桜の開花も間近という初春のある朝、僕は目覚ましのアラームに叩き起こされた。
 布団を被ったまま手を伸ばし、目覚ましのアラームボタンを探る。
 何度かしくじった後にようやくボタンを探り当て、覚醒中枢に直接訴えかけるような電子音が止んだ。
 そのまま再び暗闇の世界に落ちていきそうになるが、そう言うわけにもいかず自ら布団をはね除ける。
 ここが社会人の辛いところであり、大学生やニートとは負わされた責任が違うのだ。

 大学生と言えば昔から暇人の代名詞だったらしいが、それはこの22世紀の科学文明時代になっても同じである。
 幼馴染みのサトコもサークル活動に夢中とのことで、学業そっちのけで遊びに没頭しているらしい。
 同い年で社会人をやっている身からすると何とも羨ましい限りだが、これも自分で選択した道である。
 しかも子供の頃から憧れていた職業に就けたのだから、文句を言っては罰が当たるってもんだ。
「うぅ〜んん」
 僕は眠気を完全に払おうと、寝転がったまま大きく背伸びをした。



 時に2110年、世は科学文明真っ盛りのハイテク時代に突入していた。
 人々は科学の力に保障された幸せの極致を謳歌している。
 僕、クロー・フジワラもそんな一人だ。
 だが、科学のもたらす恩恵は犯罪の分野にも平等に施されることになった。
 一見して平和に見える新東京の街にも、科学を悪用する不届き者が溢れている。
 華やかな市街も一歩裏へ回ると、自らをサイボーグ化した凶悪犯や、悪人に操られたロボットが跳梁跋扈している。
 犯罪の世界もハイテクに裏付けされた新時代を迎えたのであった。

 仕事帰りにふと立ち寄ったコンビニで僕を襲ったのも、そんなハイテク犯罪者の一団である。
 当時、警視庁の新任巡査だった僕は、よせばいいのに丸腰でコンビに強盗に立ち向かった。
 大学への道を捨ててまで憧れていた警察官になった僕である。
 正義感が強いのも生まれつきだが、それも程度の問題であろうと今では反省している。
 僕にとって運の悪いことに、ただの小僧に見えた強盗は、カテゴリー3に分類されるサイボーグだったのだ。
 当然のようにぶっ飛ばされた僕は、22口径の高速弾をそれこそ雨のように撃ちかけられてハチの巣にされた。

 こうして僅か19年という僕の短い人生は一度終わりを告げた。
 勤務外のことであり、本来ならば全くの無駄死になるところだった。
 だが、非番の警察官が身を挺して市民を守ろうとしたことがマスコミ受けしたことから、状況が少し違ってきた。
 相次ぐ不祥事に頭を痛めていた上層部は、これを美談として大いに利用することにした。
 そして、僕は特別に殉職扱いとされ、警部補の階級を与えて貰ったのだった。
 19歳で警部補は、キャリア組より早い異例の出世である。
 なにせ同い年でキャリア組になるであろう連中は、まだ大学で勉強に勤しんでいるのだから。
 が、いくら出世させて貰っても、死んだ後では意味がない。
 たとえ一生ヒラ巡査のままでも、生きている方がいいに決まってるじゃないか。

 話が少々複雑な方向に進んでいくのはここからであった。
 全ては僕の亡父の助手だった教授が、生化学の権威であったことに端を発する。
 特にクローンについての研究は、世界の最先端を行くものだった。
 その教授は神をも恐れぬ所業に出た。
 科学の力を使って、死んだ僕をもう一度生き返らせようとしたのだ。
 それが父から受けた恩を返す、最善の道だと考えたらしい。

 教授は僕の細胞から損傷した内臓の複製品を作り、それを順次移植していった。
 元々自分の細胞で作られた臓器だから、拒否反応もなく適合したのは当たり前だ。
 脳をやられていなかったことが幸いし、僕は死んでから僅か3ヶ月後には見事復職を果たしたのだった。
 今さらなんだと上層部は困ったが、どうすることもできなかった。
 何と言っても、僕は懲戒免職になるような悪いことをした覚えなどないのだから。
 それに彼らは自分で作った『英雄』を、今さら潰すことはできなかったのだった。

 上層部は「生者に二階級特進なし」として僕の階級を一つ降格したが、それでも巡査部長である。
 試験も受けずに主任に昇格したのだから、儲けものであると言ってもいいだろう。
 その上、希望があれば好きな所属に配置してくれると確約もしてくれたのだから、文句を言ったら罰が当たるってもんだ。

 晴れて警視庁に戻った僕が新しい配置先として選んだのは特殊機動捜査隊だった。
 特機隊は刑事部ハイテク犯罪課に所属し、取り扱うのはロボットやサイボーグが引き起こす凶悪犯罪である。
 警視庁でも優秀な人材と強力な兵器を最優先で集めた花形部署とされている。
 特機隊は機械の獣に対抗すべく全力を尽くしているが、人間は余りにも非力な存在でしかなかった。
 やはり人間の力でマシンに対抗するには限界があったのだ。

 損耗率の余りの高さに頭を痛めた都議会は、事態を打開して治安を回復するよう圧力を掛けてきた。
 それに都知事の白河法子は、再選の掛かった選挙が近いこともあって必死であった。
「簡単なことじゃないの。ハムラビ法典を出すまでもなく、目には目を、歯には歯をよ」
 知事は再三に渡って警視総監を脅したという。
 度重なる圧力に屈した上層部は、遂に禁断の扉を開くことにした。
 現場の猛反対を押し切って、警察用戦闘ロボットの採用を決めたのだった。
 その第1号が、今日うちの隊にやって来ることになっている。
 どんなロボットが配置されるのか知らないが、隊員たちはこぞってシカトを決め込むつもりだ。
 エリート部隊のプライドを傷つけられることになるのだから、その気持ちは分からなくもないが。

 と言うわけで、そのロボコップの相棒に選ばれたのは、一番下っ端の僕であった。
 巡査部長、つまり主任といっても本部所属の執行隊では事実上のヒラである。
 まして実戦経験の少ない僕には拒否権なんかありはしない。
 隊長の言葉は辛辣だった。
「なに、小娘の言いなりになったふりをして、ご機嫌だけ取ってりゃいいんだ」
 小娘とは、史上最年少で都のトップに登り詰めた白河法子都知事のことだ。
 改正公職選挙法の施行により、20代半ばで知事になった彼女は警視庁上層部から嫌われている。
 だが予算を握られているため、彼女に表立って逆らうことはできない。
 それに現場第一主義を唱える知事は、下っ端ポリスからは人気があるので、上層部も扱いを慎重にせざるを得ないのだ。

「取り敢えず試験運用してみるが、現場のお前が『使い物にならない』と報告書を出したら直ぐにお払い箱にしてやるから」
 それまでの辛抱だと隊長は拝み込んできた。
「いいじゃねぇかクロー。お前もサイボーグみたいなもんだし」
「意外と気が合うかもしれんじゃないか」
 口の悪い先輩たちは、体の部品を取っ替えた僕の過去を揶揄して笑い飛ばす始末だった。

 とんでもないことである。
 僕をそういう目にあわせたのはマシン犯罪者であり、奴らに対する敵愾心は先輩たちに劣るものではない。
 そんな僕をロボットと組ませるなんて、酷いにも程がある。
 人の心を持っていない先輩たちこそ、ロボットと相性がいいんじゃないのか。
 この手の冗談にはいつも苦笑いで誤魔化す僕なのだが、顔とは裏腹に心は大いに傷ついている。
 人間じゃないということは、仲間じゃないって拒絶されているのと同じなのだから。
 けど、下っ端の身分で文句が言えるわけもなく、僕は泣く泣くロボコップの相棒兼指導員を引き受けたのであった。

 さて、どんなロボットが配属されてくるのやら。
 8本の脚にマシンガンやらバズーカを組み込んだクモ型ロボットか。
 はたまたロケットランチャーを肩に担いだ戦車タイプか。
 まさかと思うが、AIを搭載した自動車型ロボだったりして。
 いずれにせよ、連れて歩くだけで周囲から奇異の目で見られることは間違いない。
 こんなことなら交通課でも希望して、駐車取締のお姉さんとイチャイチャしていた方がよかったというもんだ。
 ああ、憎いロボコップめ。
 直ぐにでも『不採用』の烙印を押してやる。



 そんなことを考えながらエアバスに乗っていると、いつの間にか新霞ヶ関にある庁舎に到着していた。
 特機隊の入った18階までエレベータで上がり、ピカピカに磨き込まれた廊下を歩く。
 IDカードと一体になった電子キーを使って隔壁を開くと、そこは対ロボット戦の牙城であった。

「よお、サイボーグ。昨日はゆっくり眠れたか」
「相棒とのご対面は済ませたのかい」
 目聡く僕を見つけた口の悪い先輩たちが、ニヤニヤ笑ってからかってきた。
 まともに相手をしては損するだけだから、適当にあしらってブリーフィングルームへ向かう。
 朝礼に参加して、本日の業務重点を確認するためだ。
 それと今日は僕の相棒、ロボコップのお披露目も予定されている。
 本心ではそんな朝礼など出たくはないが、立場上そういうわけにもいかないだろう。

 下っ端の僕は最前列の椅子に腰掛けて、昨日の当直責任者が入ってくるのを待つ。
 心なしかいつもよりざわついているように思えるのは、やはりみんなロボコップに興味があるからなのだろう。
 いいよな、みんなにとっては他人事なんだから。
 好奇の目に晒される、こっちの身にもなって欲しいものだ。
 ヤケクソになって開き直っていると、昨夜からの当直任務を終えた警部が一人で部屋に入ってきた。
 一斉に私語が止み、部屋が静まりかえる。

「おはよう諸君。今朝はやけに出席率がいいようだな」
 ベテラン隊員になると、朝礼などバカらしくて出てられるかって人が多い。
 昨日の取り扱い事項について申し継ぎを受けたり、今日の仕事の指示を受けるのも彼らにとっては意味がないらしい。
 自分の仕事は自分で決めるってスタンスなのだ。
 それでも今朝の朝礼に出席しているところをみると、やはり身内にロボットが加わることに興味を引かれているのだろう。
 先輩たちにとってもロボットは、限りなく敵に近い存在なのだから。

「さて、それでは早速みんなの好奇心を満たしてあげようか」
 警部はニヤリと笑うと、開けっ放しにしていたドアに向かって声を掛けた。
「入りたまえ」
 注目の的、ロボコップはそこに待機していたのだ。

 一拍おいて、それはドアの向こうから現れた。
 途端に部屋中がどよめきに包まれるのが分かった。
 この時受けた衝撃は、現在に至るまで鮮明に覚えている。
 それだけインパクトのある出会いであった。
 まず、キャタピラで移動する戦車タイプではなかった。
 移動手段は足であったが、8本もあるわけではなかった。
 二足歩行で部屋に入ってきたのは、完全な人型であったのだ。
 しかし、只のアンドロイドなら珍しくもなく、特機隊の猛者たちが動揺するわけもない。
 目の前に立っているのは、なんと華奢なボディの少女型アンドロイドだったのである。

 身長は160に足りないくらいで、見た目には細い体線をしている。
 艶やかな栗色の髪は癖のないセミロングのボブで、肩のところだけが内巻きにカールしている。
 前髪は眉の辺りで真一文字に揃えられ、清楚な印象を醸し出している。
 その下には涼しげな切れ長の目が、そして整った小さな鼻と口がついていた。
 そして、僕には理解不可能なことに、彼女は紺と白のコントラストも鮮やかなメイド服一式を着込んでいたのだ。
 パラシュートのように開いたスカートの丈は太ももの真ん中当たりまで。
 シンセシルクと思われる膝上のストッキングを履いており、スカートとの間に僅かな絶対領域がちらついている。

 充分、と言うよりお釣りが来るくらいの美少女っぷりであった。
 ただし、表情というものが全くなく、むしろ仏頂面をしているため折角の綺麗な顔立ちが台無しになっている。
 けど、どうしてメイド姿なんだ。
 確かに昔から美少女ロボットというものは、バレリーナだったり看護婦だったりのコスプレ姿を要求されてきたけれど。
 僕とチームを組むのは、パトロール用の支援バトルドロイドだったはずだ。
 まさか、今後はこの子と組んでお茶汲みに専念しろってことなのか。
 そりゃ、ここのところ成績が上がっていないというのは事実だが。
 僕が真っ青になって震えていると、警部が彼女を紹介した。

「ウーシュ0033型、直接支援型バトルドロイド。通称“シズカ”だ。階級は2等巡査になる」
 ウーシュタイプと言えばドイツ製の有名な戦闘アンドロイドだが、0033型とは少々型落ちである。
 噂では最新鋭の国産マシンを購入すると言う話だったのだが。
「予算の関係でこれ一体しか配備できなかった。けれども完全な新品だし、性能は保証付きだ」
 ドイツ生まれで“シズカ”は如何なもんかと思う。
 それでも上層部は、ウーシュタイプのバリエーションの中でも、外見が一番東洋人っぽく見える個体を選んだのだろう。
 その努力だけは買ってあげなくてはならないかもしれない。

 ショックのあまり放心していると、それを見透かしたように警部が僕の名を呼んだ。
「クロー主任、シズカ君の指導と監督を頼んだぞ」
 警部はエヘンと咳払いすると、真っ正面から僕を睨み付ける。
「それと、大事に扱え。彼女はお前の生涯賃金を合わせても買えないほど高価なんだからな」
 警部の冷たい一言が、打ちひしがれていた僕にトドメを刺した。

 ようやくブリーフィングが終了し、稼業始めの時間となった。
 警部はシズカに対して、僕の指導を受けるようにと指示だけすると、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
 僕はどうしたものかと思案した後、取り敢えずお互いのことを知り合うためにシズカを喫茶室へ誘ってみた。
 彼女は拒否することもなく、と言って嬉しがることもなく僕の後について歩き始めた。
 廊下ですれ違う同僚たちの視線が痛い。
 メイド姿の美少女を従えて歩く僕の姿は、彼らの目にどう映っているのか。
 聞いてみたい気もするが、僕にはそんな度胸はなかった。

 まだ非番の者が引き上げてきてないので、喫茶室はガラガラだった。
 取り敢えず自分のコーヒーと、シズカのために紅茶を注文する。
 喫茶室のオバサンは事情を知らないのか、意味ありげなウィンクを寄越してニヤニヤ笑っていた。
 多分だけど、心中で「上手くやんなよ」とか応援しているのだろう。
 余計なお世話だ。

 さて、何から話していいものか全く検討がつかない。
 ずっと黙り込んでいると、シズカも一言も口を開かないでいた。
 その仏頂面が如何にもつまらなそうに見えたので、仕方なくコミュニケーションを図ってみる。
「で……なんでメイド服なの?」
 取り敢えず疑問に思っていたことが口をついて出た。
 我ながらバカな質問をしたと後悔したが、シズカは別に怒ったりもしなかった。
「仕様……だから……」
 人工声帯を震わせて、素っ気ない答えが返ってきた。
 可愛らしい声だったのがせめてもの救いだった。
 これがスピーカーから漏れる合成音声なら、ガッカリ感は更に倍増していたであろう。

 ウーシュ0033型は元々、要人のハウスキーパー兼ボディーガード用のロボットとして開発されたらしい。
 公邸に単身赴任している要人のために、身の回りの世話と用心棒を一体でこなすのだ。
 メイド姿なのはそのためだという説明だった。
 シズカが着ているメイド服やエプロンは、特殊な衝撃吸収繊維で作られている補助装甲だ。
 これを着ていないとカタログデータ通りの防弾性能は発揮できず、その際のメーカー保障はきかないという。
 シズカを採用するにあたり、同じ繊維で婦警の制服を作ろうとしたが、性能的にとても及ばなかった。
 そのためやむなくメイド姿のまま、実戦配備されることになったのだ。
 流石は世界に冠たるドイツ製ってことか。

 変なところに感心していると、オバサンが飲み物を持ってやってきた。
「シズカ……この国の通貨……所持して……ない……」
 彼女はお金を持っておらず、紅茶の代金を支払う能力がないことを明かした。
「いいんだよ。こういう場では上司や先輩が奢るってのが風習だから」
 僕がご馳走する旨を伝えると、オバサンはまたしてもウシシと嫌らしく笑った。
「上司……先輩……奢る……」
 シズカは小首を傾げ、訳が分からないといったゼスチャーを見せる。
「目上の者が自分のお金を使い、部下や後輩に代わって対価を払ってあげるってこと」
 えぇ〜い、いちいち面倒臭いな。
 僕はこの時、シズカの耳朶に付いたピアスがチカチカ点滅していることに気付いた。
 学習した事項をメモリーチップに書き込んでいるのであろうか。

「理解……した……飲食店における……対価の支払いは……クローの役目……」
 ちょっと待った。
 僕の言った「こういう場」ってのは、「初対面の挨拶の時は」って言う意味だ。
 飲食店で食事するたび、毎回奢るなどとは言った覚えはない。
 しかも最下層の2等巡査の身分で、上司を呼び捨てにするとはどういう了見だ。
「けど……もう……学習フォルダに……保存……した……」
 なら削除しろよ、今すぐに。
 僕の抗議はシズカに黙殺されてしまった。
 この子にインストールされてる語学ソフトって、ホントに日本語バージョンなのか。
 まさかと思うが、分かっててわざとやってるんじゃないのだろうな。
 だとしたら、こりゃ相当に問題があるロボットだぞ。

 コーヒーを飲み終えた僕は、シズカを連れて管内パトロールに出掛けることにした。
 専用の覆面エアカー、アフラRX9のカスタム車でだ。
 僕の仕事は市街を車で流してマシン犯罪者を発見、これを検挙すること。
 それに発生したロボ絡みの犯罪現場にいち早く駆け付け、解決を図ることだ。
 解決といっても、大概の場合は火力をもって鎮圧することになる。
 なにしろロボット兵器とは会話ができないし、サイボーグどもは生身の人間の言うことなどに耳を貸しはしない。
 連中を黙らせるには、それ相応の暴力が必要になるのだ。

「で、君の性能だけど。見たところ武器は持ってないようだけど、大丈夫なの?」
 僕はシートに身を沈めたシズカの体を、上から下まで無遠慮に眺め回した。
 柔らかな曲線の連続で作られたボディラインは、高級な芸術品を思わせる。
 芸術品としては少々、と言うか、かなり大ぶりな胸の膨らみが下品だが、これはこれでいいのかも知れない。
 いや、きっといいのだろう。
 アレがエネルギータンクだと仮定すれば、容量が多い方がいいに決まっているもの。

「戦闘用に武器は貸与されていないのかい?」
 そんなことではいざというとき困るのは僕だ。
「問題……ない……」
 僕の心配を余所に、シズカは平然と言い切った。
 問題ないって言っても、撃ち合いになったら援護を頼むんだよ。
「ひょっとして丸腰なのか?」
 まさかと思うけど、スカートに隠れた太ももにでもブラスターを潜ませているのかも。
 ガーターベルトに挟み込んで。
 卑猥な想像をしているとシズカがこちらに顔を向けた。
「……秘密」
 こんな綺麗な女の子に「体のことをあれこれ詮索するな」と釘を刺されたら、失礼しましたと謝るしかない。


 僕が黙り込んだまま、しばらく走った時であった。
「クロー……あれ……」
 いきなりシズカが僕に話し掛け、街路樹のそばに立っていた男を指した。
 その男は、パッと見では普通の中年サラリーマンに見える。
 シズカは探知システムを働かせ、マシン犯罪者を発見したというのか。
 僕はRX9を急停止させ、転がるように車外へ飛び出した。
 右手はジャンパーの下、ショルダーホルスターに収めたハンドガンの銃把に掛かっている。

 街路樹に潜むように立っていた男は、文字通り飛び上がって驚いた。
「な、なんだぁっ?」
 奇遇だが、同じく僕も何が何だか分かっていないんだ。
 そこに助手席のドアを開け、シズカがゆっくりと降りてくる。
「公共の場所での……立ち小便は……軽犯罪法第1条26項に抵触……する犯罪行為……」
 なんと、男の立ち小便を犯罪として立件しようとしていたのだ、この別嬪さんは。
 軽犯罪法違反も確かに犯罪だが、一々そんなものを取り締まっていたら警察署は満杯になってしまう。
 それに僕らは対マシン犯罪者を任務とする特機隊なんだぞ。

 ようやく状況を理解した男は、真っ赤になって抗議してきた。
「警察に尿意を我慢させる権限があるのか。職権濫用じゃないか」
 ズボンを台無しにしてしまった男は収まりがつかない。
「けど、こんな人通りの多いところで、チン……そんなモノ出したら、公然猥褻に問われかねませんよ」
 僕は男を引き下がらせるため、やむなく法を拡大解釈して説得しようとした。
 なのに。
「残念ながら……性器の目視による確認はできず……証拠画像の録画には至らず……サイズが小さすぎ……」
 シズカが余計なことを言ったばかりに、男は火を噴かんばかりに怒り出した。
 僕たちは逃げるようにその場を走り去るしかなかった。


「あのね君、自分の仕事ってなんだか理解できてる?」
 僕は怒りを押さえ込むのに必死になりながら質問した。
「シズカは……警察法2条に規定された……市民の生命、身体、財産の保護に任じ……公共の安全と秩序の維持を責務とする」
 そんなよそ行きの顔で昇任試験の回答のようなことを言ってもダメだ。
 言ってることは確かに正しいのだけれども。
「立ちションなんかは所轄のお巡りさんに任せときゃいいの。僕たちが相手するのはマシン犯罪者なんだから」
 僕ががなり立てると、またしてもシズカのピアスが点滅を始めた。
「了解……した……立ち小便の取り締まりは……シズカの業務に……非ず……」
 あぁっ、もっとファジーな思考回路は開発できないのかよ。
 今は科学万能時代の22世紀だろうに。

 僕が黙りこくっていると、シズカも黙ったまま身じろぎ一つしなくなった。
 こうなると、何かこっちが悪いことしたような気になってくるから不思議だ。
「怒ったのかい? その……立ちションを見逃せって言ったこと」
 気まずさを何とかしようと、僕はシズカに話し掛けた。
「シズカは……警察法2条の責務を果たすに……あたり……独自の判断を認められて……いる……」
 シズカは淡々とした口調で語った。

「しかし……地方公務員法32条の規定により……上司の命令に従う義務を……負っている……」
 そこで彼女は僕の方に顔を向けた。
「つまり……シズカに対する……第一次命令権は……クローに……ある……」
 それって、僕の言いなりになるってことか。
 あんなことでも、こんなことでも、何でも言うことをきくって意味なのか。
 僕はよからぬ想像をしてしまい、動悸が激しくなるのを覚えた。

「但し……従うべき命令は……職務上の正当なものに……限る……」
 そんなことだろうと思ったよ。
 そもそも、ロボット相手にドキドキした僕がバカだったのだ。
 こいつ、絶対クビにしてやる。
 だが、僕には自己嫌悪に陥っている暇などなかった。
 事件発生を知らせる通信指令室からの無線指令が飛び込んできたのだ。

『警視庁から一斉。コガネイシティ3番街のコンビニにおいて強盗事件発生。付近の移動は現場急行せよ』
 コガネイ3番街と言えば、ここからものの3分も掛からない。
 おそらく一番近いのが僕たちの車両だ。
「いくぞ、シズカ」
 僕はルーフにパトライトを飛び出させると、アクセルをベタ踏みした。

『先のコンビニ強盗は4名。いずれもレベル3以上の火器を所持している模様。受傷事故防止に配意せよ』
 簡単に言ってくれるが、レベル3以上の威力だと、一般配布の防弾装備では役に立たない。
 けど、最寄りの署に寄って、充分な装備を受領している暇はない。
 僕は期待を込めた目で、隣に座っている仏頂面の女の子をチラ見した。

 猛スピードで3番街へ突っ込み、件のコンビニの前で急停止する。
 グッドタイミングなことに、ちょうどコンビニを出てきた犯人と鉢合わせする形になった。
「動くなっ。特機隊だ」
 僕は大声で犯人を制止し、同時に支給品であるM3自動拳銃を構えた。
 ふとこちらを向いた犯人の一人を見た時、僕の髪は自動的に逆立った。
 その小憎らしい顔には見覚えがあったのだ。
 誰あろう、そいつこそこの僕をハチの巣にして、一度は殉職に追いやった例の小僧であった。
 江戸の仇を長崎で、じゃないが、意趣返しをするには千載一遇のチャンスであることは確かだ。

「抵抗すると撃つぞっ。武器を捨てろっ」
 僕は声を限りに怒鳴りつけた。
 ところが犯人たちは警告に従うどころか、ビビリもしなかった。
 ニヤリと笑うと、僕に向けて4丁のサブマシンガンを向けたのだった。

 まずい、1対4だ。
 1人は撃ち殺せても後の3人の攻撃を受けてしまう。
 絶体絶命のピンチだ。
 しかし、今日の僕には相棒がいるのだ。
 個体としての実力は未知数だが、バトルドロイドとしてのウーシュ0033型の能力は実績が証明している。

「お前らシズカの威力を甘く見るなよ。小娘のメイドだと思って甘く見てるととんでもない目にあうからな」
 僕は内心の不安を見せぬよう、ことさら余裕の態度でニヤリと笑ってみせた。
 それに合わせて、僕の真横にいたシズカがズンと一歩前へ進み出る。
 小僧たちもメイドの正体がウーシュ0033型と気付き、大きく動揺するのが手に取るように分かった。
 それを見た僕は更に居丈高になり、大昔の暴君のように命令してやった。
「シズカ、行けっ。連中にお前の力を見せてやれっ」
 するとシズカは僕を振り返り、冷静にこう呟いたのだった。

「ただ今……午後5時45分……本日の稼業時間は……終了……」
 そんな杓子定規な公務員みたいなことを──いや、確かに公務員だけど。
 最初は何が起こったのかと動揺していた小僧たちだったが、事情を把握するとニヤニヤ笑って銃を構え直してきた。

 こんな悪夢みたいなことってあるか。
 僕は何という不幸な星の元に生まれたのだろう。
 このバカロボット、絶対にクビにしてやる。
 それも生きてこの場を逃れることができたらの話だけど。
 この時、僕はおしっこを漏らしそうな絶望感に浸りきっていた。

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