「なあ……」
 「ん? 」
 「こういうとき……どんな顔すれば……いい?」

 キティは組み敷かれている。初対面のときと同じく。ただ違うのは、超微細震動する高周波ナイフを持って居ないこと。
覆面帽を被っていないこと。憎憎しげな声を出していないことと――相手がとても優しいこと。生体部品の各部がしきりに
訴えてくる、未知の感覚データの処理が追いつかないでいること。その感覚データに電脳が触れるだけで、甘美な感情が
湧き上がってしまってもうどこから処理すればいいのか解らなくてマルチスレッド処理で対応してハングアップ寸前なこと。
全部全部全部、目の前の相手のせいだ。乳首を甘く噛まれた。尻を触られた。脇腹を撫でられた。未知の肉芽を抓まれた。
他にも色々触られて舐められただけで、こうなった。

 「いまのままで、いい。気にするな」
 「そうか……優しいんだな」

 キティは微笑んで見せたつもりだが、表情を巧く創れなかった。遅延が生じているのかバグなのか自己判断も追いつかない。
泣いているが微笑んでもいる。こんな表情データなど、経験記憶にもプライマリ領域にもない。……完全におかしくなっている。
だけど、嫌ではない。むしろ誇らしく思えるのはどうしてだろう。感覚データを処理する一方、キティは押し流されそうになる
理性領域を総動員して思考しようとしたその時――3時間前は敵だった――組み敷いた相手が、イェーガーが、言った。

 「……もう、止めるぞ。これ以上は拙い」
 「嫌だっ! 続ける!」

 イェーガーは顔を顰めた。握り合った両手を無造作に力加減も無く、キティに握られたのだ。鍛えてなければ両手の指の
骨が圧し折れている。処理が追いついてないのがその反応で解る。涙は垂れ流し。涎も口の端からだだ漏れ。多分始めての
女性器部分からは、粘っこい白い女蜜と、間欠泉のように時折透明な液体を噴き上げている。流石に新しく追加された機能
でもある、生体部品の劣化物、廃液・老廃物こと「小水や大便」を漏らしてはいないが、それも時間の問題かも知れない。
 全身が熱に浮かされたが如く紅潮し、時折痙攣し、ブリッジをして上のイェーガーを跳ね除けるように背中を反らし、
【上り詰める】。それも――愛撫だけで。

 「オマエなぁ……。わかったわかった……そう睨むな」

 可哀想なのが、処理が追いついていないので、若干のタイムラグが連続で生じてしまっていることだ。愛撫に敏感に反応
するのはいいのだが、手を止めてしまってから絶頂を極めた反応を示したり、何もしていないはずなのに勝手に身を震わせて
可愛い嬌声を上げて【天国へと一直線にすっとんで】行く。処理が追いつくまで待とうとすると、意固地になって続けろと
言って……

 「やあっ、あ、あ、あ、やだっ、こんなのっ、こんな、やああああああああああああんっ!」

 ……こうなる。眉をハの字に顰めて、切なげに派手に身悶えして、長い脚で力一杯胴を締めて来る。普通の男だったら、
まず骨盤や背骨が悲鳴を上げる力強さだった。『マエストロ』め。イェーガーは呪った。肉体の改造は完璧だが、オツムを
強化するべきだろうが、と。US製の軍用ドロイドは、日本国製のように『民生品+α』ではない【目的のための実用品】だ。
余計なものやデータ処理は度外視の設計で仕上げるのが基本だ。キティはどこかのナードが趣味的にカスタマイズしてある
だろうが、それでもこのように【性格・運動性能】止まりが限界だ。……逆に言えば日本国の開発陣は凝り性なのだろう。

 「く……悔しいっ……悔しいよぉ……こんなの……」
 「わかってる。わかってるから。難だったら、遅延感覚データを完全抹消、エリミネートすれば楽になれるぞ?」
 「やだっ! 全部受けてっ……やああああああああああああああああああああああああん!」

 元部下を【始めて】抱いたときも、僅かながらこうなったのも思い出す。その時はこの自分も、映像や書物での知識しか
無かった時だから不思議にも思わなかった。女と名の付くものを抱いたのは始めてだが、と告げたとき、ぽろぽろ嬉し涙を
流していたのも――もう戻れない――過去の記憶だ。女性器が付いているのを見せられたとき、顎が外れるほど驚いたのも。
 
 「こわい……こわいの……離さないで……離れないっ……でえンっ!」
 
 その感情を初めて付与された元部下との、数々の困難な任務の成功により、人間型の戦闘用ドロイドに感情を付与する行為
自体が、瞬く間に世界中に拡散されてしまった。ちなみに自分から元部下を求めたことは一度も無いことは己の唯一の誇りだ。
 『子供は産めませんが』と恥じらいつつ、精神的な繋がりを求めて擦り寄って来たり、人間の女性と業務で話したその夜に
音も無く宿舎に侵入して『捨てないでくださいっ』と寝台に潜り込んで来たりする相手には邪険に出来なかったのもある。
 
 「落ち着くまでこのままでいてやる。スマン。少々、やりすぎたな」 

 一体どこのマニアがこんな性格設定を噛ましたんだと苦情を入れて、元部下の記憶や性格が抹消されては部隊では使い物に
ならなくなるので部隊の皆で示し合わせて黙っていたのも、いい思い出だ。ああ、もう思い出でしか会えない人間の部下達だ。
 その部下を、同じ部下であるドロイドの部下に、皆殺しにされた。誰を恨めばいい? 誰を憎めばいい? 敵は……誰だ?

 「おいこら……今……んンっ……別のこと……考ぇっ! ……って……たろぉっ……?」
 「今は処理に集中しろ。ますますディレイが酷くなるぞ?」

 キティと握り合わせた右手を離し、頬を撫でて、零れた涙を拭いてやる。あと5回ぐらいで、データ処理は追いつくだろう。
ルーティン化されてしまえば、オートでの刺激の取捨選択も可能になる。だから様々な刺激を与えたのだが……やりすぎた。
 あのまま雰囲気に流されるままに【ぶち込んで】しまったならば、どうなっていただろうかと思うと、苦笑するしかない。

 「約束だぞ……今日……最後……まで……」
 「ああ、約束だ。だから、頑張れ。看ていてやるから安心しろ。俺は――」

 部下を見捨てない。演習場で自分を殺しに来た、プロトタイプ【冴】。手塩に掛けて育てた、突撃猟兵大隊初のドロイド隊員。
涙ながらに『自分で止められません、大隊長っ ……私を……壊して……』と襲撃してきた相手の四肢を破壊、生木の杭で胴を
貫き固定し、噛み付こうとする口を有刺鉄線で塞ぎ――完全に破壊しなかったのは、見捨てたに等しい行為だ。

 「もう誰も――見捨てない」

 あのとき彼女は――完全破壊を望んでいたのにも関わらず。しかし、その後に彼女は――己の記憶を守りきり、復讐と唯一の
生存者であったイェーガーの完全保護を求めるためだけに一人きりで首相専用機まで死者も出さずに墜としてのけた。一体誰が、
どうして、それを――彼女の記憶の保持を可能にしたのか? 一体誰が、何のために? 誰が得をする? コントロールの効かぬ
ドロイドなど政府や軍組織には存在価値など――

 「痛ててててててて! 抓るなっ!」
 「また、他のこと、考えて、たな……? そんな優しい目で見るな……くそぉ……きらいだっ……んンっ……」
 
 キティが頬を膨らませ、怒った素振りを見せて、イェーガーの脇腹を抓り曲げていた。本気でやれば肉を引き千切っているだろう
から、手加減してくれているのだろうが……それでも、痛いものは痛い。が、その嫉妬染みた反応が可愛いのはどうしてだろうか?
 人間とはわからないものだ、とイェーガーは誰にも見られぬだろう心のなかでだけ呟き、キティに微笑み、キスをして黙らせた。