二日目の仕事は、おれたちが遅刻した事で出だしで少し遅れたが、とても順調に進んだ。
もっとも、昨晩は最後のあと片付けも、戸締りも全部おれたちがやって帰ったので、実際は
誰も文句など言わなかったが…。
そして、昨晩打ち出したチェックリストから、前年同月や先月に比べて金額的に増減の大きい
ものを弾き出して、個々にその理由を確認して内容に異常が無いか最終確認するのだ。

「結局…今日も三課の皆はお休みだったか…」
午後三時…今日もここまで順調…どころか、明日に予定していたところまで処理が進んでいる。
今日は、寝不足気味だったのに、巴とシンクロイドの一件でちょっとすっきりしたのか、思ったより
作業は図どり、巴もいつになく妙な気合が入っていて、秀一たちは驚いていた。
ふと、作業の手を止め、おれの向かい合わせの席で書類を作成している巴の、後ろのフロアを
ちらと見やると、そこは電気が消された寂しい有様であった。
「まあ、あっちは繁忙期で無いから良かったけど…彼らの家のドロイド達…大変だよな」
「…そうですねえ」
巴も顔をあげ、ちらと主たちのいない机の並ぶフロアーを見た。
「結局、対応はとれたのでしょうか〜?」
「…さっきメーカーから連絡があって、ドロイドたちのリンク・システムを直ちに止めてサービス
センターまで連れてくるように…という連絡があったわ」
横の課長席から、お千代さんが声を掛けてきた。
「なんでもウイルスが混入していて、それがAIを狂わせたそうね」
おれたちは、春日課長の方を向いた。
「今、順番にサーピス・センターから迎えのクルマが来ていて、うちのアオイも明日連れて
行ってくれることになってるわ」
「そうですか」
そうか…親父たち技術者は、結局、そういう対応にしたのか。
確かに、リンクシステムさえ絶てば影響下からは切り離され、外部から入り込もうとする
『意識』が無くなる。
そうすれば彼ら自身の自我や意識は、再び改めて維持される。
やれやれだな。と、事情を知るだけにちょっとホッとした。
「でも皮肉な話ですね」
すぐ右から秀一の声が入ってきた。
「おれたちのパートナーは皆、旧式で、未改修だったから、ピンピンしてた訳ですからね」
「まあ…そうだけど」
春日課長が失笑を浮かべる。
「その言い方…気を付けた方が良いわよ」
「え?」
言いかけた秀一が背後からの殺気に気付いてぎょっとなった。
「ま・す・た・ー!!」
そこには楚々とした美しい日本美人を、少しあどけない顔だちに仕上げた感じの良く似た二人。
それは、腕組みしてジト目で睨むチャチャと、困った顔で笑っているネネの姿。
「古くて悪うございましたね〜」
「ままま待て…べべべ別にわるいと…ぐぎゅ」
秀一は、斜め横に回りこんだネネにヘッドロックを掛けられ、目を白黒…。
「大体、ともちゃんだっているじゃないですか!」
「…すまん…ぐるじ…ゆるせ〜」
「淀ちゃん…そろそろ外さないと」
いよいよもって秀一がオチそうなのに気付いて、ネネが慌てて止めに入った。

おれは笑いながら敢えて止めずに見ていたが、ふと、巴が彼らのやりとりを見ず、じっと窓の外を
見ていることに気付いて、おや…と思った。
仲の良い面々を前にして、こんな事はとても珍しい。
春日課長も、秀一をシメていたチャチャも、ネネも…そして腕を首に巻かれた秀一も、思わず動きを
止めて、じっとしたまま、身じろぎひとつしない巴を心配そうに見つめた。
「……!」
と、一瞬、巴の黒い瞳が大きく見開かれたかとみるや、それからすっと眉を寄せるや、おれの方を
向き、いきなり立ちあがった。
「どうした?巴」
おれを見つめる、凛としたその表情は真剣そのもので、異様な気迫すら感じられ、咄嗟に『巴御前』の
名を思い出して一瞬だじろいだ。
「ぼっちゃま…『トモミ』がきます」
「!?」
「トモミが…わたしを探しているのです…」
「トモミが…何だって?」
巴は、まばたきひとつせずに、おれをじっと見つめた。
ドロイドとは言え、今は完璧に、まばたきまで再現できるのだ…と言う事は、これは冗談ではない。
もっとも、巴がそのテの悪い冗談を言う事はあり得ないが…。
「おまえを…だって?」
秀一たちが、おれと巴のやりとりを呆気に取られて見ている。
それもそうだろう。
いきなり映画かドラマのワンシーンみたいな展開になってきているのだから。
…しかし、どう説明したものか。それに…。
「だが、今は所在がわからないって」
「今は…判るんです。そしてトモミは、明らかにわたしの存在を…把握しています…」
「把握して…って、じゃあ、おまえを狙っているっていうのか?」
「判りません…でも、恐らく」
「だったら警察に連絡して保護を求めよう」
咄嗟にお袋を介して、警察の専門部署に頼もうと思った…が、巴は大きく首を振った。
「武装ドロイドも一緒です。ですから、わたしが、このままここに居ては、皆さんに迷惑がかかります」
例によって巴の口調は変わっている。
…昔の、ともねえの話し方だ。
そう思うや、巴は課長の方に向き直った。
「あまり時間がありません…春日課長…大変申し訳ありませんが…」
「ちょっと落ち着け!」
堪り兼ねて、おれは思わず怒鳴りつけていた。
はっとなる巴。
みるみる表情が崩れていく。
おれも強く言い過ぎたかと思い…少し語調を落としてなだめるように言った。
「いきなり突拍子も無い事を言われて、はいそうですか…って訳はいかないだろ?」
「……ごめんなさい」
巴は肩を落とし、しゅんとした顔でうつむいた。
暫しの沈黙…。秀一たちも何も言えないでいる。
おれもちょっとばつの悪い感じで次の言葉を失った。

次の瞬間、いきなり電話が鳴った。
おれは内心、少しほっとしながら電話をとった。
「はい、営業二課ですが」
『…居たわね。丁度良かったわ』
今度はいきなりお袋の声…おれは内心呆れながら訊ねた。
「なんだ、かあさんか…今勤務中だが…こっちから頼もうと思っていたことがあるんだ」
『警察を派遣してくれ…違う?』
単刀直入に切り返されて、おれは唖然とした。
「と、言う事は…巴が言っていたことは事実なのか?」
『なに?ともちゃんがどうかしたの?』
「トモミが…巴を探しているって…」
『そう…やっぱりね』
だが、お袋の声は意外すぎるほど冷静だった。
『たぶんそんな事だろうと思っていたわ』
「何が起こっているんだ?…巴が落ち着きを失っていて、早くここを出ると騒いでいるが、この場合、
何をどう対処すれば良いんだ?」
『まずテレビをつけなさい。それからこの電話、千代ちゃんに廻して』
「千代ちゃん…って、課長に?」
『いいから…急いで!』
「課長…うちの母からですが、よろしいですか?」
お袋の有無を言わさぬ言葉に訝りながら、課長席を向くと、春日課長は、そっと頷いて返した。
おれは電話を廻し、それから、ちら、とうなだれている巴を見てから席を立ち、課長席横のテレビをつけた。
春日課長がコードレスホンをつけたままテレビの方を向き、マシンルームからやってきた天野さんと
シローがやはりテレビの画面に見入った。

…そこには…クーデターかデモ行進を思わせる異様な光景が展開していた。

あるドロイド・メーカーの製造工場に陣取ったドロイドの一団。
彼らは、あるいは腕に武器がつけられ、あるいは非致死性の武器を手にして、工員たちの動きを
封じている光景が幾つも映し出された。
また、別の画像では、ドロイド・ショップに数人のドロイドが占拠して、店員たちを拘束していた。
さらに、自衛隊の師団本部でもドロイドが武器を押さえている様子が…。
ただ、見ていると、一見あくまで穏やかに…かつ無言の圧力で人々を抑え付けている感じだ。
「まさかこれって…ドロイドの…ク−デター…なのか?」
秀一が席を立ち、その後ろの左右には不安げな様子のネネとチャチャ。
おれは巴の横に立ち、そっと肩に手を置いた。
「怒鳴って悪かったな」
「…ぼっちゃま……本当に…ごめんなさい」
巴が顔を上げ、潤んだ瞳でおれを見つめた。
「でも…どうやら…トモミと対決しなくてはならない様なのです…」
「対決…だって?」
風雲急を告げる…とは、こういう事を言うのだろうか?
「トモミが…おまえに宣戦布告してきたのか?」
「はい…厳密に言いますと…システムがですが…」
シンクロイド・システムという言葉を敢えて使わず、言葉を選びながら巴は頷いた。
「たぶん、システムにとって、わたしはイレギュラーなのでしょう」
「いや…だが、トモミはおまえとは、同じ『ともねえ』の分身じゃないのか?だったら…」
おれがそこまで言いかけた時、春日課長が席を立ち、おれたちの前に寄って来た。
耳にはコードレスホンをつけたままだ。
その表情は厳しくも、おれたちに対して何か思う事がある様に思えて、思わず襟を正した。

「…ふたりとも話中、悪いけどね…」
「課長?」
「これから、あなた方に特別出張を命じます…」
「は?」
春日課長は眼鏡を取り、おれと巴を交互に見、それからコードレスホンをおれに差し出した。
「事情は先生から伺いました…」
そう言ってお千代さんは静かに微笑んだ。
「先生って…母のことですか?」
「ともかく、お聞きなさい」
そっと背を叩かれ、受話器を再び手にし、おれは口を開いた。
「…もしもし、何がどうなってるのさ?」
『千代ちゃんは、わたしが家庭教師していた頃の生徒さんなのよ…幼い頃のともちゃんとも
面識があったし、ある程度の事情は知っているから安心なさい』
え?…初耳だぞ…そんなの。
とは言え、今そこで色々聞いている余裕は無さそうだ。
「…そ、そうなのか?…それでおれたちに、何をさせるつもりだ?」
『そうね…あなたたちには、まず、これからオムニ・ジャパンの研究所まで来て欲しいのよ』
「巴は…トモミと対決しなくてはならないと言っているが…」
『その通り…その為の準備もお膳立ても、今こちらでやってるわ』
「そっちから来てはくれないわけだ」
『悪いけど、こちらも余裕がないの。それに、そこでは駄目。街中だし、リンクシステムが
充実しているから、ともちゃんの所在地もすぐ判るからとても不利。だから、研究所まで
誘き寄せて欲しいの。勝負はそこでつけるわ』
「しかし…この電話が盗聴されていたら…」
『されていたとしても…敵はその位の事は考えているから大差ないわ。但し、これから以後の
連絡は父さんが装置を仕込んだ、例の携帯に切り替えた方が無難だけどね』
おれは思わず舌打ちした。
親父ならともかく、お袋がここまで言うのは、あまり状況が良くないのだろう。
「…ともかく、研究所までたどり着けば良いんだな?」
『途中、武装したドロイドたちが、あなたたちの命を奪わない程度に大挙して襲ってくると
思うけど…大丈夫?』
「ああ。やるとも…」
『…じゃ、すぐにそっちに強力な助っ人が行くから、暫くお待ちなさい』
「わかった…」
「それじゃ…」
お袋はそう言い掛け、それから一言一言しっかりとおれに言い聞かせる口調で言った。
『…それと…くれぐれも巴ちゃんを信じて…絶対に離しては駄目よ!』
「もちろんだ」
『何があっても…巴ちゃんを信じるのよ。いいわね?』
「?…ああ。もちろんだ」
おれはお袋の言い方が少し気になったが、無論、異論などあるわけがなかった。

コードレスホンを春日課長に返し、おれと巴は秀一たちにやりかけの作業の状況を伝えた。
…特別出張の内容については一切話していないが、秀一たちはその事には一切触れず、
最後まで説明を聞いてくれた。
そして、おれの説明が終わるや、秀一は笑顔でこう言った。
「何か、大変な事に巻き込まれているみたいだけどな…ここは任せておけ」
「…済まん…ヒデ…皆も済まない…」
おれは頭を下げ、巴もぺこりと大きく頭を下げた。
「いいさ…仕事も、お前さんたちのお陰で、明日予定していた分まで入っているし」
「くれぐれも気をつけてくださいね」
天野さんが、巴を気遣うような視線を向けながら口を開いた。
「済みません…優奈さん」
巴がもう一度頭を下げた。
「…では課長…行ってきます」
おれは一礼し、春日課長は眼鏡を掛け直してゆっくりと頷いた。

エレベータホールから地下駐車場に出て、愛車に向かおうとしたところ、ふいに脇からふたつの
影が飛び出してきて、おれたちは反射的に身構えていた。
が、その影の主を見るや、おれたちは驚いた。
「バン!…ジェーン?」
黒のスーツ姿のバンと、濃紺のワンビース姿のジェーンがそこに居た。
…手には銃を持って。
っておいおい…まさか、その格好のまま、この本社ビルに入り込んできたのか?
「やあ…騎兵隊到着…にはちょっと人数が少ないがね。援護に来たよ」
バンは人懐っこい笑みを浮かべながらスーツの上着の裏に銃を仕舞った。
…なるほどショルダーホルスターか。
一方のジェーンは短めなスカートの下にバレルの短い銃を…。
まるでスパイ映画のノリだ。
「お袋の言っていた助っ人…って」
「うん。だが、まさか君のご両親が、先生たちだとは思わなかった」
バンは頷き、それから巴の顔を見て感慨深そうに言った。
「それに…巴くんも…ジェーンと同じだったんだな」
「バン…あまり時間がありませんから…急ぎましょう」
ふいにジェーンが口を挟み、それからおれと巴に向けてにっこり笑いかけた。
それは、一番最初に最悪な形で出合った時と違い、親しい友人に再会した時の優しい笑顔…。
おれも巴も、おもわず笑みを漏らした。
そんなおれたちを暫し笑顔で見守っていたバンは天井を指差してすぐに言った。
「外におれたちのワゴンがある…それに乗ってくれ」

駐車場のスロープを駆け上がり地上に向かうと、出し抜けに『シュワちゃん』と『スタちゃん』の
二人が足音も荒く、血相を変えて飛んできた。
「大変です!ゲートの外は、ドロイドの一団が陣取っていて、全く出入りができません」
警備員服のシュワちゃんが困惑しきった顔でおれに告げた。
「…しまった。先手を取られたか」
バンが口惜しげに呟く。
そのまま外に出ると、本社の敷地のゲートのエリアのラインの向こうに、数十人のドロイドが
一斉にこちらを向いてじっと立っていた。
…良く見ると、彼らは総て女性型。
しかも服装などまちまちだが、整った可愛らしい顔立ちは皆似ていて、全員の衣装の左胸に
それぞれ『OJ-MD8』のナンバーが記してある。
だが、その半数近くの腕には収納式と思われる武器が装備され、残りは手持ちの銃やら
日本刀と思われる武器を全員が携行している。
ちょっと待て…この連中、どこからそんな武器を持ってきたんだ?
第一、腕に武器を仕込むのは違法じゃないのか?

『OJ-MD8』は本来、最新型の巴の妹分だ。
民生用としてはハイスペックのドロイドで、リンク・システムを両腕と両肩に内蔵して、どんな
状況においても、すぐに『経験値』をダウンロードして対応できる万能型だ。
しかも本来は優しい性格設定のはずなのだが…。
ここにいる『彼女たち』は無表情で…しかも、どこか怒っている様な雰囲気が感じられた。
そして、巴の姿に気付くや、
<『tomo』…我々と一緒に来てください>
と、一斉に口を開いたのだった。

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