やっぱり巴の淹れてくれた茶は美味い!
少しずつすすると、お茶の軽い渋みの奥にある甘みが口中に拡がり、鼻腔をくすぐる
つんとした香りが、じんわりと沁み入ってくる。
「なあ、巴」
湯呑みを手にして、おれは正面のシングルソファに腰掛けた巴に尋ねた。
「ここに来て、そろそろ一年だけどさ…お前、ここに来る前は何をしてたの?」
両親の話だと、巴は七年前に製造された後、メーカーのモデル見本として
ショールームを廻ったものの、モデルチェンジの為に引退、その後、モデルとして
既に稼動後だった為、買い手が付かなかったので、巴に意思確認の上で、
一時機能停止、モスボールに近い状態で保管されていたらしい。
それが一年前、在庫整理の為に確認したところを見つけ出され、うちの両親が
格安で引き取り、各種のパーツを現在の仕様に直した上で再起動したと聞く。

それからもう二杯、お替りをもらい、おれはシャワーを浴びる事にした。
「脱いだものは籠の中にお入れくださいね」
廊下から巴の声がした。
「着替えは今、お持ちして置いておきますから」
「はいよ」
適当に返事をしてバスルームに入る。
温度を調整して栓をひねり、少しお湯を出して手で温度を確かめてから、
シャワーホースを手にして、身体に掛けはじめた。
あ〜これも適温だ。
前は調整がいい加減で、熱かったり、ぬるかったりだったのだが、巴がきちんと
季節に合わせて直してくれるようになってから、安心して使えるようになった。

…ふと、巴がこの家に来た最初の日の事を思い出した。
いきなり玄関に入ろうとして頭をぶつけ、頭を下げながら入り、顔を上げた途端に、
派手にもう一度ゴン!と。
コテコテの漫才を見たみたいで、思わず吹き出した。
本人は、ちょっと不満そうに一瞬ぷっと膨れたが…。
何を思ったか、おれの顔を暫し見つめ…それから穏やかな笑顔で優雅に一礼した。
「あらためまして…巴と申します。
ふつつか者ではございますが、どうぞよろしくお願い致します」
…大型で、近代化改修されたとはいえ、当時、既に旧式なメイドロイドではあったが、
巴の仕草は普通の人間に近いもので、最新鋭のドロイドと遜色無く感じられた。
ただ…ちょっとそそっかしい所があったりするのは、どうかなぁ…と思ったりも
するのだが…それも仕様と考えれば、まあ、ありかもしれない。

ただ…その晩、風呂に入っていた時、いきなり、何の前触れも無く巴が入り込んで
来た時は、驚きのあまり、正直、あごが外れそうになった。
「お背中…お流しします」
…と、まだそれは良い。
問題は、巴自身も一糸まとわぬ「すっぽんぽん」だったこと。
…いや、確かにつくりものの身体ですよ…でかいしね。
でも…継ぎ目ひとつ無い美しい肌…それも温かな色合いの、柔らかそうな
白い裸身をいきなり見せつけられたら…。(当然、局部にボカシもないし…)
てっきりメイド服か水着、あるいは奇をてらって三助さんの服でも着て入ってくるかと
思っていたので、その、あまりに刺激的な姿に…目が点になった上、マジで鼻血が
噴き出てしまった。
その上、風呂に入っていて体温が上がっていたものだから、頭がくらっときて、
そのまま湯船にドボン…。
「…バスタオルくらい巻いてこいよ…」
巴に介抱されながら、確かそんな事を言ったら、
「…わたしを…女性として見て下さるのですね」
と言って、満面の笑顔で思いっきり抱きつかれ…その圧縮機の様な馬鹿力で全身を
締め上げられ…そのまま気が遠くなり…辺りが真っ暗になった。

気が付くと服を着せられ、ベッドに横たわっていた。
まだ朦朧とした意識の中、すぐ横をちらと見ると、しょんぼりと肩を落として椅子に
腰掛けている巴と、その前で苦笑まじりに、親父とお袋が話している様子が見えた。
「…まあ、そんな事もあるさ」
「本当に…申し訳ございません」
「いいわよ…元々女っ気の無いコだし、あれで結構、気に入ったとみたわ」
「ああ…あいつは、嫌ならキッパリ断るからな」
「構わないから…頃合がきたら、押し倒しちゃっていいからね」
「え゛?」
巴の声が裏返る。
「なまじヘンな所行って処理するより、貴女となら、こちらも安心だから」
「…あの…でも」
「冗談よ…メイドロイドが主を逆レイプなんて…あり得ないものね」
だが、お袋は続ける。
「でもね、半分は本音。貴女なら、絶対に安心して託せるから」
「うん…おれも同感だ」
って…何ですか、両親揃って、おれの意思は無視ですか?
なんちゅう身勝手な連中だ。
「…でも…嬉しいです」
巴の声が震えている。
「わたし…こんな姿ですし、なかなか思うように動けませんから…」
「まだ、初日が過ぎたばかりじゃない…頑張ろうよ、ともちゃん」
「は…はい」
お袋の巴に対する接し方は、まるで自分の娘に向けるようにも思えた。
て言うか、明らかにおれにたいする接し方より優しいですぞ…(苦笑)
「…ともかく、あいつが目覚めたら良く謝って…それから、これからについて、改めて
きちんと色々話し合うこと。君もあいつも、意思の疎通が不器用な所があるからな」
親父殿…何だか、いつものいいかげんな言動に、実に似つかわしくない発言です。
しかし、シャクだが確かにそう思えるし…。
ただ、一番シャクなのは、巴が予想以上に好みで、ものの見事にお袋の思惑に
ハマりつつあることだろう。
…などと、そんな事をぼんやりと考えていると…。
再び頭が朦朧として、そのまま意識が無くなった。

…あれから一年か。
そういえば、巴が来てから、人間の女の子と、まともに付き合ってないなぁ…
などと、ぼんやり思う、
それはそれで悲しいものがある。
だが…妙なことに、以前より優しくなった…と言われる事がある。
会社の後輩とか、行きつけの飲み屋のお姉ちゃんとかが口にしていた。
何だか、女性に優しくなったみたいで、気が付いてくれる様になった…と。
まあ、だからと言って付き合うという所まではいかないようだが。
もしかすると、巴に感化されたのか?

「久しぶりにお背中…流しましょうか?」
ふいに洗面室の方から巴の声がして、おれは我に返った。
「あ、いや、もう出るよ」
「…ちっ……それは残念」
「む…何か言ったか?」
「い〜えいえ…気のせいでございます」
「………」
本当に、こいつはメイドロイドなのか?
時々、妙な掛け合いをする事があり、思わず失笑する事がある。
実は中に人が入っている着ぐるみじゃないのか???
…いや、絶対に違うけどね。

久しぶりの休みの午後…。
このままごろごろしているのも、勿体無いですよ…という巴の勧めもあり、
思い切って外に出てみることにした。
とはいえ、給料日前で、そんなに金は無いし、外食は…というと、巴の作って
くれる料理の方が、断然美味い事の方が多いので…パス。
結局、ウインドウショッピングぐらいなものだ。
最初、クルマで行こうかと思ったが、日曜では渋滞と駐車場の確保だけで
数時間かかるのが目に見えているので、結局、二駅先のドロイドショップまで
歩いて行く事にする。
ドロイドショップなら、巴も行くという事になり…当然、電車で行く事を考えたのだが、
巴が恥ずかしがって嫌がるので、結局、歩く事にしたのである。
そういえば、歩いて一緒に行くのは初めてだったりする。

「こんにちは!トモちゃん」
「はい。こんにちはです〜」
道行く途中、色々な人から挨拶され、その都度、巴は丁寧に会釈していた。
…て言うか、いつの間に、こんなに知られているのか?
確かにデカいから目立つ外観だが…。
なんだか、ちょっとしたアイドルか有名人?みたいな扱いだ。
「そちらの人は旦那さま…かい?」
ふいに、気の良さそうなおばさんが現れ、ちらとおれを見ながら訊ねた。
「はい、わたしのマスターです」
二人っきりでない時は、巴はおれをマスターと呼ぶ。
するとおばさん…何を思ったか、おれの手を取り、ぎゅっと握りしめた。
そして感極まった表情でおれを見、頭を下げた。
「…本当に、この前はありがとうね!」
「え?あの、何か」
「ともちゃんのお陰で、ボヤで済んでね…」
「あ…」
とっさに思い出した。
そうか…この前、帰って来たら、上から下まで真っ黒になっていて、警察の
事情聴取を受けてたっけ。
火事があって救助の手伝いをしたとは聞いていたが…これか…。
おばさんは、何度もおれの手掴んだまま、ぶんぶんと振った。
「しかもだよ…ドサクサに紛れた火事場泥棒を捕まえてくれてさ…。
もう…本当に助かったよ…お陰で、路頭に迷わなくて済んだよ!!」
「そ、それは…良かったですね」
様は、巴のマスターだから…という事で感謝されているわけだ。
おれ自身は何も教えていないし、全く何もしていないのだが…。

おばさんに散々お礼を言われて、あげく、果物の入った大きな袋まで渡され、
おれは半ばぽかーんとしながら、商店街を歩き続けた。
「あ、マスター…それはわたしが」
おれが袋を手にしたままである事に気付いて、巴が手を差し出す。
「いいよ…おれが持ってるよ」
「でも…それはわたしの」
「ま、確かにこれは本来、巴のものだよな」
「……わたしは食べられませんけどね…」
「て、ことは、当然、おれが食わせてもらう事になる訳だしさ、自分の物ぐらい
自分で持つよ」
「でも、わたしはマスターのものですから…!」
「…ま…まあそうだけど…」
周囲の視線に気付いて、おれはちょっとどきっとした。
気が付くと、周囲の老若男女、皆、妙な笑顔を浮かべて、好奇のまなざしで
こちらを見守っている。
…なんなんだ、このびみょーな空気は。
「ともねぇちゃん…」
ふいに小柄な男の子がやってきて、巴はしゃがんでその子の頭を撫でる。
半ズボンに野球帽なんていう、典型的なワルガキのいでたち。
誰だ…この子。
「そいつ、ねぇちゃんのいいひと?」
なんてこと言うんだこのヤロ!
「はい!この世で一番大事な方です」
また、巴の奴がぽっと赤くなって答えちまう…。
途端にわっと周囲から声が上がった。
「おー!にくいぞ、この、いろおとこー!」
男の子がにゃ〜っと笑って声高に囃し立てる。
このクソガキ…。
「こ、こらっ!」
周囲に誰もいなければ、とっ捕まえて小一時間説教してやるのだが…。
この衆人環視の下では何もできない。
「と、ともかく行くぞ、巴」
おれはそそくさと退散する事にした。
「はいです」
ワルガキに片手を上げて、にこっと笑いかけながら巴も歩き出した。

この数年で、人々の人造人間に対する意識が変わってきたとは知っていたが、
ここまで馴染んでいるのとは思わなかったので、ちょっと意外だった。
「お買い物とか、お使いに、良くここを通るんです」
おれの疑問に答えるかのように、ふと巴が口を開いた。
「…本当は…はじめ、ちょっと恥ずかしかったんです」
おれははっとした。
「でも、皆さん、とっても良い方たちで…」
いや…それだけじゃないだろう。
巴が、とても純粋で…かつ天然な事に、好感が持たれたのだろう。
目立つ外観でありながら、あまりメカメカした人造人間らしくなく、人懐っこく
感じられるからであり、しかも愛嬌があること。
それと…たぶん、ここ一年の間で、巴自身が地域住民に馴染もうと努力したに
違いない。
…おれの知らない所で、こいつは色々頑張っていたんだな…。
「ちょっと驚いたよ」
おれは振り返り、巴の顔を見上げる。
「それに…あんな生意気なワルガキにまで人気があるなんて、驚いたぞ」
「…あ、いえ、あの子は」
巴の話では、最初は色々と悪さをされたらしい。
スカートめくり…などという古風なものから、どっきりオモチャみたいなもので
驚かされたり…。
けれど、ある時、あの子が母親の大事な時計を持ち出して、それを失くして
途方にくれていた時、一緒になって探し、見つけ出してあげたことがあり、
その時から、すっかり巴に懐いたそうだ。
まあ、巴なら実にありそうな逸話だな。

けれど…その話を聞き終えた時、ふと…何だか、懐かしい気がした。
遠い昔、そうだ…あれは、おれの幼い頃の初恋の女性との思い出だ。
…おれもイタズラ好きなワルガキで、親父の大事な懐中時計を持ち出して
原っぱで失くしてしまったのだ。
その時、半分べそをかいていたおれに、手を差し伸べてくれたのが…
「…とも…ねぇちゃん…」
思わず呟いたおれの目の前に、その少女の顔が映り…思わずはっとなる。
そして少女の顔は、一瞬後、目の前の巴の顔とダブって消えた。
「はい?…あの、マスター?」
きょとんとした顔で、巴がおれの顔をじっと見つめていた。
「あ…いや、何でもない…」
慌てて手を振りながら…おれは自分自身が口にした言葉に疑問を覚えていた。

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