「――なあ」
 「ん? 」

 自己制御を取り戻しつつあるのか、キティの表情からは興奮の色が薄れていた。『イェーガー』は背中を撫でる手を止め、
彼を丁度見上げたキティと視線を逢わせた。戦闘用ドロイドでも涙は流せる。眼球型に形成されたカメラアイ表面の洗浄の
必要もあるが…感情を付与されたドロイドには感情同調の機能により同期を取らせている。このGM製の素体『Mk−11F』も
その例外では無かった。目尻に涙が溜まっているのを、『イェーガー』はキティの右頬に左手を当て、親指でそっと拭く。

 「名前…まだ聞いてない。イェーガー、でいいのか? マスター、とかエイミーに…」
 「突撃猟兵の事は聞いていても、詳しくは聞いていなかったようだな」
 「何だ? その持って回った言い方…? 言いたく無いのなら別に…」
 「無いんだよ、俺には」

 目で続きを促すキティのカッパーブロンドを残りの4本の指で『イェーガー』は梳いた。――有機体で作られた紛い物の髪。
人間の髪とは違い、一方には滑らないと言う特性を持たない髪だ。訓練時に嫌と言う程に判別法を叩き込まれた内の一例だ。
嫌がる素振りを見せないのを良い事に、『イェーガー』は髪を梳き続ける。自分の中に未だに整理し切れないドス黒い何かが、
彼の喉元まで競り上がって来ていた。

 「生まれた時から突撃猟兵だった。認識番号SJ289306M。Sはシュツルム、Jはイェーガー、Mはメールで男性。それ以外が
 俺の名前だ。289306だぞ? 解るか? この俺は、生まれた時から爪先から頭の天辺までこの国の『モノ』だったんだよ」
 「そんな…ことって…」
 「許されない、か? 普通は、な。だが俺達は遺伝子工学の産物だ。人工的に交配をされ、兵士に最適な肉体を持ち生まれる
 よう受精卵の段階からナンバリングされて国家の研究機関で管理されてきた。だから突撃猟兵だけはな、『特別』だったんだ」
 「どう考えてもそれは…しゅ、守秘義務の範疇だぞ、それは…」
 「それが突然お払い箱さ。今は優秀な戦闘用ドロイドがゴマンと居るから人間なんぞランニングコストを食うだけだ、だとさ。
 実弾演習にかこつけて俺以外のお仲間、全部で200人の認識番号しか無い人間の野郎どもは、嫌だと涙を流す、戦闘技術を
 全て伝授し、必死に立派に育て上げていた戦闘用ドロイドに狩られて次々と死んでいったのさ。…俺一人を残して、な…」

 キティの右手が、キティの頬に当てている『イェーガー』の左手にそっと重ねられた。キティの左手が『イェーガー』のそれと同じ
ように、『イェーガー』の頬に当てられた。何時の間にか、涙の川が『イェーガー』の頬を伝っていた。

 「良かったらもっと…聞かせてくれ…」
 「『大隊長、もし、俺がシャバに生まれてたら…』いつもそう言ってた気のいい奴等だったんだ! あいつらが何をしたって言うんだ!
 邪魔になったのなら、せめて戦場で死なせて欲しかった! それならば国のために生まれて国のために死ねたと道理が通った!
 だが全員が廃棄物扱いはあんまりだろうが! 挙句の果てには俺達の出自がマスコミに透っ破抜かれたから処分したのだ、だと?!  
 ふざけるな! 俺達は国家のために生きて来た! 絶対絶命の死地の状況下に置いてくれればそれで良かったんだよ!」
 「…突撃猟兵は優秀過ぎたんだ。私が聞いているだけでも不可能なミッションをを95%の確率で達成に導いて来たらしいからな。
 誰もお前達を殺せない。この国の官僚どもは恐かったんだろうな…。お前達が自由の野に放たれた時に起こる地獄絵図がな」
 
 『イェーガー』は何時の間にかキティの胸に赤子のように頭を埋め啼いていた。その広く逞しい背を撫でるキティには、間違い無く
『母性』があった。キティは戦闘用『ドロイド』だ。『ドロイド』は製造段階からその用途を限定されていた。だから己の境遇に納得出来る。
だが、『人間』の『イェーガー』も自分と同じだった事に驚いていた。キティが『女性型戦闘用ドロイド』ならば、言わばこの『イェーガー』は
『男性型戦闘用人類』だ。どちらも行き場を無くし、先の事など何一つ解らない同士だった。キティは、大きく深呼吸する。

 「…なあ、道に迷った者同士…やり直しの儀式を…『して』見ないか? 」
 「? 」

 『イェーガー』、SJ289306Mが顔を上げた。まるでキティが軍の映画で見た少年のような幼げな表情をしていた。男は女の膝で泣き、
少年に戻る一瞬がある。間違い無く『イェーガー』は人間だとキティは思った。…大抵のドロイドはそんなに純粋な仕様では無い。

 「貴様さえ良ければこの私を…抱いて…欲しい」

 『イェーガー』の顎がカクン、と落ち、すぐに唇が引き結ばれた。見る見る内にその顔が真っ赤になって行くのがキティには解る。
多分相手にも同じ様に自分が頬を染めているのが見えているのだとキティは羞恥とともに思う。男のハードな告解の後に言う事では
無いこともキティは理解していた。・・・・・・だが、胸の奥に生まれたこの衝動を無理矢理に消すには…最早彼女には遅すぎた。

 「…嫌なら…!? 」

 突然キティのタンクトップが引き上げられ、小振りな双乳が外気に触れた。キティの集積回路に未知の感覚データが送り込まれる。
乳首を歯で愛撫される感覚データなど、諜報用はともかく、純然たる戦闘用ドロイドには全く不要な存在である。だが、その感覚データは…
甘美なものとして認識された。自分はこの男、根っからの兵士だった男に現在、必要とされているのだと言う喜びとともに。