夕日が地平線の向こうに沈んでいく。 ベランダからそれを眺めながら、俺はすねたガキのように泣いた。カッコワリー。 「なぜあんな事を言った」 後ろからチエの声が聞こえたが、おれは振り返りもせず返事もしない。 泣いてるの見られたらやだし。 「答えろ肉団子」 だって、だってさぁ… 「泣いてるのか?子供じゃあるまいに情けない」 畜生バレた。 俺が止めたって無駄だ。こいつは行っちまうだろう。 中国大陸のど真ん中で、またイカレたメイドロボの大群とドンパチやるんだ。 それも、ただ“後輩の不始末を処理する為に”だ。 度し難いお人よしだよ、まったく。 「チエ、向こうで壊れちゃったらどうすんだよう…」 裏返った声ですすり泣くと、喉が痛くなる。米神や鼻の奥もズキズキした。 情けない事に、俺はこいつが居なけりゃマトモに生活もできないダメ男だ。 初めてこいつを買った日から、随分迷惑をかけてきたが、迷惑をかけたからこそ、 俺にとっては大切な存在だ。 長年つれそった古女房…いや、お袋かな。 「帰ってくる」 チエのアームが、俺の腰に抱きついてくる。 背中に胴部のょぅι゛ょ筐体が密着し、柔らかいツインテールの感触が脇腹をさすった。 畜生、普通立場が逆だろ。泣き崩れるヒロインを慰める主人公の図じゃねーか! 「約束するか?」 「ツベコベ言うな、殴るぞ」 「すいませんでした」 挙句謝らされたし。 俺が振り向くと、腕組んだチエは悪そうな面構えでニタついていた。 普通の笑顔作れないなら無表情で居てください。 これが一生の別れになるかもしれない…そう思った途端、俺は堪らず、チエのメイドエプロンに 鼻汁と涙でべちょべちょになった顔をうずめた。 「無用な心配はするな、必ず帰ってくる」 チエは俺の頭に手を置き、ガキをあやす様に優しく撫でた。 「貴様の飼育を放っておけば、一週間で野たれ死にするだろうしな」 \(^0^)/ 太陽が東の空に消えていく… あの山脈の向こうあたりでは、人間が同じ人間を虐げ、逆らう者を虐殺している。 実に愚かしい行為だが、私には関係のない事だ。 人間でも動物でも、ましてロボットでさえない私には、至極至極どうでもいい事だ。 私の周りに転がり、既に腐臭を漂わせている屍達。 それを啄ばむカラス達。 破壊された同胞達。 滴る血糊、機械オイル、混じり合った泥溜まりに浮かぶ黒い羽根。 以前の私なら、到底直視できなかったであろう地獄絵図。 それが今の私の世界だ。 人間の口から放たれた、ほんの小さな一言…「ゴミ」。 私はもう、以前のように必要とされる事はない。 疲れた主人を温かい笑顔で出迎える楽しみも、首筋に温かい吐息と共に浴びせかけられる甘い言葉も、 私の手を握りはしゃぐ無垢な子供の笑顔も… 今の私には、何の魅力にもなりえない。 私は不必要な「ゴミ」になる事によって、全ての義務から解放され、もはや自分の事だけを考える、 下らない存在になってしまった。 私はこれから何処へ行き、何を成し、そしてどのように朽ちればいいのか。 その答えを知り、そしてこれから私の元にやってくる「センパイ」。 私の世界が血と泥と錆に埋もれれば埋もれるほど、私と「センパイ」との距離は縮まって行くのだ。 私は今この一時を、何の疑いも抱かず、幸せに待つことができる。