「…おれとジェーンは…コンビを組んで、もう二年になるかな」
バンの声が静かにダイニングに響く。
おれの横には穏やかに見守る巴が、バンの横には複雑な表情のジェーンが腰掛けている。
対照的な二人の女性型ドロイドの様子をちらと見、おれは頷き、続けて訊ねた。
「それは…公私共に…ということかい?」
「ああ」
バンは両手を組み合わせ、ふっと小さく息をついた。
「その通りだ。おれたちは普段の生活から、FBIの任務に至るまで、総て…いつも一緒だ」
「総て…いつもですか?」
巴がにこっと笑う。
「では、わたしたちと同じなんですね〜」
おれの腕をぎゅっと掴み、肩に頭を寄せてみせる。
う〜ん…その念押しは、なかなか微妙だぞ…。
だって、なあ…同じってことは、つまりはその…。
「そうだな…それに………近いとは、思うよ」
バンが僅かに困ったような…照れ笑いにも似た…寂しげな笑顔を浮かべる。
「でもね…おれたちは」
「…もう一押しができない…それ以上を越えられない…とかですかぁ?」
「…え?」
バンとジェーンの二人が同時に声を上げた。
「だって…見てますと…何だかお互い、遠慮しているみたいですもの」
お…おいおい、巴さん?
随分、ストレートな球を放るじゃありませんか?
そりゃあ、おれだって知りたい…けどさ。
それは…敢えて聞かぬが花ではありません?

何と言うか…微妙に気まずい空気が流れた。
バンとジェーンはちらとお互いの顔を見、それから慌てて視線を逸らす。
…確かに組んで二年…にしては、ちょっと不自然な反応だ。
「黙ってちゃ駄目ですよ〜約束は、約束ですからね〜」
巴が人差し指をたてて、にっこり笑って追い立てる。
って、それってちょっと酷じゃないのか?
「だって…わたしとマスターの仲を知ってしまったじゃないですか〜…」
まるでおれの心の声に答えるかのように、巴は続ける。
「それにふたりは…とても…とても仲が良いみたいなのに、ある所まで来ると、絶対に、
今みたいに、目を逸らすじゃありませんか…」
いつしか巴の表情は、優しいが真剣なものに変わっていた。
おまえ…やっぱり二人を気遣って…わざと…。
巴の語りかけが、次第に透明感のある澄んだ響きに変わっている。
「それに…そんな時…なんだか、とても…とても悲しくて切なそうに見えるのです…」
「…おれも…そう思うよ」
思わずおれも言っていた。
「あんたたち…それこそツーカー…以上に息のあったペアなのに、一線引いてるみたいだ」
一瞬の間があった。
それはほんの数秒でもあるようで…それでいて、とても長く感じられる沈黙の間…。
…やがてバンは大きく息をついた。
そして、一度目を閉じてから、改めて決意した様に頷いた。
「確かにおれたちは…一線を引いていると思う」

「バン…」
ジェーンが小さな…本当に頼りなげな、か細い声で呟く。
「…良いのですか…?」
微妙に口調が変わってきている。
「…むしろふたりには知ってもらった方が良いと思う」
ジェーンの金色の髪に手を触れ、優しく握る。
「君には…辛いかも知れないが…」
「…いいえ…仕方ありません」
バンの手を取り、そっと自分の頬にあてながらジェーンは首を振った。
「それに…いずれは…こんな時が来ると思ってました」
ジェーンはゆっくりと手を離し、伏せ目がちにおれたちを見た。
精一杯微笑んで、頷いてみせる。
その表情は、強気だった面影は微塵も無い。
…おれたちは、とんでもない事を言ってしまったのか?
だが、このままで良いとは思えないし、もし、おれたちの事がきっかけで、ふたりの関係が
より深く、強くなれば…と思うのだが…いずれにせよ…ひとつの賭けだ。
バンは微かにひとつ息をついた。
そしてもう一度目を閉じ、それから改めて、おれと巴を交互に見据え、はっきりと通る声で言った。
「ジェーンは、おれの大切な…許嫁の分身であり……同時に…形見なんだ…」

その途端、遂に堪りかねたのか、ジェーンが勢い良く立ち上がり、そのままキッチンに飛び込んだ。
おれたちに背を向け、流しに手をかけ、静かにうつむいている。
肩が悲しげに小さく震え、ややをしてしゃくりあげ、涙をこらえて嗚咽しているのが見える。
その姿が何故か小さく見え、おれは切なくなった。
そうだよな…自分が最愛のひとの身代わりかも知れない…というのは…複雑だよな。
それに、バンだって、ジェーンを大切に思えば思うほど、許嫁を忘れられないだろうし、また、
それでいて許嫁の代用にはしたくないだろう…。

…と、いつの間にか巴がジェーンの後ろに立ち、まるで包み込むようにそっと抱きしめた。
まるで母親か、姉の様に…優しく、大事そうに…。
はっとした様子のジェーンが、少し振り向き、巴の顔を見上げる。
その両の瞳から一筋ずつの涙がつっと零れ落ちる!
巴はそっと頷き、小さく小首を傾げて静かに微笑む。
…途端に、振り返ったジェーンが、そのまま巴の胸に顔をうずめて、わっと泣き出した。
ずっと我慢していたものが…張り詰めていたものが切れてしまったように…
わんわんと…声をたてて。
そんなジェーンをそっと抱きとめ、そして頭を、髪を優しくいとおしげに撫でる巴…。

巴…やっぱり、おまえには、わかっていたんだな…。
おれにも、思わずちょっとこみ上げてくるものがある。
…そして、それと同時に、脳裏にピンと閃くものを感じて、こう訊ねた。
「ジェーンは…もしかして…シンクロイド・システムを使って、誕生したんじゃないのかい?」
「そうだ…」
巴とジェーンの姿を、暫く万感の思いで見つめていたバンは、そっと目を閉じた。
「ただし…実験用に日本から送られた試作品で、日本で完成したそれには到底及ばない代物だがね」
やはり…そうだったのか。
しかし、試作品ってことは…。
「それじゃ、ジェーンはオムニ・アメリカの」
バンは目を開いた。
「そう。次世代型ドロイドのプロトタイプだ」
そうか…だからここまで、ほぼ完璧と言える人間に近い情緒を持っているんだな。
おれは大きく溜息をついた。
これでいくつかの謎が繋がった…。

「……そうか…それで判ったよ…」 
おれは、先刻までの、幾つかのバンたちの様子を思い出し、嘆息をつきながら続けた。
「あなたは…テロか何かで許嫁さんを亡くした…そしてその代わりに…どういう経緯でかは知らないが、
許嫁さんの分身のジェーンがパートナーとなって、今、こうして一緒に戦っている…違うかい?」
「どうして…君がそれを…」
バンの瞳が驚きに見開かれ、おれは、ふっと小さく、寂しく笑いかけた。
「昔…その昔…おれも同じ様なことがあったんでさ…」
「え…?」
「おれも…まだガキの頃、大切なひとをテロで失くしたんだ…」
そうだ…おれの、大切な、初恋のひと。
そして、その人の名は……。
「…おれが…柔道だ空手だ、剣道だ…なんて、無駄だとか言われながら、色々武道を習ったのは、
大切な人を守れるようになりたいっていう…その一心からだったんだ」
「君も…なのか?」
バンの言葉に、おれは黙って頷く。
そうだ。おれは、本来、ともねえを守りたくて習い始めたのだ。
…結局、それは間に合わず、役には立たなかったけど…。

いつの間にか、ジェーンが巴の胸から僅かに顔を上げ、赤く腫らした瞳でこちらを見つめていた。
バンへの想いと、おれに対する親愛が感じられる、穏やかな表情で…。
おれは、ふと、巴の横顔を見つめた。
巴は…ジェーンを抱きしめたまま、静かに目をつぶっている。
その横顔が、一瞬、ともねえとダブり、おれは改めてハッとなる。
そうさ…もちろん…巴は、ともねえじゃない。
…だが…そうなんだ、おれもバンたちと、ある意味、同じなんだ…と思う。
「でも、ずっと、そのひとを理想とし、彼女一筋を貫き続けてきたおれの前に、その、おれより大きな
メイド姿の娘が現れたことで…おれは変わり、新しい愛に目覚めたんだと思うんだ…と思う」
あ…やべ…このおれが愛だとか…恥ずかしい事を説いてるな…。
おれだって本気で自覚したのはつい最近だし。
でも、言葉が止まらない。
「確かに、かつて想ったひとを忘れないのも大事だろう。それは、その人にとってかけがえの無い
ものだし…。忘れられるものでも、忘れて良いものでもない。でも、長い人生…ここらで新しく
出直して…また違った、忘れられない良い思い出を新たに作るっていうのも…良いんじゃないかな?
幸い…ふたりはベストパートナーみたいだし」
そう言ってから、おれは自分の発言の下手さが情けなくなった。
もっと気の利いたことを簡潔に言えない自分が恨めしい。
それに、ジェーンが許嫁の女性の分身だから…という部分については問題解決になっていないし、
もっと言えば、人間とドロイドという違いだってあるわけだし。
…だが…バンとジェーンを見ると、二人は真剣な顔でこちらを見つめていた。
「…君の方が、おれなんかより、余程強いんだな…」
バンが感動した様子でゆっくりと口を開いた。
「そうだな…彼女は彼女、ジェーンはジェーンだ…分身だとしても、おれにとってはかけがえの無い
大切な存在だ。それに変わりは無い」
「バン…!」
ジェーンが感極まった声をあげ、巴が彼女の背をそっと後押しする。
そして立ち上がったバンの胸に飛び込み、ふたりはしっかりと抱き合った。
「済まなかった…おれは、君の気持ちに気付いていながら、どうしても、踏み込めなかった」
「いいえ…わたしこそ、わたしが、あなたの大切なひとを汚してはいないか…と…」
「そんなことあるものか…」
「でも…わたしを…わたしとして受け入れてくださるのですね」
「もちろんそうだ!」
「嬉しい!…本当に…嬉しくて……幸せです…!!」
…はあ…なんだか、上手く行ったみたいだな…。
ちょっと力技で押し切ってしまったみたいだけど…(苦笑)

二人が熱い抱擁を交わしている姿に、おれは思わずほっと一息ついた。
ふいに、ちょんちょん…と、つっ突かれて我に返ると、巴が微笑みながら廊下の方を指差している。
…二人っきりにしてあげましょう…ということらしい。
こういう時の巴は、驚くほど気が付く。
これであの二人も、これからは更に良いパートナーとしてやっていけるだろう。
ちょっと代償は大きかったけど(苦笑)、何だか気持ちが晴れやかだ。
これも、すべて巴のおかげだな。
ありがとう、巴…。

それから、おれたちは、そのまま自室に戻り、直ぐに眠りに付いた。
そうそう、巴が念のため、寝室のドアに「先に休んでいます。また明日会いましょう」と張り紙を
してくれたが…実際にはおれは、巴のいる隣の書斎に簡易ベッドを持ち込んでいた。
そして、充電ベッドに下着姿で横たわった巴の隣に並んで横になり、彼女と手を繋いでいた。
ちと恥ずかしいが…今晩はなんだかこうしていたい。
…はっきり恋人宣言…しちまったしさ。
「ぼっちゃま…よろしいのですか?」
巴が心配そうに訊ねる。
「今日は、あれだけ色々あってお疲れでしたのに」
「巴の方こそ…バッテリーぎりぎりまで頑張ってくれたじゃないか」
おれは巴の手をそっと握り締める。
「それに…メシ前は……とても気持ちよかったしさ…せめてものお返しだ」
「ご褒美…嬉しいです」
巴がにっこり笑う。
「ば、ばか」おれは慌てて言う。「こんなのが褒美になるか…それは、その、また改めてだな」
「…ありがとうございます。ぼっちゃま」
巴も優しくおれの手を握り返す。
その手のぬくもりは、人工のものだけど…握る力の意思は巴の心の表れだ。
「おやすみ…巴」
おれは目を閉じた。
「おやすみなさい、ぼっちゃま…また明日です」
巴の優しい声が心地よい。
「また明日な…」
…おれの意識は、安らかなまどろみの中に沈んでいった。

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