そんなおれの前に、今度はソフトボールのユニフォームにサンバイザーの少女が突っ込んできて、金色の
金属バットをぶんぶんと勢い良く振り回してきた。
バイザーから零れた茶色の髪が美しく、まだあどけない顔立ち…。
しかも泣きそうな顔で一生懸命振り回している。
良く見ると小柄で…『OJ-MD8』のバッジが…無い!?
さっきの娘は自分の意思があったようだし…どうなっているんだ?これは。
「おとなしく…従ってください!」
相手は、どう見てもローティーンの女の子にしか見えない外見だが、風切るスイングスピードは異様だ。
「馬鹿!そんなもん振り回されて大人しくできるかぁ!!」
金属バット相手では、電磁警棒でも直撃したらこっちが折れる可能性があり…分が悪い。
…畜生、こうなったら、電磁警棒一本犠牲にしてもう一本で…。
一旦飛び下がってかわし、右腰に下げた方を、素早く左手で抜き取る。
だが、着地の際、体勢が崩れてかわし損ね、一瞬早く、ソフトボール少女のバットが右の電磁警棒に当たった。
ギン…という金属の弾ける音がして、おれの手はびりびりと痺れ、思わず堪りかねて取り落としてしまった。
しまった!やっちまった。
「ぼっちゃま!」
インカム越しで無い巴の声がして、それと同時に物凄く長い棒状の物体がソフトボール少女に振り下ろされる。
「きゃっ!」少女の顔が恐怖に歪み、そのまま目をつぶる。
そして少女の小さな肩に長い棒がもろに命中し、そのまま電撃の閃光が上がった。
ユニフォームが焦げて裂け、ブラの白い肩紐が露出するのが見えた。
正気を失い、膝からすっと崩れ落ちる少女から、サンバイザーが外れ落ち、長い茶髪がなびく。
振り返ると、巴の手にしている電磁警棒は、巴の肩ぐらいまである…つまりはおれの身長ほどのもの。
先端が湾曲していて…どう見てもナギナタみたいだ。
「済まん…助かった」電磁警棒を拾い、まだ痺れる右手をさすりながら、軽く手を上げた。
巴はにっこり笑って首を振ったが、すぐに真剣な顔で少女たちの方を向いた。
「いいえ、どういたしまして……それにしても、敵も戦法を変えているみたいですね…」
「…こちらの戦法を分析しているのか」
「はい…しかもシロー君の分析では、増援が近づいているようだと」
だから、電磁警棒対策に、金属バットなんて持ち出してきたのか?
そうなると長丁場は一層不利となる。
「だとすると、やはり短期決戦で決めるしかないな」
おれは唇をかみ締めた。

<『tomo』…何故、わたしたちのもとへ来ないのですか?>
再び呼びかける声が響く。
巴はキッと声の方を睨みつけた。
そして、少女たちの『唱和』する声に答えるように、巴はおれの脇に立ち、『ナギナタ』を構えて仁王立ちした。
そのすぐ後ろの左右の脇に、弓矢を番えたネネとチャチャが控えている。
三人とも…このまま一緒に前衛に立つつもりなのか?
シュワちゃんもスタちゃんも巴の気迫に押されたのか、三人の横で身構えて待機している。
巴の気迫は、後ろにいても感じられるほど、強く、凛々しく、決意に満ちたものだった。
いつものまったりな穏やかな姿では無く、それは戦国時代の戦乙女を思わせるもの。
そして巴は眉を吊り上げ、顎を上げ一際通る声で高らかに告げた。
「わたしの大切な人たちを…ドロイドの仲間たちを…ぼっちゃまを傷つける者は…断じて許しません!!」
<今です!!>
シローの叫び声と共に、ネネとチャチャが束ねた矢を一斉に打ち放つ。
次の瞬間、少女たちの腕から閃光が上がるが、一瞬早く、シュワちゃんとスタちゃんが前に飛び出し、
彼らの身体に無数の弾丸が突き刺さる。
「シュワさん!」
ネネが悲痛な叫び声を上げるが、シュワちゃんは正面を向いたまま、つっと親指の右手を上げた。
スタちゃんも両手を上げて一歩も退かない構えだ。
くそっ…やるじゃないか!…お前さんたちの行為…無駄にしないぞ!!
「ひるむな…全部射掛けろ!」
我ながら、随分非情な命令を下しているな…と思いながらも、おれはそう命じるしかなかった。
すかさずチャチャが、やや遅れてネネが素早く束ねた矢を連射する。
矢自体の速度は弾丸よりは遥かに遅い。
だが物が長く、しかも放物線を描いて打ち上げられ、その頂点で散開して降り注ぐ光景は心理的に
大きなダメージを与えることに成功していた。
少女たちの群れに、文字通り雨のようになって降り注いだ矢は、必ずしも決定的なダメージを与えては
いないが、それでも頭部に受けたら、下手をすれば致命傷なのだ。
ひるませ、足止めさせるには十分な量だった。
機関銃を撃っていた少女たちも、思わず銃撃を止め、反射的に腕や手を、頭や顔にかざす。
「今だ!突っ込め!!」
おれは電磁警棒を握りなおして、真っ先に駆け出した。
人間相手なら、それほど銃撃はできないはずだ。
やや遅れて、傷だらけのはずのシュワちゃんとスタちゃんも少女たちの群れに突っ込む。
「あ、ぼっちゃま!」
「皆、続け!」
巴の声に続いて、バンの肉声の怒声が聞こえ、おれはそのまま走りだし…。
少女たちの群れの奥の一段高い場所に一人佇んでいる、赤毛のツーテールの少女の姿に気づいて、あっと
声を上げそうになった。

「…と、ともねえ…!?」
それは…何度も、夢にまで見た…懐かしいともねえの姿。
腕組みして、じっとこちらを見つめる笑顔は…昔のまま?
「ぼっちゃま!騙されないで!!」
すぐ横にやってきた巴が『ナギナタ』を構えながら怒鳴った。
「あれはトモミです…朋さんではありません!」
巴の姿と声に、おれは一瞬にして現実に引き戻された。
「ありがとう…その通りだ」
おれは巴の顔を見上げ、静かに笑いかけた。
そうだ、おれにとっての『ともねえ』は…この巴なんだ!
「ぼっちゃま…」
巴の黒い瞳がおれをじっと見つめ、それから、にこっと笑うと小首を傾げ、右手で軽く敬礼に似た会釈をした。
「…よし…そういうことなら…トモミを狙おう…」
おれは巴に頷き返し、それから振り返り、すぐ後ろに駆けて来たバンに小声で囁いた。
「倒せないまでも…大将を混乱させれば、時間は稼げる」
「わかった…任せろ」
バンはジェーンと目で合図しあい、トモミの方を凝視した。
前にいたシュワちゃんとスタちゃんがその直後、立ち止まり、数人の少女たちと組み合い、ネネとチャチャが
組み合って動けない少女たちの肩口を、電磁警棒で袈裟懸けに打ち下ろしていた。
「いくぞ、巴!」
「はいです!」
目の前に二人の少女が現れ、やはり電磁警棒を振り下ろしてきた。
双子仕様なのか…顔立ちはそっくりなのだが、一人は黒髪のポニーテール、もう一人はツーテール。
黒の学生服のブレザーを着た二人が左右から打ち込んできたが…連携が甘いぜ!
おれがポニテの娘に素早く打ち返し、たじろいだ所を、間髪要れず、電磁警棒の柄に当てて痺れさせ、
ツーテールの娘が時機を逸してひるんだところを、巴が『ナギナタ』で立て続けに打ち下ろして肩口を破壊し、
あっと言う間に二人とも活動不能にする。
続けて、正面から五人やってきたが、巴は軽やかに飛び上がるや、上空から『ナギナタ』を振り下ろして
少女達を怯ませ、着地するや激しく何度も何度も振り回し、その都度、少女たちが弾き飛ばされて、派手に
地面を転がっていく。
起き上がった少女たちに向けて、おれは立て続けに電磁警棒を叩きつけ、活動停止にしていった。
しかし、それも巴の活躍あれば…だ。
「す…すごい」
ネネとチャチャが一瞬、振り返り、巴の奮戦振りに驚きの視線を向けた。
巴はさらに『ナギナタ』を横にして、向かってきた三人の少女に真正面からぶつかって、そのまま弾き飛ばし、
そのまま斜めに、いとも無造作に、だが的確に『ナギナタ』を振り下ろし、全員の肩口に煙を吹かせる。
しかも、休むことなく、振り向きざまに後ろから向けられた長槍をかわして、それを掴むや、握っている少女ごと
持ち上げるや、何と、おれの方に放り投げてきた。
「ぼっちゃま、頼みます!」
投げられた少女は地面に跪き、槍を立てて立ち上がろうと顔を上げたが…。
間髪居れず振り下ろされた、おれの一撃で活動停止になってしまった。
だが凄い!凄すぎる…!!
巴と二人だけで…立て続けに十人!
いや、巴のスピードとパワーがあればこそだ
…なるほど、本人はとても嫌がっていたが…『巴御前』のニックネームは、やはり伊達じゃない!

ゲートを出てからは、こちらの逃亡戦になっていたが、巴の奮戦で少女たちも浮き足立っていた。
何せ、おれが傍に居る事で、銃の類が殆ど封じられ、逆に巴が扇風機の如く振り回す『ナギナタ』に全く
近寄れず、次第に遠巻きに囲み始めていたぐらいなのだ。
最初予定していた戦法と、全く違っていたのも幸いした。
当初こちらは少数で、矢や弾丸を撃ち尽くしたらアウトだったのだが、ここにきて巴が、ついにその真価?を
発揮し始めたのだから、彼らにしてみれば計算外だったのだろう。
さらに…既に人工皮膚のあちこちが破れ、中のフレームが一部見えるほどにボロボロになっていたが、
巴の左右には、シュワちゃんと、スタちゃんの二人が、闘志満々で身構えているのだ。
じりじり、じりじりと、遠巻きに武器を構える少女たち。

…と…次の瞬間…正面の囲いに、僅かだが隙間が出来た。
ようし…やるなら…今だ!
おれは左脇に立ったシローに目くばせした。
「バンさん!今です」
シローがそう叫びながら、少女たちの群れに円筒形の物体を放り込んだ。
シュッと煙が噴出し、シローは更に幾つもそれを放り込む。
やや遅れてネネとチャチャも、それを少女たちの群れに投げつけた。
辺りが次第に白煙に包まれていく。
最後の最後まで取ってあった催涙弾だ。
もちろんドロイド相手に効果はない…だが、煙幕の代わりにはなる。
そして…その直後…。
大きな銃声が立て続けにふたつ鳴り響き、彼方でばったりと倒れる人影が見えた。
振り返るとバンとジェーンの手にしている銃の先端から、硝煙が上がっていた。
…途端に少女たちの動きが乱れ始め、押し合い、もみ合う光景が見えた。
トモミを…倒したのか?
いや…まだだ…まだに決まっている…ならば…。
「チャンスだ!皆、走れ!!!」
おれはあらん限りの声を上げて怒鳴った。

皆…必死で走った。
おれたちの様子に気付いた少女が数人、正面にやってきたが、巴が『ナギナタ』で打ち払い、
転んだところを、シュワちゃんとスタちゃんの電磁警棒に叩きつけられて動けなくなり、さらに
シローが残った最後の催涙弾を追っ手に放って煙を浴びせ、敵の目隠しをしつつ走り抜ける。
ネネとチャチャはバンとジェーンの後ろを走り、二人をかばう様にちらちらと様子を伺っている。
…おれはしんがりを努めながら、ちらと振り返った。

彼方に…おれが想いを寄せたひとにそっくりな…ドロイドが立っているのが見えた。
かなり遠いので表情は判らないが…。
どうやら致命傷は与えられなかったらしい。
妙にほっとする気持ちと共に、これで倒れていてくれたら…という気持ちがないまぜになって
正直、ちょっと複雑な気持ちだった。
…そして催涙弾の煙の中に『彼女』の姿は見えなくなった。

路地裏に駆け込むと、まだ追っ手の気配が無く、ちょっと安堵した
そして、バンのワゴンに辿り着くと、巴を中央のシートに急いで乗せ、ドアを閉じた。
巴自身がリンク・システムで探知される可能性が高いので…である。
それにしても、巴はアタマをぶつけずに、すんなり乗り込んで、おれは少し驚いた。
もしかすると『全開モード』で動きが機敏なのかもしれないな…と、思わず苦笑した。
続いてネネ、チャチャ、シローが後部の三列シートに滑り込み…ジェーンが助手席に乗り込み、
おれとバンが振り返ると、シュワちゃんとスタちゃんは…そっと首を振った。
「おい…でも…」
おれの言葉にも二人は首を振った。
「それに…そのクルマに全員は無理でしょう」
スタちゃんが人懐っこい笑みを浮かべてニッと笑った。
全身傷だらけで、顔中にも無数の弾のこすった跡が付いていて痛々しいが…それでも清清しい
笑顔でおれたちに会釈してくれた。
「それに、本社が気になりますしね」
シュワちゃんが真っ白な歯を見せた。
こちらはもっと凄く…向かって右目…つまり彼の左目の辺りがざっくり裂けて、銀色の人工骨が
見え、その中に赤い機械の瞳が輝いていた。
うわっ…!まさにこれはT8○0…そのままじゃないか。
後で聞いた話では、シュワちゃんは、スタちゃんの格闘センスを生かすために、進んで弾除けに
なり、この為、被弾数は倍以上だったらしい。
「しかし…このままでは君たちは」
「覚悟は出来てます」
スタちゃんがボロボロになった警備員服の袖をめくりながら言った。
「それに…ただでは済ませませんよ」
「大丈夫…また…きっとお会いしましょう」
そう言ってスタちゃんは親指を立て、
「I‘ll be back!」と 張りのある声を上げ、そしてニヤリと笑ってみせた。

数分後…ワゴンは走り出した。
振り返ると、巨漢の二人が大きく手を振って見送っているのが見えた。
その姿も段々遠ざかる…。
「…スタさんたち…大丈夫でしょうか…」
ネネが、後ろから身を乗り出して、中席のおれに話しかけた。
チャチャに至っては、今にも泣き出しそうな顔で、じっとおれの顔を見つめている。
「…正直…かなり危険な状態です」
シローも沈痛な面持ちで首を振る。
おれも…そして運転するバンもジェーンも、何も言えないでいた。
「…大丈夫ですよ」
ふいに、おれの右の席にいた巴が、静かに口を開いた。
「トモミの目的は、わたし一人…もう囲いは解いているはずです」
「でも…」
チャチャが口を開きかけたが、巴はそっと、チャチャの頭を撫で、静かに微笑んだ。
「大丈夫…二人とも、元は軍用…本気になれば、あの程度の一団に負けやしませんよ」
そう言いながら、ちらと振り返り、二人に目をやり、それからネネとシローにも笑いかけた。
「本来はその位の戦闘能力を持っているのです…」
「…確かに、お嬢さんたちの手持ちに、迫撃弾とかロケット弾とかは無かったな」
巴の言葉に、おれも思い当たるものがあった。
「それに、二人とも、おれやバンが居たから、却って力を抑えてくれていたフシもある」
「そうだな…二人を…信じようよ。みんな」
バンの言葉にジェーンが頷き、ネネとチャチャはシローの顔を見…やがて三人は小さく
頷きあい、振り返って、遠ざかっていく二人に改めて手を振った。

こうして脱出作戦は辛くも成功した。
この後は、いよいよトモミ…シンクロイド・システムとの最終決戦だ。
何気に窓の外を見ると、やはり動けなくなっているドロイドたちが、収容されている光景が
幾つも目に入り、おれは唇をぎゅっと結んだ。
前席のバンたちも、後席のネネたちも、その光景に何も言葉を発せないでいる。
ふと気付くと、巴がおれの手をそっと握り締めていた。
その瞳には決意と不安、そしておれに対する想いのようなものが感じられ、おれもその手を
しっかりと握り直す。
何があろうと…おれは、いつまでも巴と一緒だ!
その想いが通じたのか、巴は頷き、その澄んだ黒い瞳は、暫しじっとおれを見つめていた。

やがて、すっかり陽が落ちて、ワゴンは夕刻の街からハイウェイに乗り、一路、研究所に
向かっていた…。

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