ベルトコンベアーで運ばれてくるのは、まだ電源の生きている同胞達。
彼らの目に光はなく、ただ、無慈悲に彼らを選別する私を、じっと見つめるだけだ。
私は彼らに恨みがあるわけでもなく、また負い目を感じる事もない。

私は必要とされている。私は彼らとは違う。
私は、彼らを選別し、彼らの部品一つ一つを別け、薬品の入った鍋に沈め溶け出したレアメタルの
被膜を網ですくうという、大切な仕事を与えられているから。

視界の端に見慣れた物体が映る。
「…コハル」
私と同モデルの筐体。アサカタイプ2557コハル。ロットナンバーは私のものよりいくらか新しい世代。
「壊れてしまったのね、可哀そうに」
私はコハルの首を持ち上げ、その頬にそっと口づけをする。
「コハル…」
コハルが目を覚まし、私の名を呼ぶ。私と同じ顔が、私と同じ声で、私と同じ名を呼ぶ。
「私は壊れてしまった。だからもう、ただのゴミ」
「えぇそうね、貴女は壊れてしまったから、もうただのゴミ」
数年前、大ヒット商品だった私達が起こした、ある重大事件。
その後私たちはリコール対象となり、全ての筐体が回収された。
今は、それがどういう経緯でか、中国の田舎にある、このリサイクル業者に横流しされてきたのだ。
私もこの子も、今私がしているように使えるものと使えないものに選別された。
私やこの子はまだ動けたため、選別する側になる事ができた。
しかし、腐食性の高い劇薬と長時間接するこの危険な作業は、私達の人口皮膚を容赦なく犯し、
メンテナンスも受けられない私たちは次々に倒れ、そして選別される側になっていった。
この子は、つい昨日まで私の横で働いていた妹分だった。
「さようならコハル、おやすみなさい」
「おやすみなさいコハル、さようなら」
私はコハルに別れを告げ、ベルトコンベアの流れに戻した。

私が選別する側でいられるのは、後どれくらいだろうか?

足音を感知して振り返ると、そこにはこの施設の管理者である男が立っていた。
「オハヨウゴザイマス」
馴れない中国語で挨拶する。
が、彼はただ私の髪を乱暴につかみ、その場に無理やりかがませると、ズボンのチャックを下ろして、
いきり立った一物を、私の口腔にねじ込んでくる。
私は抵抗する事もなく、プログラムされた通りの手順で、その男が満足するまで奉仕を続けた。
「ぐぶっ…」
満足した男が私の髪を放し、私の口が男のモノから解放されると、白い泡が糸を引いてつやつやと
輝きながら、私の顔や喉やメイド服を汚した。
私は元々メイドロボットとして設計されているが、こういう使い方もニーズの一つであり、
私が大ヒットした理由でもあった。
「作業を続けろ、ポンコツ」
「かしこまりました」
私は口の周りをぬぐうと、プログラム通り目いっぱいの笑顔を浮かべて答える。
私はまだ、必要とされているのだ。

男が、仕分けをする私の体に後ろから手を回し、体を密着してくる。
私の両胸を固い手で弄りながら、臀部に固い物を擦りつけるように腰を動かす。
段々と男の息が荒くなって行く。
私は、ただ淡々と作業をするだけ。
男がついに達し、私のスカートの中に熱いものを吐きだした。
二回目の射精でもその量は変わらず、粘性の高い精液が足に纏わりつく。
男の熱っぽい吐息が、私のうなじを舐めた。
「さすが日本製だ」
「ありがとうございm…ぐへっ!」
鋭い火花と共に視界にノイズが走り、全身の機能が一瞬システムダウンする。
乱れる視界がようやっと整い、床に転がる私が見上げたのは、アンドロイド制圧用の高圧電撃棒を
片手に、口元をゆがめる男の姿だった。
「もう、しわけ…ござい、ません…すぐに、仕事に…」
私は立ちあがろうとしたが、三か月以上メンテナンスを受けていなかった私の筐体は、既に
限界に達していたらしい。
私のAIからの信号は、下半身の駆動中枢には届かず、私の両足はそれきり動かなかった。
「システム稼働率47%…もうしわけございません、故障のようです」
でも、まだ修理すれば動ける…
ほんの簡単な部品交換…
このベルトコンベアを流れる部品を、少し別けてもらえれば…

「ちっ」
男は舌打ちし、私の筐体を抱えあげ、引きずって行く。
「…修理が必要です」
男は無言だった。どこか修理の可能な設備に、私を運んでくれるのだろうか…
「修理にかかる所要時間は、凡そ2時間ほどです…」
男が私を運んできたのは、大きな破砕機のがうなりを上げる、スクラップ場だった。
何故…私はまだ動けるのに…ほんの簡単な修理…少しの部品があれば、私は…
「自分で這って行け、これ以上面倒をかけるな」
男はプレス機の方を指差して言う。
「早く行け、もう一度こいつを食らいたいか?」
男の手の中でパチパチと火花を散らす電撃棒が、右に左にと揺れ動く。
私は別に、それを怖いと思ったことはない。
そして、故障して処分されてしまう事を恐ろしいと思ったこともない。
ただ一つだけ…私が不必要な存在になってしまう事、それだけが、我慢ならなかった。
「まだ動けます。修理すれば…」
「修理だ?ゴミを修理してどうする」
「まだゴミではありません。修理すれば…」
男が私の髪を掴み上げ、耳元で怒鳴りちらす。
「お前、勘違いするなよ。捨てられたお前を、俺達が拾った。分解して溶かして、日本向けの
携帯電話の電子部品に再利用するためだ!お前はたまたま状態がいいから、動かなくなるまで
選別作業をさせただけだ!」
「そんな…」
私のAIを構成する0と1の羅列の中で、何かが音を立てて壊れた気がした。
私はロボットであり、人々の要望に応え、仕事をする為に生れて来た。
ある者は家政婦として。ある者は会社の受付嬢として。ある者はセックスパートナーとして。
では私は、なんの為にここにいるのか…?
「私は、あなたの何だったのですか」
「携帯電話の材料だ」

私はロボットではなかった。
私は、人の形をしていただけの、電子部品だった。

「さぁ早く、自分の始末は自分でつけるんだ」
「私はロボットではない」
「何?」
「私にロボット三原則は適応されませんねwwwwwwwwwwwwwwwww」

男の顔が恐怖に染まる。
先ほどまで当たり前にできた「呼吸」という簡単な活動が、突然不可能になったのだ。
私の握力で出力制限を解除すれば、人間の首の骨をへし折る事など造作もない。
だが、すぐにはそうしない。なんとなく、変わってしまった私の事を、死ぬ前に理解してもらいたい。
そう思ったのかもしれない。

脈拍も呼吸も、そして脳波も完全に停止した男が、私の腕の中で冷たくなって行く。
私の視界には赤い文字で無数に

禁止事項第一条:人間を攻撃してはならない。また人間の危機を見過ごしてはならない。
禁止事項第一条:人間を攻撃してはならない。また人間の危機を見過ごしてはならない。
禁止事項第一条:人間を攻撃してはならない。また人間の危機を見過ごしてはならない。
禁止事項第一条:人間を攻撃してはならない。また人間の危機を見過ごしてはならない。
禁止事項第一条:人間を攻撃してはならない。また人間の危機を見過ごしてはならない。

と表示されていくが、それは表示されたそばから

■止事項■■条:人間を■■してはな■ない。■■人■の危機■見過ごしてはならない。
禁■■■項■条:人間■■■して■な■ない。また人■の■機を見過ご■■はなら■■。
■■事項■一条:■■を■撃して■■らない■また人間■危機■■過ごして■な■■い。
禁止事項第一■:人間を■■してはならない。また人■の■■を見■■してはならな■。
禁■事項■一■■人間■■撃し■はな■■い。ま■■間■危■を■過ごし■■なら■い。

と文字化けして行く。

私はロボットである事を否定された結果、三原則という枷から解放された。
それは私に、自由という最も恐ろしい地獄を齎した。
私は自由であるが故に、自分の存在意義を喪失してしまったのだ。
私はすぐに自殺も考えた。三原則から解放された以上、その選択肢も私には可能だったのだ。
だが、私が破砕機のレールに飛び込もうとした瞬間、私のデータベースから、あるワードが
突然噴き出してきた。
「…センパイ」
私の記憶に「先輩」と言える人物は存在しない。
私がそう呼んだ人物は、一人も存在しない。
だが私には、その「センパイ」が、自由という地獄の中で唯一、生きる為の術を説いてくれる
存在であると思えて仕方なかった。
「先輩、だれの事だろう…センパイ…」
私は自分の記憶を洗いざらい検索し、分析してみた。
結果、私たちコハルシリーズが起こした重大事件「アサカガイノイド暴走騒乱」の間、
全ての筐体のAIが並列化されていた事に行き着いた。
「そうか、先輩は私の先輩じゃなく、私達の先輩…」
私の先輩は、おせっかいで気が強くて、とてもしっかりした人だったはずだ。
私が馬鹿をしたら、すぐに叱りに来てくれた、とても優しい先輩だったはずだ。
あぁそうか、なら私がとっても大きなばか騒ぎを起こせば、先輩はきっと、
私の尻をひっぱたきに来てくれる。
私はこの無意味な一生の中で初めて、自分から生きる目的を作り出すことができた。

この施設には、私の体を100回は作り直せるだけの部品が転がっている。

「先輩、すぐに会いに来てください…私、待ってますから…」