デザートイーグルなんて持つとは思わなかった。
しかも、グリッピングがもうひとつ合わない気がして、一抹の不安も残るが、威力の点からすると
この際、仕方ない。
…実は数年前、アメリカのツアーで射撃体験ツアーがあって、旧友に誘われて嫌々撃った
ことがあり、その時使ったのが、確かベレッタの92の…三点バースト出来るモデルだった。
まさか、こんな所で、それが役に立つなんて思わなかった。
そう言えば、マグナムピストルと言えば、オートマグなんてとんでもない骨董品があったけど、
手入れが大変な上、すぐジャムるとかで、結局使わなかったっけ。
44マグナムと言えば、ダーティハリーでお馴染みの、S&WのM29リボルバーだった。
言われたほど反動はキツくなかったが、それでも結構、衝撃があった。
…こいつはオートピストル…スライドアクションで衝撃が多少和らぐと言うが…上手く行くか?
「大丈夫…格闘技で鍛えたぼっちゃまなら…問題ありませんよ」
おれの不安に気付いたのか?巴が小声で囁いた。
「但し、総弾数は八発ですから、注意してくださいね」
「わかった…」
おれは振り返り、雑木林の方を向き、右手を挙げた。
木立にトモミが隠れ、左手を振り返す。
もし、おれたちが発見されても、トモミの姿は見えない方が良いだろうと考え、敢えて離したのだ。
ともあれ…トモミ…上手く誘導してくれよ!
作戦開始だ…!!
おれたちが、木々の陰から陰伝いに進んで行くと、真正面で張り込んでいた少女のドロイドたちが、
ふいに、おれたちの逆方向に向かって一斉に走り始めた。
トモミからシンクロイド・システムに向けて、侵入者が向かってくる…という情報を送るよう命じて
もらったのである。
…コントロール下におかれたドロイドたちを『人質に取られている』トモミが、実はおれたちの為に
偽の情報を送っているとは夢にも思わないのだろう。
わらわらと走っていく姿を見るや、おれと巴は素早く駆け出し、トレーラーの前に姿を現した。
走りながら安全装置を外し、スライドを引いて装填し、両手で構えて一台の屋根上に向ける。
「ぼっちゃま!」
巴の鋭く呼ぶ声がしてそちらを向くと、お団子頭にお下げのチャイナ服の娘が二人、両手に
トンファー型の電磁警棒を手にして向かってきた。
「ちっ…他にも待機していたか」
忌々しげに舌打ちしながら、赤いチャイナ服の娘の打ち込んできた一撃をかわし、デザートイーグルの
安全装置を掛け直す。…下手に暴発したら危ない事、この上ないからな。
一台のトレーラーを背に、今度は青いチャイナの娘の素早い蹴りをスレスレにかわして、左に一回転し、
体勢を立て直そうとしたが、その直後、おれの鼻先を電磁警棒がかすめ、トレーラーの外板に激しく
火花を散らして激突した。

…やべえ…こいつら…本当に容赦ないぞ。
パッとその場を離れるが、すぐ左右に赤と青のチャイナ服の美少女が、武器を構えつつ、じりじりと
近づいてくる…。
しかも気が付けば、二人の『チャイナさん』の履くハイヒールの先端や、爪先に、月明かりに反射して
鋭い光がぎらりと…って、こいつら…まさか…ホンモノの暗殺用か!?
ちらと横を向くと、巴にも白と黄色のチャイナ服の美少女ドロイドが向かっていて、その俊敏な動きと
パワーに、さしもの巴も手こずっている様子だ。
…仕方ない、悪く思うな。
安全装置を外し、デザートイーグルを構え直す。
…だが、どちらを狙う?
一人を撃ったら…もうひとりが打ち込んでくるぞ。
ちらと見ると、巴がコートを羽織ったまま、如意棒型の電磁警棒で黄色のチャイナの少女と激しく
火花を散らして打ち合っている。
だが、その後ろに白いチャイナの娘が…。
危ない!!
おれは咄嗟に、躊躇うことなくそちらに銃口を向けた。
ズンという重い衝撃が腕全体にかかり、思わず奥歯を噛み締める。
低く通る銃声と共に、マグナム弾は少女の肩口から首筋を吹き飛ばし、少女の整った体躯が
そのままもんどり打って地面に転がっていくのが見えた。
やった…と、思う間もなく、二人の…怒りにぎらぎらと瞳を輝かせたチャイナの少女二人が
左右から交互にトンファーを打ち込み、蹴りを入れてきた。
シュッという鋭利な、嫌な音がして、おれのジャケットの袖が裂かれ、全身に冷たいものが走る。
やばい…これは…本当にやられるかもしれない。
再びトンファーが振り上げられるが…完全にはかわし切れない…!
そう思った瞬間、いきなり銃声が立て続けに鳴り響き、赤いチャイナの少女が弾け飛び、その場に
舞うように、ゆっくり回りながら地面に転がった。
しめた!と思う間もなく殆ど反射的に、銃声に躊躇い、横を向いた青いチャイナの少女の腹に
銃口を向けて引き金を引いた。またも…キツい衝撃が返ってくる。
轟音と共に少女のお腹に子供でも入りそうな穴が空き、驚愕の表情を浮かべながら、そのまま
真後ろに弾け飛び、どさっと倒れた。
それとほぼ同時に、巴の一撃が黄色いチャイナ服の少女の肩口に、閃光を上げて命中していた。
「今だ!早く…アンテナを潰せ!!」
雑木林の方からバンの怒鳴る声が聞こえ、おれと巴は頷きあい、それぞれの前に停まっている
トレーラーの荷台をよじ登った。

…正直、このステップが狭くて、とても上りにくかったのだが…もう必死でよじ登った!
それと共に、またもチャイナ服の少女たちが、いつのまにか数人、姿を現している。
だが、おれたちがトレーラーの上に上りきるのと同時に、バンたちがトモミと共に、おれたちの前に
姿を現し、それぞれの武器を構えて立ちふさがる。
「バン…みんな!」
「訳は彼女から聞いた!構わないから早く潰せ!」
返事の代わりにトリガーを引き、アンテナから伸びている線に繋がっているボックスに向けて一発放った。
轟音と共に、ボックスどころか、周囲の屋根までぽっかり穴を空けて吹き飛ばし、中まで見えたが、
それを見ている余裕は無い。
また、轟音が幾つも鳴り響き、振り返ると後ろのトレーラーの屋根上の巴が、仁王立ちになって
電磁警棒の先端を、何度も振り下ろしているのが見えた。
ようし…あと二基だ!
おれは両手でデザートイーグルを構え直し、左に停めてあるトレーラーの屋根に向けた。
距離は20メートルほどあり…今から下りて向かうのは無理だ。ここでやるしかない。
…だが、はっと気付くと、ネネとチャチャが二人のチャイナ娘の猛撃に防戦一方で苦戦している様だ。
シローも軽快に飛び回って一人と打ち合っているが、こちらも決定打が無さそうだし…。
「僕らに構わないで…」
「早く!」
おれの視線に気付いたシローとネネが叫ぶ。
「こんの〜っ!」
チャチャがいきなり叫ぶや、チャイナの少女に鋭く足払いをかけた。
劣勢でも、三人の闘志は衰えていない…ありがとう!みんな…。
「済まない、頼む!!」
おれは、身をかがめ、その場で片膝ついて、デザートイーグルを構え直した。
ターレット越しに目標の…アンテナに信号を送るボックスが見える。
息を呑み…トリガーを引いた。
またもズンという重い衝撃が腕全体に返り、轟音と共にボックスの辺りがごっそり吹き飛んだ。
あと一基…!!
そう思った瞬間、後ろのトレーラーから少女のシルエットが宙を舞い、そのまま左後ろのトレーラーの
屋根の上に着地し、そのまま何かを叩きつけるのが見えた。
金属をスパークさせる金色の閃光が上がり、その瞬間、煌々と照れされる巴の姿!!
「やった!」
閃光が消え、巴がこちらに手を振るシルエットが見えた。
それと同時に、下の方から、どさっ、どさっという音が幾つも聞こえ、それからほうという息が聞こえた。
見ると、チャイナ服の美少女ドロイドたちが一斉に活動を停め、その場に崩れ落ちていた。
「可哀想だが…リンク・システムを潰すんだ」
バンの声がして、あちこちから銃声や閃光が上がり…やがて辺りは静かになった。

全てが終わり、ステップを下りると…おれの右横に、ひらりと巴が舞い降り、綺麗に着地した。
「…巴…おつかれさん」
「皆さんのおかげで…たすかりましたぁ」
ホッとしたのか、普段のまったりな口調で、巴はにっこり微笑んで頭を下げた。
「手伝えなくて…ごめんね…巴」
トモミが済まなそうに、もじもじしながら姿を現した。
「ううん…あなたには戦闘は無理だし…システムにばれたらまずいもの」
「それに…バンたちを案内してくれた」
おれはそう言いながら、バンとジェーンの方を向いた。
「でも…どうして、ここが?」
するとジェーンがくすっと笑いながら、巴の横に行き、そのまますっと何かを外してみせた。
「…発信機か!」
「初歩的なやり方だが、効果はあったろう?万一の事を考えて…コートに付けてあったんだ」
バンがにやりと人の悪い笑みを浮かべた。
流石は現役のFBI捜査官だ。
「ただ、巴くんが君だけでなく…トモミ…くんだっけ?…彼女と出会っているとは思わなかった」
「でも、酷いですよ…僕たちを置いていくなんて…」
いつになく口元を尖らせて、シローが眉を八の字にして抗議した。
「暫く街中で動かなくなったので、敵をやり過ごしていたのかと思ったら…こうですもの」
「まあまあ」
ネネがなだめるように、いささかゆったりした口調で入ってきた。
「それでも…皆さんの危機には間に合いましたから…良かったではありませんか」
「うん…正義の味方は、ピンチに現れて、味方の窮地を救う…ものね」
ネネが、ぽんと巴の肩を叩きながら、もう片方の手でVサインを送る。
「…済まなかった…でも…」
言いかけたが、バンがおれの背を叩き、笑顔でそっと首を振る。
「ありがとう…みんな」
今回もまた、皆に助けてもらった…。
本当に何とお礼を言ったら良いものやら…。

周囲を確認したところ、倒れているチャイナ服の美少女ドロイドたちは全部で12人…。
そのどの娘も、全身のあちこちに武器だの暗器だのが仕込まれ、あるいは内蔵されていて、
今更ながら、良く勝てたものだと、後でぞっとなった。
そして、意を決してトレーラーのドアを開けたが…
…中には…誰も居なかった…。

トレーラーの中は、いずれも中継車としての最先端の機能が満載されていて、バンとジェーンは
一目見るや、某国で開発された管制システムであると看破した。
どうやら、暗殺、破壊工作仕様の先刻の『チャイナさん』ドロイド達が守っていたらしいが、総て
車体の下部ハッチから出てきて応戦してしまった為、もぬけの殻になっていたらしい。
結果的には、残っていた全員を総て倒すことができたわけだ。
その車内で、リンクシステムを確認し、残っていた予備システムを、念のためおれとバンの二人で
次々とデザートイーグルで撃ち込んで粉々に破壊し、再度の送信が出来ないようにとどめをさした。
「これで、全国のドロイドたちの意識が戻るはずだし、操られていた娘たちも動きを停めるだろう」
バンの言葉に、皆、一様に安堵の表情を浮かべた。
「良かった…これで、皆、無事なのね」
チャチャとネネが手を取り合って喜びの声をあげ、シローがうんうんと頷いている。
トモミは静かに微笑みながら、ジェーンと見つめあっていた。
…かつてのともねえと、ジェニファーさんの…直接の分身の再会なのだろう。
「春日課長のアオイちゃんも…きっと今頃は」
「そうだな」
巴の言葉に、おれもふうっと息をついた。
だがまてよ…
まだ大事な事をやり遂げていないぞ!
最大の破壊目標が残っている!!
「…トモミ…ダミーシステムはどこなんだ?」
あ…と声を上げ、トモミは頷き、こめかみに手をやり、暫し動きを止めた。
祈るような…念じるような、そんな仕草を、皆が神妙な面持ちで見守る。
だが、やがて眼を開け、両手を下ろしたトモミは、怪訝な顔で首を振った。
「おかしいです…今は何も感じられません」
「ついさっきまでは…ここに存在したんだよな?」
「はい…でも…今ここには…全く」
トモミが困惑しきった顔で首を振った。
「活動を停止したのでしょうか?」
だが、そう言うジェーンも自信なさげだ。
「いや、シンクロイド・システムの発信は停まっているが、本体はダイレクト・リンクで繋がって
いる筈だ。それならトモミに探知できる筈だし…絶対におかしいな」
皆、改めて不安そうに、注意深く辺りを見回した。

トレーラーの中は、既に隅々まで確認した。
周囲も一通り見たが、他に人影も気配も無い。
…おれたちがチャイナ服の少女ドロイドと戦っている間に…消えてしまったのか?
だが…一体…どこへ?
「ともかく…後始末を頼まなくてはならんな…」
漸くバンが口を開き、携帯電話を取り出した。
「…例の…特別担当かい?」
「うん…このドロイドたちもそうだが…このトレーラーは大変貴重な資料になるしね」
「暗殺用…しかもチャイナさん…」
「テロリストの出所が…中東辺りだけじゃ無い可能性もあるから…本当に驚きだよ」
バンは携帯を耳に当てた。
…そうだ…おれもお袋に一報入れるか…。
その後…まだ本社に残っているか判らないが、課長たちに…。
そう思いながら、携帯の電源を入れ、ボタンを押していき耳に当てた。
軽い呼び出し音が続く。
やがてぷつっという音がして、おれは口を開いた。
「もしもし…」
『無事?…今、どこにいるの?』
いきなりお袋の声が入ってきて、おれはフッと苦笑した。
「どこだかねぇ…まあ、何とか生きてるよ」
『…巴は無事なの?』
「え?」
ふと…ある事に気付いて、おれは眉をひそめた。
「あ…ああ…なんとかね」
『それは良かったわ。巴は今度の一件では絶対に外せないからね』
「…うん。確かにな」
『迎えを寄越したいんだけど…今の場所、教えてくれない?』
「え?…だってさっきは、無理とか言ってなかったかい?」
『…状況が変わったのよ。何とか迎えに行くから…急いで!』
…おれはちらと時計を見た…。
もし…おれのカンが正しければ…。
「今、『下』の街の駅前の交番近くにいる…わりぃが、後でまた連絡する…じゃあな!」
そう言い捨てて電話を切った。
2分50秒…逆探知を免れるギリギリか…。
「「ぼっちゃま?どうなさいました?」」
巴とトモミが、全く同時にハモって訊ねた。
おれは右手の拳を左手のひらにバシっとぶつけ、唇を痛いほど噛み締めながら言った。
「研究所が…奴らに占拠されている…」

「なんですって?」
シローが顔色を変えて重ねて聞き返した。
「それ…本当ですか?それにどうして電話一本で判ったんです?」
「…呼び名さ」
「え?」
「お袋なら…巴を呼び捨てにはしない。それも二度も続けてなんて、絶対にあり得ない!あれは
間違いなく偽者だ…!」
巴が小さく、おれたちに頷いてみせた。
「…それなら…説明がつきます」
トモミが顔を上げ、きっぱりと言い切った。
「研究所内は総てのリンク・システムを遮断できます。もし、彼らの一団が入り込んでいたら」
「まず…トモミでも判らないだろうな」
「待て…それは本当か?」
ふいにバンが携帯を耳から離すと、おれの方に向き直った。
「今、研究所から総てが片付いたから、出動の必要は無い…と、連絡があったそうだ」
「研究所の資材を使って、もう一度建て直すつもりかも知れない…」
おれの言葉にバンは頷き、再度の出動要請と、研究所からの連絡に対しては、極力協力する
フリをして刺激しないように…と、くれぐれも念を押して、電話口の相手に告げていた。
「…こうなったら…おれと巴が乗り込むしか無さそうだな」
おれは、デザートイーグルのセーフティを確認した上で、マガジンを抜き、全弾装填されている
マガジンと差し替えた。これでチェンバーに一発入っているから、今だけ9発撃てる。
「わたしたちも一緒に行きます」
ネネが口を開いたが、おれは敢えて首を振った。
「皆は、外で待機していてくれ…」
「危険過ぎます…」
「いや…敵の真の狙いは巴だ。それにお袋に成りすまして、おれも誘き寄せようとしている。
むしろ二人なら、敵の奥に入り込めると思うんだ」
「ならば、これを持って行きたまえ」
通話を終え、携帯をポケットに仕舞ったバンが、懐から二個…黒い塊を取り出し、おれも巴も
それを一目見るや、ギョッとなった。
ガキの頃、これの格好をした花火で遊んだ事がある…所謂『パイナップル』だ。
「これって…手榴弾じゃないか…」
「その通り…ただし、ピンを抜かない限り、絶対に大丈夫だ」
「…いや…そういう問題じゃなくて」
おれは流石に辞退しようかと思ったが、バンは厳しい表情でそれを突き出した。
「さっきの暗殺用ドロイドと言い、相手は段々なりふり構わなくなっている。おれに言わせれば、
バズーカの一丁も用意したいぐらいだ…」
「しかし…」
「日本が法治国家なのは判る…だが、相手はテロリストによって狂った、心を持たない存在だ。
しかも、午後の一戦では、人間の命を取らない配慮が感じられたが…今はどうだ?」
「確かに…おれがいても…完全に殺しにかかっていた」
「君たちを直接援護できるのなら、渡さないつもりだった。だが、君たちだけでいく場合、この
程度の準備は必要ではないのか?」
おれは…それでもなおも迷っていた。
銃なら護身用…で済む…かも知れない。
煙幕や催涙弾なら…まだ許される。
だが手榴弾は明らかに破壊力が違いすぎる。
…しかし…。
テロリストの仕掛けた手段は…確かにおれたちの想像を超えたものばかりだ。
そして、一歩間違えればおれたちも…一緒に来てくれた皆も…。
「…わかったよ…もらっていくよ」
バンから果物の名の武器を受け取り、おれは研究所の方を向いた。
…確かに、この先…何が待ち受けているかは判らないのだ。
腹を括るしかなさそうだ。

ゲートの前に立つと、脇の通用口のドアが何故か空いており、おれと巴は、ちらと顔を見合わせ、
どうしようか考えたが、ともかく相手の出方を見ることにした。
既に巴はコートを脱ぎ、私服姿になっていたが、長い電磁警棒は手にしたままだ。
おれはトレーナーのポケットに、無理やりデザートイーグルとポケットを突っ込み、
両腰に電磁警棒を下げていた。正直、ちと歩きにくいが…仕方ない。
通用口横のインターホンの呼び出しボタンを押しながら、ちらとトレーラーの方を向く。
バンたちがその陰に隠れて、こちらの様子をじっと見守っている。
監視カメラから彼らが見えないよう、巴がおれの前に立っている。
『はい…』
何故か、守衛でなくお袋の声。
「おれだ…」
おれはバンたちに向けて、研究所の建物を指差し、すぐ腕を×字に交差させて合図した。
…やはり占拠されているに違いない。
これだけ大きな研究所…いきなりお袋が応対するなんてあるものか。
「迎えが待ちきれなくて、自力で飛んできた」
『わかったわ…奥の工作試験室まで来て』
「おう…それで何をするんだ?」
『来ればわかるわ…ともかく急いで』
余程慌てていると見える。
「わかった…そっちに向かうよ」
振り返り、改めて研究所を指し示し、巴の方を向いた。
「さて…地獄の一丁目に出発だ」
「はいです」
巴は、口調こそ砕けていたが…真剣そのものの顔でしっかりと頷いた。
しかし…どうにも引っ掛かることがあった。
あの…したたかで用心深く抜け目無いお袋が、どうしてやられてしまったのか…。
<ここの防備は少なくとも、ドロイドに対しては絶対の自信があるわよ>
確かそんな事を言っていたし、実際、研究所内のドロイドには、今回の事件において影響を受けた
者が一人も居なかったと聞いている。
…何故、侵入を許してしまったのだろう。

どうにも嫌な予感がした。
だが…今度こそ、これが最後の戦いなのだ…弱気になってどうする。

おれは巴と頷きあい、蛍光灯の煌々と輝く、研究所のロビーに足を踏み入れた…。