和美は夕食を済ませ、食器の片づけもそこそこにして行動を開始した。食器を洗わせろとしつこく 食い下がる春海をなだめすかし、ベッドの端に座らせる。上着を脱がせ、頚椎のカバーを外して メンテナンス用ケーブルを接続し、PCのメンテナンスソフトを起動した。 「うわ…」 起動直後に無数のアラートが表示され、不具合が発生している箇所がずらりと並んだウィンドウが 自動的に表示された。人工筋肉、磁性流体ベアリング、有機センサー…ありとあらゆる消耗品に 何らかの異常が発生していることを示すメッセージが和美の目に飛び込んでくる。ある程度予想 していたとはいえ、あまりの交換部品の多さに和美は思わず頭をかかえた。仕入れてきたパーツで 果たして間に合うのだろうか? 「和美様…?」 声に気がついて顔を上げると、春海が和美の顔をじっとのぞき込んでいた。 「ん、大丈夫…じゃあ始めるわよ。右腕の電源をカットして。」 「かしこまりました。右腕部への電源供給停止。右腕フィードバック回路、閉鎖」 春海の右腕から力が抜け、だらりと垂れ下がった。同時に右腕の肌色が生気を失い、どんどん 白みを帯びてくる。 (いつみても、これだけは慣れないわ) バイオマテリアルを駆使して作られている人造皮膚は、余程の事がない限りは人間と見分けが つかない程のリアルさをもっていた。人間の皮膚がもつ微妙な半透明感と艶を巧みに再現し、 柔軟さまで再現されている。だが、電源供給が断たれると半透明感と艶は失われ、シリコン製の 安物と同じような質感になってしまう。春海のメンテナンスを幾度となくこなしてきた和美だが、 人造皮膚の生々しい変わりようには馴染む事ができていない。 「センサー系も完全にカットしたわね」 「問題ありません、和美様」 和美はPCのテレメータを慎重に確認したあと、念のために春海の右腕をペン先で軽くつついてみた。 弾力を失った人造皮膚は、風を引いたゴムのような感触を伝えてくる。 「OK,これから間接ユニットの接合部にアクセスするわ」 和美は傍らに置いてある小さな工具箱の中から、医療器具に似た形のナイフを取り出した。柄の 後端にある小さなスイッチをスライドさせると、ナイフの刃先が甲高く小さな音を発しはじめる。 「高周波振動ナイフ、作動に問題なし…っと。痛かったらいってね、春海」 「和美様、私に”痛み”という概念はありません。センサーで収集された数値は…」 「無粋なことは言わないの」 少しむすっとした表情を作り、春海の目を見つめる和美。春海のセンサーを動かしているドライバは 数年前に開発が終わり、以後は細々としたマイナーアップデートが繰り返されているだけだ。 センサーの値を五感に変換し、感情を司るロジックを制御するためのドライバーソフトは未だ リリースされていない。自作を考えた事もあったが、ソフトウェアについては流石の和美もお手上げ だった。とはいえ、「あれ」を彼女に実装するにはドライバの構造についても精通しておく必要がある。 「右腕肩間接ユニット…切開するラインは…」 オンラインマニュアルに示されている指示に従い、水性のサインペンで春海の肩にラインを描き 入れると、右腕が身体に”接続されて”いるという事を嫌でも意識させられた。 「切開開始」 熱したナイフをバターに突っ込んだかのように、高周波振動ナイフの刃先が春海の肩口へずぶりと 埋まっていく。先程書き入れたラインを外さないよう、 「…」 ゆっくりとナイフを動かし始める。肩の上側から背中側へ回り、脇へとナイフを進めた。ちらりと PCのモニタへ目を移す…センサーの数値は正常値を示している…このまま続けて、脇下の人造皮膚を 切断するため、春海の腕を持ち上げた。それにつられ、春海の右胸が僅かに持ち上げられる。 (大きい…) ボディサイズのデータによれば、春海のバストは88cmのDカップ。和美の胸と殆ど変わらないが、 自分以外の女性の胸をここまで間近に見る機会は中々ない。淡いベージュ色のブラに支えられた 乳房は均整のとれた形を保ち、その先端は…先端は…確か、この前一緒に風呂へ入った時は、奇麗な ピンク色の… 「…様…和美様?」 「はっ!?」 「ナイフの動作が停止して60秒経過しました。何か問題が発生したのでしょうか」 「いや、なんでもないのよ」 「了解しました」 (駄目よ和美…集中、集中!) ミスると内部の機構を破壊する可能性もある作業だ、こんな事ではいけない…現実に引き戻された 和美は複雑な気分を抑え、作業を再開した。 (変な妄想のループに入るとこだったわ。私、疲れてるのかしら) 自分は一体、あの妄想の先に何を期待していたのだろうか? ドロイドとはいえ、正常に稼働している 箇所は人間の女性そっくりな春海の身体…乳房もその例外ではない。しかし、”女”であるあの部分は? 中学生になったころの思い出が頭を過りかけた瞬間、ナイフの先端が肩口を一周し終えた。 「間接ユニット周囲の切開完了。続いて上腕部の切開に移る…」 腕と並行に引いたラインに沿い、ナイフを滑らせる。上腕の表と裏に切れ目をいれた後、和美は 肩口の切れ目に指を滑り込ませた。 「開けるわよ」 ぺりぺりと乾いた音を僅かに響かせながら人造皮膚をはぎとると、春海の腕を動かしている人工筋肉の 束が現れた。 「如何でしょうか、和美様」 「これは…駄目ね」 本来は桃色である筈の人造筋肉が、解凍の失敗した肉のように赤黒く変色していた。 「この分だと他の筋肉もだめかなぁ」 三角筋に相当する人造筋肉を取り外し、更に上腕二頭筋・烏口腕筋・烏口腕筋の状態を順に確認する。 「他の部分も駄目。差異はあるけど、どれもこれも劣化して使い物にならないわ」 春海に使われている人工筋肉は付与される電力によって引き起こされる化学反応を利用するため、 定期的に内部へ封入されている薬剤を交換する必要があった。しかし、今回は薬剤だけではなく、 化学反応を引き起こす触媒となる素材そのものが劣化しているのだ。このような事態を全く想定 していなかった訳ではないので、買い置きも含めて交換用パーツの予備は揃えて有る。しかし、 片腕だけでもこの惨状だ。他に警告が上がっている箇所は一体どうなっているかわかったものではない。 「和美様…」 「駄目になったもんは仕方ないわ…こうなったら徹底的にやるだけよ」 意を決した和美はオンラインマニュアルの項目を幾つかプリントアウトし、春海の身体へ次々と 切開ラインを書き入れていく。 「あと二日は動けなくなるけど…ごめんね、春海」 「いえ、私は構いません。でも、和美様はきちんと睡眠をとってください」 「うん、わかった」 春海の小言を聞き流しながら、各部電源カットと回路閉鎖を指示していく。 (ここまでばらすなら…アレを組み込むいい機会だわ) 必要な箇所の切開を手早く終え、間接ユニットの切り離しにとりかかった。腕が、腰が次々と春海の 上半身から取り外されていく。両腕のフレームと人造筋肉に作業机が占拠されてしまったので、下半身は 床のカーペット上へ直置きすることにした。 「さて、と」 和美は作業机の上に置かれている人造筋肉をライトで照らし、触媒の劣化具合をチェックした。 明らかに色がおかしくなっているものは問答無用で交換し、カラーサンプルと比較して微妙なものは 専用のテスターで数値を確認する。その結果、いくつかの人造筋肉はユニット毎の交換が必要で、 そうでないものも触媒を交換しなければならなかった。 「こりゃまいったわね…」 どう考えてもパーツが足りない。肘、膝まではフォローできるが、そこから先を駆動するためのパーツが 揃わなかった。完全に動作しない訳ではないが、完全な状態には程遠い。 「和美様、どういたしましょう」 「筋肉はありあわせので何とかするしかないわね。あと、腰椎ユニットもちょっと弄らないといけない から、先にそっちの方を片づけるわ」 「了解いたしました」 半分嘘だ。腰椎ユニットは確かに警告が出ていたが、下半身を分解しなければいけないような状態では ない。しかし、”アレ”を装着するには、必ず弄る必要があった。 和美はカーペットに腰を降ろし、春海には見られないよう、彼女に背中を向ける格好で作業を開始する。 春海の下半身を座布団の上に移し、例のダンボール箱をその横に置いた。 (まずはパンツを脱がさないと…) 臀部を床から持ち上げ、パンツに手をかけた。下半身を分解するのは3年ぶりだろうか? 前回は感じる ことさえなかった胸の高鳴りを抑えながら、下着をおろしていく。 「…!」 そこには、あるべきものが存在していなかった。 (やっぱり思い出しちゃった…) 膝をゆっくりと左右に押し広げると、つるりとしたノッペラな股間が和美の目に晒される。 それをじっと見つめていると、和美が中学生の頃の思い出が明瞭に脳裏へ再生され始めた。 (続く)