「お姉ちゃん…なんで居なくなっちゃうの!?」
「私の製造元からリコール届けが来たのです、マスター」
「りこーるってなんだよ!! お姉ちゃん、何も悪いことしてないじゃないか!?」
 俺がまだ中学生に入ったばかりの頃のことだった。俺の育ての親でもあり、姉でもあり、初恋の人でもあった
 真奈美がリコールで回収されることになったのだ。AIに欠陥があり、人間に危害を加える怖れがあるというのが
 その理由だった。
「嫌だ…嫌だよ! いかないでよ! 真奈美姉ちゃん!!」
「大丈夫です、マスター…改修が終わったら絶対に帰ってきますから」
「本当!?」
「本当です」
「じゃあ約束だよ」
「わかりました、指切りしましょう」
「…わかったよ…ゆーびきーりげーんまーん、うそついたら針千本のーます!!」
「それでは…一週間程で戻ってきますから、良い子にしておいてくださいね」
「…真奈美姉ちゃん」
「なんでしょうか?」
「いや、なんでもない…真奈美姉が帰ってきたら話すよ」
「そうですか、それでは」

 それが俺の聞いた、彼女の最後の言葉だった。彼女の製造メーカーはリコールが始まって1週間後に倒産して
 しまったからだ。予想以上の台数がリコール対象になり、ユーザーへの対応が悪かった事も経営悪化に拍車を
 かけたという。 当時の俺はそんなことを知る由もなく、1ヶ月、半年、そして数年がたった。俺は東京の某工科大学に
 合格し、ヒューマノイド工学を専攻していた。特に理由は思い立たなかったが、気がついたらこの大学を受験していた
のだ。

「一人暮らしも大分慣れたけど、やっぱ大変だなぁ…バイト代も溜まったし、中古のメイドロボでも買うかな」
 俺は東京の有名電気街に来ていた。大型電器店の店先に並んでいるメイドロボ達は華やかで美人ぞろい。しかし
 いくら中古とはいえ、値段もそれなりだ。原油価格高騰の煽りを受け、材料費を始めとした全てが値上がりしている
 らしい。とてもじゃないが手が出ない…そう思った俺は大型電器店を後にした。
「ん?」
 大型電器店から少し離れた場所にある、古びた建物の中に”それ”はあった。『中古メイドロボ専門店』 という、端が
 少し錆びに覆われているカンバンが素っ気無く出ているだけの店だ。店先のショールームにあった、メイドロボの
 右手に俺は目を奪われた。
「あの腕に関して聞きたいことがあるんだけど、いいですか?」
「ほほう、あんな旧式パーツに用があるとは…あんたも好き者だね」
 おおよそ商売人とは思えない態度だったが、「旧式」という言葉を聞いて俺は色めきたった。その腕には、俺の心の
 すみに残っていた思い出と重なる傷跡がついていたのだ。

「あの腕の持ち主は、ここにいるのか?」
「…そういうことかね。確かにあの腕の持ち主はここにいるが、見ない方がいいかもしれんぞ」
 俺の心を見透かしたかのような言葉に、俺は一瞬たじろいだ。手首の部分の小さな焦げ跡…俺の記憶に間違い
 なければ、あの腕は…
「構わない、見せてくれ。そして、俺に売って欲しい」
「そこまでいうのであれば」
 俺は店主に案内され、グリスと樹脂が入り交じった匂いに顔をしかめながらも店の奥の作業場に入る。作業机の横、
 雑多に置かれたパーツの山の脇に、"彼女”はいた。
「真奈美…姉ちゃん…」
 上半身だけ、それも右腕は肩から…そして左手も手首から先がない、まるで子供に壊された人形のように彼女は
 打ち捨てられているように見える。気がつくと、俺は彼女にかけより、動かないその身体を抱きしめていた。
「ごめん…! ごめん!! 真奈美姉ちゃん!!!」
「…その筐体はもう時代遅れでな、そこに残っているパーツはもう売り物にならんのじゃよ…だから」
「だから?」
「それは持って帰ってくれても構わん」
「あんた…」
「最近、警察が不法投棄がどうのこうので五月蝿くてな。ついでだから、そこらにあるパーツも一緒に持って帰ってくれ」
「いいのか、本当に」
「嘘は言わんよ。それに、お前さんはこの店のことは知らんし、儂もお前さんのことは知らん。それだけだ」
「…ありがとう」
 俺は真奈美姉にあいそうなパーツをかき集め、店主からもらった袋に詰め込んだ。真奈美姉の筐体は丁寧に梱包し、
 背中のバッグに無理矢理詰め込んだ。(当然真奈美姉にあやまりながら…)

 自宅に戻った俺は、真奈美姉の体をバッグから取りだし、丁寧に汚れを拭きとった。当然服は着用していないから
 乳房が丸見えだったが、何故かこの時は気にならなかったのだ。汚れを拭きとってから、店で貰ってきたバッテリーの
 電圧を測る。テスト用に使っていたものだったらしく、電圧には問題がない。真奈美姉の背中からはみ出ていた電源
 ケーブルへ直接繋ぎ、ダイアグ用のソフトを即興でぶち込んだノートパソコンを無理矢理接続する。
 ノートパソコンのディスプレイには大量のエラーが表示されたが、なんとか起動は出来るらしい。俺は早鐘を打つ心臓の
 音にくらくらしながら、『起動』と書かれたボタンを押した。
「…」
 ぶぅんという音が数度響き、真っ白だった真奈美姉の顔に生気がやどった。ぴくりと小さく身体を奮わせ、彼女のまぶたが
 ゆっくりと開く。
「真奈美…姉…」
「マスター? ここは一体? 状況が把握できません…説明をお願」
 真奈美姉が言い終わらない内に、俺は彼女の身体を再び抱きしめた。
「…マスター、状況の説明をお願いします」
「その前に、俺は真奈美姉ちゃんに話さないといけないことがある」
「なんでしょうか?」
「…お帰りなさい、真奈美姉ちゃん」
「…ただいま戻りました、マスター」

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