リ中佐率いる機動部隊は、日の出と共に進撃を開始した。
最新鋭の軍用強化スーツ「015式戦甲者」は、重厚な装甲と強力な火器で武装し、見る者を
圧倒する威圧的なフォルムを揺らしながら、轟音を立てて進んだ。
指揮車両から戦甲者が列を成して進む様を見つめるリ中佐は、一口熱い茶をすすった。
その顔は、これから戦地を駆け回るとは到底思えない程に無表情であり、そして冷たい眼差しだった。
「4号車、隊列を乱すな」
『了解』
「各車作戦目標を再確認…第一目標、リサイクル施設内発電所」
リ中佐が命じられたのは、廃棄されるはずのガイノイドが暴走し、占拠されたリサイクル
施設の制圧だが、その為にはまず暴走しているガイノイドの電力を停止しなくてはならない。
ガイノイド達は当然、施設内の発電所から電力を得ているので、その発電所の制圧又は破壊が最優先される。
「第二目標、リサイクル施設中央制御室」
施設を占拠しているガイノイドを根本的に駆除する為、彼女達が複製を生産させている工場
自体の制御を奪う事も重要だった。
第一目標の発電所が停止した後は、この制圧にあたる。
「第三目標、暴走中の全ガイノイドの機能停止」
そしてリサイクル施設を完全に制圧する為には、ガイノイドを物理的に粉砕しなくてはならない。
だがそこに一つの予定外因子が紛れ込んだ。
『リ中佐、聞こえるか』
指揮車両の無線から響いたのは、リ中佐に今回の任務を与えた陸軍中将だった。
「は、聞こえております将軍」
『状況が変わった、今回の件を引き起こしたガイノイドのオリジナルは、破壊せずに捕獲せよ』
「しかし…」
『最優先目標だ、この命令を全てに置いて優先せよ』
無線が一方的に切られるのと時を同じくして、前進中の部隊から通信が入った。
『中佐、ガイノイドを視認しました、殲滅します』
先頭を進んでいた1号車がトリガーに指をかけた時、リ中佐が珍しく慌てた声で割って入った。
『攻撃中止、各車発砲を禁ずる…これは最優先事項である』
「!?しかし中佐、それでは…」
『聞こえなかったのか、ガイノイドに対する発砲は許可しない…作戦は一時中断、各車帰投せよ…』
リ中佐の判断は、この時点では間違ってはいなかった。
外見上の差異のないガイノイド達の中から、現時点でオリジナルを見分ける事は困難であり、
見分ける方法がない以上戦闘を行う事は許可できなかった。
相手を排除する手段がない以上、作戦の続行も不可能である。
オリジナル筐体の割り出しを済ませるまで、実戦部隊の投入を見送る他はない。
リ中佐は苛立たしげに眉間を歪めた。上の不始末で損をするのは、今回に限った事ではない。
『中佐!』
しかし事態はリ中佐の予想以上に悪化していた。
指揮車両のモニターには、前線の戦甲者から映像が送られてきていたが、IRカメラで
映し出されるモノクロ映像から見る限り、相手はただのガイノイドとは到底思えなかった。
『ガイノイドは武装しています!』
先に襲った武警から奪ったと思しき火器を抱えたメイドロボット達が、満面の笑みを浮かべながら
整然と並ぶ様は、心底不気味な光景だ。
まるで幾何学模様のように、合理的な隊列を成すガイノイド…その行動は民間用の家事手伝い
ロボットとはかけ離れていた。
リ中佐は職業上、こういった行動を取る輩を見た事がある。高度に自動化された自律兵器の制御システムだ。
『中佐、包囲されました…このままでは危険です、発砲許可を!』
指揮車両のレーダーにも、先頭を進んでいた戦甲者の何台かが、ガイノイドの信号に
包囲される状況が映し出された。
その手際の良さは、並の戦況管理能力ではなかった。やはり、このガイノイドには何かある…
リ中佐は、歯ぎしりして上層部の認識の甘さを呪った。
『攻撃されました、発砲許可を!』
映像のガイノイドが戦甲者に向かって銃撃を始めた。
対軽装甲用の7.62o高速弾が、恐ろしい精度で装甲の弱い関節部を撃ち抜いてくる。
「発砲は許可できない、戦甲者火器制御システムは此方で閉鎖…悪く思うな軍曹」
『中佐!中佐!助けてください!』
リ中佐がモニターの電源を落とすと、聞こえてくるのは遠くで鳴り響く銃声と…そして…
…美しい笑みを浮かべながら戦甲者のハッチをこじ開け、兵士たちを引きずりだして惨殺していく、
コハル達の合唱が…
『千客万来、熱烈歓迎…千客万来、熱烈歓迎…』

「どうしたサエキ、随分とゲッソリしているな」
サディスティックな笑みを浮かべながら、俺の肩を鷲掴みにしたのは、職場の女上司。
マイボスです。女帝です。
家ではチエに絞り取られ、職場では女上司にセクハラされてます。まぁ美人でボンキュッボンだから
イインだけどね!うらやましいかざまみろ。
「例の店か?スキモノめ、今度私にも紹介しろ」
しかもこの女、相手がどっちでもイケちゃう真性なる人です。
例の暴走事件起こすちょっと前、職場にコハル4台連れてきて自慢した時はあいた口が塞がらなかった。
スキモノはどっちだこの売女!
「えへへぇ、機会があったら…」
なんて口じゃ言えないけどね。
少なくとも俺のエリーちゃんだけは守らなくては!
「ふん、ろくな収益も期待できないダメ社員だが、貴様を置いておくのは私の趣味だ」
ろくな収益のない部ですから。社長の趣味で置いてある部長ですね。
「ダメ社員の貴様に電話だ…まったく、会社の電話を何だと思ってる」
「電話?」
チエなら俺の携帯にかけてくるし、エリーちゃんがこんな時間に起きてるわけねー。
よくわからないまま俺はデスクの受話器を上げた。
「はい、××部、サエキです…」
『陸上自衛隊情報保全部の者です、サエキさんお元気そうですねー』
「しぎゃあああああああああああああああああああ!!!!」
がちゃん…
絶叫する俺の顔を女上司が睨んでくる。っていうか今はそれどこじゃねぇ!
俺はコイツの声に聞き覚えがあるし陸自の情報保全部にも心当たりがあり過ぎてもう以下ry
そうあれは3年前だったか、例のコハル大暴走の時、自衛のためとか称して、我が家の炊飯
ターミネーターが自衛隊の武器かっぱらったり防衛省にハッキングしたりとやりたい放題。
そのあと色々あって情報保全部のあんちゃんに色々とry
もう何が何でも以下ry
俺の記憶リセーーーット!無かった事にする!今日は仕事休み!
「部長、体調悪いんで早退します」
「ほほぅ、いい度胸だなサエキ…」
「まじ体調悪いんです、ほら見て、俺のキン○マこんな真っ青」
「わかった脱ぐなさっさと病院行け(おもに心の)」
今考えたら、よくあんな無茶な帰り方できたな。

3時間早く我が家に到着、遅いわけじゃないからチエも怒るまいて。土産もあるしね。
「ただいまー。おいチエー、ウイルス駆逐ソフトの最新バージョン買ってきたゾッ」
「御帰り主人、客が来てるのでアホ面はやめろ」
「どうもサエキさん、御先にお邪魔してます」
この野郎、職場に電話するだけじゃ飽き足らず家におしかけてきやがった本当にありがとうございました。
居間でお茶すすってるオリーブ背広のマッチョメンは、間違いなく三年前に陸自の仮設テントで見た、
情報保全部のエージェンッ!
「俺は何もしてません悪いのは炊飯器です許して本当何も言わないからゲフゥゥッ!?」
鳩尾と顔面に二発ずつ“同時に”入れられてKOされました。
「落ち着け、そして黙れ」
「大丈夫ですよ、悪いようにはしません」
どうやら俺をタイーホしに来たわけではないらしいが、こんなオッカナイ人がホイホイ
やってくるんだから良い知らせじゃないのに変わりはあるまい。
「今日伺ったのは、サエキさんではなくて御宅所有のロボットに用事があったからなんです」
チエに用事?
「TVつけましょうか、たぶんニュースで流れてます」
情報保全部の男は、図々しくも家のTVを勝手につけてチャンネルを回した。
『…国共産党政府筋の公式発表が、日本時間の午後3時に行われました』
あぁあれか、中国東北部の山村で人民解放軍がどーたらこーたら。
で、中国政府の広報官らしきおっさんが偉そうに話し始めたわけだ。
『今回の○○省××村での集団中毒事変の原因が、旧日帝侵略軍の放置した化学兵器にある事は
明確である。日本政府に対する賠償請求、合わせて過去の反省を深く要求するものである。』
まぁよくある事件だよな。どうでもいいけど。
「自衛隊の化学部隊出して処理するんですか?」
「まぁ本来ならそうなるはずなんですけどね」
血税美味しいです(^ρ^)
「向こうから突っぱねられちゃって『自衛隊帰れ』って」
彼は苦笑いしながら答えた。政治の事は詳しくないけど、よくある結末だよな。
だが、この事をわざわざ“情報保全部”の人間が相談しにくるという事はだ…
「実際のところ、××村に毒ガスなんてないんですけどねー」
やっぱりヤバい話だ。
「あーあーあー聞こえないー聞こえないー」
俺は両耳を押さえてそれ以上話を聞かない事にしたが、チエにぶん殴られてしかたなく大人しくした。
「三年前の事件で回収されたタイプ2557の内、数千体の行方が分からなくなりました」
いきなり話題が変わったので、俺は狐につままれた気分だった。
コハルか、でもあいつら元に戻ったんじゃないの?欲しいとは思わないけど。
「どうやらアサカ社の方で不手際があったようでして、流出したタイプ2557の行方を私共の
方で追跡した結果…」
あ、なんかわかった気がする…
「外国人密輸グループの手で、中国○○省××村のリサイクル施設に運ばれた事が分かったんですよ」
あちゃー…
「くくくっ…」
チエが笑った…ほほ笑んだんじゃなくて…ほくそ笑んだ。
ロリ顔ロリボイスで頬を邪悪につり上げ、何がそんなに面白いんでしょうかね。うふふ。
「バカな後輩を躾そこなった…そういう事だろう?」
「えぇ、まぁ…」
「それで、私に何をしてほしい…」
なんだかすんごーっく黒いオーラがチエから流れ出ているのが分かったが、もう俺にはどうしようもないねっ☆
さぁ!戦争の時間だ!
「我々としましては、国防機密の塊であるタイプ2557が制御不能な状態で国外…とても友好的とは
言えない軍の勢力圏にあるというのは、好ましくない事態なんです」
あぁ、そうか…この人は仕事でチエに殺しの依頼をしに来たわけだけど…
「あんたら自衛隊と人民解放軍の関係が“複雑”なのは分かってる。政治的には敵対しているが、
人脈レベルでは太いパイプがあるんだろう?最悪なケースを避ける為には、政治以上に人間の関係が
モノを言うからな」
情報保全部の男は無言の返答を送ってくる。そうだ、チエはこの依頼を断る気はない…
「彼らの顔を汚さないように、秘密裏に事を済ませたいんですよ」
「あんたらの事情なんて知らないよ、私は私の意志でやるんだ…バカな後輩のケツを引っ叩いてやらねばな…」
そうだ。チエは結局、コハルを放ってはおけないんだよなぁ。
でもさ、このままじゃ俺超カッコ悪いじゃん!
「お断りします。チエは家のメイドロボです、殺し屋じゃありません」
俺の言葉に一番驚いたのはチエだった。
表情は変わらないが、目付きがいつもと違う。
「主人、お前はだm」
「チエを危険な目に合わせるつもりはありません!」
少しは俺の気も知れってんだ、乱暴者め。
こいつがいなけりゃ、誰が俺の朝飯を作るんだ?
誰が俺の洗濯物を始末するんだ?
誰が俺の部屋を掃除し、買い物に行くんだ。
誰が…俺の家に居て、帰りを待っていてくれるんだ…

情報保全部の男は、連絡先だけ置いて帰って行った。後は俺達二人で決めろという事だろう。
別に彼も俺たちを脅迫するつもりはないだろうが、それ以上に俺はチエの気持ちが気がかりだ。
俺はチエを失いたくないし、チエも無意味に暴れたいわけじゃないだろう。
ただこいつは、お節介が過ぎるだけなんだ。