暫く無言のまま、おれと巴は、男とジェーンの二人と対峙していた。
全く…つい一時間前まで、こんなひっ散らかった店内で、二対二で命懸けで睨みあう
ことになるなどとは、夢にも思わなかった。
それに、お互い、開放はしたものの…
これでは、あまり状況は変わらない気もするが…まあ、緊張感溢れる死闘開始直前の
状態よりは断然マシか。
それに実質、どちらも切り札がアンドロイドのお嬢さんだし。
それにしても…倒れている店長を介抱しなくては…と思うのだが、おれたち自身の
安全すら保障されていない現状では、どうしようもない。
果たして…どうしたものか。

「君は、この店の常連だな」
ややをして、何を思ったのか、ジェーンに指先で指示しながら、男が口を開いた。
「ここに入るには、専用の認証カードが要る筈だ」
「当たり前だろ…ここはそういうシステムなんだから」
「マスター…見つけました」
ジェーンは周囲を見渡すと、奥のモニターに気付き、そちらに向かった。
おいおい…今度は何をするつもりだよ。
モニターの前にあるコンソールテーブルに就いたジェーンが男に頷きかけ、男が
小さく頷いて返すと、手早くキーを打ち始める。
なんだぁ…この場でハッキングでもする気か?
「ここで何が行われていたか…知っているな」
何を持って回った言い方をするんだ?
おれは、半ば呆れながらヤケクソ気味に言った。
「メーカーの代理店で、かつカスタムパーツの製造、販売、改造、それにメンテ…」
「違う!」
男はぴしゃりと言い切った。
「違法パーツの製造販売だ」
「え゛?」
おれは思わず間抜けな声を上げていた。
「違法…?ここが…だって!?」
ここは有名なフランチャイズのチェーンショップだぜ。
「嘘だろう?」
「しかも…その取り付けと言った、様々な違法改造もしているのさ…」
「なんだって?」
おれはちらと巴と顔を見合わせた。
「そんな馬鹿な…」

「常連なら、知らないはずないでしょう!」
ジェーンがこちらを向き、冷然と言い放つ。
ちぇっ…可愛い顔して…キツいコだぜ。
しかし…こいつ、ドロイドにしては随分と人間臭い反応の仕方だな。
「あのさぁ…お嬢さん」
おれは左のこめかみに指先を当て、かるく掻きながら、舌打ちまじりに言った。
「おれたちは、ただの客なの!」
気が付くと、男がいつの間にかサングラスを掛け、覆面代わりのスカーフを外している。
その素早さと手慣れた感じにちょっと驚き、改めて警戒しながらおれは続けた。
「ここはさ、『全国427店舗』を誇るフランチャイズショップのひとつなんだよ」
「もちろん知っているわ」
「会員数、老若男女合わせて20万人超…お前さん、その全員が違法改造グループの
一員だっての?仮に…『ここ』がそういうところだとして、おれが他のショップで入会した
会員だとしたら全くの無関係じゃないのか?」
…ジェーンは口をつぐみ、暫しおれの顔を見据えた。
「でも、ここに…今ここに入ってこられたわ」
「ここに?今ここに…ってどういう意味だよ?」
おれの問いには答えず、ジェーンはモニターの方に向き直った。
「おい、勿体ぶらずに教えろよ」
すると、ジェーンはこちらの方は向かずに静かに言い切った。
「…それに、マスターがここを破壊したのは、あくまで正当防衛よ」
ち…はぐらかして話さない気か?それにだぞ…。 
「正当防衛だあ?」
おれは、思わず呆れて周囲を見渡しかけ…はっと息を飲んだ。
「マスター…」
巴も気付き、床に散らばっている無数の薬莢をそっと指差す。
いきなりドタバタと立ち回ったので気付かなかったが…確かにこれは異様だ。
しかもそれらは、バラバラになったドロイドの腕に空いた穴から出た形跡がある。
「まさか…戦闘用…ドロイド!?」
悪い冗談かと思ったが…改めて良く見ると、散らばっているドロイドの、砕けたり割れた
手足の隙間から武器…この日本には似つかわしく無い重火器の銃口や銃身が見える。
…こんなものぶっ放したら…。
「うそ…だろ…」
このショップは、テレビCMでも有名な、全国規模で展開されているチェーンストアのひとつだ。
それが…裏でこんな物騒な代物を抱え込んでいたなんて…。
流石にちょっとショックだ。

「すると…あんたたちが先に撃たれた…のか」
どうも状況からすると、その様になる。
まだ、信じて良いのか判らないが…。
男は警察官…なのか?
いや、それは違うぞ。
それなら、先刻、通報しようとして止めたりしないはずだ。
それに45口径なんて所持する筈はない。
普通はニューナンブか、SIG230辺りの中型拳銃だろう。
と、なると…。
そう思った矢先に、ジェーンの操作していたコンソールからピーという音がした。
「マスター…」
ジェーンが頷き、男がつかつかとモニターの前に行く。
そして、表示された何かを一通り見ると、ジェーンに言った。
「ここの入場記録を消してやれ」
「…え?よろしいのですか?」
「どうやら…本当に無関係な様だからな」
訝しげなジェーンに、男がおれの方を見ながら命じた。
……何にアクセスしたんだ?…まさか!おれの個人データか?
こんなところで、いともたやすく出来るって言うのか?

「君の事は、今、ちょっと調べさせてもらった」
男がサングラスを外した。
整った顔立ちで、日焼けした肌の、モデルでも通じそうな風貌の男だった。
先刻までの冷徹そうな雰囲気を感じさせない、爽やかな笑みを浮かべている。
か〜!伝説の松田優作とか、草刈正雄とか、そんな感じの二枚目じゃないの。
もしかして、これはドッキリとか、実はドラマか映画の撮影とかじゃないよな。
「…済まなかったな」
ふいに男は頭を下げた。
って…え?
「電子ロックしてあったんで、ここには絶対に誰も入れないと思っていたのでね」
「え…だって、それって…」
「君のカードは、ダイヤモンドカードだから…店長待遇で特別なのだよ」
「あ…」
そうだ…思い出した!

おれのカードは両親が手配してくれた物で、オムニジャパン本社・総務部発行の物だ。
このショップの会社に対しては、直接経営等に関与していないものの、資本的、人的共に
強い影響力があり、特に本社のトップで経営、開発に直接関わっている者に対しては、
ショップの店長並みの厚遇をする事になっているそうだ。

また…それに加えて、営業時間外であっても、中に店員がいれば入れてしまう…そんな
特別なカードだと、確か親父に聞いた事がある。
随分と無茶苦茶だな…と一笑に付したし半信半疑でもあったが…このカードは、事故や
災害等が原因で、ドロイドの緊急メンテや連絡などをする必要がある時、所持している者が
こういったショップで、より素早く中に入って行動出来る様、IDカードを兼ねているのだとか。
「そうか…中にまだ店長がいたから…」
「店長の認識と君のカードの認識で、偶然ゲートが開いたのだろう」
「でも…確かに『いらっしゃいませ』という表示が出ていましたよ」
不意に巴が口を挟み、男は静かに笑った。
「君は、実に良いパートナーを連れているな。洞察力も素晴らしい」
巴は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにはっとして頬を赤らめた。
この反応の仕方が可愛いんだよな。
とか、言っている場合じゃない。
…そうだ。まさしくその通りだ。
営業中の「看板」は出ていたぞ。
「我々が急にやってきた事もあるが…。いきなり、指定された日でも無いのに臨時休業
すると、やはりおかしく思われるだろう。営業中の表示を出しておけば、目立ちにくい」
「確かに…フランチャイズ系の店は、定休日はどこも同じだ」
「仮に客がきても…店内清掃中で一時閉めていた…とか言えば、言い訳も立つ」
「すると…最初はそのつもりだったんだな」
「ああ、だが…結局、こうなっちまったがね」
男は頷き、左手で顎をさすりながら、小さく咽喉から息をついた。
「……しかし、弱ったな」
「え?」
「君たちが善意の来客なのに、巻き込んだ上、危うく危害を及ぼす所だった。それに…」
「このまま…いっそ、おれたちが何も見なかった事にして、別れるって訳には…」
「いきませんね…絶対に」
ふいにジェーンが口を挟み、巴はきっとなってそちらを睨んだ。
「ここまで事情を知られた以上…仕方ないのよ」
「そんなのあんまりです」
両手の拳を固め、ちらとおれの顔を見てから、巴はまくしたてる。
「そちらの事情なんて知りませんけど…完璧にロックしなかったのは、そちらの責任では
ありませんか!何も知らずに来たのに…勝手なこと、言わないでください!」
巴の声が熱を帯びていき、男は微かに苦い表情を浮かべて首筋に手をやった。
「大体、貴女、さっきはなんですか!誤解とは言えマスターに武器を突きつけておきながら、
お詫びのひとつも言えないんですか!」
「あれは…だって!」
ジェーンが真っ赤になって声を荒げる。
「貴女の方こそ、マスターをあんな風に拘束するから!」
って、おいおい、随分と女の子らしい反応じゃないか。
…て言うか…何だか、巴と似た反応だな。

「わかった…」
男が決意を固めた表情で、口を開いた。
「君たちには…総ての事情を説明しよう。その上でどうするか考えよう」
「……それしかなさそうだな」
おれも素直に頷く
「マスター!?」
ジェーンが抗議混じりの声を上げる。
「ただし…一切、他人には口外しないこと。ここでの出来事もだ。それは約束してくれ」
「わかった。…巴もいいな?」
「はい…です」
ちらとジェーンを一瞥しながら巴が頷き、ジェーンはぷいと視線を逸らす。
…ここに来てから、いつもの呑気な巴らしくない…。
ジェーンをやりこめる辺り、何だか急に強くなったみたいな感じがする。
ひょっとして…おれを守ろうとして…なのか?
それはそれで…嬉しく思うけどな。

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