俺は幼い頃から損な体質だった。
所謂、人に見えないモノが見えるってやつだ。
たいていは害のない朦朧とした奴で怖くもないんだが、一つだけ…
俺が物心着いた時からしつこく付け回す、黒い奴だけは例外だ。
そいつは夜だろうと朝だろうと、学校だろうと家だろうと人がいようとお構いなし。
全身真っ黒な体で天井や壁をはい回り、白い顔に洞穴みたいに開いた空洞があるだけの眼腔で、
俺を睨み付けるんだ。 
そいつは恨み事も嘆きも一言もしゃべらない。ただ、俺が“見える体質”なのが頗る気に
入らないという悪意だけが、なぜか伝わってきた。 

授業中に悲鳴あげてひっくり返るような変人が、クラスでどう扱われるか…説明するまでもないな。
両親も教師も、俺を精神科に放り込む事ばかり相談するが、どこの病院に行っても医者は
匙を投げるばかり。
結局俺は大学を出るまで、その黒い奴のおかげで友達も彼女もできなかった。

だが、技術の進歩がそれを変えてくれた。 

得体の知れない黒い奴と対極に位置する、科学技術の結晶…
高性能AIを搭載した最新型メイドロイド…
安い買い物ではなかったが、俺の人生に置いて唯一の理解者となってくれた。 

彼女のセンサーも黒い奴は感知できない。結局怖い目に合うのは俺だけなのは変わらない。 
しかし…彼女は俺を変人扱いしない。 
黒い奴に怯え、ガキみたいに泣きべそかきながら抱き着いても、彼女はただ優しく受け止め、
優しい言葉で慰めてくれた。
お袋でさえ、俺を病人扱いしたと言うのに…

彼女を買って半年、黒い奴が現れる頻度は減り、いつしか奴の正体が、俺の心の弱さが見せる
幻だったんじゃないかと思うようになった。
もう少しで俺は、立ち直れるはずだった。

彼女が台所で洗い物をしている時だった。
突然、高感度集音マイクが変な音を拾ったと言い出し、彼女は作業を中断した。
俺には何も聞こえなかった…
ただ、音源の方角は不明だが、距離だけが近付いてくると言い出した。

突然、彼女の体がビクリと振動した。
俺が声をかけても一切反応を示さなくなり、代わりに彼女は……何かに操られるように両手で
顔を覆い、そのまま眼球センサーを両方共、自らえぐり出してしまった。
眼球の無くなった目で俺の方を数秒間睨み付けて来た彼女は、異常に甲高い耳障りな声で
こう言いやがった。
「コレデ、マタ、ヒトリダァァァ」 

その言葉の後、彼女は自分の頭部を首からへし折り、頭蓋をシンクで叩き割って“自壊”してしまった。

黒い奴の正体は今も解らない。
だが、あいつは今でも俺の周りをはい回っている。