『ありがとう…ごめんね…本当に…』
お袋の申し訳無さそうな声が返ってきたが、おれは首を振った。
「いや…ともねえの事が絡むなら、おれ自身がケジメをつけたいし…構わないよ」
『それでも巴ちゃんを第一に…してくれるのね?』
「もちろんだ」
そう言ってから、おれはいくつか、お袋の言ったことに疑問を感じて尋ねて見る事にした。
「…ただ、ちょっと気になったんだが…」
『ん、それはなに?』
「かあさんは、はじめ、今回の事件は『ドロイドが、シンクロイド・システムを使って暴走させている
可能性が高いがその証明はされていない』と言ったね?でも、今の口ぶりだと、明らかに今起きて
いる事象が奪われたシステムと…ともねえ…の分身のドロイドが原因だと判っている様な
ニュアンスだが?これは…今起きている事象から判断したもの…と見て良いのかい?」
『…やっぱり、なかなか鋭いわね』
お袋の感心した様な声が返ってきた。
『貴方…やっぱり今の仕事辞めて、ともちゃんと一緒にあたしの助手やらない?』
「…冗談は良いよ…で、どうなのさ」
『あながち冗談でも無いんだけどね』
ぶつぶつと小さく呟くお袋だったが、すぐに続けた。
『確かにその通り、実験データと付き合わせた、状況証拠から判断して…よ。倒れたドロイド達のうち、
まだ意識のあるコたちに協力してもらって、色々調べたら、マルチリンク・システムから何かのデータが
侵入していて、それを特定しようとしたところ、それがウイルスとかでは無く『意識』だと判ったわけ』
「そうか、その波形なんかのパターンが」
『そう。それが、シンクロイド・システムでの過去の実験データと酷似していたのよ…。
ただそれを特定するのに、えらく時間がかかってしまったけどね』
「なるほどね」

おれは頷き、改めて巴の顔を見つめた。
良く見ると確かに、どこか、ともねえと似た顔立ちだ。
もちろん198センチという身長に合わせたバランスに直されているが…。
きっと最初は、ともねえの完全な分身…いや、ともねえ自身でもあったのだろう。
おれがまだまだ子供だった頃…もしかしたら、おれが告白した時…巴も聞いていたのかもしれない。
…だが、それと共に、違う疑問がわき上がる。
「でも…ともねえが亡くなって、シンクロイドシステムが封印されてから、かなりな年数が経つのに、
どうして今になってこんな事になったんだろう?」
『これはあたしの推測だけどね』
お袋は一言一言ゆっくりした口様で続けた。
『たぶん、テロリストは、はじめは自分の親玉に使うつもりだったと思うのよ。でも、その為には、
被験者の分身であるドロイドが必要となるし、かなり細かい調整が必要になるわよね』
「でも、開発の中心だった…ともねえは…もういない」
『そう。でも、それからその後、ドロイドたちを一斉にコントロール出来るシステムに変更されて
再度、システムの存在がクローズアップされた』
「……兵器転用の可能性があれば、実用化して実戦に使えるし…量産できれば商品化できる」
『そういうことね。まあ、さっき『暫くして…』なんて言ったけど、実際は、ともちゃんに一旦封印されて
から、計画の見直し提案が出るまで数年経ってたし…そこから、試作品完成まで更に数年…
それから試験・検討期間とか色々見れば…結果的にボツでも、年数的にはかなり経つわよね』

…お袋の回答に、おれはやっと疑問が氷解された思いだった。
先ほどからのお袋の口ぶりでは、ともねえが亡くなると共に封印された計画のシステムが、比較的すぐ
違う形で計画が復活し、再開発されたように思えたのだ。
「なるほど…確かに、全く新しいものの開発には、かなりな時間、年数がかかるし…それから奪われた
先でテストされていた期間があったとしたら…」
『丁度、今ぐらいではない?』
「うん…確かにそうだな」
…おれは頷き、それから最後の疑問を口にした。
「だが…その間、ともねえの完全な分身のドロイドは…どうなっていたんだい?」
『……それがね…』
お袋は少し口ごもった。
『実はずっと眠っていたのよ』
「巴が再起動された時は?」
『…その時…既に奪われていたらしいの…たぶんシステムと一緒に』
「何だって!?」
『…それ…あたしたちも、巴ちゃんを再起動する時、初めて知ったのよ…。担当も変わっていたし…』
おれは目の前が一瞬暗くなる思いで溜息をついた。
『今話した一連だって、知ったのはその頃。それに本当はね…巴ちゃんと、トモミ…朋ちゃんの
分身の娘の名だけど…二人一緒にあなたに託したかったの』
「え?」
初めて聞く意外な話と名が出て、おれは目を丸くした。
二人一緒?
巴と…もうひとり…トモミ…だって…?

『トモミは、テロリストの悪用防止に、朋ちゃんに意識や記憶を、総て封印されてしまったの。
でも、記憶こそないけど、朋ちゃんの意識…心は巴ちゃんに総て受け継がれている…。
だから二人にリンクしてもらい、同じ心にして貴方に…本当はそう思ってたのよ』
「そ…そうだったんですか〜」
巴自身が困惑気味に口を開いた。
『でも、テロリストに奪われた時点で、もう駄目だろうと諦めていたの…たぶん…』
「ぶ…分解されたり…改造されたり…ですかぁ?」
大柄な割りに小さくぶるぶる震える巴。
『今だって、そうなっている可能性があるわ…』
「……それは…そうだ」
ばらばらにされて、シンクロイド・システムの頭脳として使われている可能性も否定できない。
…それは、自分の半身とも言える巴にとっては辛い可能性だろう。
最悪の事態も考えなくてはなるまい。
「でも…それでも…」
おれの決意は変わらない。
「おれは巴と一緒に、その『トモミ』を解放する為に力を貸すまでだ。それが例え、どんな形で
おれたちの前に現れようともな…」
「ぼっちゃま…ありがとうございます…」
巴はそっと囁くと、握ったおれの右手を胸に押しあてた。
たぷんと柔らかく、同時に張りのある大きな温かいふくらみ…。
巴の両手も、人工のものと思えない穏やかな温かさで、思わずほうと安堵の息をついた。
「…でも、できることなら…無事な形で再会できると良いんだがな」
巴はこくりと頷いた。

その後、お袋は、現在、断続的に発信されているシンクロイド波を逆探知していることと、
システムを奪ったテロリストの下部組織が、今は制御できなくなって放棄している可能性が
あるので、状況によってはおれたちに連絡する…と言って、電話を切った。

時計を見ると八時…。
通常の出勤よりは早いが、今は月次…30分は遅れている。
「…今朝は寝坊したか…って、ヒデにツッコまれそうだな」
思わず苦笑すると、巴は少し神妙な顔で頷き、再びハンドルを握り、シフトチェンジした。
クルマは再び静かに走り始める。
…それから暫く二人とも口を閉ざしていた。
もうひとりの…初めて聞く…或いは、思い出した名前に…少し動揺していたのかも知れない。

「なぁ…巴」
次の交差点を左に曲がると会社…という所まで来た時、おれは思い切って口を開いた。
「もし…トモミ…が、巴と一緒におれの下に来ていたら…どうだったんだろうな」
おれの問いに、巴は「え?」と小さく声を出し、それから軽く眉を寄せた。
「……う〜ん…そうですねえ…」
なかなか考えがまとまらないみたいだ。
だが、やがて、少し困ったように、そして僅かに寂しそうにこう言った。
「ぼっちゃまは、わたしでなく『トモミ』を選んでいたかもしれませんね〜」
「!」
図星だ…いや…しかし…そんな答えを求めていたつもりではない。
でも…おれは馬鹿だ!そんな事に思い至らないとは…なんて間抜けなんだろう。
さっきから、あれほど『ともねえ』に対して意識していたのに、姿まで近い存在の可能性が
指摘されたら…やっぱり気になるだろうし…。
まして見つかった…としたら、巴自身はどう思うのだろう。
おれは巴にとても申し訳なく思い、思わず言葉を飲み込んだ。

「でも〜…」
だが、本社前に着き、クルマを停めると、何を思ったか、巴はニッと笑った。
「今、ぼっちゃまのおそばに居るのは、この『わたし』ですから〜…」
悪戯っぽく『勝った』とばかりにガッツポーズをとる巴。
「巴…」
「あ…でも〜…もし〜改めてトモミが見つかったとしたら〜」
巴は口元に指先を当て、ちょっと考えるそぶりをした。
「わたしと意識が…心がひとつな訳ですから…ちょっと複雑な気持ちかもです〜」
「心はひとつ…か」
「でも〜身体はふたつ…こころはひとつ…としたら、ぼっちゃま、いかがです?」
おれの頭の中に、巴と、ともねえの姿をした少女が並んで踊っている姿が思い浮かんだ。
なんだかなぁ…と、思わずふっと苦笑する。
「あ〜!今〜鼻で笑いましたね〜」
ぷっと膨れながら、おれの鼻先に人差し指をつける巴。
「あ…いや、そういう訳では…」
「ぷんぷんです〜」
「ごめんごめん」」
「も〜…ひどいです〜…こころがひとつなら…」
一瞬眉を吊り上げてから、巴はおれにそ〜っと顔を寄せた。
「やっぱり幸せ独り占めなのです〜!」
「え?」
「しかも…しかもですよ〜…一緒にぼっちゃまにご奉仕させて頂く事だって可能じゃないですか」
「え゛…ご…ごほうし…だって…」
…当然、違う想像が浮かんできて、思わず固まった…。
何せ…少し艶っぽい笑みを浮かべた巴と、ティーンのともねえが…裸で迫ってくる図が…。
そ…それってこの世の天国じゃないのか?…って…おいおい!?
ば…ばか…おれはイッタイ何考えてるんだ。
…ま…まずい…朝からとんでもない妄想が…。

そんなおれに気付いたか…巴は、にま〜っと嬉しそうな笑顔で口元に手をあて、うふっと笑った。
「アダルトなぁ魅力の〜このわたしと、ティーンなわたしが一緒にご主人様に…なんて〜
…もうもう想像しただけで、回路が熱く火照ってきちゃいますよ〜」
「んな回路付いてないだろが…大体、誰がアダルトな魅力だって?」
それだけは違う。
思わずツッコんだおれに、ガクっとなる巴。
だがその表情は明るい。
気が付くと、巴のそんな前向きな考え方に、おれ自身の沈んでいた気持ちが、少しずつ癒されて
いることに気付いて、あらためてふっと笑みが漏れた。
そうだ、悪い事ばかりとは限らないよな。
良い方への可能性があるなら…そちらを信じてみる方が良い。
「まあ…でも、そんな事になったら…楽しいだろうな」
いつものように、巴はにっこり明るく笑って頷いた。
やっぱり巴は最高のパートナーだ。

正面の駐車場のゲートが、シュワちゃんによって開けられ、その横で春日課長と秀一たちが
「遅刻よ」「罰金だぁ」と言いながら、こちらに向けて大きく手を振っているのが見えた。
巴が窓から手を出して、嬉しそうに彼らに手を挙げて返す。

さあ…今日も一日、長い仕事のはじまりだ…。

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