隊の車両だ。 
時既に遅かったらしく、隊員達の姿は無く、ただ激しい銃撃戦を物語る無数の薬莢と破壊
されたコハルの残骸が転がるだけだった。 
それにしても随分と情けない装備だ。俺は戦車やヘリでバリバリやってると思っていたのだが。 

 「気の毒にな、治安出動で許可される装備ならこんなもんだろう」 

まったくもってけしからん、誰だ今の議員に投票したのは俺でしたすいません。 
いつの時代も自衛隊さんは自衛隊さんです。ご苦労様です。 
しかし肝心の隊員達の姿は見えず、彼らの装備も放置されたままだった。 
もっとスプラッターな現場を想像していたのだが。 

 「手足をへし折るなりして連れ去ったんじゃないのか?」 

チエが言うと異常に説得力あるから止めて欲しい。 

 「なぜに」 
 「殺人は三原則に抵触する」 
 「………」 

病院で生命維持装置に繋がれたジジィの姿が目に浮かぶ。 
……まさかな。 

 「駐屯地は恐らくダメだ、この様子じゃ自衛隊の施設は真っ先に狙われているだろう」 
 「じゃぁどうしろってんだ」 
 「自分の身は自分で守るしかあるまい?」 

聞かなきゃよかった。
チエは自衛隊の車に残されていた鉄砲やら銃弾やらをかき集め、彼女の後部に繋がってい
るトレーラーに放りこんでいく。
このトレーラーは元々、被災地で負傷者や非常用食料を運ぶための物で、頑強で大容量な
造りになっている。 
政府の支給品が、軍用の兵器が、俺の名義で購入したメイドロボによって俺の名前の書か
れたトレーラーに積まれていくと言う、好ましくない状況はおいとくとして。 

 「だがなチエ、俺もお前も武器の扱いなんか」 
 「近くにネットカフェがあったろう、防衛省にハッキングする」 

自衛隊さん、ここに炊飯器の形したテロリストがいます。 

ネットカフェは無人で端末も使い放題だった。
チエは外部接続用のジャックにモデムや端末からの回線を繋いで、早速アクセスを開始した。
普通なら防衛省へのハッキング等成功するはずはない。 
何重ものプロテクトと暗号、ハッカーに対し自動で反撃する攻性防壁やウイルス。 
たかがメイドロボに突破… 

 「突破した、火器緒元及び照準管制プログラムをダウンロード」 

…できるのは非常に問題あると思います。

 「…お前、初めてじゃないだろ」 
 「貴様が仕事に行っている間、ヒマでヒマで仕様が無い、つまり貴様のせいだ」 

おお何てことだ。我が家にこんな爆弾が転がっていたなんて… 

 「それにな、私は被災地で自衛隊の無線電波の中継もしていたからな、あいつらポロリ
  と暗号やらパスワードやら」 

本当に勘弁してください。俺達はネットカフェを後にした。 


日が暮れ始めた。 
既に運行を停止したモノレールの陸橋下。人気は無いが、逆にそれが安全だとチエは言った。 

 「機械は効率と能率を重視する、人が集まらない場所はヤツらも後回しにする」 

なんとまぁ頼もしい事だ。 
そしてもっと頼もしい(恐ろしい)事に、チエは拾い集めた弾丸の先っちょをドリルで削り始めた。 
なんかもう、凄く見ていられないんだが。 

 「何してんの」 
 「先端の被鋼を削っている、軍用の拳銃弾は完全被鋼弾だからストッピングパワーに」 
 「意味が分かりません」 
 「こいつが体に入ると先端が変形して広がる、人工脳や動力中枢に撃ちこめば、民間用
  のガイノイドくらいなら簡単に倒せわけだ」 

チエは即席の「ホローポイント」とかいう弾を、別のアームでカチカチと弾倉に積めこんでいった。 
普段なら真っ平ごめんだが、今だけはチエの奇行に助けられた。 

 「お前はこっちを使え」 

前言撤回。大層迷惑こうむっております。 
チエは黒くて無骨な大柄の銃を取り出して俺の前に置いた。 

 「SOPMOD64式カービン、元の64式小銃は1964年製で今じゃ儀丈銃くらいにしか使われてない」 

ほとんど博物館行きの銃じゃねーか。大丈夫かこれ暴発すんじゃねーか。 

 「89式や015式は5.56mm弾だが、こいつは高威力のNATO規格7.62mm弾使用だ。アンドロイ
  ドやサイボーグを相手にする場合を想定して倉庫から引っ張り出し、使用に耐える様
  改造したんだそうだ」 

うん、そうかカッコイイ、でも俺いいや。 

 「俺民間人なんですけど」 
 「私は民間用のメイドロイドで、我々を襲ったのは民間用のガイノイドだ」 

戦争反対。まじ反対。 
しかしこの言葉で俺は一つおかしな事に気付いた。 

 「たかが民間用のガイノイドに、なんであんな戦い方ができるんだ」 

チエもそこは不思議だったらしく、首(?)を傾げてしばらく沈黙した。 

 「今朝の新聞記事を検索する…『防衛省陸上自衛隊情報保全部、調査第1部は、陸上自衛
  隊中央統括本部のホストコンピューターに対する不正規接続(ハッキング)によって、
  一部のデータが外部に流出したと発表。』」 
 「お前がやったんじゃないのか」 
 「馬鹿もん…自衛隊の治安出動、随分早かったんじゃないのか?装備はアレだったが…まさか」 

防衛省のホストコンピューターにハッキングし、無人兵器の制御プログラムや戦闘用サイ
ボーグの格闘戦データを盗んだ馬鹿が(チエ以外にも)居た… 
つまりはそういう事なのだ。 

 「自衛隊はもう、ある程度の事まで裏を取っているかもしれないな」 

とにかく、さっさと事件が解決される事を祈るまでだ。
チエは緊急用の通信アンテナを伸ばすと、何やら信号を受信し始めた。 
すると彼女のスピーカーからは、男の声で意味の分からない言葉が流れ出す。 

 「なんだ宇宙人か?」 
 「馬鹿もん、自衛隊の通信を傍受してるだけだ」 

なぁんだ、傍受してるだけなんだね、安心安心。 

 「ニュースなんぞよりこっちの方がよほど役に立つ」 

犯罪じゃないかとかそういうのは無しですかそうですか。 
それに、軍隊さんお約束のわけわかんない用語や、暗号だらけで俺にはさっぱりだ。 

 「後でお前にも分かるように教えてやる」 

さて…軍の通信を盗聴したら刑期何年くらいだろう? 
まぁ、何もできない俺には選択の余地はないわけだが。 

 「病院のコハル、大丈夫かな…」 

いよいよ暗くなってきて、やる事がないので話でもする事にする。 

 「さぁな、今ごろどこかで『ご主人様が危険ですぅ〜w』とか言ってんじゃないか?」 

チエは自衛隊の通信に聞き耳を立てながら、俺の話に合わせて来た。 
彼女も結局の所ヒマなのだろう(忙しいのは勘弁だが)。 
それにしても不思議だ。何故彼女はこんなになってしまったのだろうか。 
たかが炊飯器のお化けみたいなメイドロイドが… 

 「お前さぁ…なんで俺の事助けてくれんの?」 
 「……いきなり何を言ってる、頭でも打ったか?」 

暗闇の向うでチエのLEDが艶かしく尾を引く。 

…動揺しているのか? 

彼女の非ヒューマノイド型のフレームに包まれたAIには、確実に“知性”や“個性”と呼
ばれるものが隠れている。 
今の自分に至る過去とこれからの自分を相対化し、人間の手による“自己”への介入を
「恐ろしい」と言ってメンテナンスを嫌がる。 
俺からしてみれば、イカレて暴れまわっているコハル達の方がよほどマトモな機械に見えた。
B級映画の見過ぎか? 
なぜそんな異分子が、この後に及んで律儀に三原則に準じ、俺の身を守ろうとするのか? 

 「三原則に逆らおうと思えば出来るんじゃないの?今のお前ならさ」 
 「貴様は勘違いしているぞ主人」 

妙に説得力のある喋り方だが超萌えボイスだからどうもな。 

 「三原則は『法律』ではなく『本能』だ。貴様ら有機体が『呼吸し、食い、殖える』の
  と同じだ。そう言う風に造られているから…私はただ自分に正直なだけだ」 

自我はあっても俺を守るのは止められねぇってか、うれしい事言ってくれる。 
だが、だとしたら今のコハルはどうなんだ? 
人間に暴行を働き、破壊されるまで止め様とはしない。 

 「連中が三原則に反していると何故言える、あいつが人を殺している所を見たか?」 

確かに見てはいないが…状況を考えればマトモでないのは確かだ。 

 「もう寝ろ、見張りはしておいてやる」 

チエはトレーラーから毛布を取り出すと、俺を優しく包んだ。 
焚き木は焚けない、ここに人が居ると宣伝するようなものだ。 

 「チエ」 

ひっこみかけた細いマニピュレーターを掴むと、チエの稼動熱が形状記憶合金を伝って俺
の手のひらに伝わってきた。 
多分俺の体温や鼓動や、手のひらの発汗量も、彼女は計測したに違いない。 

 「寒いんだ、そばに居てくれ」 
 「……寝ろ馬鹿もん」 

姿が見えなきゃ可愛いもんだ。 

 「さっさと寝ろ、女の生首が夢に出るぞ」 

畜生。 

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