1
 私たちの住む地球は水と緑と、そしてたくさんの宝物を持つ生命の星。宇宙の宝石。
 地球は狙われています。遠い宇宙からの侵略者に。

 青白く光る流れ星のような発光体がゆっくりとゆっくりと落ちてくる・・・SAP(サ
ップ)本部にそんな連絡が入ったのは、12月のある夜でした。肌のすり切れるほど寒い、
そんな夜でした。
 早速、SAP本部でその発光体の落ちてゆく方向を解析し、アオモリ・ケン隊員とムラ
タ隊員がSAPビハイクルで急行しました。 何しろ宇宙からの円盤かもしれません。も
しそうだとしたら、警察の手には負えません。
 そう、われらが地球防衛機構・SAPの出番です。

「たしかにこの山の方角だったんだよなあ、ケン」
 ムラタ隊員がケンに話しかけました。
「そうですね・・・アーッ!ムラタ隊員、見てください!」
 ケンが指さした方向には真っ白い煙があがっています。もしかすると、宇宙人の円盤が
墜落して出た煙かもしれません。
「よし、ケン、すぐ行くぞ!」
 二人はSAPビハイクル全速で円盤墜落の現場へと向かいました。
 が、煙の出どころは深い森で、車では入れません。こんな夜中では歩いて入っても、見
つけるどころか出られなくなってしまうでしょう。

「しょうがないなあ、また明日、サイクロコプターで出直すか」
 そう言って回れ右しようとしたムラタ隊員にケンが言います。
「ムラタ隊員!あれを!」
「ン?・・・・・・ンンンン!!??」
 まるで夢を見ているようです。とても信じられません。
 ドライアイスを敷いたような白い煙の中から、こんな真夜中のひとけのない森から、女
の子が出てきたのです。

「き・・・君・・・」
 ムラタ隊員が呼びかけたその女の子は、年齢は16?7歳ぐらいでしょうか。フワフワ
とした真っ白い、物語の「天女の羽衣」のようなものをまとっていました。すき通るよう
に白く凹凸の少ない身体で、不自然なほどにつるつるの肌をしています。
「き・・・君は誰だ。こんなところで一体、何をしていたんだ・・・」
 そう言いながらムラタ隊員は右手で腰のSAPガンを確認していました。そう、円盤墜
落の現場から出てきた不審な人間、となれば宇宙人かもしれないと疑うのがSAP隊員な
のです。

 ところが、その少女は全く動じた様子もなく、
「君たち・・・SAP隊員だね?」
と、抑揚のない声で言います。
 それにはあえて答えず、
「とにかく、われわれと一緒に基地まで来てもらおう」
と、今度は少しすごむような声でケンが言うと、驚いたことに、その少女は
「アオモリ・ケン隊員・・・ケン隊員は君かい?」
と、やはり平板な口調で逆に質問してきました。

(やはりこの少女、あの墜落した円盤から来たな。俺の名を知って、わざわざ俺かどうか
確かめてきた。・・・ということは、俺がウレタンマンエースだということを知ってて言
っているに違いない・・・)
 さあ、どうしましょう。ケンはとりあえず、自分がケンだとは認めずに少女の反応を見
ようとしました。

 が、かたわらのムラタ隊員のほうが
「何だ、君は。どうしてケンの名まで知ってるんだ」
と、その少女に問うてしまいましたから、少女はかすかに表所を動かし、
「そう・・・」
と、小さな声でつぶやくように言いました。
 そして、そのまま左手を挙げて、ケンに人差し指を向けると、何とその指先から白い霧
のような気体を発射したのです。

 シュワワワ・・・
「ゴホッ、ゴホッ・・・」
 不意打ちをくらって、ケンが意識を失いました。
「こ・・・こいつ・・・」
と、ムラタ隊員がSAPガンを発砲しました。
「ズガン!ズガン!」
 ところが、銃弾は少女の身体にたしかに命中しているのに、少女はまったくびくともし
ません。血すら流していません。いったい、この少女は何ものなのでしょう。
「く・・・くそっ・・・」
 ムラタ隊員もいつしか意識が薄れていきました。

 そして少女は、夜の森の入り口で倒れたままのケンの左上腕に手をのばしました。すな
わち、ケンのウレタンバッジへ。・・・
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2

「ケン隊員!ムラタ隊員!応答してください!応答してください!ケン隊員、ムラタ隊
員・・・」
 SAP秘密基地の作戦室内で、リカ隊員が何度も何度も二人を呼び出しています。
 しかし、気絶したままの二人からは、もちろん何の応答もありません。
「隊長・・・」
 リカ隊員が不安気にモノホシ・ダイ隊長の方を見ました。
「何かあったのかもしれないな。・・・あの墜落した未確認飛行物体と関係があるのか、
断定はできないが・・・」
 ダイ隊長は、自ら言葉を選ぶような慎重な様子で言って
、「しかし、この闇夜ではかえって捜索は混乱してしまう。朝になって、みんなが揃った
ところで、SAPの全力を挙げて、二人の捜索と墜落した飛行物体の調査を開始する!」
と、リカ隊員に処置方針を告げました。

 朝になり、SAPメンバーが集まってくると早速、ダイ隊長は、
「コナカとアオキはSAPイーグルで、俺とマツイ、リカはSAPコンドルで出動だ!」
と指示を出し、自らが先頭になって作戦室から走り出ました。

 さあ、SAP極東基地の誇るスーパー戦闘機の出動です。伊吹山麓の秘密基地から昨夜
の墜落現場まで、SAPの誇る最新鋭ジェット機ならアッというまです。

「あっ!あそこだ!あそこに二人が倒れているぞ!」
 アオキ隊員がケンとムラタ隊員をいち早く見つけだし、すぐに救出しました。 幸い、
二人ともケガはありません。ただ、催眠ガスのようなものを嗅がされたのか、アオキ隊員
とコナカ隊員が何度も頬を叩いても、なかなか目覚めません。
 一方、隊長機はというと、その間に墜落した円盤を発見し、その機体を回収していまし
た。

「どうでしょう、博士」
 ダイ隊長が一ノ瀬博士にききました。
 ここはSAPの作戦室です。ケンもムラタ隊員ももう目を覚ましてここにいます。回収
した円盤の機体の分析結果はどうだったのでしょうか。

「やはり、これは宇宙から来たものだなあ、モノホシ君」
 一ノ瀬博士が分厚い丸メガネを光らせ、白いヒゲの奥からモゴモゴと答えました、
「これは地球の鉄鉱石や銅に成分は似ているが、地球にない技術で加工してある金属のよ
うだ」
「そしたら、ケンとムラタ隊員が会ったという女の子も、宇宙人ってことかしら!?」
 リカ隊員が口をはさみました。

(いや・・・厳密に言うと、宇宙人ではないな・・・)
 ケンは一人、心の中でリカ隊員に訂正を入れました。

 人間にはわからないだろうが、俺にはわかる。あの娘・・・表っかわは全く人間と区別
がつかないが、あれは間違いなくロボットだ。
 あの娘、かすかだが、たしかに金属の匂いがした。この円盤の機体と同じ金属でできて
いるんだ。・・・

「ねえ、ケン!」
 リカ隊員の声に、われに返ったケンは
「あ・・・ああ。そうかもしれないな」
と、曖昧な声で答えました。

 あの娘・・・いや、あのロボットは、俺の正体を知って、俺のウレタンバッジを盗みに
来たんだ。あれがないと俺がウレタンマンエースに変身できないことを知って。・・・
クソッ。きっと取り返してやる。・・・

3

 SAP(サップ)基地でアオキ隊員がおかしな電波に気づいたのは。その日の夜のこと
でした。
「隊長!先ほどから変な電波が宇宙に向けて発信されています」
「なにっ」
 モノホシ・ダイ隊長がコンピュータに走りよりました。
「宇宙に向けて信号電波を発信するというと、われわれ地球防衛機構が宇宙ステーション
に出す以外にはありませんが・・・」
「違うのか」
「ハイ。発信地はどこの基地でもありません。市街地の中からです」
「なにっ」
 アオキ隊員の目の前のモニターを見ると、たしかに発信地はSAPの施設とは関係のない、
町の中となっていました。
「四条・・・河原町か。まさに街のまん中だな。・・・どうだ、怪電波の解読はできそう
か」
 ダイ隊長が問うと、アオキ隊員は、
「ハイ。小一時間で何とか」
と言いながら、もう手はその作業を始めていました。

 そのとき、おもむろにケンが
「隊長!発信地の確認には私が行きます!」と名乗り出ました。
「そうだったな。ケンはその不審な宇宙人の顔を見ているんだったな。よし、行ってもら
おう」

 ケンが私服に着替えて出て行って、四十分も経った頃でしょうか。
 アオキ隊員が得意げに
「隊長!見てください!これが電波の内容です!」
と、コンピュータのモニターを示しました。
 ダイ隊長、リカ隊員、マツイ隊員ら、みんなが一斉にのぞきこむと、画面には奇妙な文
が示されていました。
「コチラ、サキ。ニンムカンリョウ・・・ムカエヲオネガイシマス・・・はて、何のこと
だろう」

4

 電波の発信地となっていたのは、四条河原町界隈にあるちっぽけなネットカフェでした。
なるほど、正体不明の宇宙から来た者でも住みつける場所といえば、現代の日本ではネッ
トカフェがうってつけなのでしょう。

(たしかにこの店だ・・・しかし、あの娘、どこにいるか・・・しかたない。できるだけ、
このテは使いたくなかったんだが・・・)
 ケンはカウンターにいる長髪の若い男の店員にSAP手帳を出し、
「SAPの者だ」
と告げると、人さし指を口にあて、低い声で
「今、極秘の捜査をしている。ちょっと教えてほしいんだが、私の来たことは誰にも言わ
ないでほしい」
と念を押しました。
「16?7ぐらいの若い娘で、やや背が高くて、やせていて、髪の長い娘なんだ。どこか
の部屋に入っていないか」
 ケンが言うと、カウンターの男は黙ってそっとレジ横のブース表を指さしました。

「18号室だな。よし・・・ありがとう!」
 ケンは急いで暗い通路を走りました。
 店内は会社帰りのサラリーマンやOLらしき人々で混み合っています。そこに集まる人
々は、まるで何も知らないのどかな顔で本棚のマンガを物色したり、ベンダーのジュース
を注いだりしていました。

 18番ブースの戸を引くと、はたしてあの夜の少女が振り返りました。どこから手に入
れたのか、学校の制服らしきものを着ています。 だから一見すると、ごく普通の真面目
な女子高生にしか見えません。

「来たんだね・・・」
 少女はおかしいぐらいに冷静です。
「さあ、ウレタンバッジを返してもらおう」
「それはできないよ。だって、ぼくの任務だもの」
 なぜか少女は男の子のような言葉でそう言いました。

5


「おまえはどこの星から来たんだ?」
「エメロン星雲ブラックホール第三惑星、クック星・・・」
 ケンにも聞いたことはない星です。
「ぼくたちの星の政府の計画は完璧だったんだ。だけど、ただ一つ不安要素があった。そ
れがウレタンマンエース、君の存在なんだよ」
「だから俺が変身できないように、ウレタンバッジを盗んだというわけか」
「そう。それがぼくの任務なんだ」
 まるで悪びれる様子もなく、淡々とした口調で自分の任務をケンに説明しました。

「クック星人の目的というのは何だ。地球の侵略か」
 ケンの問いに、少女は首をかしげ、少し考えるような顔で
「ううん。侵略ではないんじゃないかなあ」
と、首を横に振りました。
「じゃ、目的は何だ」
「地球そのもの、かな」
「!?」
 ケンには最初、意味がわかりませんでした。
「鉄鉱石、ボーキサイト、石炭・・・ぼくたちがほしいものが地球にはたくさんあること
がわかったんだ。だから、ぼくの生みの親であるクック星科学・エネルギー省ではこの星
を手に入れることにした」

 その言葉を受け、うーんと考え込むようにして、ケンは静かに答えました。
「・・・つまり、侵略や植民地化しなくても、結果的に資源が手に入ればいいんだろう」
「そういうことだね」
 ケンは今度はやや安心した顔になり、膝をくずして座り、静かな声で
「ならば平和的な話し合いという方法があるじゃないか。そんなたくさんは提供できない
が、多少の資源なら公式の貿易ルートを開いて、おまえたちと取り引きできる可能性はあ
るはずだ」
と言いました。
 互いに文明人の住む星と星が、何も最初から戦うことはない。平和な輸出入なら問題な
い、とケンは思いました。俺とこの娘だって、宇宙人とロボットという違いはあっても、
遠い星からこの地球に単独で来ている者同士、境遇に大きな違いはない。争わないですめ
ば、そのほうがいい。・・・

「それは無理・・・」
「えっ!?」
「だって、もうクック星の惑星破壊弾道ミサイルは発射されてる頃だもん」
 何ということでしょう。クック星人はいきなり地球を破壊するつもりなのでしょうか。
「地球を・・・いきなり壊して。その後、鉄鉱石のかけらを拾い集めようってわけか」
 ケンがうめくように言うと、少女は眉を下げ、すまなそうな表情になったものの、
「この星のためにがんばってる君には悪いけど、ぼくにとって命令は絶対なんだ」
と、そこは譲りません。

「だけど、君は宇宙人だから、この星がなくなっても生きられるよね?」
 どうしてか、少女は今度は心配げな顔つきでケンのことをうかがっています。
「おまえはどうなんだ」
 ケンがふてくされた調子で言うと、少女は
「ぼく?ぼくは、ちゃんと迎えに来てもらうことになってるよ。この星が宇宙から消える
前にね」
と言って、左手に小さな機械を掲げました。
 文庫本ぐらいの大きさの真っ黒い金属の板が、少女の小さな手の中で光っています。
「今、このケータイで、科学・エネルギー省に通信してるところなのさ」

「コチラ、サキ。ムカエハマダカ。ムカエハマダカ・・・だそうです」
 SAP基地では、アオキ隊員がコンピュータに向かって、怪電波の解読をしている最中
です。
「ムカエハマダカ・・・どういうことだ」
 ムラタ隊員が独り言のようにつぶやきました。
「ケンのやつ、うまくやってるのかな」

「そうか。こいつがクック星との連絡ツールなんだな。よしっ!」
 いきなりケンは跳ね上がるように立って、少女の左手首を力まかせに掴みました。
「あっ!やめてっ!何するんだっ!」
 少女が叫びましたが、ケンは力ずくで少女の手からその通信機をもぎ取りました。
「これは押収する!ただし、俺のウレタンバッジを返してくれるなら、これも返してやっ
ていい」
「それは・・・ダメだよぉ。ぼくには使命があるんだから」
 少女がくちびるをとがらせて言うと、ケンは
「ならば、これはしばらく預かっておく!」
と、そのまま踵を返し、カウンターを素通りして階段を駆け下りました。
「待って!」
と、冷静さを失った少女が叫ぶのに一切耳を貸さずに。

6

「おお、ケン。戻ったか。どうだった?」
 マツイ隊員が問うと、ケンは
「これです。これがクック星という星との通信手段のようです」
と、少女から奪い取った携帯ツールを差し出しました。
「なにっ」
 モノホシ・ダイ隊長が驚いてそれを手に取りました。
「すると・・・この電卓みたいな機械を使えば、星からの応答も受信できるというわけだ
な」
「早速やってみましょう」
 いろいろいじってみましたが、液晶モニターには何も映りません。
 が、二時間ほど経った頃、突然、機械の液晶が青白く光りました。

「おお、何か数字みたいのが出てきたぞ!」
 コナカ隊員が嬉しそうに声を裏返しました。
「どうだ、アオキ。解読できそうか」
 ダイ隊長に問われ、アオキ隊員は
「ええ。地球のデジタル信号に似た数字変換の信号ですね。先ほどの『サキ』からの信号
と同じパターンで解読できそうです」
と、冷静に答えました。

 また一時間ほどして、アオキ隊員が
「できました!」
と言って、コンピュータから暗号の解読文をプリントアウトしました。
「どうだ」
 興奮した調子で、ダイ隊長がアウトプットされた紙を引ったくりました。 ケンをはじ
め、ムラタ隊員、マツイ隊員、コナタ隊員、リカ隊員らも覗きこみます。

「ム・・・ムム・・・」
 隊長が面食らったように眉をひそめ、腕組みをしました。
「何かしら。これ・・・」
 リカ隊員が首をかしげて読み上げました。
「ムカエハダセズ。アシカラズ。ケントウヲイノル・・・って、これ、どういうこと!?」

 まわりの隊員の顔をキョロキョロと見まわすリカ隊員の肩にポンと手を置いて、ケンが
「・・・裏切られたってことだよ。自分の星にね。いや、最初から裏切られていたのかも
しれん」
と、低い声で悔しそうにつぶやきました。
 それは、何ともやり切れないといった風の、苦虫を噛みつぶしたような顔と声でした。


 それから半日以上が経った頃だったでしょうか。外ではもう日が暮れかけていました。
 不意に沈黙を破って、作戦室の電話が鳴りました。
「ハイ、作戦室です。えっ、外線で?ケン隊員にですか。ハイ・・・ハイ・・・」
と応答していたリカ隊員がケンのほうを向いて、受話器の口をふさぎながら
「ケン。電話よ。女の子の声で・・・何だかよくわからないけど、『例の店にいる』っ
て・・・」
と小声で伝えると、ケンの顔色が変わりました。
「貸せっ!リカ!」
 乱暴に受話器をもぎ取ると、
「もしもしっ。俺だっ。俺だっ!もしもしっ!」
と、割れんばかりの大声で受話器に向かって叫びましたが、電話はもうとっくに切れてい
ました。

「あの店だなっ。よしっ!」
 ケンはヘルメットとSAPガンを手にとると、何も言わずに作戦室から飛び出しました。
「オイッ!待てっ、ケン!どこに行くんだ!」
 ダイ隊長が慌てて呼び止めても、もうケンは作戦室から飛び出して行ってしまった後で
した。

7

 SAPビハイクルで高速を飛ばし、山科から国道を西へ。東山五条から東大路通を北へ。
八坂神社前の祇園で曲がって、四条通を対岸の河原町へ。
 12月も下旬にさしかかると、街は肌につきささるような底冷えです。厚い雲がたちこ
めた、星のない夜でした。
 ちょうど週末なので、周囲にはたくさんの若い男女づれがコートやマフラーをはおり、
楽しそうに行き交っています。

 ケンはほこりくさい雑居ビルの階段を駆け上がると、昨夜と同じ若い店員に、
「SAPの・・・者だ。昨日の・・・娘は、どこの・・・部屋だ」
と、息を切らして問いました。
 店員がまた黙って指さしたブースは昨夜と同じ番号です。

「やあ・・・」
 不思議と、そこはかとなくやさしさの漂う声で、ケンは目のやり場に困ったような笑顔
を少女に向けました。
「?」
 昨夜とは違ったケンのやさしげな声に、少女は面食らったようなキョトンとした顔をし
ていました。

「おまえが俺を呼び出したってことは・・・これを返してほしいということだろう?」
 ケンが右手に少女の携帯通信機を掲げ持つと、少女は無言でコックリとうなずきました。
「俺のウレタンバッジは返せない、しかし自分の通信機は返してほしい・・・って、それ
はちょっと自分勝手なんじゃないかなあ」
 少女はしょんぼりとうつむいて、何も答えません。

「返してやってもいいぞ、これ」
 少女がピクリと顔を上げました。
「たしかにウレタンバッジを返してくれるなら、な」
「で・・・でも、それは・・・ぼくには任務があるから・・・」
「任務、任務か。・・・誰のための、何のための任務なんだろうなあ、サキ」
と、ケンははじめて少女の?ロボットの名前を呼びました。膝を崩し、ポケットからセブ
ンスターを出すと、それに火をつけながら、
「クック星の弾道ミサイルで地球がこっぱみじんになって・・・おまえも一緒にバラバラ
にふっとんで、後でクック星人に部品を拾い集めてもらうつもりかい」
と、つきはなしたように言いました。

「ち、違うよ。ぼくは・・・ぼくは、迎えの宇宙船で帰るんだ。クック星に」
「迎えは、来ない」
 えっ、と声なき声を上げ目を見開いた少女に、ケンはもう一度、
「迎えは来ないんだよ、サキ」と、乾いた声で言いました。
 それは、あわれんでいるようにも、もてあそんでいるようにも、どっちとも聞こえる妙
なトーンでした。

8

「サキ・・・おまえは見捨てられたんだ。いや・・・最初から見捨てられていたんだ」
 ケンが内ポケットから基地でプリントアウトした通信記録を出して、少女にそっと渡し
ました。
 少女はケンの目をみつめたまま、黙って紙を受け取りました。

 どういうことでしょう、ロボットなのにその少女の目はうるんでいるようです。放心し
たような生気のない顔で、幾度も幾度も、たしかめ直すようにプリントアウトに目を走ら
せました。

「・・・地球には捨て石という言葉がある。おまえはクック星の人間にとっては、しょせ
ん捨て石でしかなかったんだ」
 ケンの言葉は厳しさをゆるめません。
「考えてもみろ・・・なぜクック星の学者が、クック星人ではなく、ロボットのおまえを
地球によこしたか。なぜ操縦式の往復円盤ではなく、一方的に発射して叩きこむだけの片
道円盤でおまえを打ち込んできたか・・・」
「・・・・・・」

 ケンは不意に笑い声をたてました。笑っているのか泣いているのかわからない、不思議
な笑い声でした。
「昔な、この星で実験ロケットを飛ばすとき、地球に帰って来られないからって、人じゃ
なく、ライカというメス犬を宇宙に飛ばしたことがある。ライカは、自分の運命も知らず
にロケットで宇宙に飛ばされて行った。・・・おまえはライカだな、サキ。・・・ハハッ、
おかしいや。おかしくって、目から鼻水が出てきやがる・・・」
 かすれ声でそう言いながら右腕で双眸をこすったケンは、静かに少女の手を握り、
「サキ・・・」
と、その名を呼びました。少女の手はひんやりとした感触の、しかしやわらかく無力な小
さな手でした。
 何も言わず、ケンの目をただみつめています。

「俺は宇宙から来て、ひとりぼっちなんだ。サキ、おまえも、いまや母星に捨てられ、ひ
とりぼっちになった。でも、これからはもうひとりぼっちじゃない。俺が・・・俺がおま
えを守っていく。一緒に・・・一緒にこの星で暮らそう」

 少女は返事をするかわりに、かたわらの学生カバンを開き、ケンのウレタンバッジを取
り出しました。
 ケンの拳を開かせ、バッジを乗せると、その上にそっと自分のてのひらを重ねました。
 そのとき、何も言わない少女の瞳からすーっと流れたのは、たしかに一筋の涙でした。

9

「すぐ戻る!」
 その一言だけ残して、ケンは駆け出しました。
「エーーーース!」
 叫び声とともにバッジを突き上げたケンが閃光に包まれました。
 ウレタンマンエースの登場です。

 さあ、もう時間はありません。宇宙へ。一刻も早く弾道ミサイルを破壊しに飛ばなくて
は。地球のために。そして少女とケン自身のために。


   光の星に 願いをこめて
   必ず守る この地球
   ゆくぞ変身 ウレタンバッジ
   いいぞがんばれ ぼくらのエース
   ゆけゆけ勇者 宇宙のエース
   エース エース ウレタンマンエース


 エースは宇宙空間を月の軌道近くまで飛んできました。すると、ものすごいスピードで
地球に向かってくる巨大な金属のかたまりが見えました。これがクック星のミサイルに違
いありません。
 弾道ミサイルはエースの身体の何倍もある巨大なものです。この大きさなら、たしかに
地球を吹き飛ばすだけの力があるかもしれません。 慎重に・・・慎重に外壁を壊し、内
部機構へ。起爆装置が見つかれば、何とかなるかもしれません。

 ついにウレタンマンエースは見つけました。この起爆装置さえ外してしまえば、あとは
もうただの巨大な金属です。おそらく海に落っこちて沈むだけでしょう。

 よし。これでよし。・・・ エースは再び地球へ、あの少女のもとへとマッハの速度で
飛びました。

10

 少女はうらぶれた雑居ビルを出ました。下ばかり見ながら、ふらふらとしたおぼつかな
い足どりで夜の街へと出ました。
 河原町の街角ではたくさんのネオンサインがまぶしくまたたいています。先ほどから舞
い始めた雪に、街の灯がぼやけて見えました。あちこちの店から陽気なクリスマスキャロ
ルが聞こえてきます。

 人通りの激しい表通りをゆらゆらと歩いた少女は、鴨川の川べりにたどり着きました。
鱧(はも)の季節には納涼床が華やぐ川辺も、今は人の姿がまったくありません。
 少女の肩に冷たい雪が降り積もってきました。

 少女はブレザーを脱ぎ捨てシャツのボタンを外して、シャツも脱ぐと、自らの腹部を押
しました。
 音もなく、パカリと少女の細い腹部が開きます。少女は機械のつまった自分の腹部内を
いとおしむようにまさぐり、奥の赤色のボタンに手を触れました。
「カシャン」
 固い音をたて、何かの装置が起動したようです。
 カチ、カチ、カチ、カチ・・・
 時計の針を打つような不吉な音がしました。

 カチ、カチ、カチ、カチ・・・
 少女はふっきれたような、悟ったような表情で、河原にペタリと開脚正座の格好で座り
こみました。
 少女の姿を包みこむように、静かに雪が舞い落ちています。
 少女の頬にまた光るものが走りました


 ケンはエースからケンの姿に戻ると、すぐにまた、あの雑居ビルへと飛び込みました。
あのネットカフェの18番ブースへと。

「・・・・・・」
 18番ブースには、少女の持っていた紺色の学生カバンだけがぽつりと置き去りになっ
ていました。

「サキ・・・・・・」


 I just want you for my own
 More than you could ever know
 Make my wish come true
 All I want for Christmas is you・・・

 街角は何もなかったように華やかなメロディーが流れ、恋人たちが楽しそうにショーウ
インドウのクリスマスケーキをのぞきこんでいます。
 先ほどからの雪が都大路を白く染めつつありました。

 ケンは街角の恋人たちには目もくれず、ただただ少女の姿を探し求めて街を彷徨しまし
た。
 河原町を。寺町京極を。今出川を。百万遍を。祇園を。
 夜が更けて、人通りが少なくなっても、それでもなお。

 サキ・・・どうしてだ。どうして、他の星でも強く生きていこうと思わなかったんだ。
俺だって同じひとりぼっちじゃないか。・・・

 ケンのまぶたに白い雪が舞い落ち、花見小路の格子戸がにじんで見えました。


(2007年12月)

『他人の星〜エンディング後の可能性の一つとしての着脱選択エピローグ〜』

1

 その晩、ケンが官舎に帰ったのは何時だったか、覚えていません。

 ケンは自分の部屋に着くやいなや、風呂にも入らず、大量に酒を飲んで寝てしまいまし
た。
 これ以上ないほど苦い酒、虚しい眠りのように思えました。

 翌日は非番だったので、終日、部屋の中で一人、昼間から寝ては酒を飲み、飲んでは寝
て過ごしました。
 サキ・・・どうしてだ。どうして他人の星でも強く生きていこうと思わなかったんだ。
どうして。・・・と、そればかり繰り言のように反芻しながら。

 なおも重い気持ちと胸焼けを引きずって、二日ぶりにSAP(サップ)本部に出勤しても、
あまり働く気は起きません。もし今、怪獣や宇宙人が現れても、ウレタンマンエースにな
って命がけの戦いをする気になれるかどうか。・・・

「おはようございます」
 けだるげな、やる気のない挨拶とともに作戦室に入ったケンは、次の瞬間、めまいに襲
われ、わが目を疑いました。
 おかしい。まだ酔っているのか。悪い夢を見ているのか、と。やはり少し飲みすぎたか。
サキのことを幻覚にまで見るなんて。

「・・・・・・」
 口を半開きにして呆けたように作戦室入り口に立ちつくすケンに、
「ケン!」
と、リカ隊員がいつものハスキーな声で呼びかけ、さらに、
「いやあ。驚いただろう」
と、ダイ隊長がケンの肩をポンと叩きました。

「改めて紹介するまでもなく、知ってるな。ケン。こちらは、今度新しくこの基地でオペ
レーターとして働くことになった、アンドロイドのサキ君だ」

2

 まだ何が起こったのかわからずにアングリと口を開いているばかりのケンに向かい、真
新しいSAP服に華奢な体を包んだ少女が、きまり悪そうに笑いかけました。
 それは初めて見る少女の笑顔でした。エヘヘ、と舌を出していたずらっぽく笑うと、ま
るで人間の女の子そのものです。

「な・・・何で・・・」
 しぼり出すような声でケンが言ったのを受けて、隊長が
「驚いたのも無理はない。われわれも最初にサキ君を見つけたときは驚いたのだからな」
と、少女を見ながら言いました。

「鴨川の川辺に、女子高生らしき女の子が夜中に一人でいるという市民からの通報で、警
察がサキ君を保護して・・・そしたら、人間ではなくロボットだったというのでびっくり
して、警察からこのSAPに連絡が来たんだ」
 ケンはただあっけにとられて、
「は・・・はあ・・・」
というしかありません。

「いやあ、あの警官の人が説得するのがもう少し遅かったら、このサキ君は自爆している
ところだったんだな」
 コナカ隊員が言うと、今度はムラタ隊員が
「しかし、驚いたよな。まさかあの晩の比叡山麓の娘に、ここで再会するとはな」
と、感慨深げに言いました。

「それで、まあSAP科学班でサキ君の体のことは調べさせてもらったわけだが・・・」
 パイプに火をつけながらダイ隊長が続けます。
「サキ君自身の希望もあって、このSAP基地で保護観察という形で身元を預かって、つい
でに仕事も手伝ってもらうことにしたわけだ」
と説明し、それから
「サキ君の指導担当は、ケン、君にやってもらうぞ」
と結びました。

「よろしくね、ケン」
 ここで初めて少女が口を開きました。

 ケンは泣いているような笑っているような、感情を表現しようのないという顔になって、
少女の肩を強く握りました。
「こ・・・こいつ・・・し・・・心配かけやがって・・・」
 少女の肩を掴みながら、ケンはしゃくり上げて泣きました。
 そんなケンと少女をにらみつけるように見ているリカ隊員の視線には気づいていません。

「ハ・・・ハハハ・・・ハハ・・・ハ・・・」
 涙を拭うケンの鼻からも水っぱなが流れていました。

「そうかあ・・・そうだったんだなあ、サキ。・・・いいか。もう自爆しようだなんて、
バカなことは考えるなよなあ・・・」
 鼻の下をこすりながら、顔をくしゃくしゃにしているケンに、また少女はきまり悪そう
に舌を出して笑うのでした。


(2008年1月)

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