20XX年 10月12日 22:30 某市… 震度6、マグニチュード7の直下型地震によって倒壊した建物の瓦礫の上で、一体のロボットが 高性能集音マイクと振動センサーに何かの反応を感知した。 そのロボットは赤外線暗視CCDカメラをドーム状の本体から伸ばし、瓦礫の隙間から奥の 状態を確認した。 12秒後、ロボットは市立小学校の校庭に設けられた災害対策本部に、生存者確認の信号を送った。 返答はすぐに返ってきたが、その内容はロボットの満足行く物ではなかった。 『Code.10004175 現場ノ状況ニ置イテ判断シ、行動セヨ』 ロボットは人命救助用としては高度なAIを搭載しており、地震発生から数時間足らずの現在に おいて、その返答が至極正当である事は理解できた。 到着した自衛隊もレスキューも人数が足りず、独自の判断で救助活動を開始した民間用 ロボット達も自分の主人達を搬送するのに追われている。 少数投入された救助用ロボットだけでは、明らかに手が足りなかったのだ。 「はぁ…」 その人命救助用多機能ロボット『チエ』にはAIの他に、被災者を安心させる為の発声システムも 内臓されており、有名声優が入れた軟らかな少女の溜息がスピーカーから漏れた。 「安心して、すぐに助けてあげるからね」 小型スピーカーを瓦礫の隙間に向けてそう言うと、やがて彼女の集音マイクははっきりと、 生存者の弱弱しい声を認識した。 「……うん、がんばる」 CCDカメラに映る瓦礫に挟まれた10歳前後の少女は、涙にまみれた顔で精一杯笑顔を作り、 チエに返した。 しかしその他センサーが感知した少女の体温や脈拍、血圧等を総合しても、後30分で死亡 する事はほぼ間違いなかった。 チエが全力で救助活動を行ったとしても、少女を瓦礫の下から助け出すのに1時間はかかる。 「……名前は?」 「小春」 「かわいい名前ね」 電気ノコギリやジャッキ、ウインチ等をフル稼働させて瓦礫を撤去しながら、チエは小春に 声をかけ続けた。 脳波の弱くなった人間の生存率が著しく落ちるのは、チエのAIにもインプットされて知って いたからだ。 「おねぇちゃんの名前は?」 「チエだよ」 「チエおねぇちゃんはロボットなの?」 「そうだよ。救助用ロボット、アサカタイプ1005」 小春の体温は時と共に低下し、脈拍も弱っていく。 それを冷酷な数値としてしか認識していないチエには、悲しいかな、人間の様に『焦る』 という概念がなかった為、淡々と作業を続ける他なかった。 「……ママに会いたい」 「きっと会えるよ」 「……………」 「小春、返事をして………小春……」 1時間後、瓦礫の下から回収した少女の遺体をトレーラーに乗せ、チエは対策本部へと帰還した。 「知ってるかコハル、人間はすぐに死ぬ」 「そうなんですか!?嫌です、そんなの!」 ポカポカ陽気の空の下、キャタピラ付の炊飯器のお化けと、人間そっくりに作られたメイド人形が、 公園のベンチに並んで腰掛け(乗っかって)、天然オイルの缶を啜りながら雑談していた。 「家の馬鹿主人もいつかくたばる、おまえのエロジジイも直ぐにおっ死ぬ」 「そんな事言わないでください!ご主人様とお別れなんて、嫌ですぅ……」 めそめそ泣き出す(真似をする)最新型のメイド人形に対し、炊飯器のお化けは更に続けた。 「泣こうが喚こうが、いつか死ぬんだよ。私もお前もそれで独りぼっちだ。で、お前はどうする?」 「そうですねぇ……何としてでも生きてもらいたいですね。ほら、今は医療技術も発達してますし」 「……ガキが」 「ちょ、やめ…あんっ!こんな場所でぇ!んんっ!だめぇぇ、皆見てますぅ!」 炊飯器のお化けがCCDカメラをスカートの中に突っ込むと、途端にメイド人形の黄色い悲鳴が、 子供達の喧騒に紛れて響き渡った。 ロボは今日も平和である。 そして、明日も平和であれば良いと願っていた。