「わたしは行きません」 巴は静かに語りかけるように、少女型のドロイドたちに向けて呟いた。 その表情は、先刻、オフィスで狼狽していた時と違い、落ち着き払ったものだった。 …既に腹を決めたおれたちはともかく、課長や秀一たちさえ巻き込まないなら、巴も安心だろう。 そう思いながら巴の背に右手を触れると、申し訳なさそうな表情が返ってきた。 「…ぼっちゃま…」 おれは片目をつぶり、精一杯気取ってみせた。 本来、おれのガラじゃ無いんだけどね…。 「巻き込まれたつもりはないさ…おれは巴のマスターだ」 「ありがとうございます…でも」 「でもも何も無いさ…一番悪いのはシステムを奪った連中だろう?」 「は…はい」 おれを見つめる黒い瞳が、また、じわっと瞳が潤んできている。 駄目なんだよなぁ…この泣き顔が健気でとても可愛らしいんだ。 とは言え、あんまり泣かれるのもなあ。 思わず巴の頭を撫で、苦笑いした。 「良いから泣くなって…それより、この状況、何とかしなくてはだ」 おれたちの様子を微笑みながら見守っていたバンは、二人の警備ドロイドの方に向き直った。 「君たち…裏口はどうなっている?」 同じく警備服姿の…垂れ目の二枚目ドロイド『スタちゃん』が肩をすくめ、首を振った。 「同じです。むしろゲートの幅が狭い分、詰まった感じですよ」 「バン…いっそおれのクルマで突っ込むか…」 「それしか無いか」 「いえ、あの人数では、ゲートを空けた途端、なだれ込んできてクルマごと止められますよ」 「…すると…打ち倒して強行突破…するしかないのか」 おれは苦いものを噛み締めながら呟いた。 相手は…うら若い乙女の姿をしたドロイドたちばかりなのだ。 操られているとは言え、破壊するのは忍びない。 「だが…武装している以上…テロリストと変わらない…そう思うしかないだろうね」 バンがおれの気持ちに気付いたのか、穏やかに、けれどもきっぱりと言い切った。 「テロリスト…」 「…救いは、少なくとも傷つける可能性はあっても、殺す意図がない事だ」 「!」 おれは巴とジェーンを見た。 おれの視線に気付いた巴は、信じます…という表情でにこっと健気に笑って頷き、ジェーンは 小さく笑みを浮かべて右手の親指を立てて返した。 …巴は捕らえられたら…分解され、改造されるかも知れない。 ジェーンに至っては、単に排除すべき対象にされるかも。 …そう思った瞬間、腹は決まった。 「スタちゃん…警備室に、ドロイド用の電磁警棒は何本ある?」 「確か十本以上はありますが…」 シルベスタ・スタローンに似た巨漢のドロイドが目を剥いて聞き返した。 「まさか…本気ですか!?」 「本気さ…」 「しかし…皆さんを危険にさらす訳には…」 「気持ちはありがたいが…訳あって、今すぐここを出なくてはならないんだ」 暫くの沈黙…。 だが、一度目をつぶった彼は、再び開くと相棒のシュワちゃんの方を向いた。 「電磁警棒…あるだけ持ってこよう」 「よし…」 頷いたシュワルツネッガー似のドロイドは、おれの方を見、にやりと真っ白な歯を見せた。 「我々も手をお貸ししますよ」 要は強行突破を一緒に手伝ってくれる…ということだ。 しかし…それでは、当然、彼らも敵と認識される事になる。 「だが…それでは君たちだって、ただでは済まないぞ」 バンがおれの気持ちと同じ事を言ったが、二人の巨漢の警備員ドロイドは首を振った。 「我々の使命はこのビルで働く方、出入りする善良な方々を守ることです」 シュワちゃんが毅然とした口調で言い、スタちゃんも続けて言った。 「彼女たちは、明らかにあなたがたに対し、武器をちらつかせて威嚇している」 「これは、絶対に我々には許せない」 「なあに…伊達に、この姿とニックネームをもらった訳じゃありませんよ」 豪放に言い放ったスタちゃんもニっと笑い、それから何を思ったか、二人は暫し巴の顔を見つめて うなずいてから、おれに丁寧に一礼した。 そして、二人のドロイドはすぐに警備室に姿を消した。 …あのふたり…巴の何かを知っているのか? 外見こそ年上だが、まるで姉に接するような、そんな印象だった。 「あ…マスターも気付かれました?」 巴が振り返ってくすっと笑った。 「まあ…何ていうか…。でもあのふたりは?」 「第三世代の…軍用仕様なのです」 「…って、それって日本じゃ違法なんじゃ?」 「いいえ、オムニ・アメリカ製で、格闘能力は抜群ですけど、元の内蔵武器は外されてます」 「それでター○ネーターにラン○ーなのか…」 確かにあの二人、まんまアメリカン・ヒーローの趣があるな…。思わず苦笑する。 「はい…OA-MI3…わたしの妹分の OJ-MD3と同期ですから…いわばわたしの弟たちなのです。 それに、かつて朋さんに調整してもらった事があったかと…」 おれはそれで合点がいった。 「あのふたりとも…昔、繋がりがあったんだな」 「はい…わたしを見て…改めてその事に気付いたのでしょうね。わたし同様、軍用機ベースですし」 巴はそう言いながら、『OJ-MD8』の群れを見た。 「そして、本来ならあの娘たちは、別の意味で、わたしたちの直系の妹でもある筈なのですが…」 顔立ちや胸廻りなどは色々だが、皆、ほぼ同じ身長の可憐な少女の姿をしたドロイドたちの半数 ほどは腕から引き出された武器を付けている。 「それって…戦闘用って意味でかい?」 「そうです。そして、あの娘たちは輸出用の特別仕様なのです」 巴の言葉にバンが首を振った。 「…しかし巴くん。日本では武器取り付けは禁止だし、まして兵器輸出は禁止じゃないのかい?」 「はい。もちろんそうです」 巴は振り返り、ワンピースの左袖をめくって二の腕を見せた。 そして右手でつっと撫でると、手首から肘にかけて長いパネルが左右に開いた。 おれが覗き込むと、巴は少し恥ずかしそうに苦笑しながら中を見せてくれた。 そこには10センチ弱の幅の細長い空間があり、何かのユニットの基部が入っているのも見えた。 「これが軍用ベースの証です。もちろんわたしに取り付けは出来ませんが…本来はここに」 「そうか…そこに機関銃の銃身が入れられるよう、準備工事がしてあったのか」 以前、メンテナンスで、何度か巴の身体のハッチを開けてみた事はあったが、これは知らなかった。 「…あの娘たちは、多分、セキュリティ・モデルでしょう。銃も見たところ拳銃弾使用の物ですし。 ですから、本来は非武装で完成して、海外に送られるはずだったと思われます」 「それを…非合法ショップで武装化した娘が…集められたのか」 「たぶん、潜入破壊工作に使う目的です」 なるほど…あれだけ愛らしい美少女の外見であれば、人目を魅く反面、人々は油断するだろう。 「ただし、ベースが民生機ですから、反応速度…回避能力はともかく、防御力は皆無に等しい筈です」 「…電磁警棒なら、なんとか倒せそうだな」 ハッチを閉じ、袖を伸ばしながら巴はおれの方を見て、小さく、だがしっかりと頷いた。 ここにきて、とても凛々しく感じられるのは気のせいか? いつものまったりぽやぽやな巴も良いが…ポニーテールを靡かせて、きびきびとした動作で対応する 姿はとても頼もしく、しかも美しく感じられ、これはこれで良い…。 だが、これまたちょっと気になる事があった。 「しかし巴…また、随分と詳しいじゃないか…」 おれはそう言いかけ、ある事に気付いてギョッとなった。 「まさか…マルチリンク・システムかシンクロイド・システムを使って情報を集めているのか?」 「はい」 巴はさらりと答えた。 「今のわたしは、その両方を状況に応じて使い分けています」 「なんだって???」 思わず、おれの声は裏返った。 「…わたしの話し方…いつもと違う筈です。これは情報を常に集めている証なのです」 「しかし…そんなの…初めて聞いたぞ」 すると巴は少し悲しげな顔でそっと首を振った。 「…本当は、わたしも、ついさっき知ったばかりなのです」 「トモミの呼びかけが聞こえた…辺りから?」 「はい。ただ…幸いな事に、わたしの使っているマルチリンク・システムは、今現在使われている 一般の物と違う、秘匿仕様の試作品なのでアクセス先から逆探知は出来ないのですが…」 「あの親父なら…やりかねないな」 「もっともその反面、トモミとは…。トモミの考えを、ある程度一方的に読める利点もあるのですが、 シンクロイド・システムで情報の一部が共有なので、存在が判ってしまう弱点があります」 「様は、正確な位置は判らないが、方向性だけは読まれる…ってわけか」 「はい」 「諸刃の剣でもあるわけだな」 巴がうろたえたと説明しても、お袋が意外とあっさりしていたのがこれで納得できた。 「…ともかく…このままじっとしている訳にもいかないな」 おれは改めて、『OJ-MD8』の群れを見、それから巴を見上げ、そっと頬に手を添えた。 「『得物』が来たら…突っ込むけど…覚悟は良いか」 「もちろんです…ぼっちゃまと一緒なら、どこへでもお供します」 にこやかに答える巴。 ふいに、こほん…とわざとらしく咳払いしたジェーンが、おれの肩を叩いた。 「…あ、いや」 「あまり見せ付けないでくださいね。『ぼっちゃま』」 にっと悪戯っぽく笑うジェーンに、思わず顔から火が出る思いで頭を掻く。 だがジェーンの笑みはこの上も無く優しく温かで、思わず頬が緩む。 「それより…あれを」 指差された方を見て、おれたちは思わず顔を見合わせた。 警備室から出てきたドロイドは…五人だったのだ。 シュワちゃんとスタちゃんの二人の他、シローを先頭にネネとチャチャが警備員用の防護 プロテクターを身に着け、長い電磁警棒を手にした完全武装で姿を現した。 ちなみにシュワちゃんたちも、何やら長い筒を一本ずつ手にしている。 「シロー…ネネもチャチャも…どうして?」 「お二人はマスターの、そしてわたしたちの大切な友人です」 シローがこれまでにない良く通る声できっぱりと言い、ネネとチャチャもこくこくと頷いた。 「そのあなた方の危急を、わたしたちは見過ごしておけません」 「しかし…天野さんは」 「…マスターたちは猛反対され、絶対に一緒に行くと仰いました。でも、それではマスターの お命を危険に晒します…」 「うちのマスターが…春日課長に詰め寄ったのです。何が起きているのか…どうしてお二人が 行かなくてはならないのか…と」 ネネの言葉を受けてチャチャが言った。 「マスター…説明をお聞きして、やっぱり助けに行く…と言われたのです。でも、それでは、 お二人が託された役割は果たせませんし、何と言っても命の危険があります」 「だから、僕たちはマスターに志願したのです」 シローはおれの前に立ち、少女のような愛らしい顔立ちで静かに微笑んだ。 「僕たちは壊れても、AIさえ無事なら、改めて直してもらえます。でも、人はそうは行かない」 「ええ、わたしたちは『心』さえあれば」 「幾らでも蘇ることができるんですもの!」 三人のドロイドが力強く拳を固める。 「ですから、どうか僕たちにもお手伝いさせてください」 「シロー…ネネ…チャチャ…」 おれは感極まって、思わずシローを抱きしめていた。 「ありがとう!すまない…みんな!!」 「とりあえず、皆さん、これを付けてください」 シローから手渡されたのは…インカム? 「防災用高性能通信機です」 シュワちゃんが口を開いた。 「有効通信距離は、カタログ上2キロですが、まあ実効は半分とみてください」 「これで、皆さんと常時やりとりができますね」 シローが頷きながら自らインカムを装着してレシーバーのスイッチを入れた。 「しかし…妨害電波を出されたら」 「大丈夫です。ジャミングを使ったら『彼女たち』も、マルチ・リンクシステムを絶たれるますよね」 「確かにそうか…」 「ですから、数で劣る僕たちは、常時会話できる利点を生かして、コンビネーションで、この場を 突破すべきだと思うのです」 「フォーメーションか」 バンが何を思ったか、ふっと不適な笑みを浮かべた。 「メンバーも…なかなか揃っているし…これは面白いな」 「面白いって…冗談言っている場合じゃないぜ」 思わず呆れながら笑ったおれに、バンは真顔でおれの方を向いた。 「いや、あながち冗談でもない…これはなかなかバランスの取れた良いメンバーだぞ」 「お忘れですか?バンもドロイドに関してはかなり詳しい…ってこと」 ジェーンがバンの傍にそっと寄り添う。 そうだった…バン自身、オムニ・アメリカの研究所に、出入りして学んでいたのだっけ。 ともかく、研究所に行くには、バンたちのワゴンまでたどり着かねばならない。 問題のワゴンは防弾、耐弾だけでなく、実は装甲車並みの能力を持つクルマとかで、下手な ドロイドなら跳ね飛ばすぐらい訳ないパワーと重量を持ち、ともかく乗れればひとまず勝ちだ。 また、巴が中に乗ってしまえば、リンクシステムの電波を遮断できるから、ナンバープレート改変 システムを使って街中を逃走すれば、途中まで時間が稼げる。 ともかく、まずはあの美少女たちの群れを突破しなくてはならないのだ。 そこで…おれたちは作戦を立てた。 まず巴を中心に、シュワちゃんとスタちゃんが、左右の前衛に立ち、真ん中にはおれが立つ。 シュワちゃんたちは接近戦で活路を開くが、同時におれの弾除けを努める。 相手の美少女ドロイドたちは、人間を傷つけることは出来ても、命を奪うことが出来ないので、 人が居れば動きがやや鈍るだろうと判断して、おれ自身が志願した。 本当はバンもおれの役目を買って出たのだが、バンの手にしている銃の射程を生かすのと、 おれ自身が格闘技や剣術なら心得があるので、むしろその方が良いだろうと押し切ったのだ。 中列…要はシュワちゃんの後ろにバン、スタちゃんの後ろにジェーンが立ち、適宜、援護射撃。 後列左右は和弓を手にしたネネとチャチャ。 …事情を知った春日課長が、会社の弓道部に頼み込んで譲ってもらった代物だ。 先刻、シュワちゃんたちが手にしていた筒はこれだったのだ。 その二人の間…巴の真後ろには、左右に電磁警棒を持ったシローが巴の援護に回りつつ、 全員に指示を与える。 そして中心の巴自身は、前衛のおれたちのバックアップだ。 シローに適切な指示を与えつつ、その持ち前の…元々持っていた俊敏さとパワーを使う。 いつしか、白い鉢巻を巻いた巴の姿は『巴御前』そのものであった。 こうしておれたちの、巴脱出の為の決戦が始まろうとしていた…。