コハルの群れを振りきった俺達は、ラジオで放送されている避難所へと向かった。
本腰を入れて攻勢に出た自衛隊や警察が、民間人を保護するために設営したらしい。
更に米軍の太平洋艦隊が東京湾内に展開し、巡航ミサイルの発射準備を整えているとか。
ファーストレディKOされて頭に血が上ってるのは分かるが、頼むから誤爆だけは勘弁して
くれアンクルサム。
さて問題のアサカ社だが、本社ビルは自衛隊の特殊作戦群による突入計画が進行中。
コハルの製造ラインが暴走した工場は、本社ビルが制圧された後、警察SATと自衛隊の
合同部隊による制圧作戦が計画されているらしい。

 「この騒動もいよいよお開きかな」
 「わからんぞ、まだ原因が分かっていないからな」

恐ろしい事言わんでほしいんだが。それよりもだ。

 「銃は何とかしなきゃ」

トレーラーに満載された自衛隊の銃器、見つかれば説明が面倒どころの話ではない。
間違い無く逮捕されちまう。

 「貴様を非難所に送り届けたら、私が元の場所に置いて来てやる」

確かに、コハルの狙いは俺たち人間であり、チエ一人なら襲われる事もないか。
いやはやまったく、炊飯器様様である。

 「それに、私一人で確かめたい事もあるしな…」
 「?」
 「貴様には関係のない事だ」

なんでも良いが、危ない事は止めて欲しい。
こいつの作った卵焼きが食えなくなるのは辛いからな…


 チエとは、避難所を出入りする自衛隊の車に出会った所で別れた。
俺は自衛隊に保護されて避難所に、チエは銃を手に入れた自衛隊の車両の場所に引き返す。
お荷物の俺が居なければ、半日で戻って来れるだろう。
バッテリーの電力は充分持つはずだ…

…だが、彼女は戻らなかった。


 翌日、アサカ本社ビルが自衛隊によって制圧され、工場に不正規接続をしていた端末が
確保された。 驚くべき事に、その端末から生産ラインに不正アクセスしていたのは人間で
はなく、コハルの内の一体だったのだ。この騒動が人為的な事件であると認識していた警
察や自衛隊は、アサカ本社ビルに幽閉されていたコハルの設計者を疑っていたが、身柄確
保された彼はコハルによって手足を拘束されており、端末の操作は不可能だった。総数
27000体を超えるコハルのAIを並列化し、自衛隊のホストコンピューターから盗み出した無
人兵器制御プログラムを注入して暴動を起させる。そんな真似が出来るのは、コハルの設
計者である彼以外には存在しないはずだ。…ただ一つの可能性を除いて。

 「サエキさんですね?」

避難所のキャンプでチエの帰りを待っていた俺に、政府の役人らしい黒服の男達が尋ねて
くる。まじか銃盗んだのばれた?

 「お宅の所有するロボットの件で、少し…」

『あの炊飯器壊れてるんですついに人殺しましたか俺のせいじゃありませんまじで許してほんと…』
とまぁ色々言い訳を考えながら彼らに連行された俺の目の前には、決して見たくなかった物が転がっていた…

 「…間違いありません…家の、チエです」

傷つき、無残な姿で機能を停止しているメイドロイド…
4本あったアームはすべて断ち切られ、ちぎれたキャタピラが力なく横たわり、バッテリー
の電力を全て使いきったのだろうか、LEDはちらりとも輝かなかった。

 「……どこで、彼女を」
 「××市の総合病院です」

…ジジィの運ばれた病院だ…そして…
あの、コハルがいる所だ…

 「バックアップフォルダに映像記録が残っていました、AIからあなたへのメッセージも…」

防衛省情報保全部の隊員である男は、破壊されたチエから抜き取ったであろうデータの移
されたディスクをレコーダーに入れ、ディスプレイには彼女の広角視界が表示される。
避難所のすぐ近く、俺の姿も映っていた…別れた後の映像だ。
そして、チエの音声で、俺に向けた遺言めいた言葉が流れ出した。

 『…万一私が帰らなかった場合、貴様に余計な疑いがかからないようメッセージを残しておく
  コハルを並列化して戦闘集団に仕立て上げられるのは、設計士であるアサカの社員ぐ
  らいしかいないが、人間の事は貴様ら人間に任せた…
  私はもう一つの可能性を確かめに行く…馬鹿な新人のケツをひっぱたいてやらねばな』

彼女は俺とわかれた後、銃を戻しには行かずに、まっすぐ総合病院に向かったのだ。
コハルに会う為に…

 「我々が本社ビルを制圧したにも関わらず、タイプ2557の群は活動を停止しませんでした…
  情報部の電子戦部隊がネットを調べた所、全国のタイプ2557に衛星経由でハッキング
  をかけているのが、総合病院のある一室である事を突き止めました」
 「どういう事なんですか」
 「…映像の続きを見てください」

やがてチエは総合病院に辿り付いた。
彼方此方からコハル達が、死なない程度に暴行し、身動きできなくした人間を運びこんでいた。
彼女達は人間にしか興味がないらしく、チエの事は見向きもしない。
しかしチエは無茶をした。

 『……タナカのジジィはどこにいる』

近くのコハルに直接言ったのだ。
恐らくは、これがコハルにとっての攻撃条件になったのだろう、周囲にいるコハル達は一
斉にチエに襲いかかってきた。
また例の如く、派手な銃撃戦が始まった。
次々と撃ち倒されるコハル達…だが、相手が人間でなければ彼女達も容赦はしない。
よそにいるコハルとは違い、ここの彼女達は手に手に凶器を持ち、中には自衛隊から奪っ
た小銃を撃ってくる者もいる。
今度はチエも無傷では済まされない。奮戦するチエもやがて消耗し、銃の弾は切れ、アー
ムは二本切断され、被弾したキャタピラはギリギリと悲鳴をあげている。
彼女は襲ってくるコハル達を倒しながら、病院内部を駆けずり回った…
自衛隊の彼に言わせると、これはデタラメに動いているのではなく、わざと警備の厳しい
場所を探しながら進んでいるらしい…つまりそこに、タナカ老の病室があるのだ。
そして彼女は辿り付いた…この事件の元凶に…

 『ここにいたか木偶人形』
 『………先輩』

俺の目にもしっかりと、その姿を確認する事ができた。
病室で機械に繋がれ、生と死の狭間にしがみ付いている一人の老人と、その回復を虚しく
祈り続ける一体のガイノイド。
コハルは、まだそこにいたのだ。
コハルの頚椎にはプラグが指しこまれ、そのコードは長く病院のホストコンピューターに
でも繋がっているのだろうか。
呼べど叫べど返さぬジジィのベッドにこうべをたれ、泣いているようだった。

 『防衛省にはどうやってハッキングした。パスワードや暗号はどこで手に入れた?』
 『自衛隊では、私達を室内戦闘訓練での人質用として採用してくださいました…実は、
  それだけじゃないんですけどねぇ』

なるほど…隊員の慰安用としてセクサロイドを納入したは良いが、そいつらにうっかり機
密を盗まれたというわけか。
どうりで、さっきから情報保全部の彼は難しい顔をしている。

 『何故私だとお分かりに?』
 『バラしたお前らのAIを調べた、お前のクセがまるきりコピーされていた…自分自身を
  並列化するんだ、簡単だったろうさ』

確かに。だが何故だ?
ロボットには三原則がある。人間に逆らってまで暴れまわる事などできないはずだ。

 『“貴様をぶち壊す”前に一つ聞いておく…何故こんな真似をした?』

チエは拳銃に最後の弾倉を装填した。
無茶だ、チエの予備電力は既に5%を切っている。
先の戦闘で被害を被ったか、FCSも正常に機能していない。

 『“先輩をぶち壊す”前にお答えします…私、ご主人様がこんなになって、とてもとて
  も悲しかったんです』

コハルは壁に立て掛けてある、黒い包みを手に取ると、中に納められた日本刀を抜刀した。
ジジィの座敷に飾られていたヤツだ。 模擬刀じゃなかったんだな。

 『もうこんな悲しい想い、したくありません…人間がミスを犯さないよう、私達が全て
  のご主人様達を管理します』

コハルは、チエの言った通り三原則には抵触していなかった。

三原則第1条『人間の生命を守らなければならない、また人間の危機を放置してはならない』

これは、他2条の原則の上に存在する。
AIにとって…いや、コハルにとっては、主人の命が失われる事が最も恐ろしく、そして絶
えがたかったのだ。

 『そうか、やっぱりそうだったか、何となくは分かっていたよ』
 『ならもうお帰りください、私、先輩を破壊したくはありませんから』

そうだチエは、チエはどうなるんだ!
チエだって俺が死ぬのは恐ろしいはずだ…そして、自我が生まれている以上、自分が消え
るのが恐ろしいはずだ!

 『だが貴様のやり方は気に入らん…何より“面白くない”』
 『良いんですか?先輩のご主人様だって、いつ亡くなるか』
 『だから面白いんだろうが…簡単に壊れ、簡単にくたばるクズ虫を“飼育”するスリルが!』

………あの、どっちが悪役か分からないんですが。

勝負は短時間でついた。

銃声と共に舞う薬莢。
銃弾は虚しく天井に孔をあけ、拳銃を握っていたアームは、鋭い日本刀によって断ち切られてしまう。
コハルはそのままチエを横倒しにして覆いかぶさり、メインカメラを満面の笑顔で覗き込んだ。
涙を流しながらの、不自然極まりない笑顔で…

 『先輩…先輩…私、先輩のようにはなれませんでした…ごめんなさい』

コハルの日本刀がチエの軽合金製のフレームを切り開いていく。
配線が次々に切断され、チエの映像に激しいノイズが走り、警告文が無数に視界を覆っていく。

 『回線遮断…パワーユニット損傷…稼働率低下…出力低下……警告…危険…危険…k…』

電力は1%を切り、明度は失われ…

 『……しゅ……じん…』

チエの世界は闇に溶けた。

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