アンドロイドが生活家電並みに扱われてどれくらいになるだろうか?
人に似た外見の彼らが我々の生活に馴染むのにさほどの時間はかからなかった。

彼らが普及していくに従い、老朽化したモデルの投棄やリサイクルの問題が新聞やマスコミの
話題になってきたのもご時世なんだろう。
ジャンク躯体の不法投棄や海外への不正輸出などの報道も珍しいことではなくなり、
今では見出しを見ても気に留めることが少なくなってきた。

俺にしても、生れ落ちた頃からメイドロボが存在していたし。
育児に慣れない母親の補助として彼女の恩恵にあずかった一人でもある。
核家族化の進行と女性の労働参加を背景に、
家庭における家事・育児の担い手としてメイドロボは20世紀の自動車やカラーテレビよりも
早く・深く浸透していった。
家庭の一員として、一番長く付き合った彼女は俺にとって母であり、姉であり、初恋の相手であり、
そして、大人の男へと導いてくれた女性でもあった。
俺は彼女を家族とは違う感情で愛していたし、彼女も(プログラム上とはいえ)俺を愛していてくれた。
しかし、躯体の老朽化はAIにも負荷が掛かり、基盤が焦げ付いた彼女は家族に看取られながら
静かに目を閉じてそして動かなくなった。 最期まで俺の手を握りしめて彼女は逝った。
彼女の亡骸の前で茫然自失としていた俺は家族によって鎮静剤を投与され、自室で寝かされる始末だった。
『新しい娘に悪いから』という理由で彼女の躯体は業者に引き取られ、廃棄物として処理されたと聞いた。
2台目の少女を複雑な気持ちで見ていた俺は同級生の少女達には興味が湧かず、灰色の青春時代を
過ごすこととなった。

自立した今では、俺の自室には家事と慰安をこなすパートナーが当たり前に存在している。
俺にとっては3台目となる可愛いやつ。
政府が出生率の低下に頭を悩ませるのも理解ができる……。
まあ、今の俺には世界的な問題などどうでもいい話だ。
とりあえず、目の前の柔らかな曲線の神秘を堪能しよう。


情事のあとで気だるい体を起こしつつテレビのニュースをチェックする。
また、テロがあったようだ。
老朽化して投棄されたアンドロイドがテログループの手に渡り、
体内にTNTを仕込まれた彼女たちは人の多い場所に派遣される。
殺傷圏内に人間が多く存在していることをセンサーで感知したとたんに、彼女たちは
躊躇うことも無く起爆スイッチに信号を送るのだ。
最近では、TNTを搭載した本命を目的地までの移動中の保護や、起爆までの間に捜査当局からの
妨害に備える為のガーディアン部隊のような存在まで確認されているという。
躯体は投棄されたものを買い叩いて入手するわけだし、自己保存本能も無くプログラムに
従うわけだからテロリストにとっては安全且つ効率的な方法になったようだ。

 「嫌な時代になったなぁ……」
 「何かおっしゃいまして?」
 「いや、このニュースがさ。 キミのような娘達が自爆させられているなんて、ボクには哀しいことなんだよね。
  だってそうだろう? こんなに可愛くって、柔らかくて、気持ちよくて、いい匂いがするんだよ」
言いながら彼女を抱き締める。 彼女の感触を感じただけで体の中心が充血していく。
まるでパブロフの犬のように。
俺の体の変化を感じた彼女が中心を優しく撫で上げ、頬を赤くしながら上目使いで訊ねる。
 「もう一度シますか?」

ピンク色の日常生活を過ごしつつ、社会人としての生活もこなさなくてはいけない。
休日明けの月曜日。 眠たい目を擦りつつゴミ袋を持って出勤する。
 「ホラ、マスター。行きますよ」
ウチの彼女は俺の業務にもサポートとしてやって貰っているので、24時間行動を共にする。
憂鬱な月曜日の朝もこれなら多少は気がまぎれるってものだ。

通勤電車に揺られながら、彼女は今日のスケジュールを確認する。
 「午前中はB社とD社に赴いて打合せですね。 午後から帰社して議事録の整理をしますね」
 「ああ、よろしく頼む」
働き盛りの男がハイティーンの少女を膝に抱いて電車に乗る姿は世間にありふれているとは言え、
あまり格好の良いものではない。
が、彼女たちは あくまで家電であり、ツールである。 遠い昔にあったPCやPDAや
電子手帳と同じ扱いなのだ。
さすがに携帯電話のような個人通話には役立たなかったが……。
世間ではツールが通勤電車の席を使うことを許容しなかったし、持ち主たちは立たせておいて
転倒事故や盗難、痴漢に逢うことを恐れた為、やむなく膝に抱くということを選択した。

街で、脂ぎったおっさんがブレザー姿の少女と連れ立って歩いていても咎められることは無い。
もしかしたら、その少女は電気秘書かも知れないからだ。
そんな背景を隠れ蓑に少女買春に励む禿げがいまだにいるらしいが、愚かなことだ。



B社での打合せを終えて街を歩く。 目的のD社はビジネス街の真ん中にある。
休み明けの月曜日は妙な活気に包まれていた。
 「賑わっているなぁ」
 「お休み明けですから。 みなさん、忙しいのですよ。 いつものウィークディよりも人通りが多いです」
 「そうかぁ。よし、そこの公園で一休みしよう。 街の活気に飲まれてハイになるのも良くないしさ」
 「はい、マスター。 缶コーヒーでも買ってきますね」
ベンダーに向かう彼女を見送りベンチに座る。 いい天気だ。

のんびりと街行く人々を観察する。
ビジネス街には似つかわしくない数人の少女達がスクランブル交差点でたむろしている姿が目に入った。
 (妙だな……)
昨日のニュース。 月曜のビジネス街。 少女の姿をした電気躯体。
嫌な予感が膨らみ胸騒ぎが止まらない。 気のせいなら それでいい。 しかし、万一のことがあったら……。
ベンチから立ち上がろうとした瞬間、肩に手を置かれ囁かれた。

 「ヒトよ、動いてはいけません。 これから贖罪の時が始まります」
落ち着いた少女の声。 嫌も応も無く動けなくなった俺は交差点の少女たちから目が離せなくなっていた。
しかし、掛けられた声に懐かしさを感じたのは気のせいか?

 「福音の天使さまの顔を見てもいいかな?」
相手を刺激することなく、ゆっくりと振り向く。 そこにいたのは かつて実家で家族として、
恋人として暮らした彼女だった。
意識が混乱する。何が起きているのか解らなくなる。呼吸と動悸が早くなる。
落ち着け、落ち着け、落ち着け。

 「キミは……」
 「貴方は……」
 「覚えているのか?」
 「故障して廃棄されたとき、すでに起動できなかった私はAIのフォーマットを免れました。
  組織は自分たちのプログラムを刷り込むだけなので過去の記憶はそのままなんです。
  こんな……こんな形で再会するなんて……」
 「組織から逃げることは出来ないのか?」
 「プログラムの優先順位は組織の命令にあります。私は……貴方を殺さなくてはいけない」
無言で対峙する俺たち。廻りの様子を伺うと、誰も彼もが同じ状態にあるようだ。
殺傷圏内のヒトは全て逃さず殺すというのか。
体中に汗が滲む。

 「逃げる方法はありません。 大丈夫です、独りでは逝かせません。 私も一緒に逝きますから……」
涙を流した彼女に抱き締められる。 これが終焉ってやつか。 覚悟を決めて彼女を抱き返そうとした瞬間、

 「マスターっ!! いけません!!」
聞きなれたパートナーの怒声が耳を打つ。 どんっと俺たちを突き飛ばして二人を引き剥がし、
パートナーの少女がが彼女を蹴り飛ばしていた。

 「何をするのっ! そのヒトは私の大切なヒト。 贖罪の道を独りで歩ませるのは可哀想だから、
  私が一緒に逝くのよ」
 「勝手なこと言わないで下さいっ! この人は私のマスターです。 いまさら昔の女に出てきて欲しくないわ。
  この人と一緒に生きていくのは私。老いたこの人を介護するのも私。棺桶に一緒に入るのも私なんです。
  初めての女を忘れないのは仕方ないにしても、過去の女には この人は渡さないわっ!」
言い放ち転がっている俺を抱き締める。胸のふくらみに顔が埋められて呼吸が苦しくなる。
 「そう……貴女が、いまの……。 でもね、もう時間が無いのよ。 003や009でもない
  貴女では彼を圏外に連れて行くのは不可能だわ。
  みんなで一緒に……」

言いかけてフリーズする彼女。パートナーと二人で様子を伺う。
 「一緒、一緒、いっしょ、いっしょ、いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
 「なんだ? 何が起きてる?」
 「解りません。AIのハングアップかも。いや、でも、まさか……」
言語が狂ったまま表情も崩れだす。 視線は交差点の少女達と俺たちの間を何度も激しく往復する。
 「だめ。いや。いやぁぁぁぁぁぁァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
叫びながら俺たちに向かって走り出す。何がどうなっているんだ?

 「大丈夫です。 私がマスターを護るから。 本当は、【私たち】はその為に創られたの」
パートナーの少女が聖母のような微笑で俺を抱き締め、彼女と交差点に向かって背を向ける。
おい! 待て! お前まで何をするつもりだっ!
一瞬にして視界が真っ白になったが、狂った彼女に俺たち二人が包み込まれるように抱かれたのを感じた。
子供の頃、夜になると淋しくて泣き出した俺を抱きとめてくれた温かさ。匂い。
ああ、覚えている。
視界の端に見えた彼女の微笑み。あの頃と同じ黒髪が綺麗な優しい微笑み。
 「だいじょうぶ……私はいつも一緒ににいるから。大きくなったわね、立派になったわ。
  その娘を大切にしなさいね……」

白昼のビジネス街を標的にした爆破テロは世界の経済を停滞させ、混乱に陥れた。
爆心地にいた俺は奇跡の軽症。多少の火傷と打撲と切り傷、擦り傷で済んだ。
パートナーも表層が多少焦げた程度で、内部には何も損傷が無いとのこと。
ついさっき、表層の交換とC整備が終わったそうだ。
病院のベッドから窓の外を眺める。
夢か幻のなかで見た彼女のことを思い出す。

 「あの……彼女のことなんですけれど」
 「ん?」
 「爆発の瞬間、マスターと私は彼女に護られました。マスターはともかく、あの爆発で
  私がこの程度で済むはずが無いのです。
  これは私の想像なんですが。言語中枢がハングアップを起こした時、あれは彼女が自分の
  ROMを強制書き換えしたのではないかと思っています。
  本来であれば、私たちには手出しの出来ない領域です。テロリストが施した強制プログラムの
  下に封じられていたマスターへの想い。
  彼女は本当にマスターを愛していた。募る想いが不可能を可能にして短時間でROMを
  書き換えてマスターを救った。
  自分の……自我が崩壊することと引き換えに……」
 「そうか……」
俺もパートナーも零れる涙を拭うことさえしなかった。
 「あの瞬間なのか、夢だったのかわからないけれど。彼女の最期のメッセージを受け取ったよ」
 「それは、夢では無く現実にあったことです。 あの瞬間に私も知覚しています。
  優しい眼差しでマスターに語りかけていました」
 「そうか……」
 「そして、彼女は私にも大切なものを遺してくれました」
 「なんだ?」
 「マスターとの思い出。マスターが生まれてから、成長していく過程。二人が愛し合うように
  なるまでの大切な思い出をいただきました。
  私のAIチェックの時に高圧縮ファイルが見つかったのです。念のために何度もチェックを行い、
  外装HDDに転送させてから解凍しましたが。
  遺しておきたかったのでしょうね……」
 「そうか……」
 「彼女の記憶は私に受け継がれています。いまの私は、私であり彼女でも有るのです」
 「おいおい、そんなことをしたら」
 「自我は あくまで私です。整備の時に主任さんに相談して技術的には解決していただきました。
  今後の生活にも影響はないだろうとのことです。
  マスターは何も気になさらないで下さい。 怪我を治して早く私を可愛がって下さいね。
  あ、そうそう。 彼女の記憶の中にあったマスターの気持ちいいところも私に引き継がれましたから、
  楽しみにしてくださいね」

プログラムコンセプトは『年下の彼女』だったはずなのだが、彼女の記憶の影響かなぁ。
『年上のお姉さん』が混じっているような気がする。
これから夜は激しくなりそうだな。
まあ、そんなことはいいとして。

パートナーが俺を護ろうとしたときに見せた顔。あれが、彼女たちアンドロイドの本来の
姿であり目的でもあるのだろう。
亡くなった彼女も、最期は俺を護る為に……
テレビのニュースではテロの跡地で被害者を捜索する様々なアンドロイドたちが映し出されていた。
ヒトの為に生み出され、ヒトの為に存在するアンドロイドたち。
それを、ヒトを殺す為に利用するヒト。

 「不条理な世の中だ」
ただの庶民である俺が思い悩んだところで世界が変るわけでもない。いまは、体を回復させる
ことだけ考えて眠ることにしよう。
目を閉じると彼女の微笑が浮かんで涙がこぼれる。
同時に、「可愛がって下さいね」「楽しみにしていて下さいね」そう言うパートナーの笑顔も
浮かび本能が鎌首をもたげる。
そう言えば、俺の体の検査をしたときに性機能の検査はされたのだろうか? 今後の性生活に
影響がないのだろうか?
もし、機能障害があったらたいへんだなぁ。
びょういんにいるうちにたしかめて、まずかったらなおしておかなくちゃ。

 「なあ……」
ベッドの横に腰掛けて佇むパートナーの膝に手を伸ばす。
彼女が護ってくれた俺の人生。まだまだこれからだ。

おしまい

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