数分後、おれたち四人はビルの裏口に姿を現した。
そこには一台の白いワゴンが停めてあり、男が運転席に、ジェーンが助手席に、
おれと巴が素早く後部座席に滑り込んだ。
…と言っても、巴は長身なので、乗り込む順番は巴を先にし、例によって、慌てて入り口に
激突しないよう、素早くおれが巴の頭に手をあてて、高さを押さえてやったのだが…。
……放っておくと、また、勢いよくガン!とか、ぶつけかねないからな。
これでクルマが壊れたら、修理代出さなくてはならんのか?などと、お馬鹿な事を一瞬考える。
無事に乗り込んだ巴は、あは!と小さく笑って口元に手をあて、そっと小首を傾げてみせた。
こんな時でも巴は巴だ。
…はあ…ちょっと気が抜ける…と同時に、妙に癒され…ほっとする。

それにしても、乗用車に比べると、ワゴンは格段に天井が高いので、乗り降りはやはり楽だ。
おれも、格好付けてないで、クーペを止めて、巴の為にそろそろワゴンにするかな。

…と、ふと、気が付くと助手席のジェーンが振り向いて、じ〜っとこちらを見ていた。
巴をシートに付かせるまでの一連をずっと見ていたらしい。
なんだ?何か言いたそうな感じだが。
けれど、目があった瞬間、すぐについと正面を向いてしまった。
「全員乗ったか?」
男がバックミラーを直しながら訊ねる。
「ああ」
オートのスライドドアを閉じ、シートベルトをつけながら返事をする。
ワゴンは静かに走り出した。

それにしても…あの店はあのままで良かったのだろうか?
店長だって放っぽったままだし…。
ちょっと気になり、窓越しに遠ざかって行くビルを振り返って見ると、男が言った。
「…さっき、警察には連絡した。後始末は気にしなくて良い」
「え?」
男の言葉に、おれと巴は、ちらと顔を見合わせた。
「おかしく思うのも無理はない…確かに、さっきは止めたんだからな」
男は続けた。
「だが…あの状況では仕方無かった。君たちが通報すると、当然、中央センターに連絡が
行ってしまう…しかし、それでは、折角、隠密裏に調査している事が無駄になってしまう。
だから、極秘に行動してくれる部署に、改めて連絡したんだ」
「でも、それならおれたちが、違法改造に加担していないって判ってたんじゃ?」
「……もちろん、それも考えたがね」
男がミラー越しに、ちらとおれの顔を見る。
「君が『組織』の安全保持の為、『トカゲの尻尾切り』をする可能性もあったからな」
「あ…そうか」
「あのショップを切り捨てて、あの場だけで済ませる手もあるし、警察内部に協力者が
いないとも限らない…」
「…それでつまり、『ああいう事件』専門の担当に通報したと」
「察しがいいな。日本警察で、『懇意にしてもらっている部署』があってね」
「…あんた…一体、何者なんだ?」
すると、何を思ったのか、男は小さく口ごもり…一段声を落として言った。
「……休暇中のFBI捜査官……表向きはだがな」
おれは思わず吹き出した。
「…そんなベタな話、信じられないよ」
「だから…おれも…あまりしたくなかった」
男は苦笑し、それから素早く懐から、黒い手帳の様なものを取り出すと、ちらと振り返り、
おれに向かってそっと放って寄越した。
…頼むから運転しながらそういう事しないでくれよ…。
と、それはさておき、それを受け取って開くと、中に金色の徽章があり、開いた下部に
身分証明も添付されてあり、英語でつらつらと色々記してある。
マークも確かに…FBIだ。
仕事で知り合った友人の親父さんのを見たことがある。
「バン・カドクラ…」
名前を読み上げると、男は再びミラー越しにおれを見た。
「そう…それがおれの名だ」
日本で言えばカドクラバンか…。
何か、アイテムでも使って変身しそうな名前だな。
「それでバン…」
おれは遂に最大の疑問を口にした。
「あんたたちは、一体、何をしにきたんだ?」

暫し沈黙があった。
ジェーンが心配そうにバンの横顔を見、巴がおれの方を見つめている。
男…バンは正面を向いたまま、やがて静かに口を開いた。
「……ある物を捜索し、確保するか…破壊して、この国から出さない為に来た」
「マスター…それ以上は…」
「君たちに…重ねて誓ってもらいたい。この件は絶対口外しないと」
「…わかった」
やがて、クルマはある公園横の道路に横付けした。
「おれたちは…あるAIシステムを探しているんだ」
「AI…システム?」
「厳密に言うと、サポートシステムでもあり、双方向情報共有・独立連動システムでもある」
なんだか良くわからなくなってきた。
「双方向?AIとどこかでやりとりして…情報を共有しつつ…ってなんだいそりゃ」
「……シンクロイド・システムのことですか」
ふいに、巴が口を開き、おれは目を見開いた。
ジェーンが驚いた表情で振り返り、バンも少し意外そうな表情を浮かべている。
「巴…おまえ、何か知っているのか?」
おれの言葉に、巴はいつになく真剣な表情で頷いた。
「はい…わたしの記憶回路に…幾つか、かなり古いものですが…その痕跡が、あります」
「痕跡って…おまえ」
巴の黒い大きな瞳が、おれをじっと見据えている。
少し困ったような、温かで優しい笑みを微かに湛えた、年上の女性の表情がそこにあった。
巴が、ごく稀に見せる、おれを見守るかのような、落ち着いた雰囲気。
…あれ…この表情…。
昔…その昔、確かどこかで見たことがある。
「…それって…どういうものなんだ?」
だが…おれは…半ば無意識に、そう訊ねていた。
巴は頷き、普段からは考えられない、凛とした口調で言った。
「簡単に言いますと、複数のドロイドを、ひとつのマスターAIで制御する、というものです」
「???」
首を傾げながらも、そういえば、巴はかつて、ショールームモデルをしてたんだな…と思う。
いや、そうじゃなくて…ひとつのAIでっていうのは…リモコンみたいなものなのか? 
おれが判然としていない事に気付いて、巴は更に続けた。
「もっと簡単に言いますと、ひとつの意識で、同時に幾つもの身体を動かすシステムです」
「つまり、それを使えば…」
「はい…例えば…もしそれがわたしに使われたとしたら…と、この場合考えてみます。
『わたし』の意識や記憶は基本的に『ひとつ』です。でも、それと同時に、全く同じ、意識や
記憶を共有した、別の身体の『わたし』を存在させ、マルチリンクで動かすことが出来るように
なるのです」
おれの頭の中に、並んだ二人の巴が全く同じ動作をして踊ったり、掛け合い漫才をする
姿が思い浮かんだ…意味はわかるが…もうひとつピンと来ない。
「…それ…何のために作ったんだ?」
「人が…機械の身体に生まれ変わる為に…です」

巴の言葉に、車内が一瞬、し〜んと静まり返った。
バンもジェーンも口をつぐみ、暫しじっとしたまま動かない。
どうやら…巴の説明で、総て事足りてしまったようだ。
「…それは…人の為に…作ったのか?」
「そういう風に…記録されています」
淡々と、だが、努めて穏やかな口調で巴は答えた。
「でも…生まれ変わるって…どういう意味だよ」
「仮に…重病で、寝たきりの患者さんがいたとします。その人にこのシステムを施術したと
したら…どうでしょう?」
「同時に…別の…ドロイドの身体を持った自分が、存在できる」
「しかも、意識そのものはひとつです」
「そうだな」
「そして、その患者さんが…亡くなったとしたら…」
「…ドロイドの身体が…残る…」
「はい。でも、亡くなった人の意識も記憶も…すべて残っているのです…それも死の間際まで
完全にリンクしたまま…」
「つまりは…その人間の『心』が移されたということなんだな」
「はい」
「でも、それって…それって、本当に生まれ変わりなんだろうか?」
「…そうですね。生身の身体にのみ魂が宿る…というのであれば、明らかに違います」
巴はそう言いながら、何故か一瞬、少し悲しげな表情を浮かべた。
「……そして…わたしの中にある記録では…臨床実験は一度だけだった様ですが…」

「それでバン…何で、あんたはそれを破壊しなくてはならないんだい?」
おれは正面を向き直った。
「……それって…重病の末期患者とかには、考えようによっては、朗報なんだろう?」
「考えようによっては…とは、言いえて妙な表現だが…まさにその通りだ」
バンは振り返り、ちらと巴の方を向き、それからおれの方に向き直った。
「…お嬢さんが、適切な説明をしてくれたから…その先を話そう」
「でも、マスター…その先は…」
またもジェーンが口を挟むが、バンは首を振った。
そして、はっきりと通る声で言った。
「うちのプレジデントは…テロの親玉どもの手に、そのシステムが渡るのを恐れているのだよ」

おれは…思わず、あっと声を上げた。
そうだ…確かにその可能性もあるわけだ。
「自爆テロも辞さないような連中だ。指導者の替え玉どころか、機械で出来た本人の完全な
分身が幾つも出来るとしたら…」
「…いくら倒しても、拘束しても無駄になる」
「ああ…」バンは唇を噛んだ「おれにはそれが…許せないんだよ」
「バン…あんた…」
おれは口を開きかけたが…。
バンの顔に、言いようの無い怒りと悲しみの表情がよぎり、言葉を失った。
…そして、ふと気が付くと、そのバンを、ジェーンが複雑な表情で見守っていた。

ともかく…無事、脱出はしたものの、これからどうするか…ということになった。
おれたちは…と言うと、とりあえず二人に協力することにした。
まあ、危ない真似などはできないし、バンもそういう手伝いはしなくて良いと言っていたが、
先刻の様子を見ていたら、このまま別れるのというのも…なんだか引っ掛かって…。
情報収集とか、補給物資の調達(武器は除くが(笑))ぐらいなら問題あるまい。
義を見てせざるは勇無きなり!とか、格好つける訳じゃないけど…それに近いかもなぁ。
それに…バンを見つめているジェーンを見ていると…何だか更に気になるんだよな。

それにしても、二人は日本に来て間もなく、まだきちんとした宿すら手配していないとの事だ。
さて、こちらはどうしたものだろう?
ここ数日間はワゴンやネットカフェで寝泊りし、銭湯に入ったりしているそうだが…。
その容姿じゃ、逆に目立ったろうなぁ。
日本語は流暢で、日本の慣習自体には問題ないようだけど…。
バンはスリムだが、骨太な印象の、役者のような二枚目だし…
また、ジェーンは…色白で、これで余計な口さえ開かなければ…(爆)、あちら風の清楚な
お嬢さまで通る美少女ぶりだ。
…ちなみにジェーンとは愛称で、本名はジェニファーと言うそうで、意外にも巴の名の
由来のひとつ「巴御前」の事を知っていて、それをネタに巴と色々やりあっていたが…。
何だか、ジェーンも巴自身も、どことなく舌戦を楽しんできているようで、おや?と思った。
…まあ、仲良きことはよき事かな。

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