それから、ざっと20分後…。

ご〜〜〜ん!…という、お寺の鐘の様な、聞きなれた(爆)低く長く伸びる、えらく大きな
金属音がガレージ中に派手に響き渡り、
「ひゃん!痛ったぁい…!!」という、お馴染みの?巴の悲鳴が上がり、おれは思わず
頭を抱えてしまった。
…お〜い…このシリアスな状況に…またかよ〜。

正式な宿が決まるまで、おれの家を仮の宿に使ったらどうか…と提案し、最初は、そこまで
迷惑をかけられない…と、固辞していたバンだったが…。
何故かジェーンが賛成の意を示した事で、とりあえず今晩一晩の宿を…と話がまとまった。
で、そのまま家に着いたのだが…。
ダイレクトに、ワゴンをガレージに入れさせてしまったのが間違いの元だった。
…巴も迂闊だが…おれも迂闊だ。

「いたた…」
中腰の姿勢で、右手で天井の高さを測りながら、左手で頭をさすり、巴がばつの悪そうな顔で
おれの方を恐る恐る見つめる。
「おまえなあ…」
文句を言いかけたものの…思わず失笑が漏れてしまう。
「ごめんなさい…マスター」
頭をさすりながら、顔をくしゃくしゃにした巴が、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。
ふと、気が付くと…
先に下りていたバンとジェーンが、こちらを向いたまま、目を丸く見開いて固まっていたが、
やがて、ぷっと吹き出し、くっくと咽喉で笑い始めた。
「そんなに笑わなくたって、いいじゃないですか〜!」
ぷーっと膨れた巴が、右手を天井から離して、小さく拳を固め、ふるふる振って抗議する。
おれも改めて吹き出し、笑いをこらえながら言った。
「本当に…そんなに何度も頭ぶつけてると、シャレじゃなく、本当にパーになっちまうぞ」
巴のそばに寄り、黒髪の頭に手をあて、そっと撫でてやる。
「…だから…マスター…本当に大丈夫ですってば」
少し顔を上げ、巴はにこっと愛らしく笑った。
この笑顔が…クセモノなんだよな。
だって…見ていると…何だか癒されるというか…本当に萌えちまうんだよなぁ。
「頭蓋骨はチタン合金製、皮膚は特殊フォームラバーですから…」
「それは一度聞いた」
「それに、南米に行った娘は、目の前で500キロ爆弾が炸裂して、200m飛ばされても、
かすり傷で帰って来てますよ…ちなみに水平距離200mですが…」
「……さっきは高さ20mとか言ってなかったか?」
「それは、中東にいった娘です」
「………」
予想外に切り返されて、おれは一瞬、言葉を失った。
そ〜っと横を向くと、バンとジェーンが口に手を当てて、笑いをこらえている。
「ああ、わ〜ったわ〜った…」
おれは頭を掻き…溜息まじりに苦笑しつつ、右手をひらひらと振った。
先刻の凛とした態度で説明をした時との落差が凄いけど…。
やっぱり巴は巴だな…。
良くも…悪くもだが?(笑)
「ともかく、茶でも淹れてくれ」
「はいです」
巴は満面の笑みでうなずいた。

いつも、巴と二人っきりのリビングに、二人の来客が増えると何だか賑やかな感じだ。
テーブルを挟んで正面の三人掛けソファに、バンとジェーンが腰掛け、辺りをちらちら
見回している。
「……独身男の家にしては広いだろ?」
厳密に言うと、当然、巴との二人暮らしだがね。
「あ、いや」バンがそっと首を振った「…本国のおれの家も、こんな感じだったんでな」
「だった…ってことは」
「…ああ…今は…もう無いがね」
あ…悪いことを聞いちまったか?
ちょっとばつの悪い感じで思わず視線を逸らすと、バンはふっと寂しげに苦笑した。
「気にするな…昔のことさ」
ちらとジェーンを見ると、やはり少し暗い表情をしている。
…昔の家のことで…何か悲しい思い出でもあるのだろうか?
今は無い…って…。
まるで、存在そのものが無いような言い方じゃないか…。
その時、何故か…ふっと、バンがテロリストへの怒りを表わした時の事が脳裏に浮かんだ。
まさか…テロリストに…やられた…とか?
だとしたら…一緒に居た家族も……まさか…。

…だが、二人の沈痛な表情に、おれにはそこまで尋ねる勇気が湧かなかった。

「お茶が入りましたよ〜!」
丁度タイミング良く、キッチンから巴の声がして、おれはホッとした。
あくまで偶然だろうけど、巴、ナイスアシスト!!
お盆に、茶たくに載った温かそうな湯のみが四つと、らくがんの入った器がひとつ載っている。
…って、ちょっと待て、ふたつで十分じゃないのか?
『ちゃんと』飲めるのは男二人だけだろ?
思わず指先で、テーブルに置かれたお盆の上を、ひとつふたつと数える仕草をして、巴とジェーンを
交互に指差す。
「まあ…気は心ですから〜」
にこにこしながら、巴が言葉で答える。
まあ…確かにね…って…いいのか?それで…。
だが、バンは、テーブルの上のお盆から、湯のみが載った茶たくをひとつ手にすると、そっと、
ジェーンに差し出した。
「折角のご厚意だしな…君も、付き合ってくれないか」
「え?」
一瞬、とまどいの表情を浮かべるジェーン、そして…一瞬後、彼女の瞳から、何だかじわっと
こみ上げてきている様に見えて、おれは思わず息を呑んだ。
「…あ……は…はいっ!」
…本当にドロイドなのかと思えるような…ちょっと何かしたら泣き出しそうなのに…それでいて、
とても嬉しそうな笑みを微かに浮かべ…ジェーンは湯のみを手にした。
まるで…感極まって嬉し泣きしそうな…そんな感じじゃないか。
……何だろう…この娘は…。
間違いなくドロイドなのだが…まるで…バンに対して、単なるマスター以上の感情を持っている
みたいに思える。
いや…バン自身も…見ていると、ジェーンが大切なのに…時々、わざと一線を引いているように
見える気がするのだが…。

だが、二人並んでお茶をすすっている様子を見ると…何だかちょっと良い雰囲気だ。
…こういうのって…悪くないな。

ふと気が付くと、巴がおれに、そっと湯のみを差し出していた。
黙って頷きながら受け取ると、小さく小首を傾げて笑みを浮かべてみせる。
黒い瞳が僅かに悪戯っぽく輝いている様に見え…おれは心底どきっとした。
それに対して巴は口元に手をあててくすっと笑う。
…まさか…巴の奴、ここまで読んでいたわけじゃないだろうな?

とりあえず一息、つきはしたものの…日が暮れて、今日はどのみち、これ以上の調査は無理だし、
詳しい説明をすると長くなるから…というので、ともかく今日は一旦、話を打ち切ることにした。

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