その晩の食事はいつになく賑やかで、とても楽しいものだった。
ダイニングのテーブルに、おれとバンが、向かい合って腰掛け、巴とジェーンが
キッチンでテキパキと作業している様子を見守っていた。
ジェーンは紺色のワンピースに着替えてエプロンをつけ、バンもガウン姿になっている。
…そして出されたものは、ご飯に味噌汁、あじの干物!海苔 、漬物、わさび漬け…。
はあ…なんだかどこかのお宿の食事みたいだが、時間も遅くなってしまい、初めから
作ると時間がかかる上、バンが日本食も大好きだと言うのですんなり決まったのである。
ただし、ご飯の炊き方、味噌汁の味加減は絶品で、おかずも巴の見立てだけあって
味も質も逸品揃い…バンはちょっと感激している様で、巴の面目躍如だ。
また当然の如く、『ご飯』を食べられるのは、おれとバンだけで、巴とジェーンはお茶を
『たしなむ』ことしかできないのだが…。
例によって巴が幾つかボケをかまし、案の定、ジェーンがにやりと笑ってシビアに突っ込み、
巴がちょっとふくれてやり返して…みたいな展開が続いていた。

例えばこんな具合だ。
「ふふふ…真あじは〜この沼津産が一番なのです〜」
自信たっぷりに、両手を腰にあてて男二人を見下ろす巴。
おれもそれには異存は無い。
「ん…でも、これ、沼津で水揚げして…小田原の工場で加工したものってあるわよ」
流しの横に置かれたパッケージの表記を、暫く読んでいたジェーンが、素早く?ジト目でツッコむ。
「え?…あ…あう… 」
自信たっぷりだった顔が引きつる巴。
ジェーンが、にやり…と絵に書いた様に意地悪く笑う。
…だが、あくまで面白がっているだけで、何だか本当に『くつろいで』いるみたいだ。
それに…本来の外見相応の可愛らしい表情で…これって…
お世辞抜きに良い笑顔じゃないか…?
「それに、実際は駿河湾近海産…とあるし…」
ジェーンがちらとおれとバンの方を見ながら言う。
「これって沼津産って言えるのかなぁ」
「い…いいんです〜!沼津の会社で加工したものですから」
「あ、良く見ると小田原産ってあるわ」
「えぇ…っ?」
「ははぁ…実は会社名と読み間違えたんでしょ…」
「う…うう…っ…そ、そうかも、知れないですけど〜」
何も言えなくなった巴はウルウルとなりながら、エプロンの端を咥え…
箸であじの身をほぐして口に入れていたおれに、救いを求める顔を向ける.。
なんだか、姑にイジめられる嫁みたいな感じで、思わず吹き出す。
「まあ、でも…なんだ…とても鮮度が良いし…美味いよ、本当に」
苦笑いしながら、おれが助け舟を出すと、巴はぱぁっと明るい顔になる。
「そ、そうですよね〜」
「あら、さっきは沼津がいっちばんなのです〜…とか言ってたじゃない?」
「うう…」
「小田原の人が聞いたら、とっても気を悪くするんじゃないのかなぁ?」
にまぁ…と、さらに意地悪く笑うジェーン。
けれども、その表情は明るく、この場を楽しむいたずらっこのような雰囲気がある。
派手に突っ込まれる巴も、たじろぎながらも…妙にオーバーアクション気味で、楽しそうだ。

いや、もちろんイジめられて喜ぶ属性があるわけじゃない…はず…と思うけどね。
そういえば、ここに来た直後より、バンは明るい表情だし…何と言ってもジェーンが…
何だか巴の妹…それもボケボケな姉をイジるツンデレな…それでいて姉が好きな
妹キャラのポジションに収まっている様に見え、おやおや…と思う。

…おれたちがあんな事になっている間、二人はどうしていたのだろう?
ふと、そんな疑問が頭に浮かんだ。
「そういえば…飯が炊けるまでの間、バンたちは何をしてたんだい?」
ふと正面を向き直って訊ねると、味噌汁を飲みかけていたバンが、いきなりブッと
つっかえたかと思うや、思わず、げほげほと激しくむせてしまった。
「ば…バン?」
冷静で穏やかな二枚目でも…こんなリアクションをする事があるんだな…思う。
「ま、マスター!」
あわてて駆け寄り、バンの背中をさするジェーン。
「あ…い、いや…その…」
バンが僅かにおれの視線を外し、微かに照れ笑いを浮かべる。
なんだ?このバンらしからぬ様子は…?
ちらとジェーンを見ると…妙にこちらを意識した顔で、僅かに赤い顔をしている…って…。
お、おい…まさか!?
この反応…まさかだろ〜!?

おい!冗談じゃないぜ〜!!
おれは全身の血が、さ〜っとひいていくのを感じた。
てっきり部屋でひとやすみしているかと思ったのに…。
あんたら、なんてことを〜!!
「ま、まさか…あ、あんたら…」
「……す、すまん……そ、そんなつもりじゃなかったんだが…」
「ごめんなさい…本当にごめんなさい!!」
バンがテープルに突っ伏し、ジェーンもぴょこんと頭を下げる。
おれは思わず天を仰ぎ、右手で顔を覆った。
「…そりゃないぜ〜」
「ごめんなさい、ごめんなさい!わたしが巴に教えてもらいたい事があって…」
「…それで…立ち聞きかぁ?」
へなへなになって、おれは枯れた声で言った。
「い、いや、その…具体的に何をしていたかは知らないが…」
バンが全くフォローになっていない言い訳をする。
「いや…だが…本当にすまない…ことをした」
そう言ってバンは、改めてテーブルに頭をこすりつけた。
「だけどよう…」
「…でも〜…事故では…仕方ありませんね〜」
ふいに巴が、口元に指をあて、困ったようににっこり笑いながら、小首を傾げて口を開いた。
「……え゛?」
おれも、顔を上げたバンもジェーンも、思わず目を丸くして巴の顔を見つめた。
巴の表情はいつもと同じ様だが、その背後に妙なオーラを感じて、おれはぞくっとした。
あ、いや、これはこれで何かソソられるんですが…っておれはM属性無いけど…って
違う…これは…やばい!
「もっとも〜」
巴がワンクッション置いてから続ける。
「ジェーンが気付いた後に、バンさんが来た…と言う事になりますと〜…途中からは立ち聞きの
意思があったとも取れますね〜〜…もし、そのおつもりだったとしたら…」
「そのつもりだったら?」
一見穏やかな笑顔の巴の瞳が、異様にきらりんと輝く。
「生かしてここから…お出ししないところですが〜〜」
ああっ…や、やっぱりキレかかってる。
そ…そりゃそうだよ…あんな恥ずかしい…二人だけの営み?を立ち聞きされたら、
もう半殺しどころか、全殺し(なんてあるのか?)だよ…普通。
し、しかし本当に殺人はいかんぞ、殺人は。
いや、で、でも、おれだって、本音は二人の記憶から全部消したいけど。
でも…だ、駄目だ、やっぱり実力行使は駄目だよ〜!
「ただし〜条件次第によっては、許してあげましょうかぁ」
口調こそ、まったりぽやぽやだが、有無を言わせぬ響きがある。
「じょ…条件って、なんだよ?」
本来、おれが二人の代わりに聞くつもりも、義理立てする理由も無いのだが、巴の
異様な迫力には、おれ自身も危機感を覚えて、思わず訊ねていた。
すると、巴はにっこり笑い、こんなことを言った。
「あなたがたの関係を総てお話しください…包み隠さず、全部です」

「おれたちの…」
「関係…ですって?」
まるで二人一役のように、繋がって言葉をもらした二人は、暫し絶句した。
「…はい、その通りです〜」
巴の背後にあった異様なオーラがいつの間にか消えている。
「わたしたちの大事な秘密との交換です…。
等価交換とするには〜…わたしたちの方が、か・な・り・重いですけどね〜」
巴…おまえ…。

バンは暫し口を閉じていたが、やがて、改めて丁寧に頭を下げ、そして静かに、
微かに、申し訳なさそうに笑みを浮かべて、重い口を開いた。
「わかったよ。…改めてお詫びすると共に…話させて頂こう」
「マスター…」
ジェーンは、小さく呟き、静かにバンを見つめていた。

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