きっかけは雑誌の読者応募企画だった。

 それは、とある人気シミュレーションゲームの最新作の主題歌の歌手を読者投票で
決めようという、良くあるタイアップ企画のひとつに過ぎなかった。

 事実、応募期間中にネットなどで話題に上った名前は現役のアイドルや歌手(原作
アニメには女性ファンも多かったので男性アーティストの名前も多く挙がっていた。)
がほとんどを占め、多くの関係者もそれを想定していた様だった。

 だが、集計の結果はそんな大方の予想を覆すものであった。

 『HIROKO.M』

 「彼女」は、原作シリーズ製作10周年記念作品の主題歌を歌った歌手であった。
 その作品は第1シリーズの監督が演出を手掛けており、作品自体がシリーズの中でも
人気のある部類であったので、ある意味妥当とも言えなくは無い結果ではあった。

 しかし、その投票結果は製作関係者を大いに困惑させるものでしかなかった。

 なぜなら

 「彼女」は人間ではなかったからである。

 当時、バーチャル・アイドルという概念はおろか自立型二足歩行ロボットの実用化の
目途さえ立っていなかった時代に、アンドロイドどころかAIですらない、とんど実験的
に作られた音声合成ソフトによる人工の歌声、それが彼女の正体であった。

 当初、製作会社はこの事を理由に1位当選を無効、次点の人気タレントを起用しよう
としていたが、そのタレント本人が「自分も同じバーチャル・アイドルであること」、
また「同じ事務所の先輩であること」を理由に辞退したことを皮切りに、ファンの間か
らは無論、の事製作スタッフの中からも「彼女」を推す声が上がり、原作アニメの配給
会社からの「ファンの気持ちを汲み取って欲しい」というコメントが決定打となって、
今回の壮大な計画がスタートしたのである。

 もちろん、「彼女」の復活には様々問題が横たわっていた。
 まずは、技術的な問題である。なにせ十数年も前のプログラムである、当時とはハー
ドウェアそのものの規格が変わっており、「彼女」を走らせることの出来るマシンなど
現存しているはずも無く、企画はいきなり暗礁に乗り上げてしまった。
 もちろんエミュレータを使う案も出されたが、「彼女」自身がほぼワン・オフとして
作成されており、さらにそれをエミュレートするプログラムを用意することはシステム
を一から構築するようなものであった(また「彼女」の所属していた事務所からは「自
分の筐体を使ってくれ」というバーチャル・タレントが続出していた様だが、これも技
術的な問題から却下されていた様である)。

 ところが、この問題に意外な方向から解決の手が差し伸べたれた。

 応募企画を行った出版社へ「当時の実機を持っている」という投書が送られてきたの
である。
 実は、この計画はすでにネット上で話題となっており、ファンの間で当時の機材の捜
索が有志で行われていたようで、投書をした長野の会社経営者は「東京からいきなり若
者が訪ねてきて土下座をされたときは驚いたが、話を聞いて協力したいと思った。」と
コメントしており、当時の加熱ぶりが窺われよう。
 また、同時にネット掲示板において現役のプログラマー達によるエミュレーションソ
フトウェア開発や、エンジニアによる代替機器開発が行われており、当初挙がっていた
障害が次々と(しかも無償で!)解決していったのである。

 こうして、有形・無形によるファン達の協力によって「世界初のバーチャル・シンガ
ー復活劇」は無事完了し、ゲーム発売・主題歌CD発売へと至ったのである。

 なお、現在「彼女」の移動用筐体が有志によって開発が進められているという話が囁
かれているが、真偽のほどは定かではない。

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